被害らしい被害を出さず、果たしてこれは戦争なのかと疑問を持たれる戦争が終わった。
ティキユバスに避難していた人々も元の生活に戻って行った。
西方世界と通じて協力していたと知れ渡ったドーボァズ国は、戦後は東方諸国・諸領から相手にされなくなった。
ティキユバスの『叡智の洞窟』には事の顛末についての問合わせが各地から来たが、彼等からの返答は「状況の分析と精査中」で、問合わせた者達は結局何も分からずじまいだった。
自重しないでドローン等のオーバーテクノロジーを使いまくり、百年以上も前に滅びた元カァフシャアク王国の第三王女だとカミングアウトしたサフィエについても山のように問合わせ等の書状が届いた。中には彼女を娶りたい・妾にしたい等、頓珍漢な物も混ざっていたが。
それらサフィエに対しての問合わせに『叡智の洞窟』は沈黙を貫いている。
そんな世間が落ち着つきを取り戻しながらもざわついていた時、トヨタマビメはサフィエの指示を受けて捕獲網の処分処理と大量に抱えた捕虜の
せっせと捕虜を
薬物とか暴力とか使ってないし、肉体的にも精神的にも苦痛を与えてないから人道的だよね、とはサフィエとトヨタマビメの共通見解である。
「はぁ~、取り敢えずは終わったのかな?」
後処理も問題もまだ残っているが、取り敢えず一段落ついたある日、自宅リビングで寛ぎながらサフィエは伸びをした。ストレッチなどはする必要の無い身体だが、気分的なものである。
「お疲れさま。なんか思ったよりアッサリとケリがついたね」
愛する夫に膝枕されながらである。
「偶々運が良かっただけよ。ドーボァズの件が無かったら、敵が餌に食い付かなかったら、結局はティキユバスで籠城しての我慢比べになったんだから。そうなったら周りも荒らされていただろうし、最悪わたしも戦う事になったかもね……」
「それでもだよ。サフ、君って本当は幸運の女神様なんじゃない?」
オクタイがサフィエの髪や耳を撫でながら彼の妻を労いながら冗談を口にする。
「もう、オクったら。後は解放した捕虜たちね」
「確か再教育したとか言ってなかった?」
「うん。幸せになれる『おまじない』
ふふっと笑うサフィエを見て、オクタイは「うちの嫁さん、やらかすからなぁ」と思うのだった。
* * * * * *
ロールムレム国やその周辺の港に、遠征後に音沙汰も無く行方不明になっていた艦隊の旗艦が先触れも無く突然戻って来た。金銀財宝を満載して。
総司令官のパオロ・ライナルディ大司教も五体満足で帰還した。
「我々は祝福の地を見付た。その島は豊穣に溢れ、民人は敬虔で、上陸した我等を歓待してくれて土産まで持たせてくれた。ティキユバスなどと言う異教徒の穢れた地など捨て置いておけば良いのだ。嗚呼、あの島を手に入れれば我々への神の祝福は盤石となろう」
その後も、ぽつりぽつりとスウツノ教の司教・司祭が乗船していた船が帰還してくる。もちろん土産を満載してだ。
彼等も一様にライナルディ大司教と同じような微笑みを浮かべ同じような事を証言する。同乗していた高位の軍人達も同様だ。
それらを聞き、流石にスウツノ教上層部も流石に西方の諸侯も訝しむ。
一部の奴隷や兵士、参加した信徒を無作為に選び厳しく尋問したが、結果は「祝福の地で歓待を受けた。ティキユバスには行ってはいない」であった。
「これは明かな軍規違反、敵前逃亡ではないか!」
一部ではそう激昂する者も居たが、船に満載されて持ち込まれた金銀財宝に目が眩んだ多くの上級聖職者と為政者は「獲られた財宝を一定量献上するなら軍規違反の罪二等を減じる。また地位によってはそれを赦す」として、聖職者や職業軍人は不問になる者が多く出た。
ただ、兵の多くは死罪から期限付き労働刑(兵役期間延長)へ、軍人ではない信徒からの志願者は無期限労働刑から罰金刑(土産として得た金銀の強制徴収)となった。奴隷はその多くが謂わば船の専門職でもあり、殆どが船を出した諸侯の財産扱いだったので、処分はその所有者に一任された。
こうして、トヨタマビメによる
そしてスウツノ教の中で内ゲバによる分裂が起きた。後にこれは『西方宗教改革』と言われる事になる。
中心となったのはパオロ・ライナルディ大司教を筆頭にネノクニ帰りの司教や司祭達である。
ご多分に漏れず原理主義派閥による弾圧は熾烈を極めたが、各地のネノクニ帰りの軍人や兵士、民衆が改革諸派に糾合し、原理主義派閥に抵抗する勢力となる。彼らの行動は過激化し暴動・反乱へとエスカレートして行った。
四分五裂して影響力を失って行くスウツノ教と、暴動・反乱による混乱で国力を落として行く西方諸国。
西方世界は長い混乱の時代を迎えようとしていた。
―狐は用心深く執念深いのよ―
そんな声が何処かから聞こえたような気がした。
* * * * * *
その後の話をしよう。
サフィエはオクタイとの間に最初に産んだ三つ子と次に産んだ四つ子を含めて合計二十二人の子を授かった。サッカーチーム、二チーム分である。頑張り過ぎだ。
子育てをしながらも彼女はその理念を曲げずに人が自ら立って歩けるよう、進めるように教え導いた。
彼女は子供達を育て上げ、最後まで添い遂げたオクタイを看取ると人知れずその姿を消した。
サフィエが消えた後、叡智の洞窟は、数多の蔵書は残されたものの、快適さを提供していた様々な設備がいつの間にか撤去され、ただのコンクリート壁の洞窟へ変わってしまった。
叡智の洞窟を支えたサフィエの教え子達やその弟子達でまだ生きていた長命種の者は、或る者はティキユバスに残り、或る者は別の土地に招かれ、或る者は故郷へと帰還し、それぞれがサフィエの理念を受け継ぐ者として教育・研究に邁進した。
その後もティキユバスは独立学術都市として独自に発展していく。
ティキユバスから発信された智慧と技術は世に広がり、時には停滞し、時には急進しながも、全体としては緩やかに世界を発展させて行った。
※ ※ ※ ※ ※ ※
チトセ・スヴァーリ・カルカンはティキユバス大学の博士課程に通う大学院生で金狐族の女性である。
年の頃は二十六歳で独身の彼氏無し。童顔低身長なので、よく中等部の生徒と間違えられるのが悩みの種だ。
豊穣祭では親しい人達の間で『神々と聖霊と祖霊の加護のあらんことを』の意味で
彼女は金狐族であるが、赤狐族の血を引いているのか、耳の先と尻尾の先に黒い毛が生えている。彼女はアクセントになっているこれを自分のチャームポイントだと思っているが、それを話すと友人は微妙な顔をする。失礼な。
そしてミドルネームにあるスヴァーリと、ラストネームのカルカンとか、一般人の自分としてはティキユバスの開祖と同じミドルネームとか歴史上の数学の偉人と同姓とか、とーっても恐れ多いと思っている。因みにチトセと言う名は極東被れだった祖父が付けたもので、何でも『千年』と言う意味があるらしい。
チトセは自分の我が儘で博士課程へ進んだので親からの仕送りには厳しいものがある。二十六歳とは言えオシャレもしたいし美味しいものも食べたいし、そろそろ古くなってきた兄のお下がりの冷蔵庫も買い換えたいし、新しい
そんな訳で歴史
「ここが
ほう、とか、うむ、とか頷く観光客相手に彼方此方を案内し立て板に水で説明していくチトセ。
「では、本日の史跡案内と説明は終わりです。担当はチトセ・スヴァーリ・カルカンが務めさせていただきました。ありがとうございました」
終わりの挨拶で、なぜか観光客から拍手を貰うチトセ。化粧もキメて背も高く見せてるのに、彼女を見る年配者達の顔は、どう見ても頑張った孫を見る表情だ。解せぬ。
そんな観光客達が散って行く中、見慣れない装束の少女がチトセの方へと歩み寄って来た。
―あれ? こんな子居たかしら? うわ、なにこの子。めっちゃ美人さん! 同じ金狐族だけど世の中って不公平だわ―
そうは言うがチトセだって世間的に、(二十六歳とは言え)見た目は美少女の範疇ではある。
あれは極東の伝統的な民族衣装みたいだけど、刺繍はこの辺りの伝統的模様、不思議な組合せね、等と考えていると少女がチトセに話し掛けて来た。
「お姉さん、説明分かりやすかったわ。ありがとう」
礼を言う少女にチトセは「どういたしまして」と返す。
「それでね、聞きたい事があるんだけど、良いかな?」
「何かな? あんまりプライベートな事は聞かれたくないなぁ」
チトセは冗談めかして笑顔で少女に応えた。
「貴女は今、幸せ?」
少女の質問にチトセは「へ?」と間抜けな声を出してしまうが、気を取り直して話し始める。
「そうねぇ。二十六歳にもなってまだ独身で彼氏も居ないし、ちょっと生活も苦しいけど、家族も友達も皆優しいし、何より自分の夢を追いかける事が出来てるし、幸せなんじゃないかな」
そう言って、なんとは無しに嘗ては『叡智の洞窟』と呼ばれていた史跡を振り返り、自分に納得させるように話す。
「幸せなんてさ、人それぞれで感じ方も違うだろうし。うん、わたしは、今のわたしは十分幸せだよ。あなたは?」
そう言って少女へと振り返る。
「え?」
周りを見渡しても先程の少女の姿は無く、季節外れの
―こゃーん―
どこか遠くから風に乗って狐の声が聞こえた。
~終~
最後までお読み頂き、ありがとうございました。