叡智の洞窟~金狐姫の孤軍奮闘~   作:片玉宗叱

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19 発展と暗雲と

 叡智の洞窟(ビィギリクマァラッス)は、途中で横槍が入ったが概ね順調に立ち上がった。

 シャティウルハリ国と他の二領含め、各地から正式な使者がやって来て、周りから正式に認められた。

 特に国王からの親書まで携えて来たシャティウルハリ国の使者からは土下座せんばかりに謝罪された。

 これを以て叡智の洞窟、スーコンサル領は閉鎖を解除。適宜移住者を受け入れる事になった。

 

 サフィエの生んだ三つ子はそれぞれ北方古語で、男の子がムゥズニツ(勇気)、女の子がムドゥリ(知恵)リュボゥ(愛情)と名付けられた。

 お乳を飲んで眠って出して泣いてを繰り返し、すくすくと育っている。

 ムリーヤとマディーヤも、お兄ちゃんお姉ちゃんになった自覚が出たのか、意外と早く赤ちゃん返りから脱して三つ子のお世話の(本人達的には)お手伝いを始めた。

 

 旧ファーティ領の一部であるスーコンサルを含む大城壁の内部は、何時しかティキユバス(狐の巣)と呼ばれるようになっていた。

 褐色長耳族(飲兵衛赤エルフ)北方矮躯族(酒臭髭ドワーフ)どもの酒の席でのワルノリが原因らしい。

 

 さて、そんな事がありつつサフィエはある決断をする。

 

『タマちゃん、そろそろ化学についても広めようかなって思うんだけど』

 

『艦長の意志を肯定。しかし懸念もあるのでは?』

 

 今までは主に数学、物理、そして哲学と倫理学(哲学と倫理学にはチアノクの教えを基に一般化した)を教えて来た。実学としては農学を中心に広めて来た。

 

 さて、ここに来て化学である。

 化学はよく調べてみると分かるようい様々な実学を発展させる根底に位置する学問である。

 例えば、農学などでは肥料の分析や技術が進めば合成。冶金学にしても各種金属を分離したり純度を高めたりに応用される。サフィエの居るこの惑星でも経験的に行われている灰吹法なども化学反応による金属の精錬だ。

 地球の現代社会を支える半導体技術も様々な化学物質の処理が無ければ成り立たない。

 

 ただ、化学を広め発展させる事により起こり得る様々な分野の発展で、今のこの未成熟な社会に取り返しの付かない歪みを生んでしまう事をサフィエは怖れている。

 

 一例として挙げるが、ガンパウダーとして使われるニトロセルロース。これは混酸(濃硝酸と濃硫酸の混合)によりセルロースが多く含まれる綿を処理して作られる。

 地球での発明は十九世紀中だが、実は硝酸と硫酸は八世紀にイスラム世界の錬金術師が発見していたのだ。

 切っ掛けさえあれば、黒色火薬をすっ飛ばして無煙火薬に行くかも知れない。

 

 あれば使いたくなるのが人である。それを思い止まらせるのも、人の理性と倫理であり道徳である。

 故にサフィエ自身は新作物を広める旅で、チアノクの教えに基づく倫理道徳も広めてきたとも言える。

 

『あー、ね。野放図に広めるつもりは無いけど、うーん』

 

『艦長の懸念は理解。初期はティキユバス内で叡智の洞窟メンバー限定を提案』

 

『むむむ。あら、ムゥ達が起きた』

 

「あらら、ぐずってる。襁褓(おしめ)かな~?」

 

 夜中である。サフィエ以外の家族は皆、夢の中。ムリーヤとマディーヤは別室でオクタイに引っ付いて眠っている。

 

『アイツらきっとまた奪いに来るよね。盗人は一度でも味を占めたら何度でも繰り返すから』

 

『シミュレーションでは不確定要素が多く予測精度が確保出来ず』

 

『備え有れば憂い無し。この子達が大人になる頃には何とかしときたいよねぇ』

 

『武力行使を検討しますか?』

 

 てきぱきと襁褓(おしめ)を替えながらサフィエは考える。こういう時、魔法でお湯が沸かせるのは便利だ。

 

『否定、と言うか拒否よ拒否。それは、打てる手が無くなった時の最後の手よ。タマちゃん、わたしの性格知ってるでしょ?』

 

『石橋を叩いて叩いて叩いた挙げ句に別の場所に橋を掛ける性格と認識』

 

『いや、それもあるけどさー。あの時に覚悟決めたつもりだったけど、やっぱり嫌なんだよね、人が傷付いたり人を傷付けたりするの。気長にこちらの発展を見せつけて、無理なく自然と方向変えながら切り崩していくしか手が無いのかなぁ』

 

 汚れ物を臭いが漏れない箱に入れながらもサフィエはトヨタマビメとの会話を続ける。

 

「んー、今度はおっぱいかー」

 

 愛し子達の世話をしながらの深夜の思索と会話は続けられた。

 

* * * * * *

 

 時は流れて行く。

 ティキユバス(旧スーコンサル)は徐々にではあるが人口も増え、農地も広がった。

 今では人口二万人近くを抱え養えるそこそこ大きな地域へと成長した。

 それに牽引される形でファーティやその他も復興が進んでいる。

 

 双子のムリーヤとマディーヤは十六歳となり成人した。ムリーヤは化学に興味を示し、その道に進もうとしているが、マディーヤは、サフィエへの憧れが強いのか家事修行に励んでいる。夢はお嫁さんらしい。

 ムゥズニツ、ムドゥリ、リュボゥの三つ子達も十二歳になり、更にその下に、サフィエとオクタイは女の子の四つ子を授かった。

 メリケ、メルテム、メラル、メルヴェと名付けられたその子達も今は七歳に成長している。因みに四つ子は全員、赤狐族の特徴を受け継いでいて、名前はオクタイの出身氏族に伝わる美姫姉妹に(あやか)った。

 いつの間にかサフィエは九人の子供達のお母さんになっていた。

 

 化学については結局、サフィエは広める事に決めた。今はまだ中学校理科のレベルだが、それでもこの世界では最先端だ。

 今後、緩やかにだが発展して行くだろう。

 

 そして、ティキユバスの叡智の洞窟から蒔かれる学問と技術の種は、徐々に東方、北方、南方へ広がって芽吹いて根付いて育って行く。

 

 そんなこれからの発展が見えて来た時に、獣達が蠢動し始めた。

 

 その知らせは、一家団欒の夕餉の最中に、突然サフィエに(もたら)される。

 

『艦長、緊急の事案発生。ロールムレム王国中心に軍事行動の予兆』

 

『タマちゃん、詳しく』

 

 蝗の如き略奪者どもが蠢き出した。前回から十六年。サフィエの義娘の、ムリーヤとマディーヤの実の両親の、ファーティを中心とした地域の多くの人々の、命を含めて全てを奪ったモノどもが動き出そうとしている。

 

 前回の略奪侵攻以後、トヨタマビメは各方面に定期的に長距離長時間滞空ドローンを飛ばしている。もちろん西方各地にも。

 

『西方各地での物流量解析からロールムレム王国方面への多数の組織的武装勢力の移動を確認。最終的な規模は十万人以上、集結完了は三十日から五十日後と予測』

 

『海峡の、ドーボァズ国の対岸に動きは?』

 

『軍事行動の予兆無し』

 

『んん? 侵攻するなら最前線近くに拠点作るんじゃ? あー、船で一気に移動させるつもりかな。陸路より断然早いからなぁ。しかし再侵攻、意外に早かったわね……』

 

 急に黙り深刻な表情を浮かべるサフィエに、これは何かあったなと声をかけるオクタイ。子供達も不安気にサフィエを見ている。

 

「サフ、何か緊急の事でもあったのかい?」

 

「うん、タマちゃんから連絡でね。オク、後で話しましょ。さぁ、みんな夕ご飯食べちゃいましょ」

 

 サフィエは笑顔を作りそう言うと、取り敢えずの対処をトヨタマビメに頼む。

 なお家族にはトヨタマビメもオオワタツミも、その存在は既知のものだ。

 

『タマちゃん、各国各領にドローン飛ばして第一報として書状で知らせてあげて。特に海峡の東を領有してるドーボァズ国には最優先。届けた後は返事の回収も』

 

『命令受諾、文章は定型文を使用。艦長の署名を要求』

 

『海岸に面した各国各領には避難勧告も。避難民は全てティキユバスで収容出来ると伝えて。食べ物その他、当座の生活には心配ないって添えてね』

 

 トヨタマビメに指示を出したサフィエは憂鬱になる。

 ようやくまた広がりを見せ始めた時期なのに、あと三十年あれば歯牙にもかけないで追い払い閉じ込めて切り崩して行けたのに。

 でも、今やれる事をやるしか無い。サフィエは覚悟を決める。愛する夫と子供達を護るため。

 家族と言って過言ではない叡智の洞窟の仲間を護るためため。

 皆を支えてくれるティキユバスに移住・定住してかれた人々のために。

 

「サフ、何が起こってるんだい? かなり深刻な事みたいだけど」

 

 サフィエ、オクタイ、ムリーヤ、マディーヤの四人が集まったリビングで、手ずからお茶を入れながらオクタイが聞く。

 三つ子と四つ子はおやすみの時間が過ぎているし、子供に聞かせる話でもない。

 

「タマちゃんから、西方がまた動き出したって。まだ軍として編成されてないけど、予想される規模、十万人超えの戦力集結が始まってるの。第一報を各国に知らせる手配済みよ」

 

 サフィエがそう告げると全員が絶句した。

 

「悪夢再びか……」

 

「タマちゃんの予測だと集結完了まで三十から五十日後。そこから編成して侵攻開始だから、まだ少しは余裕はあるわ。ただドーボァズ対岸に動きが無いのが気になるのよね」

 

「海路で一気に来るつもりかな」

 

「わたしもそう思うわ。またこの一帯も襲われるかも知れないわね」

 

「母さん、海ならオオワタツミが使えるじゃないか。あれなら一捻りだろ!」

 

 ムリーヤが身を乗り出してサフィエに訴える。

 

 ムリーヤとマディーヤには成人を機に、彼らの生い立ちを教え、実の両親の墓参りにも連れて行った。双子に良く似た遺影が描かれた二つの墓標を前に、そこに書かれた当時の様子を読んで、彼らは泣いた。泣きながら冥福を祈った。

それでもサフィエとオクタイを父母として慕ってくれている。

 そんなムリーヤが怒りを露わにしてサフィエに訴えて来た。

 

「リーヤ、あれはね、今の人(・・・)には過ぎた力なのよ。それにねリーヤ。オオワタツミは、わたしの半身でもあるタマちゃん、トヨタマビメの依り代、身体なの。オオワタツミは戦いに出さない。これは私の我が儘よ。でも譲れない事なの」

 

 諭すように話すサフィエの強い視線を受けてリーヤはたじろいで座り直した。

 

「お母さんはね、こう見えて、命を捨てる覚悟なら一人で国の一つや二つを滅ぼせる力は持ってるのよ? 今は使わないし、使う覚悟も無いけどね……」

 

 サフィエが貯めに貯めている精神エネルギーは千キログラムを超える質量を反物質へと転化させる事が出来るまでになっている。

 理論上だが通常物質と均等に混ざる様に反物質を作れるなら、自爆覚悟の対消滅反応で最大で百八十エクサジュール(TNT換算四万三千メガトン。ツァーリ・ボンバの実験時核出力(五十メガトン)の八百六十倍)のエネルギーを瞬時に発生させる事が出来てしまう。

 それ以前に相手の生死を問わないの条件で、前時代的な軍隊なら万を相手にしても身体能力だけで無双が出来てしまうだろう。

 

「お母さん、だめ……。死んじゃやだよ……」

 

 マディーヤが泣きながらサフィエに抱き付く。

 

「安心して、マディ。使う覚悟なんて無いって言ったでしょ? お母さんはね、絶対に絶望なんかしない。ネケサとエディト……、あなた達のお姉さん達を亡くしたあの時に、あなた達のお母さんになったあの時に誓ったの」

 

 手を堅く握り締めるサフィエをマディーヤごと後ろからそっと抱き、幼子をあやすように話しかけた。

 

「サフ、一人で抱えないでくれ。俺たち家族だろ? 俺は大した力も無いし、頼りないかも知れない。だけど、それでもサフの伴侶なんだからさ、頼ってくれよな」

 

「うん……」

 

「明日、皆に話して、皆で考えような?」

 

「……うん」

 

 お互いに支え合おうと労り合うサフィエ一家を、サフィエの目を耳を通してトヨタマビメは黙って静かに見守っていた。

 

 

 

 悪夢が来る。

 奪え壊せ殺せと悍ましい鳴き声で喚きながら。

 人の形をした餓えた蝗の群が蠢きながら。

 再び悪夢を見せに襲い来ようとしていた。

 

 

 サフィエが望まない形での戦いが始まろうとしている。

 




 明日の投稿も午後6時になります。
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