叡智の洞窟~金狐姫の孤軍奮闘~   作:片玉宗叱

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02 覚醒と転生と

 水の中を揺蕩うような、ふわふわと宙に浮かぶような不思議な感覚をサフィエは感じた。

 苦痛も感じなければ身体の感覚も無いのに意識だけはある。光も闇も感じない。

 

―これが死後の世界?―

 

 ゆらゆらふわふわしながら自身がそこに在ると感じる世界。

 

―あら?―

 

 無いはずの視界が開け、周りは何処までも続く草原へと変貌した。風を感じ、ふと辺りを見回すと同時にサフィエは身体が在ることに気付く。思わず彼女は口走った。

 

「え?何で?あ……声が……」

 

 咽を毒で潰されて失ったはずが声が出ることに驚き、自身の身体を見て傷も痣も一切無い事にまた驚く。

 

「わたくし、確かに磔刑に処されて死んだはずよね?」

 

「いや、君は死んではいない。ぎりぎりで間に合って良かった」

 

 背後からの声に更に驚くサフィエ。振り返るとそこには褶のついた布を纏った人物が居た。

 見る限り男性とも女性とも判別出来ない顔立ちと体つきで身長はサフィエより少しだけ高い。

 彼女は呆然とその人物を見詰め、そして自分が裸であることを唐突に思い出した。

 慌てて手で胸元を隠そうとしたが、何時の間にか自分も目の前の人物と同じ様な布を纏っていた。

 

「へ?あれ?」

 

 思わず間抜けな声を上げる彼女に謎の人物は微笑みながら話しかけた。

 

「いきなりこんな状態で訳が分からないだろうから取り敢えず説明しよう。座って話そう」

 

 すると目の前にテーブルと椅子が現れる。サフィエは突然現れたそれに、おっかなびっくりの体で近寄り、突いたり撫でたりした後、ようやく座ることにした。

 

「さて、君の名はサフィエ・スヴァーリ・カァフシャアク。カァフシャアク国の王家スヴァーリ家の第三王女で間違いないかな?」

 

「はい、その通りです。それで、あの、貴方は?」

 

「それについてはまた後で説明するよ。それよりもう一つ質問」

 

「何でしょう?」

 

「前世地球人の由逗子(ゆずし)(かける)さん」

 

 それの名を聞いた瞬間、サフィエの中に様々な記憶が蘇る。そして何故自分がサフィエとして此処に居るのかを理解、否、思い出した。

 

※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 その日は全国的に猛暑日だった。午前十時を過ぎると気象庁発表気温は三十度を超え、日差しとアスファルトの照り返しが容赦なく肌を焼く。

 

「こりゃ路上は四十度超えてるな。きっと」

 

 スーツの上着を持ち、ハンカチでは間に合わないのでハンドタオルで噴き出る汗を拭きながら客先へと打合せに向かうこの男、由逗子(ゆずし)(かける)四十一歳、某中小電機系システムハウスで電子回路関係の開発部に所属する今年厄年のアラフォー独身で中間管理職のナイスガイ。

 結構整った顔立ちなのに女性限定の極端なあがり症で、お付き合いを棒に振り続けるうちに気が付けば四十路に突入していた。

 三十路になったばかりの時は両親も「まだ結婚しないのか」と煩かったが、弟と妹に子供が出来ると孫を構うのに忙しいのか、ぱったりと言われなくなった。

 

「ほんと温暖化なんとかならんのかねぇ」

 

 ぼやきながら先程コンビニで購入したスポーツドリンクを一口含んだ途端に景色が切り替わった。

 

 最初は真っ白な空間かと思ったが、よく見ると壁も床も天井も調度品すらも真っ白の部屋。

 どこに照明があるのか確認出来ないが影が存在しない為、調度品の輪郭がはっきり見えなかったのだ。

 まるで二○○一年宇宙の旅でボーマン船長がスターチャイルドになる前に過ごした部屋の様ではないか。

 

 このままぼさっと突っ立って居ても仕方ないと思うと同時に、こんな有り得ない状況に陥っているのに落ち着いている自身を不思議に思いつつ、未来的デザインのソファーに腰を下ろした。

 

「このまま俺も白色の宇宙食みたいなのを食べつつ老人になるまで過ごしてスターチャイルドになるのかねぇ……」

 

「いやそれは無いね」

 

 翔の呟きに返す声がある。見ると何時の間にか初対面の人物が目前のソファーに座り片手を上げなが挨拶をする。

 

「やあ、はじめまして」

 

「どうも。はじめまして。それでどちら様で?」

 

「君に分かりやすく説明すると、オーバーマインド的な何かの一部? 但し君が居た宇宙のではないけれど」

 

「……つまり所謂一つの異世界転移的なものですかね?」

 

「かなり違うね。軽く説明するけど良いかな? SFとか宇宙論とか統一理論とかに興味あった君ならある程度理解出来ると思うけど。嫌なら直接記憶に焼き付けるけど? すこし君が大変な事になるけど」

 

「是非ともお話でお願いします」

 

 翔は即決し土下座で応えた。

 

* * * * * *

 

 オーバーマインド的な何か、正確に言うと宇宙の情報量子次元にある超個体的な意思であり精神であり宇宙開闢より存在しているとの事。

 それを聞いた翔が「オーバーマインド(主上心)と言うよりユニバースマインド(万象心)?」と言うと「じゃあそれで」と承認されてしまった。

 超紐理論では宇宙は時空間の四次元とコンパクト化した余剰次元から成り、物質は余剰次元で振動する紐、または面であるとされている。

 万象心曰く「当たらずとも遠からず」らしい。

 

 極端に言えば物質=宇宙の構造そのものなので宇宙間での物質の転移は構造も含めての移動となるので、移動元も移動先もそこに不連続が発生してしまう。

 宇宙は微分不能な不連続を嫌う。もし不連続が発生すると宇宙はその不連続を残したまま相転位を起こし、万象心の存在する情報量子次元の法則をも変えてしまう可能性が高いかも知れないとの事。

 

 さて、では何故此処に翔が存在するのであろうか?

 

 知的生命体の意思・意識というものは根底で万象心と繋がっていて物質世界に浮かんだ無数の島のようなものであるらしい。

 目の前で話す万象心の言うには彼?の宇宙で或る知的生命体が物質転送、所謂ワープの実験を行ったらしいがそれに失敗。翔を巻き込んで宇宙の構造を局所的にまるっと入れ替えてしまったらしい。

 それを感知した万象心(目の前に居るのは分意識)は翔の元居た宇宙の万象心と協力し入れ替わった構造をプランク時間よりも短い時間で元に戻したらしい。

 その時に元の宇宙から切り離された翔の精神のみが情報量子次元に互換性があった為に元に戻せず取り残された結果、現在の状態になってしまっているとの事。

 翔の精神を目の前の万象心の本体に繋げるには、一度は肉体を持たせる必要がある。つまりこの状態は万象心が作り出した精神世界と言うことが伝えられたら。

 なお、彼方に戻された肉体は精神が切り離されて見た目は脳死状態らしい。

 

* * * * * *

 

「えーっと、つまり精神や意識って実は情報量子次元と相互作用した結果であると? それで掻い摘まんで言えば、このままでは万象心に繋げられず、この保護された精神世界を無くすと俺の精神と言うか意識と言うか、それが其方の情報量子次元に拡散してしまい失われるって事ですか」

 

「ざっくり言うとそう。たった一人分の精神・意思・意識とは言え私/我々に統合出来ないのは大きな損失と言えるから」

 

「それで肉体を持って生まれ直す事で繋げる訳ですか」

 

「生まれ直すと言うより、未発達の精神・意識に接ぎ木するイメージかな。成長の結果、由逗子翔と言う個体意識は表に出ないままに寿命を迎え、肉体が無くなっても君の精神・意識は最終的に私/我々に統合されるから」

 

「あー、今の状態って結局はあの世にも行けずに宙ぶらりんみたいなもんですか。それで良いですよ」

 

「ありがとう。協力してくれた御礼をしたいけど、何かない?」

 

「それなら寿命まで生きて天寿を全うさせてもらえませんかね? 事故とかで死にかけても助けて貰えれば。居るんでしょ? オーバーロード的な飼育員種族」

 

「やっぱり気付くかぁ。宜しい。寿命前に死亡しそうな時は助けに向かえるように、彼等が常時監視している知的生命体が存在する惑星に生まれるようにしておくよ。そこならマーカーを付けるのも問題ないから。他には? この際だから何でも良いよ」

 

「宇宙船ください。無補給か途中での資源レベルの補給で恒星間航行が出来る母艦のようなやつ」

 

「一応は検討させてみるよ。では良き人生を」

 

※ ※ ※ ※ ※ ※

 

「思い出したかな?」

 

「ええ、確かにわたしはサフィエであり由逗子翔でもありますわね」

 

 彼女の中には由逗子翔の記憶と経験も、サフィエとして生きた記憶とも共存していた。

 不思議と記憶の連続性があり自身が由逗子翔の精神を宿している事も受け入れ納得している。

 それにしても性が変わってしまった葛藤なども無いのが不思議でもある。

 

「それは何より。本当に危ないところだったよ。脳死直前で君を軌道上の飼育員種族のステーションに転送回収させて蘇生させたからね。危うく約束を反故にするところだった。今の君の肉体、ボロボロだよ? 完全に快復するまで医療ポッドにマイクロ/ナノマシンを使って惑星時間で一ヶ月はかかるってさ」

 

「と言うことは此処はあの時みたいな情報量子次元に連なる精神世界なのですね」

 

「その通り。それで希望の宇宙船なんだけど、残念な事に個人に与える訳にはいかないらしくてね」

 

「それなら……」

 

「言わなくても分かるよ。君を殺害しようとした者達への復讐だね? 憎しみ、怨み、復讐心が渦巻いているのは理解している。しかし残念だがそれは君個人の事情であり私/我々や監視している飼育員種族は関知しない案件だよ。あと少ししたら最低限の肉体の修復も終わり覚醒させる事も出来るから、養生しながら考えると良い」

 

 万象心が穏やかに諭すとサフィエの意識は暗転して行った。

 

 

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