叡智の洞窟~金狐姫の孤軍奮闘~   作:片玉宗叱

17 / 21
17 叡智の洞窟

 ムリーヤとマディーヤと名付けられた双子の赤子をオオワタツミで育てながら、サフィエは拠点整備に勤しんだ。

 

 まずはスーコンサルの岩山に、長さ一キロメートルもの洞窟を掘り、それを通路として書庫や閲覧室等に使う為の部屋を幾つも設ける事にした。

 

 実際の作業はトヨタマビメが制御する重機・建機によって行われるので、サフィエはレイアウトを考えてトヨタマビメに指示するのみである。

 その間、サフィエは長命種が多い北方と南方の教え子達を、機動力を生かして直接訪ねては協力のお願いをして回った。

 勿論、お願い行脚にはムリーヤとマディーヤも連れて行った。

 その為にわざわざ双子用のベビーカーとか有人・輸送ドローンに取り付けるチャイルドシートまで作らせるほど、サフィエは二人を片時も離したくないと溺愛する様になっていた。

 

「見てみてタマちゃん! リーヤ(ムリーヤ)が()ったしたわ! マディ(マディーヤ)はまだかしらね~。おすわりは上手にできるんだけどね~」

 

 ムリーヤが初めて掴まり立ちしたのを見て、親バカ丸出しで喜ぶサフィエ。そのサフィエを見てキャッキャとはしゃぐ双子。

 救出した時は首が据わるか据わらないかで衰弱も激しかった二人だったが、今ではサフィエの愛情を受けて元気に成長している。

 二人とも推定六ヶ月、ムリーヤの方が少し活発らしい。

 

『艦長、書庫に収蔵する書籍類の製本は全て完了』

 

「配布用の分も?」

 

『全て完了と報告済み』

 

「ううっ、タマちゃん冷たい」

 

 書庫に収める書籍は、オオワタツミでデータ化されていたスヴァーリ学考塾の書物に加え、サフィエが各地で作ったテキスト類やノウハウ集など、多岐に渡るものを印刷・製本し、考えられる限りの保存・破損防止処理を施したものになる。

 また拠点に収めた書籍類と同じ物が複数セット作られ、教え子達の協力で各地に建設される予定のスヴァーリ学考塾分舎(分校)に収蔵する計画だ。

 

 洞窟型拠点の建設でサフィエは、以後の自重をやめた。

 内壁を強化し簡単には崩落を起こさないように施工するのは勿論だが、書庫には照明、空調を、閲覧室には加えてトイレを始めとする衛生環境、宿泊施設には更に加えて浴室・浴場、火を使わない調理室、冷凍冷蔵庫、挙げ句に全体に生体認証による入退館・入退室システムまで装備する。勿論、動力源は固体内凝集核融合炉である。

 そして拠点最奥には開かない扉。これは次期工事でオオワタツミへとアクセス出来るよう、海中へと繋がるトンネルが掘削され、そこまで降りるエレベーターが設置される。

 

 秘密基地か。いや秘密基地だ。

 

 防衛に関して、拠点の地上側出入口を塞いでしまえば、海中を通した補給で何年何十年でも籠城が可能ではある。

 敵が諦めて引くまで籠もって粘る。これも立派な戦術ではある。しかし、これでは敵に舐められかねない。

 とは言えサフィエは人が傷付いたり傷付けたりするのを非常に怖れる性質(たち)だ。

 例えば妹フェティエの救出では、蹂躙しようと思えば出来たのに、威圧して脅しただけに留めている事でも分かる。

 ただ結果的にカァフシャアク王国は滅んでしまったが。

 

「防壁で食い止めて催涙弾とか閃光発音弾とかで無力化して捕縛? で、戦意喪失したら放逐? 放逐は良いけど、そのまま送り返すのもなぁ……」

 

意識改革の為の教育(人道的手法での洗脳)を施す事を提案』

 

「タマちゃん! 思考通信で裏の意味が漏れてるぅ!」

 

 攻めて来る敵の無力化と捕縛後の問題は未来に起こり得る事だが、喫緊の課題ではないので先送りして、取り敢えず防御の為に拠点のある岩山周辺をスーコンサルも含めて城壁で囲う事にした。

 上部に向かってオーバハングしている城壁を長寿命コンクリートで建設する。高さ二十メートル、幅十メートルにする予定だ。

 漆喰や三和土(たたき)のようなものは存在しているので、中に入れる筋の素材さえ間違えなければ、後世に残っても違和感は無いだろう。

 その範囲だが岩山(洞窟型拠点)を中心にスーコンサルや周辺農地を含む半径十キロメートルの歪な円となる。海上にも延長されスーコンサルの港の防波堤を兼ねる。

 面積は約三百平方キロメートルで、環状七号線の内側や西表島とほぼ同じ面積と言えばお分かりいただけるであろうか。

 

「城塞都市の範疇超えてない? これ」

 

『城壁総延長は防波堤部分を含め六十二キロメートル。岩山山頂に城を建てる事も推奨』

 

「タマちゃんも冗談が言えるようになったのね」

 

『海側の監視・防衛施設として有効と判断』

 

「冗談じゃなかったよ!」

 

 そんな計画を練りながらも拠点の整備は進められて行った。

 

* * * * * *

 

 拠点整備開始から二年と少しが経過して、ムリーヤとマディーヤは健やかに成長し、推定満三歳になった。

 洞窟型拠点の工事も終り、そろそろスヴァーリ学考塾(ピギクルオーマヌス)を再興する為に人を呼ぶことになる。

 居住地となるスーコンサルには町を囲む局所的な城壁が完成しているし、かなり余裕をもって住めるだけの数の住宅も建築済みだ。よしんば足りなくても空き地は十分に確保してある。

 また食糧に関してはネノクニからの船を使った輸送で自給自足にするつもりだ。

 

 拠点完成を機にサフィエ一家はオオワタツミを離れ、スーコンサルの一角に建てた自分達の家へと移ることにした。

 通いも考えたが、双子をオオワタツミに閉塞させていては良いことなど何も無い。

 太陽の下、大地の上でのびのびと暮らし、そして友達を作り、彼らと遊んだり、喧嘩したり、仲直りしたり、大人に褒められたり、可愛がられたり、悪さをして叱られたり、多くの人と関って教えられながら学びながら生きる。そんな普通の生活を送らせたい、サフィエの願いだ。

 

 ただし問題はまだ移住者が居らず、スーコンサルにはサフィエ家族しか居ない事。

 

「家族が沢山居ると楽しいのよね」

 

 サフィエ自作の玩具(おもちゃ)で双子が遊んでいるのを見守りつつ縫い物をしていたサフィエは、ふと懐かしい金狐の宿塾での元孤児達との賑やかな生活を思い出し、しみじみと一人呟く。

 そして、ふと昔フェティエと話した時に彼女に言われた事を思い出す。

 

―サフ姉かわいいから、きっと見付かるって。サフ姉の赤ちゃんかぁ。見てみたいなぁ―

 

「結婚かぁ……。諦めてはいたんだけど……。誠実で、リーヤとマディのぱぁぱ(父親)になってくれて、わたしの秘密が守れて不老不死を受け入れてくれる、そんな都合の良い(ひと)なんて居るのかなぁ」

 

「? ぱぁぱ、なに?」

 

「まぁま、けこん、なに?」

 

 サフィエの独り言に、自分達の名前に反応したムリーヤとマディーヤがよく分かってない顔で聞いてきた。

 

「んんっ! 後で教えてあげるわね。二人ともおやつ食べる?」

 

 咄嗟に誤魔化しつつ、永遠の十五歳は婚活について真剣に悩む事になった。

 

 

 

 悩んでいても時は過ぎる。そうこうしている内に長命種を中心とした教え子達やその弟子達が家族を引き連れて、或いは単身で、続々とスーコンサルへとやって来る。途中で合流した学考塾(ピギクルオーマヌス)で学んだ者達も幾ばくか引き連れて。

 南からは主に船で、北と東方各地からは主に馬車や徒歩で。

 

 人が集まれば物が動く。物が動けば金も動く。金が動けば商人が動く。商人が動けば更に人・物・金が集まり規模は大きくなって行く。スーコンサル周辺は交易がそこそこ盛んだったファーティの近くの地で、元々の地の利が有る。

 一度回り出したら急拡大は必至だろう。

 

 しかしサフィエはその動きを抑制する。無主の地であるここに野放図に人を受け入れる事は諸々のリスクが大きい。

 それにまだ全体の守りの要となる総延長六十キロメートル以上にも及ぶ大城壁は完成していない。

 これが完成すれば、無人で無主の地だが、実効支配している事を理由に、一帯の領有を主張する事ができる。

 

 作物を育て、人を育て、技術を育て、智慧を蓄え、力を蓄え、この地から再び戦いを始めるのだ。

 その為には守りを固めて、奪われ失われる無様(ぶざま)は二度と起こさない。

 

 狐は用心深く執念深いのだ。

 

* * * * * *

 

 サフィエの呼び掛けで集まった者達は、スーコンサルの岩山の崖に再建された新しいスヴァーリ学考塾(ピギクルオーマヌス)を見て驚いた。

 

 それはそうだ。

 昼間の様に明るく、暑くも寒くもない清潔な洞内。

 調べたい内容を告げるだけで目的の書架まで光の道で案内される図書室。

 写本用にと上質な紙と、間違えても専用器具でなぞるだけで消せる不思議なペンが備えられたら閲覧室。

 快適な宿泊室に火を使わないで煮炊きが出来る厨房と、水で流すトイレに何時でも入浴出来る浴場に娯楽室まである。

 これで驚くなと言うのが無理だ。

 

「先生、ここは一体……」

 

 この中では最古参の、一人の褐色長耳族が思わずサフィエに聞いた。

 

「ここはね、いつか必ず人が至れる智慧と技術で出来ているの。夢と希望と叡智の詰まった場所、それがここよ」

 

「サブリエ先生、貴女は……何者なんですか……? 初めてお会いした時からお姿が変わらないから、金狐族とは言え長命種の血が入っているとは思っていましたが……まさか本当は女神様の……?」

 

 サフィエは真顔で彼らに告げる。

 

「いいえ。わたしの本名はサフィエ・スヴァーリ・カァフシャアク。百年以上前に滅亡したカァフシャアク王国の元第三王女で、スヴァーリ学考塾の前身、金狐の宿塾の創設者の一人よ。どう、驚いた?」

 

 絶句する教え子達にサフィエは悪戯が成功した子供の様な笑顔を向けた。

 

 

 暫しの静寂。

 

 

「またまた~、ご冗談を」

 

 その場がドっと沸いた。笑い声で。

 

「ええええ?」

 

 渾身のカミングアウトを冗談で流され、サフィエは困惑する。

 抱っこされてるムリーヤとマディーヤは母の顔を見て、きょとんとしている。

 

「いやぁ、サブリエ先生の冗談は笑えないのが多いけど、ぷふっ、今回のは久しぶりにウケたな」

 

「『どう、驚いた?』ドヤァ! だぜ。ドヤァ! て、くっ、くくく、っいやぁ腹ぁ痛ぇ」

 

「双子ちゃんのこと抱っこしてるからキメ顔しても締まらねえよな」

 

「あの見た目で三歳児二人抱っこって相変わらずの力持ちだわ」

 

「はーい、解散解散。取り敢えずじっくり見学させてもらおうぜ」

 

 言いたい放題でわらわらと思い思いの場所へと散って行く教え子達を呆然と見送るサフィエ。

 暫くすると顔を真っ赤にしてプリプリしながら地団駄を踏む。

 

「もう! なんでよ! 覚悟決めてカミングアウトしたのに! もう! もう! もう!」

 

「ふぇえ……」

 

「まぁまぁ……」

 

「ああっ! ごめんね、リーヤ、マディ。びっくりしちゃったね~、よしよし」

 

 恐るべし褐色長耳族(飲兵衛エルフども)北方矮躯族(酔いどれドワーフども)の強メンタル。

 

 ぐずり始めた双子を慌ててあやすサフィエに古参の北方矮躯族の一人が話しかけた。

 

「先生。先生が何者であろうと私らの豊穣の女神には変わりませんよ。それにしても夢と希望と叡智が詰まった場所ですか。この際、スヴァーリ学考塾じゃなくて『叡智の洞窟』なんてどうです?」

 

 サフィエは赤面した。

 




 明日の投稿も午後6時になります。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。