叡智の洞窟~金狐姫の孤軍奮闘~   作:片玉宗叱

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06 妹と姉と

 フェティエは激怒した。必ず、かの邪智暴虐の異母兄である王を除かなければならぬと決意した。

 フェティエは、この国の前王の末の姫である。

 幼い頃に父母と二人の兄を失い、姉と一緒に塔に幽閉されて暮して来た。

 齢十三の時に姉が居なくなり、追放されたと聞かされた。しかし侍女達が控えの部屋で話しているのを立ち聞きして知ってしまった。

 姉は磔刑に処されたのだと。

 ボロボロの姿で引き回され衆人の前で貶められ辱められた挙げ句に殺されたのだと。

 その日からフェティエは泣き暮らした。泣いて泣いて涙枯れるまで泣き、彼女は誓った。

 かの冷酷無比な王を許してなるものかと。

 

 今日もフェティエは朝から傲岸不遜極まりない教育係にスウツノ教の啓典を読まされている。

 つい先日、フェティエの腕に『恩寵の御印』が現れた。示されたのは『四元徳』。それは知慮/思慮/知恵、勇気/忍耐、節制、正義と分類される、人として美徳とされる気質。

 御印が現れた時、姉の処刑以降いつの間にかぼんやりと霞がかっていた頭の中が急にはっきりとした。

 

 意識が明瞭になると色々とおかしかった。

 なぜ玉座に就く異母兄を許してなるものかと深く誓っていたのを忘れていたのかと。

 どうして狂おしいまでスウツノ教に傾倒し心酔していたのかと。

 なぜチアノクの民として神々と聖霊と祖霊を信じていたことを忘れてしまったのかと。

 どうして敬愛していたはずの姉を卑しい獣亜人だと思い込み蔑んでいたのかと。

 フェティエは愕然とした。

 

 原因はあの教育係だとフェティエは断定した。

 授業の前に必ず彼が用意した薬草茶を飲まされていたからだ。

 それを飲まされると頭がぼうっとして体がふわふわするが、『恩寵』を賜って以降は四半刻(およそ十五分)もしないうちに何事も無かったかのように頭がはっきりして自分を取り戻す。

 これは毒を盛られているに違いない。そして『四元徳』には解毒の異能があるのかもしれない。

 幸いにも周りにこの事が知られた様子は無い。

 

「あの男が毒を盛るように命じてるんだわ。ねえ様を処刑するだけに飽き足らず、わたくしも殺すつもりね。そうに決まってる。それに今思うと、かあ様も、にい様達も彼奴に殺されたんだわ」

 

 如何にして此処から逃げ出せないかフェティエは考える。

 フェティエは十四歳。世間知らずの小娘であるのは自分でもわかっている。それでも姉の分まで生き抜く為にここから脱出することを考える。

 

「逃げるところなんて曾祖母様の一族のところくらいしか無いけど、受け入れてもらえるかしら」

 

 彼女は益体も無い事を考えながら、変わらないよう演技しながら日々を過ごしていた。

 

※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 オオワタツミが潜む海域から東、中つ海の東の端にある湾の奥、交易でそこそこ栄える港町ファーティがある。買い物の目的地としてサフィエはそこを選んだ。

 

 上陸するにあたってサフィエは着る物が無い事に気付く。

 オオワタツミの艦内はサフィエ一人しか居らず、艦内は一定の環境が清潔に保たれており、更に今の身体は老廃物を出さない。

 それ故、オオワタツミ艦内では胸と腰を布で隠した程度のほぼ全裸な楽な姿で生活をしていた。

 慌てて艦内で合成繊維で布を作り、裁縫の腕は怪しいので簡単に貫頭衣を仕立て、更にその上から布を重ねて纏いトーガ風の見た目にする。その際に尻尾穴の処理には苦労した。後でミシンを作ろうと堅く心にメモをする。

 取り敢えず裸足でも平気な身体であるので靴は割愛したが、人前に出ても一応恥ずかしくないように(サフィエ主観で)整えることはできた。

 

 潜水艇で夜中にひっそりと上陸したのは港町ファーティから徒歩で一昼夜ほど離れた(約百キロメートルの距離)人目に付かない砂浜で、事前偵察で近くに林があったのが決め手だった。

 林の中に潜水艇を乗り入れ、草や木の枝葉で擬装する。ついでに服と身体を適当に汚しておく事も忘れない。更に幸運にも上陸前に見つけた沈没船から貨幣を回収できたので、金粒とは別な小袋に入れて古臭く擬装した合成皮革で作った肩掛け鞄に仕舞っておく。

 準備を終えて街道に出ると人外の速度で走ること二時間。夜明け前にファーティ近くまで到着した。

 夜明けを待って入街すると入門税を徴収する衛兵から誰何された。

 

「嬢ちゃん、金狐族なのに随分と古い西方の格好してるな? どこから来た? 一人か?」

 

「カァフシャアクから逃げて来たのよ。親はスウツノの糞共に殺されたわ」

 

「あー、そりゃ災難だったな。噂はここまで来てるぜ。よく見りゃ裸足じゃねえか。それにその服、貫頭衣の布を組み合わせてるのか。考えたもんだ」

 

 関心する衛兵にクチャキ銅貨十二枚を渡し入街できたので、まずは着るものと履くもの探す為に衛兵に尋ねる。

 

「身支度を整えたいから古着屋と靴屋を教えて欲しいんだけど。ほら、この格好じゃどこも雇ってくれないだろうし」

 

「なんだ嬢ちゃん、そんな格好でも結構金持ってるのか」

 

「生憎、古着と靴を買ったら素寒貧だろうけどね」

 

 答えるサフィエに衛兵が下卑た視線を投げる。

 

「嬢ちゃん美人だから娼館でも紹介してやろうか? すぐに稼げるようになるぜ」

 

「お生憎様。妹を迎えに行かなきゃならないんだ。そこまで堕ちるつもりは無いよ」

 

 衛兵の言に辟易しながらも背筋を伸ばし毅然と答えるサフィエ。衛兵は肩を竦めた。

 

「そりゃ残念。今日は市が立つ日だ。古着と靴ならそこで探すと安く買える」

 

「ありがとう。それじゃあね」

 

 作り笑顔で衛兵に礼を言うとサフィエは市の開かれている広場へと足を運んだ。

 

 サフィエは縄で区分けされ露店が並ぶ広場を眺めながら歩いて行く。朝も早いので人出はそう多くない。

 程なくして古着を売っている露店を見付けた。

 地球のイスラム圏で婦人が着るヒジャブのような服を着た黄色普人族の人の良さそうな小母さんが開いている露店である。

 サフィエが祖国で着慣れた女性用のカフタン(前開きの袖の長いガウンのような衣服。地球のトルコ周辺の民族衣装でもある)やシャルワール(サルエルパンツぽいズボン)も露店の敷物に並んでいた。

 カフタンは小母さんの娘が結婚した時に置いていった物らしく、可愛らしい模様の刺繍がしてある。色も明るい物が多かった。

 状態の良い物を小母さんの助言も得ながら吟味して選び、気に入った物を上下合わせて三着購入。

 

「重ね着できる何か無いかしら?」

 

 小母さんに尋ねると、奥の木箱から引っ張り出して、ノリノリでああでもないこうでもないと始めてしまった。

 結局、なかなか可愛らしい重ね着用のものも三着購入した。知り合いで直しをやっている人が露店を出していると言うので場所を教えてもらい、また露店を眺め、時には冷やかしながら歩いて行く。

 教えてもらった直し屋は、小柄で皺くちゃのお婆さん。全部の直し代を前金一括で払い、一揃い分だけその場で直して貰えるかとお願いすると、店主のお婆さんは快諾し、その場で手早く直してくれた。

 残りは明日夕方前に取りにおいでと言われたので、サフィエは礼を言いその場を辞した。その後も彼女は買い物を続ける。

 この日は服の他に靴にスカーフや腰紐、飾り紐などを購入する。そのうちに夕方近くなったのでサフィエは慌てて宿を取る事にした。

 一泊二食付きでダンニェ銀貨十枚とちょっとお高い。そして宿で出された久し振りの普通の食事の美味しさに、サフィエは泣いた。

 

※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 その日、フェティエは夕食後に王から呼び出され、侍女に連れられて王宮へと足を運ぶ。

 王との謁見は玉座の間ではなく謁見室と呼ばれる小部屋で行われた。

 跪いて首を垂れるフェティエに王は告げた。

 

「第四王女フェティエに申し付ける。其方(そなた)を西方のロームルレム国に、かの国の王の側付きとして送る。これは王命故しっかり励め」

 

 スウツノ教は重婚も愛人を持つ事も認めない厳格な一夫一婦制である。しかし、気に入った女性に役職を与える事で王宮に入れ、事実上の妾・愛人として囲う権力者も多かった。ロームルレム国王も、御多分に洩れず何人もの妾・愛人を側付きとして囲う好色な人物と知られている。

 フェティエは平静を装いながらも内心で悲憤慷慨した。

 跪いたままなので見えないが、目の前でふんぞり返っているであろうこの異母兄は、まだ成人もしていない十四歳の自分の純潔を好色オヤジに捧げろと命じたのだ。

 姉の分まで生きると誓ったのに、これでは生きながら死ねと言われている様なものだとフェティエ思う。激しい怒りの後に湧き上がるのは諦念か。

 

「承りました」

 

「おおそうだ、全て彼方で用意する故、其方は身一つで向かうがよい。十日後に迎えが来る。では下がれ」

 

「御前、失礼いたします」

 

 異母兄の余りの仕打ちに、フェティエは叫びたかった。泣きたかった。しかし、この場では出来ない事だ。なぜなら自分は毒に侵され心を失っている振りをしているのだから。

 フェティエの中で『自害』という言葉が浮かんだ。

 

 それから五日程経った未明の事、フェティエは夜明け前に目が覚めてしまった。寝床から出て窓に向かうと板戸の留め具が外れ少し開いている事に気付いた。窓の板戸は外開きのうえ、就寝前には閉じて留め具をかけていたはず。

 何かの器具を使って開けたのかとも思えるが、ここは城の敷地内にある五階建ての塔の最上階。人が外壁を登って来られるはずも無い。

 不思議に思いながらも窓を開け、まだ目覚める前の王都を見下ろしながら「ここから身投げしても良いかな」などと考える。その時、窓枠に何か置かれているのが視界に入った。

 

 それは掌にすっぽり入る大きさの鈍色をした半球状の何か。恐る恐る手に取ると伏せられていた所が深く抉れている事が見て取れた。

 じっくりと眺めてみると表面に文字が書いてあるので読んでみる。書かれていたのは懐かしい癖のある字だった。

 

 『これを耳に当てて。声の手紙よ。サフィエより』

 

 フェティエは涙した。

 




 明日の投稿は午後6時になります。
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