サフィエに与えられたら大型機動母艦は
オオワタツミの核融合炉の出力では惑星重力圏からの離脱は不可能だが、大気の断熱圧縮による熱が発生しない降下速度に制限しながら大気圏へ突入する分には問題は無い。
艦内にサフィエを乗せたオオワタツミは管制・制御する人工知能
『予定海上への着水を確認。重力制御停止。主反応炉はアイドル状態へ移行。艦体各部の確認と点検を開始』
夜の海が全周投影された操縦室でサフィエは席に着きながらトヨタマビメからの報告を聞いていた。
「はい、タマちゃん宜しく~」
『訂正。私の正式呼称はトヨタマビメです』
「相変わらずタマちゃんは堅いよ。わたし達しか居ないんだからもう少し砕けても良いんじゃない?」
この一年間のうち、前世記憶の影響からかサフィエの普段の言葉はかなり崩れたものになっていた。
『現在艦内各部及び艦外上部確認中。完了後に左右に九十度ロールを行い艦外底部の確認を行います。重力制御が停止している為、完了するまで艦長は固定装具を外さないようお願いします』
「無視された……はぁ、了解。どれくらいで終わりそう?」
『メンテナンス・ドローン総出で行います。問題が無ければ三時間の予定』
「その後は洋上航行に水密チェックに深深度耐圧チェックに……先は長いね」
『全ての公試完了まで1ヶ月の予定です』
それを聞くとサフィエはげんなりとして溜息を吐く。
「分かってたけど、やること無いから退屈しそう」
『スリープ・モードを推奨』
「果報は寝て待てってか? やかましいわ!」
その後、公試中に運良く海底鉱床を見つけたり、洋上で巨大海洋生物に遭遇したりしながら順調にスケジュールを消化して行き、最後の海中全速航行試験を迎える事となった。
オオワタツミの海上・海中の航行は電磁推進によって行われる。
艦体中央寄りの前後にあるX型に張り出した翼のような構造物が主たる電磁推進装置である。
艦体表面外装平面にも補助推進装置が多数設置されており、それが艦体のピッチ、ロール、ヨーの三軸の姿勢制御を行う。
「最大時速百キロメートル以上て希望はしたよ? だけどこれはやり過ぎじゃない!」
『水深千メートルを時速二百二十キロメートル。増速中』
「
『主反応炉
大声で叫びながら停船を指示し命令を追加するサフィエ。それを受けてオオワタツミは減速する。
「
操縦席の背もたれに体重を預けて伸びをするサフィエ。現在の身体では意味の無い行為ではあるが生身の頃の癖はなかなか抜けない。
『全試験は完了です。
「それじゃ浮上して再点検をお願い。その間にわたしはステーションから送られてきたフェティエの様子を私室で確認しておく。艦底チェックでロールする時は知らせて」
『確認はここでも出来ます』
「ついでに、不味いけど人工細胞の維持に必須な元素の摂取もして来る。ホント不味いけど」
人工細胞を構成する有機・無機ナノマシンは永久不変ではなく消耗もする。それを補う為に様々な元素を必要とする。
酸素や窒素は大気中から得られるが、しかしそれ以外のナノマシンを構成する為に必要な炭素、リン、硫黄、カルシウム、その他諸々の元素類を水溶性化合物やコロイドにし、水を溶媒・分散媒にしたコロイド溶液にして経口摂取するしかない。
さて、サフィエの身体は人をやめてはいるが味覚と嗅覚はオミットされていない。
しかしこれらの感覚神経は鈍化させる事は出来る。そう、『無くす』のではなく『鈍化』なのだ。
その結果がこちら。
「うええぇぇ……不味いぃ……」
「美味しいもの食べたい……」
なまじ前世を思い出した故に、余計に普通の食事を渇望する彼女であった。
なお妹フェティエの様子だが、報告によると薬物を使用されているのは確実だが、誰も居ない所で不満を漏らし悪態を吐く様子から、洗脳されている様には見受けられなかった。
※ ※ ※ ※ ※ ※
西大海洋と中つ海を結ぶヒブラルシャルク海峡の手前の深度五百メートルの海中でオオワタツミはホバリングしていた。
オオワタツミは全長三千メートル、直径三百メートルの巨大艦である。
浮上した場合でも艦体の七十パーセントは海中にあり、最浅部が二百五十メートルしかないヒブラルシャルク海峡で浮上航行するには電磁推進装置も含めると海底までのクリアランスはギリギリであった。
「補助電磁推進でリフトしながら夜中に浮上航行で抜ける事にしてたけど、これ無理じゃない?
『大気圏内飛行による通過を提案』
「それしか無いかな。でもそれやると、ぼんやりだけど光るのよね、この艦」
想像して欲しい。ぼんやりと光る全長三千メートルの巨体が高度三万メートルを飛んで行く様を。
サフィエは思わず頭を抱えて喚いた。
「限界高度を飛行してもデカいし光るしで目立ち過ぎる! あーっもう! もっとコンパクトなの造って貰うんだったぁ!」
『艦長の要求仕様を満たした結果です』
「そこツッこまないでよ……。夜中だし、普通は皆さん寝てるから大丈夫かなあ。でも監視塔があるのよね」
ヒブラルシャルク海峡の両岸には、そこを領有する国により高台に監視塔が築かれていた。
塔は灯台も兼ねており夜中でも人が常駐している。
「ドローンで催涙ガス放り込んで目眩ましする?」
『それはそれで別な騒ぎになるかと』
「仕方ないか。目撃されるリスクはあるけど深夜に飛行して通過しましょう。通過後は速やかに着水潜航で」
幸運な事に低気圧の接近が知らされ、空が雲で覆われるタイミングを待ってオオワタツミは離水し、雲上を飛行する事で目撃される事なく無事に海峡を通過した。
※ ※ ※ ※ ※ ※
ヒブラルシャルク海峡を通過後はトラブルも無くオオワタツミは順調に航海を続けた。
海峡を抜けて五日後、目的海域であるカァフシャアク王国南海へと到着、王都南東五十キロメートルの海底へと落ち着いた。
「着いたけど、まずは王都の偵察とフェティエを迎え入れる為の艦内環境整備よね。彼女は生身だからバス、トイレ、キッチンに寝具は必須。食糧事情もなんとかしなくちゃ」
『食事なら海中プランクトンから作る完全栄養の合成食糧があります』
いそいそとフェティエの生活環境について検討するサフィエ。そこに声をかけたトヨタマビメにサフィエは激怒した。
「あのね! あんな養殖鰻の餌みたいな激マズ謎ペーストを可愛いフェティエに食べさせられないじゃない! タマちゃん、人にとって食事ってのは楽しみでもあるのよ? 断固として普通の美味しい食事が出来るようにするの!」
『サンプルがあればコピーして合成食糧として提供出来ます』
「わたしが試しに焼き魚を作った時、コピー合成した結果を忘れてないわよ。なによあの微妙に不味い苦味と焦げ臭さのある魚味のドロッとした何か。しかも若干生臭い」
『有機物、無機物ともに完全にコピーした物でサンプルと同一と判断できます』
「……これだから恒星間文明に連なる知性体は。買い出しに行くにもお金が。ねえタマちゃん、取り敢えず諸々の元素と一緒に海水から抽出した金は保管してあるのよね?」
『現在三キログラム保管されています』
「じゃあ一キログラム分、小指の先くらいの大きさの不揃いな粒に加工しといてもらえる? 東方の適当な都市で買い物してくるから。情報収集も併せてお願いできる?」
『情報収集依頼を受諾。現状提供出来る移動手段を提示。小型潜水艇若しくは有人ドローン』
その二つが目の前に立体映像で表示される。小型潜水艇は収納可能な履帯が装備された陸上移動が可能なもので、どことなく形がイルカっぽい。
有人ドローンの方は三角形のリフティングボディで中央と左右にリフトファンのある高速タイプ。前進時には中央リフトファンが九十度向きを変えて推力になる。
「ドローンは悪目立ちするから却下。潜水艇で人目につかない海岸に上陸が妥当かもね。で、貨物容量ってどれくらい?」
小型潜水艇の映像がクローズアップされ貨物室が赤く表示された。
『三×三×四メートルで三十六立方メートルです』
「なんでや! 阪神関係ないやろ!」
サフィエは思わず前世のネタでツッコミを入れてしまった。
『艦長発言の理解不能』
「……ごめんて。わたしが悪かった」
ともあれフェティエ救出への準備は進む。
明日の投稿も午前6時になります。