叡智の洞窟~金狐姫の孤軍奮闘~   作:片玉宗叱

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04 昇天と雌伏と

 カァフシャアク王国、王都中央広場。

 この国の教区を任されているスウツノ教司教のエツィオ・コベルリは目の前で行われている異教徒で異端で神への反逆者である忌むべき『獣の亜人』サフィエ・スヴァーリが磔刑に処される様をを笑顔で眺めていた。

 コベルリ司教の役目はこの国の教化である。

 チアノクなる邪悪な教えを祓い、唯一神の啓典の教えを遍く広め、この王国を白色普人族が治める地に作り変えて卑しき『亜人ども』を排斥する事。

 それが正しい事であり、その為ならば異教徒どもや亜人どもには何をしても許されると彼は本気で信じている正しく神の忠実なる僕(狂信者)だった。

 

 東西交易の要衝であり、また南北とも通じる事の出来るカァフシャアク王国。

 この地を得たいが為に西方諸国とスウツノ教会は謀略を仕掛けた。

 教育係に化けたコベルリ司教配下の司祭達が王太子と側近達を薬物を使うのも厭わず教化(洗脳)し、彼等に王室・王宮に巣喰う邪悪なチアノクの信奉者を浄化(暗殺)させた。

 この謀略が推し進められた理由は、東方の豊かな資源とその権益を手中に収める野望に駆られた西方諸国の思惑と、スウツノ教会内外で富と栄誉と地位を得たいと願う教会に巣喰う俗物どもの欲望が噛み合った結果であった。

 

 コベルリ司教は苦しむ罪人がそろそろ事切れるであろう様子に満足しながら踵を返そうとしたその時、磔刑に処されている罪人の上に天から光が降り注いでいるのを見た。

 その神々しく柔らかな光に彼は思わず跪き祈りの姿勢になりながらも目の前の光景から目を離せないでいた。

 広場に居る多くの見物人の見守る中、磔台で磔刑に処せられている神への叛逆者ではるはずのサフィエの身体が光の粒子となって、天からの光に導かれるように昇天して行く。

 その様をコベルリ司教は震えながら見つめていた。

 彼の心中には様々な思いが考えが浮かび消え、千々に乱れて思わず立ち上がり叫んだ。

 

「なぜだ!? 罪人であり神の敵、卑しい獣亜人ごときが何故あの様な神々しく昇天するのか! 亜人どもに奇跡は起こらないはずではないのか! 有り得ない! 絶対に有り得ないし私は認めない! これは邪教の(まやかし)だ! そうだ、そうに違いない!」

 

 コベルリ司教が喚いている最中、天からの光が消えた。そしてその直後、晴天の空から一条の雷が磔台へと走る。

 その轟音と閃光に広場に集う見物人の多くは目が眩み腰を抜かして恐れ慄いた。

 彼等の視力がようやく回復し如何なったかと広場の中央を目をやると、そこには焼け焦げて粉々になった磔台が散らばるのみであった。

 

※ ※ ※ ※ ※ ※

 

『……派手な演出をしてくれたわね』

 

 一年前に行われた自身の救出現場の映像を見て、呆れた顔でサフィエは傍らに佇む生身の(・・・)飼育員種族(オーバーブリーダー)へと声をかけた。

 本来サフィエと飼育員種族は同じ環境を共にする事が出来ないはずであり、また発声器官の違いにより音声による直接会話も不可能であったはずだ。

 

『私達から見て非情であり残酷な行為でしたから、警告の意味を込めてあの様にしました』

 

 応える飼育員種族の表情は変わらないが、揺れる触手の様子から不愉快であった事が見て取れた。(そもそも彼等には表情筋が存在しない)

 

『それで、そろそろ拠点も完成に近いのですが、何処に降下させるつもりですか?』

 

『そうね。一応は西大海洋の真ん中あたり? そこから潜航しながら中つ海へ進入して国の南海にでも落ち着くつもりよ』

 

 サフィエの要望を受け、万象心からの依頼で飼育員種族が建造したのは大気圏内限定の大型機動母艦。

 深海の水圧に耐えられるような構造で、成層圏までなら飛行も可能。展開式飛行甲板と二百メートル級の艦船が建造可能な艦内船渠(ドック)を備え、各種工作機械が揃った艦内工場もある。

 海水や海底、地殻表面から資源を採取し資材化する施設もあるので補給に関する不安は無い。

 エネルギー源として艦内施設用・補助動力用として固体内凝集核融合炉、重力制御用・主推進用にプラズマ型高出力ミューオン核融合炉が設置されている。

 飼育員種族の技術レベルからすると重力制御もそこそこ枯れた技術であり、それ以外はそれこそ旧式過ぎて考古学博物館にでも展示されるような代物である。

 外観は全長約三千メートル、最大直径約三百メートルで、形状は水中および空中での抵抗が少なくなるよう両端が戦闘機のノーズコーンのような形状をしていて、空に浮かんだ姿は葉巻型UFOそのものだ。

 

 エネルギー源に核融合炉を採用したのには理由がある。基本的にこの艦はサフィエ一人で運用される事になる。

 もし飼育員種族の使う対消滅型縮退炉にした場合、燃料に反物質を使用している為に万が一あった場合に対応が間に合わず反物質による対消滅エネルギーの発生で惑星に致命的な損害を与えてしまいかねない。

 その点、固体内凝集核融合炉は温度が上がり過ぎたり損傷すると水素を閉じ込めて核融合を起こしている固体格子構造が崩れ、水素を放出して反応が止まるし、プラズマ型高出力ミューオン核融合炉は反応条件がシビアで一部でも損傷したら反応が停止してしまう。

 修理やメンテナンスに関しても艦内の自律自動機械を使えば可能な構造と機構になっている。

 

 またサフィエ自身も彼女の希望通りに誰にも負けない力を得る為に変わってしまった。

 彼女が選択したのは有機・無機ナノマシンによる人工細胞への全身細胞置換。

 彼女は肉体的に人である事をやめた。

 

 

 サフィエが現在存在する宇宙は、由逗子(ゆずし)(かける)が存在した宇宙と物理法則の差異は殆ど見られない。

 しかし次元構造には明らかな差が存在した。情報量子次元と四次元+余剰次元との間に相互作用を可能にする仕組みが余剰次元に存在するのだ。

 平たく言えば物理世界と精神の相互作用、つまり『魔法』や『魔術』が現象として明確に存在する。

 

 この宇宙は情報量子次元と四次元+余剰次元(以下、物質次元と呼ぶ)間で様々なエネルギーの遣り取りを行う事が出来る。

 精神エネルギーは情報量子次元で想起された意思・意識により物質次元に現象を生じせしめる事が可能であり、これが所謂『魔法』である。

 また、物質次元においてエネルギーを用いて(制御のしやすさから主に電磁場と光量子が用いられる)所定のプロトコルで情報量子次元に干渉する事で物質次元に特定現象を引き起こす事も可能であり、これが『魔術』と呼ばれるものだ。

 『魔法』も『魔術』も無から有を生じさせることは出来ない。

 例えば真空中に陽子一つを生み出したとすると、必ずそれに見合う精神エネルギーが消費されるのだ。

 そしてその精神エネルギーは物質次元から何らかのエネルギー(主に光量子)が精神による情報量子次元との接続性に依って変換され補充される。

 この宇宙でも『静止質量エネルギーは静止質量と光速の二乗の積に比例する』という特殊相対性理論から導き出された質量とエネルギーの関係は変わらない。

 よくファンタジー小説などで見かける『何も無いところから岩を生じさせ飛ばして攻撃するストーンバレット』などをこの宇宙で行おうとしたら膨大なエネルギーコストと精神をすり減らすような意識と意思の想起が必要となる。

 例として挙げると物質一グラムの静止質量エネルギーは九十テラジュールで、これは長崎に投下された原子爆弾ファットマンの核出力とほぼ同じである。

 こんなにエネルギーを使う位なら腕力頼みでその辺の石ころを投げた方がマシである。

 この宇宙で現実的な攻撃魔法となれば、相手近傍の物質を精神エネルギーを使い1マイクログラムほどの反物質に変化させるだけでTNT換算で四キログラム相当のエネルギーを浴びせる事が可能となる。

 この余剰次元に干渉し素粒子の性質を変える技術を実際に飼育員種族は応用し、低コストで反物質を生成する事で対消滅型縮退炉を実現させている。

 ちなみにサフィエが受け取る大型機動母艦のミューオン核融合炉のミューオン発生装置にも『魔術』による素粒子置換技術が使われている。

 

 

 サフィエの事に話を戻そう。

 彼女は全ての細胞を人工細胞と置換する事によって、有機生命体が必要とするタンパク質や炭水化物などの必須栄養素の経口摂食行為が不要となった。

 エネルギーは人工細胞内で、水から分離して得られる水素をナノマシンが構成したナノ構造薄膜と『魔術』を併用した凝集核融合させる事によって得られる様になっている。

 肺は冷却兼気体元素吸収を行い、また肺胞膜に備わったナノ構造により核変換(融合)を行う器官に、胃腸は固体元素の吸収と核変換(融合と分裂)を行う器官と化した。

 彼女の骨格はニッケル・コバルト系超合金とチタン系合金との複合材に置き換わり、骨髄が存在した骨の内部は有機・無機ナノマシン製造プラントが納まっている。

 極端な話、サフィエは頭部と骨格さえ無事でエネルギーの都合さえつけば周囲から物質を取込み肉体を再生する事が可能なのだ。

 神経細胞もちろん専用の人工細胞に置換され、化学物質に依存しない情報伝達により反射速度が向上し、更に脳細胞すらも置換した事により脳がコンパクト化され、その余剰スペースを使い合金による頭蓋骨の構造強化が行われ、記憶容量と思考力強化、情報量子次元と物質次元との相互作用を円滑に行う為の『魔術器官』とも呼ぶべき物が形成された。

 肉体から発生する余剰エネルギーは化学エネルギー変えられ血流に乗って肝臓を模した器官に一時蓄えられ、更に『魔術器官』へと送られて逐次精神エネルギーへと変換されて情報量子次元に蓄えられる。

 他にも様々な機能・能力が備わったが、それらは追々明らかになるであろう。

 

 実はこの人工細胞への置換は、程度の差はあれど惑星監視に携わる飼育員種族も受けている実績のある技術である。(彼等は完全置換している訳では無く、残されている生体部分が多い)

 サフィエが彼等と同じ空間を共有し会話も可能になったのは、彼女がこの処置を受けた事で極限環境でも活動出来るようになった事が理由であった。

 

『そうだ。フェティエの最近の様子は? 元気にしてると良いのだけど……』

 

 サフィエはリハビリで体力を戻した後、人工細胞への置換処置を受けた為に最近までまた意識を落として医療ポッドの住人となっていたのだ。

 

『貴女の妹へのスウツノ教による洗脳教育が始まってます。まだ薬物を使うまでに至ってませんが時間の問題と推測できます』

 

 それを聞いたサフィエは激しい怒りを覚えた。

 その怒りに反応し彼女の新しい身体は出力を上げ、余剰分のエネルギーの回収が間に合わず、髪の毛が帯電して逆立つように広がった。

 

『落ち着いて下さい。まだ完全には制御しきれていないので過負荷がかかるとバラバラになりますよ。余剰分を『魔術器官』(マギ・サーキット)で処理して情報量子次元へとプールして下さい』

 

 人工神経細胞には脳内物質をエミュレートする機能があるが、それを停止してしまうと喜怒哀楽という人間らしさを失い、彼女は精神すら人では無いモノへと変容してしまう。

 そうならない為にも彼女は学習し訓練し、己の新しい身体を制御しなければならないのだ。

 

『……こんな未熟者ではまだ地上へは戻れないわね。フェティエ……無事で……』

 

 ステーションの窓の外、故郷の惑星を眼下に見るその目からサフィエは静かに一滴の涙を流した。




 明日の投稿も午前6時になります。
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