叡智の洞窟~金狐姫の孤軍奮闘~   作:片玉宗叱

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18 狐の嫁入り

 なし崩しでスヴァーリ学考塾(ピギクルオーマヌス)から叡智の洞窟(ビィギリクマァラッス)と名前を変えたサフィエの拠点。

 早速、入り浸る連中が続出した。中には「俺はここに住む!」宣言をする者も出る始末で、早々に運用を見直す羽目になった。

 宿泊室は閉鎖。開館と閉館時間を決めて、閉館時間を過ぎたら問答無用で叩き出し家に帰す事に。

 そのために移住してきた人達の家族の中から『押しの強い奥様方』をスタッフに加え、ついでに潰した宿泊室の仕切りを取り払い大部屋にして、託児所・保育所として開放した。

 厨房もあるしお風呂もある。持ち回りだけど子供の世話から解放される。そのせいで子育て中のお母さん達どころか子育てを終えて暇な奥様方やも昼間に入り浸る様になる。

 ムリーヤとマディーヤもお友達が出来て大はしゃぎだ。

 再初期の金狐の宿塾の再現である。

 

 

 そんな中、なんとサフィエが恋をした。

 お相手は、昔密かに想いを寄せていたが、自分が秘密を抱えていた事に加えて、ハリーデ一が猛アタックをかけていたので、諦めて想いを封印した相手、ブルトにどことなく雰囲気が似た二十四歳の赤狐族の好青年オクタイである。

 彼はスヴァーリ学考塾出身者に師事していた縁で、北方矮躯族の移動に同行して来た合流組だ。

 学問に邁進していた為に、地元でも浮いた話は無かったらしい。

 

『タマちゃーん、切ないよぉぉ』

 

『感情の揺れを観測。やや発情傾向』

 

『だから言い方ぁ! ううう、百歳近くも年上なの知られてるしぃ~』

 

『自称、永遠の十五歳と認識。百歳の件は冗談として処理されていたと記録が存在』

 

『あれね、冗談にしたのって彼らの優しさだと思うよ。うん』

 

 洞窟内の託児所で、うだうだもだもだと脳内でトヨタマビメと会話しながら自分の尻尾を抱え込んでゴロゴロと転げ回るサフィエ。

 彼女が遊んでいると思い纏わりついて一緒に転がる幼子達。

 ムリーヤとマディーヤはそんな母には我関せずで、他の子達と一緒に世話役のお母さんに絵本(サフィエ謹製)を読んで貰っている。

 託児所内はカオスな空間となっていた。

 

「ああ、サブリエ先生。やっぱりここでしたか」

 

 噂をすれば、と言う訳では無いが、ひょっこりとオクタイが顔を出した。

 すると、大人しく絵本の読み聞かせを聞いていたムリーヤとマディーヤが、とてとてとオクタイに向かって行き、はっしとその足に抱き付き見上げておねだりする。

 

「オクにぃ、あしょぼ」

 

「にぃに、あたちとあしょぶの」

 

 同じ赤狐族だからか、いつも遊んで貰えるからなのか、はたまた家で一緒にご飯を食べることが多いからか、二人はオクタイに非常に懐いている。

 食事に呼ぶとは胃袋を掴む作戦か。

 

「ごめんね、リーヤ、マディ。お仕事中だから今は一緒に遊べないんだよ」

 

 オクタイはしゃがんで幼子達に目線をあわせて頭を撫でながら謝った。

 

「あ、あの、その。何かありました?」

 

 もじもじしながらサフィエが来て要件を聞く。聞きながらも尻尾が、ふぁっさふぁっさと揺れている。

 

「このフェティエ・カルカン氏の論文で少し分からないところが」

 

「ん? フェトの? ちょっと見せて」

 

 どれどれと座り込んで、フェティエが書いた論文を受け取りパラパラ捲るサフィエの横からオクタイが身を乗り出して覗き込む。

 

―ぎゃーっ! 近い! 近い!―

 

 内心で激しく悶えるサフィエ。

 乙女か。自称・永遠の十五歳の乙女だった。

 そしてそれを見ているお母さん方と奥様方はコソコソと「あらまあ」とか「なるほど」とか言ってニヤニヤしている。

 

「あ、ここです。数論的ズィッツ函数の零点が、負の偶数と、実部が二分の一の複素数に限られるという予想についての記述なんですが」

 

『タマちゃん、参考書検索してー!』

 

 速攻カンニングである。そしてしれっと答えるサフィエであった。

 

「ああ、これなら確かアルペレンと共著の素数分布論に詳しいのが載ってるわよ」

 

―私が旅に出てる間に夫婦して、こんな小難しいこと研究してたのねぇ。何だかんだで仲良しだったしなぁ―

 

「ありがとうございます。いつも助かります。お礼に俺に出来る事なら何でも言ってください」

 

 妹夫婦の事を考えていて、ぼーっとしていたサフィエは「何でも」と聞いて思わず願望を口走ってしまう。

 

「お嫁さんにして下さい」

 

「え?」

 

 固まるオクタイ。自分が無意識に願望を口走った事に気付いて赤面して茹で上がるサフィエ。

 周囲で、やんやと盛り上がる奥様方とお母さん方。

 

「あ、あの、今のは、その」

 

 しどろもどろのサフィエにオクタイは彼女の手をしっかり握り締め真顔で言った。

 

「はい! お嫁さんにします! 寧ろ俺からお願いします!」

 

 なんだよこいつらも両片思いだったのかよ。リア充め。

 

 斯くして狐は嫁に行く事になった。いや婿を取ったのかも知れない。

 二人の側でムリーヤとマディーヤは「まぁま、およめたん?」「マディも! マディもおよめたんすゆ!」とはしゃいでいた。

 

 この話は瞬く間に(奥様ネットワークで)広がり、あれよあれよ言う間に祝言の場が整えられ、そこで飲んだくれ共の肴にされつつのドンチャン騒ぎの末に二人は夫婦となることに。

 

「不束者ですが、養子とは言え瘤付きですが、そして貴男より物凄く年上ですが、末永く宜しくお願いします」

 

 祝言の後、何故か寝室のベッドの上で正座し三つ指付いて深々と頭を下げるサフィエ。

 双子は最後まで「まぁまぱぁぱといっしょねゆ!」と抵抗していたが、「お友達の家にお泊まりする?」と誘導されると、笑顔で二人揃って母に「ばいばい」しながら、友達と手を繋いでお泊まりに行ってしまった。そんなもんである。

 

「全部受け入れるって決めたからね、そんな畏まらないで」

 

 祝言を挙げる前にサフィエはオクタイに全て打ち明けた。それをオクタイは黙って聞いた後「俺の嫁さん可愛くて最強で最高かよ!」と歓喜したとかなんとか。

 

 そして、二人は結ばれた。

 結果、トヨタマビメが昔に言った通りになった。

 

* * * * * *

 

 サフィエとオクタイの二人が結ばれてから九ヶ月。サフィエは臨月を迎えていた。双子は「あかたん、まだぁ?」と大きくなった母のお腹に毎日話しかけては耳を当てている。楽しいらしい。

 お腹の大きさから確実に二人以上居るわよ、と奥様方には言われている。

 因みに妊娠初期にオオワタツミにこっそり出向いて検査したら三つ子である事が判明している。

 性別は生まれてからの楽しみに取っておくそうだ。

 

 穏やかな日々を送る中、ついにサフィエが産気づいた。

 オクタイを始めとした男共はオロオロとするばかりで役に立たない。そして頼りになるのは奥様方とお母さん方。

 サフィエが産室に入って半日もしないうちに発せられた三連続の元気な産声が、三つの新しい命が無事にこの世界に産まれ出た事を知らせたのだった。

 

* * * * * *

 

 話は少し前後する。サフィエが臨月を迎えたこの時期、スーコンサルを守る総延長六十二キロメートルの大城壁が完成した。

 この大城壁の街道に繋がる出入口には扉は無く、普段は解放されている。

 しかし侵攻を受ける等の緊急時には地下から城壁と同じ高さと厚みの壁がせり上がり出入口を塞いでしまう様になっている。

 なお平時夜間の防犯・獣の侵入防止の為に、木製の城門とも言える木戸を出入口に設置する予定になっていた。これはまだ未着工である。

 

 大城壁建設中は遠巻きに様子を見ていた近隣の領や国。

 西方諸国による略奪後から無人となった旧ファーティ領へ、じわりじわりと蚕食を始めていた彼らは、この大城壁の完成を見て、これを作り出した者に接触しようと調査隊を送り込んで来た。

 城壁の出来る前、北方矮躯族や南方の褐色長耳族、それにスヴァーリ学考塾に縁のある者達がその地に向けて移動していたと聞き及んでいる。

 また略奪を受けた直後に全滅したファーティに於いて、得体の知れないモノ達を使役して、亡骸を埋葬し弔っていた金狐族の娘の噂と、東方の東と北から新しい作物と一緒に広まっている、金狐族の姿で顕現したという豊穣の女神への信仰。

 何かある。そう考えた為政者達は、あわよくば土地ごと自分達の支配下に組み込めないかと目論見んで調査隊を送り込んだのだ。

 

* * * * * *

 

 出産を終えたサフィエだが、出産によるダメージは皆無だった。

 後産を終えると少し休んだだけで三つ子の世話を甲斐甲斐しく始めてしまう。

 そんなサフィエを心配して「まだ休んでたら」と言う周りに、彼女はコロコロと笑いながら言う。

 

「頑丈なのが取り柄なのよ」

 

「本当に大丈夫なのかい?」

 

「ええ。そうだ、この子達をオクとリーヤとマディに会わせたいの。呼んで貰えるかな?」

 

「そうだね。さっきからドアの前でウロウロしてるみたいだから呼んで来るよ」

 

 お産婆さんをしてくれた奥様が「ほら! さっさと入って顔を見ておやり!」と、ドアの前で所在なさげにして居たオクタイを呼び込むと、洞窟内託児所へ向かった。

 

 生まれたのは男の子一人に女の子二人。全員が金狐族の特徴を持っている。

 男の子はサフィエと同じミントグリーンの瞳、女の子はオクタイと同じスカイブルーの瞳だ。

 

「サフ、頑張ったね」

 

「ふふっ、楽勝だったわよ? ぽんぽんぽーんて。さあ、順番に抱いてあげて」

 

 結婚後、オクタイはサフィエを本名の愛称で呼ぶようになった。

 そんなオクタイが恐る恐る順番に赤子を抱いていると、奥様に連れられてムリーヤとマディーヤがやってきた。

 双子はサフィエの横に寝かされている弟と妹たちに近寄ると満面の笑みを浮かべた。

 

「あかたん!」

 

「ちったいね。かあいいね」

 

 思わず声を上げるムリーヤと見たままの感想を言うマディーヤ。

 

「リーヤ、しーっ。赤ちゃんがびっくりしちゃうから大きな声はダメよ」

 

 (たしな)められて「はぁい」と素直に返事し、静かに大人しく自分達の弟妹を見つめる双子。

 そんな二人の頭を優しく撫でるオクタイ。

 その姿を見てサフィエは思う。

 

―ああ、わたしたち、家族なんだ―

 

* * * * * *

 

『艦長。スーコンサル領域内に多方面から侵入者複数』

 

『緊急案件じゃなさそうね。数は? 目的は分かりそう?』

 

『三グループ、合計三十二人。遠距離から盗聴した会話から、我々に接触するのが目的と判明。排除しますか?』

 

 三つ子の世話をしたり、赤ちゃん返りをした双子におっぱい吸われたり(なだ)めたり、どさくさ紛れにオクタイにもおっぱい吸われそうになってシバいたり相手をしたり(意味深)、もちろん叡智の洞窟の運営に参加したりと、サフィエでなければ確実に倒れたか寝込んでいたであろうというこの忙しい時に、侵入者の報告を受けたサフィエは不機嫌になった。

 その感情を受けてのトヨタマビメの排除発言である。

 

『ん~、こっちの体制まだ整って無いからなぁ。完成即閉鎖しといた方が良かったかな? まだこっちに向かって移動の最中の人も居るしなぁ』

 

 順番に三つ子にお乳を与えながらサフィエは考える。

 

『会って丁寧に説明して、お引き取り願おう。で、追い出したら大城壁の出入口閉鎖で。移動中の人達は輸送ドローンで迎えに行く方向で。侵入者との面会は、わたし一人でやるわ』

 

『面会場所の指定を要求。誘導しますか?』

 

『こっちから出向く。輸送ドローンで夜にでも乗り付けるから準備しといて。あ、やっぱ無し。この子達におっぱいあげないとだから、んー、明日の昼間に全部回るか』

 

 自重は捨てたはずだが、やはりコッソリ行動の癖が抜けないサフィエである。

 

 そして明けて翌日。子供達を託児所に預け、心配するオクタイを後にしてサフィエは面会(威圧)へと向かった。全員、スーコンサルの城壁外へ出ないように念を押して。

 

『話が通じなかったら魔法で麻痺(スタン)させて排除ね』

 

『第一グループの上空へ到着』

 

『近くだから、あっという間だねー』

 

* * * * * *

 

 元ファーティ領の隣にあるシャティウルハリ国。そこから調査にやって来た隊長のオルベイは驚愕の表情で空を見上げていた。

 スーコンサルがある方向から飛んで来た恐ろしげな異形の怪鳥が翼を広げて自分達を見下ろして(いるように見える)バタバタと低い連続した鳴き声(ブレードスラップ音)で威嚇しているのだ。

 

「た、隊長!」

 

「慌てるな! そのままじっとしてろ!」

 

 見ていると怪鳥はゆっくりと高度を落とし、彼等から離れた場所で着地した。

 ここで逃げ出す者は誰も居ない。彼等の練度と統率は高い様だ。

 警戒しながら見ていると怪鳥の陰から一人の女が現れ近付いて来る。黄金色の髪を靡かせ、奇妙な装束の金狐族の女だ。

 

「何者っ!」

 

 オルベイは思わず誰何する。

 

「それはこっちのセリフよ。人の土地に無断で踏み込んで来るなんて、一体何処の誰かしら?」

 

「ここは無主の地! 貴様にその様な事を言われる筋合いは無い! 貴様こそ、この地を不法に占拠する賊ではないのか? 怪鳥を操る怪しい女め! 大人しく縛に付いて洗いざらい吐くのだ!」

 

 それを聞き女は声を上げて笑った。そして一頻り笑うと、一度嗤ってから話し始める。

 

「あー、可笑しい。自分で無主の地って言っておきながら縛に付けとか。無主の地で、あんた達の後ろ盾も無い地で、自分達の検断権を使うだなんて、とんだお笑い草ね」

 

 言うと女は背筋を伸ばして告げる。

 

「今のうちに言っておくわ。わたしはスヴァーリ学考塾(ピギクルオーマヌス)の正当な後継である叡智の洞窟(ビィギリクマァラッス)の代表、サフィエ・スヴァーリ。次は無いわよって貴方達の主に伝えてね。ではシャティウルハリ国の調査隊の皆さん、ご苦労様。貴方達は強制退去処分にします」

 

 女の髪が、ぶわりと広がると、鞭を振るわれた時の様な音が聞こえ、その瞬間オルベイは意識を失った。

 

* * * * * *

 

 シャティウルハリの調査隊の排除を行ったサフィエは、面倒臭くなって他のニグループも電撃により麻痺させて強制退去とした。

 

『お掃除完了。タマちゃん、大城壁入口の全閉鎖よろしく』

 

『了解。閉鎖開始。完了まで五分』

 

『シャティウルハリかぁ。ダニーロフ小父さまの縁で最初に行った所よね……』

 

『豊穣の女神伝説の始まりの地と記録が存在』

 

『やーめーてーって。まぁあの国って昔からあんなんだったし今更かな。タマちゃん、こっちに移動中の移住予定の人達の追跡お願いね』

 

『要望受諾』

 

『狐は巣穴に籠もり深く静かに企む。なんてね』

 

 いや、格好良く言っても、子育てに忙しくて他に構ってられないだけだろ。

 

 斯くして狐は巣穴に籠もり子育てに邁進しつつ、次の種を育てる準備をするのだった。

 




 明日の投稿も午後6時になります。
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