叡智の洞窟~金狐姫の孤軍奮闘~   作:片玉宗叱

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16 絶望のファーティ

 トヨタマビメはサフィエの命により十日に一度、港町ファーティを偵察ドローンで観察している。

 その際に、学考塾(ピギクルオーマヌ)の書庫へ、存命中だったフェティエに密かに設けて貰った屋根の上にある書庫内にアクセスできる扉から、深夜に作業ドローンを侵入させて書籍や論文が新しく追加されていないかを確認していた。

 追加や更新されていれば内容を撮影しオオワタツミのライブラリーにコピーして情報を蓄積している。

 トヨタマビメは十日前の観察(パトロール)で異常を確認出来なかったので、その時はサフィエには異常無しと報告を上げたのだ。

 

 しかし、僅か十日の間に何があったのか。

 港町ファーティの多くの建物は悉く破壊され、彼方此方(あちらこちら)から煙が上がっている。

 道端や壊れた屋内に倒れている人々はピクリとも動かず、センサーには生命活動を検知出来ない。

 そして所々に数は少ないが、ファーティでは確認された事のない鎧や防具を身に付けた兵士と思われるモノが所々に転がっている。

 

『艦長、緊急事態! 緊急事態発生! ファーティで大規模戦闘が発生した痕跡あり。状況ファーティ壊滅と判定』

 

 トヨタマビメは映像も併せてサフィエへと送る。

 この後のサフィエの行動を予測して、トヨタマビメは有人ドローンと大型輸送ドローンの発艦準備を急いだ。

 サフィエのサポートAIとして誕生し百年以上を経たトヨタマビメは、サフィエとの神経系の接続を密にした頃から急速にサフィエが持つ『慈しむ』を始めとした様々な感情を学習、理解し始めていた。

 

 これはサフィエが自重を完全に捨てるに足る状況。なればサフィエを支援する為に存在する自分は(・・・・・・・)今、何をするべきか。

 サフィエからの指示を待たず、トヨタマビメはネノクニを自律航行モードへと設定し、オオワタツミをファーティへと急行させる。

 

『タマちゃん、これ、現実なの? こんな……、こんなの……』

 

『艦長、現実の映像(リアルタイム)です。現在、有人、輸送の両ドローンは発艦準備を完了。オオワタツミは現地へ急行中。ネノクニは自律航行モードで同様に現地へと向かっています。命令を待たず行動を開始したことを謝罪します』

 

『ううん。タマちゃん、ありがとう。二機ともこっちへ寄越して。輸送ドローンだけはウミとヤマ、馬車を積んだらオオワタツミに回収お願い』

 

『了解。艦長の現在地に七時間後に到着予定』

 

 トヨタマビメは優しい主が心を痛めて泣いているのを通信リンクを通して感知していた。

 

* * * * * *

 

 曇天の空の下、港町ファーティに降り立ったサフィエは、その凄惨な光景に言葉を失った。

 破壊され尽くされた家々。

 道端に重なる遺体。

 木と肉の焼け焦げた臭いや鉄錆の臭いが混ざり鼻を突く。

 辺りに生きた人の気配は無い。

 

「タマちゃん! 全ドローン発艦! 要救助者と周辺の生存者の捜索! 履帯の付いた地上作業ロボも空輸して投入!」

 

 声に出す必要は無い。必要は無いが思わず声を大にしてトヨタマビメへの指示を飛ばすサフィエ。

 

『偵察ドローン群は先行して付近を捜索中。地上作業機は全機待機中。輸送ドローンが帰艦次第空輸開始』

 

学考塾(ピギクルオーマヌス)を見てくるわ……」

 

 サフィエは元金狐の宿塾、現スヴァーリ学考塾へ足を運ぶ。そこで見たのは、街中の家々と同じく破壊された建物と、燃やし尽くされた大書庫(図書館)

 収集され蓄積された智慧たちが、完膚無きまでに消し去られていた。

 

『広域上空偵察で西百八十キロメートルに西に向かって航行する船団を発見』

 

 サフィエに映像が送られ来た。ガレー船の帆に描かれた紋章からロールムレム王国を中心にした西方諸国の物だと判断出来た。

 

「今は構ってる暇は無いわ。生存者を探すのが優先よ」

 

 サフィエも自らの足で歩き、建物の一つ一つを確認しながら生存者を探す。

 トヨタマビメからの報告でも生存者はまだ見付かっていない。

 

 そして生存者を探して歩くサフィエはある建物で見付けた。

 見付けてしまった。

 

「嘘……、嘘よね? エディト……?」

 

 そこには無残にも変わり果て事切れている、五十年振りに再会した愛する義娘であるエディトの姿があった。

 

「エディト……、エディト! あああああ!」

 

 エディトの遺体に駆け寄り縋り付き泣き叫ぶサフィエ。

 そこに更に追い討ちをかけるような報告がトヨタマビメから入る。

 

『艦長。個体名ネケサと確認出来る遺体を発見』

 

 サフィエの脳裏にドローンが撮影している血塗れで横たわるネケサの姿が映し出される。

 

「やだ……、ネケサまで……、また会おうって約束したのに! お母さんよ、まぁまよって打ち明けようと思ってたのに!」

 

 サフィエは泣き叫ぶ。

 無人の街に、娘達の名を呼び泣き叫ぶサフィエの悲痛な声が響き渡る。

 サフィエの慟哭に呼応したかのように街には雨が降り始めた。

 

* * * * * *

 

 ファーティを襲ったのは『東蛮征伐軍』、その海軍であった。

 東蛮征伐軍とは、『唯一神に逆らう蛮族を征伐する』と言う大義名分を掲げてはいるが、この百年間に豊かになって行く東方を羨み、その富を略奪する事だけを目的にして西方諸国によって編成された軍である。

 編成された軍は元カァフシャアク王国王都の東側へ渡り陸を進む陸軍と、中つ海を海岸沿いに東へ進む海軍に分けられた。

 略奪だけが目的なのに何故この様な徹底的な破壊と鏖殺が行われたのか。

 軍の中にはスウツノ教から軍監として派遣された司教や司祭などの多くの狂信者共が同行していた。

 彼等は行く先々で東方にある数々の書物を目にし、また拷問で住民より引き出した証言を聞き『啓典に示されている事とは違う。啓典には示されていない。啓典は絶対であり、これを侵すは神に対する不敬であり罪であり悪である』と糾弾した上で、『これらを奉ずる東方に住まうモノは、神に逆らう人に非ざるモノ。全て根絶やしにすべし!』とヒステリックに逆上し兵共を煽動した。

 軍の兵士達は敬虔な(盲信している)スウツノ教徒であった。

 狂信者に煽動され破壊衝動に駆られた盲信者達は多くの人々を殺し、家々を破壊し、数々の書物を焼いたのだ。

 彼らは略奪と破壊と殺戮の限りを尽くした。

 サフィエとフェティエ、そしてその後継者達が、苦労して東方に広め、やっと芽吹き根付き始めた智慧の数々も破壊して。

 

* * * * * *

 

 東蛮征伐軍は略奪と言う目的を果たすと早々に引き上げて行った。

 領土を獲るのが目的では無かったので各地を荒らすだけ荒らし、住民を鏖殺し(みなごろし)にして。

 

 特に無防備だった海側の被害は甚大だった。

 住民の殆どが消えてしまった町の数は幾つにも上る。

 治めていた領主も多くが犠牲になり、復興に何年かかるかも分からない。

 

 そんな住民の消えた町の一つ、スーコンサルにサフィエの姿があった。

 

 

 

 ファーティで愛娘達の無残な姿に対面した翌日から、サフィエは悲しみを抱えながらも生存者の捜索を再開する。

 ネケサとエディトの遺体はオオワタツミに収容し、出来る限り損傷を綺麗にしてから埋葬する事にした。

 同時にファーティを含め全滅した周辺の町々の遺体の身体的特徴の記録、身元を示すような物の有無の確認、そして埋葬をトヨタマビメへと指示した。

 併せて埋葬の際には遺体のデータと埋葬場所の関連付けを記録するようにと。

 サフィエは一人一人それぞれの墓標を作りたかった。

 もし、縁者が訪れても探し易いように、見付け易いようにと、撮影された遺体の画像から生前の顔や姿を復元した写真と、どこでどのように亡くなっていた等、知り得る限りの情報を墓標に刻む為に。

 数え切れない遺体の確認・記録と埋葬は、ドローン、地上作業ロボ、重機を総動員して行われた。

 その様子を、無事だった土地から様子を見に訪れた人々に目撃されたが、彼等はドローンや重機が作業する姿を見ると、逃げ出す者が殆どだった。

 中には、本当にごく少数だが、作業を手伝おうとする者も居たが、それらの人にはサフィエが対応。丁寧に説明し、お引き取り願った。

 把握出来た人々の墓標をオオワタツミで作り、埋葬地へと設置が終わった頃にはファーティに来てから1ヶ月が過ぎていた。

 サフィエ達が昼夜問わずに弔った人々の数は三万人近くにもなっていた。

 

 

 

 スーコンサルの東にある岩山を見ながらサフィエはトヨタマビメに語りかける。

 

『タマちゃん、昔フェトと一緒に検討した崖、あそこに重機を展開して』

 

 サフィエの両の腕の中に抱えられ、すやすやと眠る赤狐族の赤子二人を優しくあやしながら。

 

 この赤子達はファーティを捜索中に奇跡的に見付かった、たった二人の生存者。

 父親母親と思しき赤狐族の二人が折り重なるようにして倒れてた下で、籠に隠されて庇われていた、ぎりぎりで助けることが出来た小さな命たち。

 

『了解。艦長、洞窟型拠点の整備ですか?』

 

『うん』

 

『個体名ネケサとエディト、加えて艦長の後継者達の無念を晴らさないのですか?』

 

『うん。わたしは、わたしのやり方で、わたしの良心に誓ったやり方で、あの子達の無念を晴らす。でも時には暴力的にでも力を振るわないと守れない事があるって、身に沁みたわ。次は間違えない』

 

『艦長サフィエ、(トヨタマビメ)は貴女のサポートAIとしての存在意義を全うします。私は私の全能力を使って、貴女の望みを叶えられるようサポートしましょう』

 

『ありがとう、タマちゃん。貴方、なんか人間臭くなったんじゃない?』

 

『艦長より『人の感情』を学習し、理解が進んだ結果と結論』

 

『そっか。タマちゃん、いつか全てが終わって、もしもその時にタマちゃんにも()が生まれてたら、一緒に万象心(ユニバースマインド)の下に逝こうか』

 

『お供します。艦長』

 

『ありがとう。さあ、スヴァーリ学考塾(ピギクルオーマヌス)を再興するわよ。資料は残ってるけど、まずは拠点整備して、人を集める事から始めなきゃ』

 

『艦長、先にその乳児の名付けを推奨』

 

『そうね……。色々と考えたけど、男の子はムリーヤ、女の子はマディーヤに決めたわ』

 

『夢と希望を意味する北方古語ですね』

 

ムリーヤ()マディーヤ(希望)。わたしを貴方たちのお母さんにしてね。貴方たちに神々と聖霊と祖霊の加護があらんことを」

 

 ムリーヤ、マディーヤと名付けた赤子達に声をかけながら、スーコンサルの東に聳える崖を眺め、サフィエは誓う。

 

『わたしは絶望しない。独りっきりにされたとしても、絶対に絶望なんてしてやるもんか』

 

 振り返ると沈み往く夕日に染まる海が見える。その時ふわりと風が彼女の耳元を優しく撫でて行く。

 

―サフまぁま、エディトと一緒に先に逝ってるね―

 

―まぁま、弟と妹を、わたしとネケサと同じに愛してあげてね―

 

 サフィエの両の(まなこ)からは涙がぽろぽろと零れ落ちて行った。

 




 明日の投稿も午前6時になります。
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