東方の寒冷地での『サフィエの娘フェニド』としての二十年以上にも及ぶ活動を終えたサフィエは、次の目的地である南方(中つ海の南側、地球で言うならシナイ半島やエジプトにあたる)へと移動する事にした。
この寒冷地での活動でトヨタマビメとの遣り取りが音声だけでは不便なのを感じたサフィエは、通信機の神経系への接続を視覚を始めとした全感覚系へと拡張してもらっている。
その移動の途中での事、トヨタマビメから妹のフェティエが倒れた事を伝えられた。
前回の旅の反省から、定期的にフェティエや港町ファーティの様子を知るために、ドローンを巡回させ、何かあれば知らせるようにトヨタマビメへ指示していたのだ。
ファーティまでは直線距離で二百キロメートル以上も離れている。
サフィエの前世、
ウミサチヒコとヤマサチヒコの引くオオワタツミ謹製の馬車でも、道の状態や途中にある
『タマちゃん、至急有人ドローン寄越して!』
『了解。オオワタツミは艦長の位置から二千キロメートルの位置を航行中。ドローン到着まで六時間』
『待って。ウミとヤマに馬車も回収したいから、やっぱり輸送ドローンを回して。到着は夜?』
『艦長の位置での日の入りから二時間十二分に到着』
その後、現地時間で二十一時(便宜上二十四時間制で表現しています)を少し過ぎた頃、サフィエは人目を避けてスーサンコル郊外の上空で輸送ドローンから飛び降りると、急いでスーサンコルへと向かったが、スーサンコルの街門は閉まっていた。サフィエは無理に中に入る訳にもいかず、結局は夜明けまで待つ事になった。(それでも二十四時間、馬車を走らせるよりは早かったが)
明けて街門が開くと急ぎフェティエの住まいを『偶々ファーティを訪れたサフィエの孫のサブリエ』として訪ねる。彼女に応対したのは年老いたアルペレンだった。
「サフ義姉さんのお孫さんだとか……。確かに義姉さんとそっくりだね。フェトに、君の大叔母に会ってやってくれ」
―アルペレンも、もうお爺さんになっちゃったんだね……―
寝室に案内され、ベッドに横になっているフェティエと対面した。
「一昨日、急に倒れてね。それから目を覚まさないんだよ……」
サフィエは、ふらふらとベッドに近付き、跪くとフェティエの手を取り、皺だらけの顔を撫でる。
『タマちゃん、何とかならないの……?』
サフィエの視覚を始めとした感覚系を通してフェティエを診たトヨタマビメが告げる。
『老衰と判断。艦長、残念ながら個体名フェティエはオオワタツミの医療ポッドを使用しても延命は不可能と判断』
『そっか……。お別れかぁ……』
サフィエは
それから三日後、フェティエはファーティ近郊に住まう彼女の縁者に看取られながら静かに息を引き取った。享年七十四歳。波乱の少女期以降は幸せな人生だったかも知れない。
フェティエの葬儀がしめやかに行われ、サフィエもそれに目立たぬ様に参列した。そして葬儀の場に義理の娘と言って良いネケサとエディトも参列しているを確認していた。
葬儀が終わり、参列者は軽食や飲み物を出す場(日本で言うところの精進落とし)へと移動していく。サフィエはこっそりそのまま立ち去ろうとしたが、そこでネケサに見付かってしまった。サフィエの姿を認めたネケサは驚きに目を見張り、サフィエに駆け足で近付くと、いきなり彼女に抱き付いてきた。
「サフまぁま!」
感極まりサフィエの名を呼ぶネケサ。
「え、あの、わたし、サフィエの孫でサブリエと言います」
しかしサフィエは内心に込み上げる思いを隠し『サブリエ』を名乗る。
「ああ、ごめんなさい。そうよね……。貴女のお母さまから亡くなったって知らせがあったものね」
ネケサが謝罪すると、いつの間にか近付いていたエディトも嬉しそうに包容に参加してくる。
「でもほんと、まぁまにそっくり」
サフィエは内心で『そりゃ本人だもの』と応えた。
ネケサとエディトに抱き付かれ、撫でくり回されるサフィエ。
別れた時は小さかった二人も、今ではサフィエよりも背が高い。
長命種で老化の遅い長耳族の血が入っているせいか、彼女達はもう五十代なのだが、見た目はまだ二十代半ばと言われても通りそうだ。
「サブリエは幾つになったの? ファーティには何か用事で?」
サフィエは取り敢えず用意しておいた言い訳を話す。
「二十歳です。母の仕事の手伝いで南方に向かう途中に立ち寄ったので」
「やっぱりサフまぁまの孫ね。どう見てもまだ十五、六にしか見えないわよ」
「そうよね。まぁまったら三十路過ぎても、お姉ちゃんて感じだったもの」
二人が四十年以上も経つのに自分をまだ『まぁま』と呼んでいる事がサフィエは嬉しかった。同時に事実を明かせない事に寂寥感をおぼえる。
サフィエは涙を堪えて精一杯の笑顔を作る。少しでも涙を見せたら勘の良い二人にはバレてしまうかも知れない。
「そうだったんですね。わたしも幼く見られて色々と嫌な目に遭うのが多いです」
「あら、まぁまは平気で受け流してたわよ」
「そうそう。普段は優しいんだけど、キレるとこう、バーンでドーンて感じで」
そして出るわ出るわ。二人が語る自分の過去のやらかしにサフィエは思わず赤面し顔を覆った。
「あら? なんでサブリエが恥ずかしがるの?」
エディトの鋭いツッコミに、サフィエは慌てながら答える。
「いえ、わたしが物心付いた時には祖母は既に他界していましたから。わたしが知らない祖母の話が聞けたのは嬉しいのですが、その、なんか申し訳ないなと……」
「私たちには優しいお母さんだったのよ。亡くなる前に会えなくて悔しかったけど、今日サブリエに会えたから
「そうね、エディト。サ
二人は言うだけ言うと、離れた所で見守って待っていたそれぞれの夫の下へと向かい去って行く。
サフィエは呆けた顔で娘二人を見送るしかなかった。
* * * * * *
フェティエの葬儀の後、サフィエはスーサンコルを人知れず抜け出し、人目を避けて輸送ドローンの迎えを待っていた。
「あれ、絶対にバレてたよね」
どうしてバレたのかとサフィエは内省する。気を抜いたつもりは無かったし、振る舞いも意識して過去のサフィエと違うものにしていた。
「全く、二人ともまだ『まぁま』って呼んでくれてたなんて……」
ふふっ、とサフィエは笑みを零した。
「いつか本当の事を話す時が来るのかしら。知ったら、あの子達は辛い思いをしないかしら」
ぐるぐるとサフィエは考えるが結論は出そうにも無い。
そうこうしている内に輸送ドローンは到着する。サフィエが搭乗した輸送ドローンは南方へ向けて夜空へと消えて行った。
※ ※ ※ ※ ※ ※
フェティエとの別れからもサフィエは相変わらず旅を続けている。
南方では、食糧事情はそれ程悪くないので嗜好品に向いた商品作物を主に広めた。勿論、常食出来るような救荒作物や品種改良した穀物・豆類も忘れなかったが。
商品作物で特にサトウキビ(の性質を持つ別物)は喜ばれ、各地に広がり、砂糖に加工されて東方や北方へと運ばれるようになった。
その際に出る廃糖蜜を使った酒造りを現地の褐色長耳族が始め、更にはそれの蒸留酒、所謂ラム酒まで造り始めたのにはサフィエは内心で「お前らエルフの皮を被ったドワーフだろ」と呆れた。
そしてサフィエが「ラム酒だこれ」とうっかり漏らしたのをしっかり聞かれており、いつの間にか廃糖蜜から作った蒸留酒は「ラム酒」と呼ばれるようになってしまった。現地語で「ラム」が精霊を意味する言葉だったのは偶然としか言いようが無い。
なおこの惑星では蒸留酒は高級品ではあるが存在していない訳ではない。燃料コストが掛かり、経験による温度管理なので酒精の抽出量も多くない。故に市場に出回る量が少なく高価になってしまうのだ。
そこにサフィエは軽い気持ちで酒精は鶏卵の白身が完全に固まるくらいの熱さで水より早く見えない湯気になるよと豆知識を披露した。
酒造りをしている
これは南方の特産品として
そして飲兵衛どもは救荒作物としてサフィエが持ち込んだ甘藷(に似たサツマイモの様な芋)にも目を付ける。
これは加熱する事で自身の酵素で澱粉が糖化して甘くなる芋だ。
糖分があれば発酵させる事が出来る。発酵させたら蒸留する。
異世界で麹こそ使われなかったが芋焼酎が生まれてしまった。
味見に付き合わされたサフィエは遠い目をして思った。
「どうしてこうなった」
甘藷の作付けが増えたのは嬉しい誤算であったのは言うまでもない。
そんな愉快なエピソードも織り交ぜながら、南方でのサフィエの活動は概ね終わりを告げ、今度は東方を素通りして北方短躯族の地へと向かう。
南方へ赴いた時と同じく、輸送ドローンを使っての移動を選択した。
『前に行った東方の寒冷地よりも寒いんだよね。作物は準備出来てるの?』
『ネノクニでの試験栽培は問題発生無し。想定される病害虫への耐性獲得も確認済み』
『品種改良した麦類と馬鈴薯擬きとテンサイ擬き、それと大豆擬きに大根擬きだっけ。牧畜とかは既に盛んみたいだし手出しはしない方が良いよね』
北方へ着いたサフィエは、まずは南方で仕入れた(ように見せかけたオオワタツミでコピーした物)ラム酒をばら撒いて北方矮躯族の歓心を買い、その蒸留方法を伝えた。
ついでに馬鈴薯擬きでの酒造りも。
実は持ち込んだ大根擬き、加水分解酵素を豊富に含み変な臭みも無い。
そして馬鈴薯擬きは連作にさえ気を付ければ麦よりも単位面積辺りの収量が多く、麦より手間が掛からない。
連作させない為の大豆擬きを始めとした他の作物の持ち込みでもある。
結果、北方矮躯族たちは乗り気になった。寒冷地でもあり作物の収量が増えるのは単純に有り難い。ついでに地球のロシア人よろしく強い酒が好き。
お試しの農耕地が上手く行き、酒造りも出来たとなれば後は早かった。
荒れ地にも強い新規作物と新しい酒は瞬く間に広がった。
ある夏の日、サフィエが枝豆をおやつに食べているとサフィエの私塾に通っている矮躯族の一人が興味津々の体で寄ってきた。
「サブリエさん、それなんですか?」
「これ? わたしの持ち込んだ大豆(擬き)の未熟な豆を塩茹でしたやつ」
「少し頂いても?」
「いいわよ。沢山あるから気に入ったら遠慮なくお代わりして」
ひょいと摘まんで見様見真似で枝豆を食す若い短躯族。
暫く咀嚼しながら、ウムウムと考え込んでいたと思ったら、徐に飛び出して行き、麦酒を持ってまた戻って来た。(北方では麦酒の仕込みは麦の収穫の終わった秋の終わりから冬にかけて行われる。故に寒冷地であるこの地で作られる麦酒は自然と低温下面発酵、つまりラガーになる。これに火入れした後に年中飲めるように氷室に保管している)
枝豆を食べる。麦酒を飲む。また枝豆を食べ、また麦酒を煽る。
あっという間に枝豆と麦酒は空になった。
以降、夏の定番として北方
そんな南方と北方での活動を続けているうちに、フェティエが亡くなってから、五十年近くの歳月が流れていた。
明日の投稿も午後6時になります。