叡智の洞窟~金狐姫の孤軍奮闘~   作:片玉宗叱

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13 日常の終わり

 金狐の宿塾(アルゥティキハヌィ)が開かれて十年。

 開設時に引き取った子供達のうち年長組だった者達は独立した者達を除き、研究職及び講師として残っている。

 

 開設されて暫くすると、雇っている小母さま達から幼児も預かって貰えると働く婦人達に口コミで広がり、一時は幼稚園と小学校を兼ねた様相を呈していた。

 月日が過ぎ金狐の宿塾で教えられたら者達が育ち社会に巣立って行く。

 そこから既存の私塾より高度な教育が格安で或いは無料で受けられることが広く知れ渡ると、ファーティ周辺だけでなく東方各地から志を持った者や、深い知識や智慧を求める者が集うようになった。

 今では母屋は建て替えられて講義を行う学舎に、宿坊も規模が大きくなり寄宿舎となった。

 今でも基本は謝金は取らずに運営されている。

 

 この十年でサフィエ達にも変化があった。

 アルペレンとブルトがダニーロフの下を辞し、正式に金狐の宿塾の職員になったのである。

 

 そしてフェティエが二十三歳の時の事である。

 

「サフ姉、わたしアルペレンと結婚するから!」

 

 どうやら一目見た時からお互い意識していたらしく、両片思いのまま今まで経ってしまったらしい。もちろんサフィエは二人を祝福したのは言うまでもない。

 ただ結婚に伴い、離れをフェティエとアルペレンの夫婦が使う事になるのでオーパーツ扱いされるような設備は撤去された。不便になったと妹から文句を言われたが幸せを掴んだのだから、それ位は受け入れろとサフィエは内心で思う。

 

 そしてその翌年にはブルトが、元孤児達の年長組であった獣人・虎族のハリーデを娶った。所謂『出来婚』でだ。

 引き取られた十二歳当時から、ハリーデがブルトに纏わりついて猛アタックを仕掛けてはブルトに上手い具合にあしらわれていたのは既知のこと。

 ハリーデが十六歳になってから更に攻勢が強まり、遂に押し切られ観念したらしい。

 

―押し倒されたの間違いじゃないのか?―

 

 とサフィエを始め周囲が思ったとか思わなかったとか。虎だけにタフな肉食系女子のハリーデである。

 

 サフィエが面倒を見ていた二人の乳児、ネケサとエディトも今では十一歳。ネケサは南方長耳族の特徴を、エディトは北方長耳族の特徴を持った美幼女である。

 いまだにサフィエを「サフまぁま」と呼ぶ甘えん坊の面はあるが、存外しっかり親離れ出来始めている。

 

 そんな忙しくも穏やかな十年が経過し、サフィエも三十路を越えた。

 フェティエは既に五歳の長女を筆頭に年子の長男と、そこから二歳離た次女の三人の子供の母親だ。

 サフィエはアラサーの叔母さんになってしまった。

 しかし永遠の十五歳。外見は十年前と変わらず若々しいまま。

 今までは童顔だからで誤魔化していたが、流石に三十路でも十代と変わらない肌艶姿に事情を知らない周りは訝しめ始める。

 

「頃合いかな……」

 

 条件付きだが不老不死であるサフィエが定命の人々の中で暮らして行くのは厳しいものがある。

 事情を知る実の妹のフェティエならいざ知らず、何も知らない他人から見れば何を思うか。

 

「旅に出よう」

 

 サフィエはそう決意した。以前から温めていた計画でもあった。

 勿論、物見遊山の旅では無いし、皆に黙って旅立つ訳でもない。

 サフィエが集め、洋上農業プラント・ネノクニで栽培されていた作物の一部は、ファーティ近郊に土地を借りて試験的に栽培を行っている。

 それらの普及を名目に農業指導をしながら旅をするのだ。

 収穫が安定するまでその地に留まり、資料を残し、乞われれば教育も施し、そして終わればまた次の土地へと旅をする。

 金狐の宿塾は資金以外はサフィエが手を出さずとも回るようになっている。新しい学術資料や運転資金についてはトヨタマビメに定期的に届けるように指示を出しておけば良い。学術資料に関してだが、世に出す出さないはフェティエに判断して貰えば済む。

 

 サフィエはその事を真っ先にフェティエに打ち明けた。

 

「姉さん、わたしも姉さんと同じ身体に成れれば良かったのに」

 

 姉の心の内にある寂寥(せきりょう)を感じ取ったのか、フェティエはそんな事を零す。

 

「フェト、貴女はあの時に出来たはずの寿命延長処置すら望まなかったじゃない。そもそもあそこ(オオワタツミ)の設備じゃ、わたしみたいな細胞置換は出来ないわ。それにね、フェト。これはわたしの我が儘かも知れないけど……、貴女が寿命延長も全細胞置換も望まなかったのは、わたしは良かったと思ってるの。貴女には母として、人として限りある人生を全うして欲しいと願ってるの。子を産み育て、命を次へと繋いで行くのって素敵で素晴らしい事じゃない? 人としての人生って辛いことも色々と有るだろうけど総じて幸せなことだと思うわ。ネケサとエディトを育てさせてもらって、わたしはそう感じたの。彼女たちから沢山の大切なものを貰ったわ。彼女たちを……、愛してるのよ。わたしも……、本当は自分で子供を産んで育てたい。けど、わたしを置いて子供は先に逝ってしまう……。あの子たちも……。ごめんね、なんか支離滅裂なこと言ってるね、わたし……」

 

 サフィエは、そこから先に言葉を続ける事が出来なかった。

 由逗子(ゆずし)(かける)の男性としての前世記憶を持ってはいるがサフィエのメンタリティーは女性のそれなのだ。

 フェティエは声を発てずに静かに泣く姉を抱きしめ、その背中を黙って優しく撫でるのだった。

 

* * * * * *

 

 斯くしてサフィエは旅に出る。

 ネケサとエディトは「サフまぁまと行く!」と激しく泣いた。もう十一歳、されど十一歳。まだまだ甘えたい年頃でもある。

 サフィエの旅は終わりの見えない旅。各地を巡るのに何十年と掛かるであろう。そんな旅に幼子達を連れては行けない。

 

「お仕事の旅で危ない事も沢山あるかも知れないの。だから二人は連れては行けないのよ。もし連れて行って、二人が怪我したら、病気になったら、まぁまは悲しいし、フェト叔母ちゃんも、あなた達のお兄ちゃんお姉ちゃん、お友達も、皆が悲しいむのよ? お手紙たくさん出すからね。皆の言うことよく聞いて、良い子にしてお留守番してるのよ?」

 

 愚図る二人に優しく声をかけて宥めるように諭すサフィエ。

 

「エディト、良い子にしてお留守番するよ! ネケサも一緒にお留守番するよね?」

 

「うん、エディトと一緒にお留守番してる」

 

「二人とも良い子ね。ああ、ネケサ、エディト、愛してるわ」

 

 下唇を噛んで耐える二人をサフィエは思わず掻き抱いた。今生でサフィエは「サフまぁま」として彼女たちに再会する事は叶わないかも知れない。

 

「姉さん、気を付けて」

 

「フェト、頼んだわよ。アル(アルペレン)、フェトをよろしくね」

 

「サフ義姉さん、任せて下さい。お元気で」

 

 金狐の宿塾に残る面々に別れを告げて、自作の巫女装束風の旅装に身を包みサフィエは東に向けて旅立った。人一人が横になれるスペースに屋根が付けた改造荷馬車に作物の種や種芋を積み込んで。

 

 但しこの馬車は途中の人目に付かない場所で馬もろとも、馬に擬装したロボットホース二頭立てのオオワタツミ艦内工場謹製の大型馬車と入れ替える予定だ。これで不眠不休での移動が可能になる。

 入れ替えられ、回収された馬は洋上農業プラント・ネノクニへと移送され、そこで飼育される事となっている。

 

「食事を摂らない生活、十六年振りかぁ……」

 

 サフィエは取り敢えず水さえ有れば、それを分解して得られる水素の核融合エネルギーだけでの活動が可能だ。しかし馬達の当座の飼い葉と飲み水は持って行く必要がる。無くなれば途中の宿場町や集落で補給するのだが。

 また、サフィエが時々摂取する必要のある「とても不味い必須元素コロイド溶液」は馬車の入れ替えの時を含めて、適時トヨタマビメから補給を受ける事になっている。

 

「馬車の入れ替え予定地に着くまでは、のんびり行きますか」

 

 サフィエの独り言に応える様に馬車を引く馬が、ぶるるっと鳴いた。

 

* * * * * *

 

 幾つかの宿場町や集落に泊まり馬達を休ませながら途中で北へと向かいう人通りの無い街道をサフィエ進み、予定の場所に近付いていた。

 

「この辺りがそうなんだけど……。あそこの森の入口の所かな?」

 

 独りで旅をしていると独り言が増えたなとサフィエは思う。

 目指す先に街道の休憩場所として広場があった。ただし殆ど利用者も居らず、整備されていない為、背の高い雑草が生い茂っている。

 

「馬車を乗り入れる前に草刈りだね、こりゃ」

 

 馬車には一応は農機具を一揃え積んで来てはいたが、サフィエは護身用として腰に佩いている『刀のようなナニカ』を使ってみる事にした。

 これは以前にサフィエとトヨタマビメがヤラかした末に出来上がったブツで『サフィエの怪力』で扱っても『折れず曲がらず非常によく切れる』上に『手入れ要らず』の色物、もとい代物である。高周波ブレードの様なギミックは一切仕込まれていない。

 そして見た目以上に重いコレで実際に物を切るのは何気に初めてだった。

 

「確か刀って引き切るんだよね」

 

 刃渡り七十センチメートル程の『刀のようなナニカ』を鞘から引き出し、その刀身を比較的太い雑草に触れるか触れないかという所まで近付けた時、風が吹き雑草が揺れて刀身に触れると、切れた。

 それはもう、スパッと切り口も鮮やかに、切れた。

 

「なにこれ」

 

 刀を眺めて呆然とするサフィエ。それから彼女は一心不乱に雑草を薙ぎ払い、気が付くと休憩場所全体の草刈りが終わっていた。

 サフィエを見る馬達の目は、心なしか呆れているように見えた。

 

「ば、場所も拓けたし。結果オーライよね。うん」

 

 まだ陽があるうちに刈り取った雑草を片付け、馬車を休憩場所へと乗り入れた。

 馬を馬車から外し休ませながらサフィエは空を見上げた。

 

陽が落ちるとサフィエは火を熾して焚き火を焚く。それを前に形だけの野営を始めた。

 

 サフィエは傍らに置いていた布包みを広げると、そこには鈍く光る少し大きめのバングルが二つとサフィエの狐耳に着けられる耳飾りが一組入ってた。

 この十年間というもの、滅多なことではオオワタツミへ向かうことは無かったサフィエが、旅立つ前に久し振りオオワタツミに訪れてトヨタマビメに馬車とロボットホースを作らせる前に、急ぎでわざわざ作らせたものだ。

 出来上がったそれらを受け取りファーティへ戻ると擬装高速船を自動操縦でオオワタツミへと回航させた。

 

 二組のバングルと耳飾り、これらが通信機である。小型化する為に送信と受信の機能を左右のバングルと耳飾りそれぞれに振り分け、エネルギー源、所謂電池に相当する部分は省略されており、動作させるにはサフィエの体内で発生する核エネルギーとサフィエ自身の精神エネルギーを使用する。

 サフィエが装着すると身体内にプローブを兼ねたアンカーが打ち込まれて固定され、エネルギー供給経路の確保と神経系への接続が行われる。一度身に着けたらオオワタツミに行かない限り外せない。

 

 港町ファーティに定住していた頃は港から擬装高速船でオオワタツミまで行くことが出来たので、敢えてリスクを冒してまでトヨタマビメと通信を行う機器は使わなかった。

 今回の旅でも、有人ドローンを使えばたとえ内陸部に居ようともオオワタツミとの行き来は出来る。

 しかし万が一目撃されて目立つのは嫌だとサフィエは思っている。

 出来れば穏便に慎重に、それがサフィエの基本的な行動指針であり、本来の臆病な性格でもある。時々、いや、度々やらかしたり自重を捨ててしまう事も多々あるが。

 

 バングルと耳飾りを手に取るとサフィエは荷馬車の寝起きするスペースに潜り込んだ。

 ファーティを発つ前に装着しなかったのは皆に違和感を持たれたくなかったから。前述したようにサフィエは基本臆病なのだ。

 覚悟を決めてバングルと耳飾りを装着するとアンカーの打ち込みと神経系への接続に伴う苦痛がサフィエを襲う。痛覚等を鈍化させているがそれでも痛いし苦しいのだ。一晩中、サフィエは毛布に包まり耐え続けた。

 

 そして苦痛も治まり夜も明けようとした頃。

 

『通信リンク確立。艦長、応答願います』

 

 トヨタマビメからの連絡が入る。

 

「タマちゃん、おはよう。物凄くキツかったわ。覚悟はしてたけど」

 

『車両は大型輸送ドローンに積載済み。発艦準備完了。日没後の現地到着に合わせてに発艦予定。艦長、本通信システムは思考にての通信が可能』

 

 飼育員種族(オーバーブリーダー)の情報量子次元を用いる通信技術は衛星を使わずとも惑星全域をカバー出来るFTL(超光速)通信を可能としている。

 更にサフィエが装着した通信機は彼女の言語野に接続されているので、頭の中で言葉を考えるだけでトヨタマビメとの会話が可能となっている。

 

「良かった。あ、声に出してた」

 

 サフィエは頭の中だけで言葉を紡いでみた。

 

『独り言をブツブツ言いながら歩く危ない人にならないで済むよ。タマちゃん、聞こえる?』

 

『はい。通信リンクは安定』

 

『ん~、通信する時の符丁とか決めとく? 例えば私からタマちゃんに呼び掛けて始める時は「タマモノマエよりリュウグウ。送れ」、でタマちゃんからの返しが「こちらリュウグウ。タマモノマエ、送れ」とかみたいに』

 

 お前は陸自か。それとそのコールサイン、趣味(ネタ)に走り過ぎだ。

 

『呼称変更の必要性を認めず』

 

 案の定、トヨタマビメに拒否されるサフィエである。

 そんな遣り取りをしつつ馬達の世話をしながら、ゆるゆると過ごし、トヨタマビメからの連絡で日が暮れる頃には馬達を休憩場所から離し、近くの森の端へと誘導した。

 そして陽が没した直後、それは上空に現れた。

 

『トヨタマビメより艦長へ。輸送ドローン現地上空へ到着。着陸進入開始』

 

 地球世界のV-22オスプレイに似た大型輸送ドローンは回転翼(ローター)の翼端を光らせ、固定翼モードから転換モードを経て減速しながら垂直離着陸モードとなり、サフィエの居る休憩場所へ、刈られた雑草を発生するダウンウォッシュで巻き上げながら着陸した。

 

 馬車の入れ替えは問題無く終わった。ここまで使って来た荷馬車は、この場で放棄するので、引いてきた二頭の馬達だけがネノクニまでの輸送対象だ。

 馬達は意外にも大人しく輸送用ドローンのカーゴキャビンへと収まり、ネノクニへと運ばれて行った。

 輸送用ドローンを見送った後、サフィエは荷馬車から新しい馬車へと荷物を移し終えると、荷馬車を分解して木材へと変えた。

 幾ばくかは偽装用の薪として持って行く。金具や釘等も回収しておく。

 

 馬車は全長五メートル全幅二メートルで、荷台と折り畳みベッドを備えた一人用のキャビンを持ち、床下が車軸よりかなり下にあること以外は木製の四輪馬車に見える。しかしこの車軸の下にあるスペースにゴム製のタイヤが付いたサスペンション付き引き込み脚が収納されていて、ホイールに動力が内蔵されていて自走も可能。

 また、ロボットホースの方は人工知能を搭載し、行動も外見も完全に馬に見えるように偽装されている。動力は水を分解して得られる水素の固体内核融合だ。

 サフィエが身に着けた通信機と同じ通信機能を持ち、サフィエからの指示を受ける事ができる。

 

 サフィエは馬車を操り街道を進んで行く。

 彼女の本当の旅が始まった。




 明日の投稿も午後6時になります。
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