叡智の洞窟~金狐姫の孤軍奮闘~   作:片玉宗叱

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08 声の手紙と救出と

『フェティエ、あなたを独り残して居なくなってごめんなさい。あの日、わたくしは地下牢へ入れられてしまいました。そして思い出したくもない悍ましい目に遭わされ貶められ辱められて磔にされました』

 

『でも命を落とす寸前に、幸運にもある方々に瀬戸際で救われて、今こうしてあなたに声を届ける事が出来ています』

 

『あなたの様子は特別な方法で見守っていました。日々心を失って行くあなたが、とても、とても心配で、悲しくて、それでも何も出来ないわたくし自身が悔しくて。今まで、わたくしは身体の治療と、あなたを塔から連れ出す力を得るために動くに動けず、とても歯痒い思いをしていました』

 

『フェティエ、あなたも恩寵を賜る歳になったのですね。フェティエ、あなたが自分を取り戻したのは、きっとあなたが賜った恩寵のお陰なのでしょう』

 

『フェティエ、自分を失った振りをしてるのは辛い事と思います。あの男に理不尽な要求をされたのも知っています。よりにもよって、あのロールムレムの王の下へ送るだなんて。わたくしが必ずそこから出してあげます。あなたが自分を偽らずに生きて行けるように、わたくしがあなたの未来を拓きます』

 

『だからフェティエ、愛しいフェティエ。絶対に絶望しないでください』

 

『絶対に憎しみに囚われないでください。絶対に希望を捨てないでください』

 

『必ず、わたくしが、あなたの姉が迎えにまいります。その時は、この声の手紙がぶるぶると振るえて淡く光って知らせます。そのあと何が起こっても、何を見ても怖がらないで、逃げずにそこに居てください』

 

『フェティエ、それまで辛いでしょうが、あと少しの辛抱ですからね』

 

『嗚呼、フェティエ。泣き虫で優しく賢いフェティエ。大好きなフェティエ。わたくしの可愛い妹。愛してるわ。あなたに神々と聖霊と祖霊の加護があらんことを』

 

 

「……ねえ様。生きてた。生きてたんだ」

 

 ボイス・メールを聞き終わり、プレイヤーを握り締めて胸に抱きながらフェティエは声を押し殺して涙を流す 。

 本当は声を上げて泣きたい。嬉しくて跳ね回りたい。

 大声で「わたくしも、ねえ様が大好きです!」と大声で叫びたい。

 でも、どこで誰が聞いているかも分からない塔の中、迂闊な事は出来ない。

 もし知られでもしたら、この声の手紙は取り上げられて、自分は地下牢に入れられてしまうだろう。

 そして迎えに来た姉も捕まってしまうかも知れない。

 侍女達が塔に来る前に隠さなくては。

 フェティエは涙を(ぬぐ)い動き出した。

 

※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 フェティエが王に呼び出される二十日程前、買い物を終えたサフィエの乗る小型潜水艇は、港町ファーティからオオワタツミが水中待機している海域に戻って来た。

 

「タマちゃん、ただいま~」

 

『お帰りなさい、艦長。深度二百メートルまで浮上し待機中。収容扉開きます。操縦こちら(アイハブコントロール)

 

「ほーい。操縦そちら(ユーハブコントロール)

 

 小型潜水艇はトヨタマビメに制御され収容扉を通りエアロックへと進入。

 

『収容扉、エアロック閉鎖。エアロック内排水開始。排水後、洗浄完了まで艦長に待機を要請』

 

「了解。荷物の搬出搬入は作業ロボに任せる。けど、入庫作業は絶対わたしが立ち会からね」

 

 港町ファーティで購入した食料品のうち、生鮮食料品は速やかに冷凍しなければならない。

 運搬中、サフィエの魔法で摂氏十度以下に常に冷やされ、潜水艇のカーゴスペースでも低温を維持した。

 しかしフェティエを迎えるにあたって、その時期が不明な為に長期保存するための処理が必要になる。

 幸いにして飼育員種族が長期冷凍保存技術(生きた生物サンプルを細胞組織や組成を破壊しないで凍結保存するのに使われるもの。適切な処理をする事でほぼ損傷無しで甦生も可能。古くは彼等が恒星間航行時を行う時にコールドスリープとして使われていた)を持っていたので、それを冷凍庫代わりの保管庫に組み込んでもらっていた。

 食べ物に関してトヨタマビメは微妙にポンコツなので、仕分け作業と下処理はサフィエの仕事だ。

 肉や野菜を洗って切って包んでと、せっせと作業に勤しむサフィエ。

 思わずあれもこれも買い過ぎて、フェティエと二人で消費しても一ヶ月分ほどの量があったので、処理に結構な時間を要したが、なんとか満足に終了。

 その時、トヨタマビメが香辛料や調味料に興味を示したので、試しに少量をサンプルとして単体毎に提供したところ、味を完全にコピーした物が出来上がってきた。

 ただ、液体のもの以外はペースト状か固形キューブと化してはいたが……。

 

「味は良いんだよね味は。ペーストはまだ許せるよ? でも固形キューブ! てめーはだめだ! せめて粉末にしてよ! カッチカチで扱い難いじゃない!」

 

 それでも取り敢えず食に関しては色々と捗ったのでヨシ! とサフィエは思った。

 

 食べ物に関するあれやこれやが一段落付くと、次はいよいよフェティエの救出作戦の策定に移る。

 

「行く、乗せる、逃げる」

 

 カエサルか。それとも金庫破りか。

 

『具体的な作戦内容の提示を要求』

 

「王都に行くでしょ? フェティエを乗せるでしょ? そのまま王都から逃げるでしょ? ほら、そのままじゃない」

 

『具体的且つ詳細な作戦内容と行動スケジュールの提示を要求』

 

 肩を竦め掌を上に向け、やれやれと言った風にサフィエは首を振る。そして一つ一つ詳細を語って聞かせた。

 概要はドローン部隊により非殺傷の照明弾や閃光弾や煙幕(催涙ガス含む)で王城正面を爆撃し陽動とする。これにより塔周辺の警備を引き剥がしつつ無力化し、その隙に有人ドローンをフェティエが幽閉されている塔の下に着陸させる。その後、サフィエ単身で塔に侵入し、フェティエを連れ出して離脱する。

 そのための必要十分な弾薬の準備をトヨタマビメへと指示した。

 

「陽動でどれだけ警備を無力化出来るかなぁ。それだけが不安要素だわ。出来るだけ穏便に済ませたいけど、最悪は肉弾戦かなぁ」

 

 準備を進める最中、フェティエを好色王へと送る兄王の企みを、妹に密か張り付けてあるマーカー兼監視装置で知ったサフィエは激怒した。

 

「あンの人でなし! 泣かす! ぜぇったいに泣かしてやる!」

 

 作戦変更である。

 彼女は自重する事をやめた。

 

※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 その日、王都は明け方から混乱した。

 日の出前の朝焼けの空を背景に、雲に届く程の高さの『羽根の付いた巨大な黒い円柱』が突然、カァフシャアク王国王都にほど近い東南東の南海上に現れ、音も無く接近して来ていたのだ。

 その正体は飛行状態で起立したオオワタツミである。わざわざ起立させたのは、その方が王城と王都の連中にプレッシャーを与える事になるだろうと考えてたからだ。なにせ長さ三千メートル直径三百メートルの巨体である。起立させれば確かに雲まで届く。

 自重を捨てたサフィエは、この巨大機動母艦で王城に直接カチコミをキメる事にした。この作戦にトヨタマビメは難色を示したが、そこは艦長権限で押し切った。

 操縦室の全周スクリーンにはパニックに陥り右往左往する王都の民と、真っ先に逃げ出した王侯貴族とスウツノ教の聖職者どもの姿が映っている。

 威圧の効果は覿面だった。

 

 そしてマーカー兼監視装置と先行して出した偵察ドローンは塔で待つフェティエの姿を捉えていた。彼女は震えながら気丈にも窓を開けて接近するオオワタツミを見つめている。

 

 混乱する王都上空を起立したオオワタツミはその威容を誇示しながら高度三百メートルを維持しながら王城へと向かう。

 

「タマちゃん、ピッチそのまま。高度百、速度二十まで落として。王城上空まで達したら停止」

 

『了解。王城到達後は停止、滞空します』

 

「有人ドローンの位置は?」

 

『予定通り高度千メートルで本艦の後方五百メートルを随伴飛行中』

 

「もう少し離しといて。だめ押しで脅かすよ。主電磁推進の外側電極のみをアクティブ。電極間最大電位差で気中放電、十秒間隔で十回、開始」

 

 閃光を撒き散らし、落雷のような音を王都中に轟かせながらオオワタツミは王城上空へと到達した。

 

「それじゃフェティエを迎えに行ってくるね。有人ドローンを艦尾ハッチの真下まで近づけて。キャノピーは開けといてね」

 

『了解。お気をつけて』

 

 オオワタツミは艦首を上にして起立しているが、重力制御中の艦内は自由落下状態になっている。

 サフィエは通路を遊泳しなが移動し、目的のハッチから有人ドローンへと飛び降りる。

 『魔法』で重力制御をしながらの落下なので、ドローンから外れる事も、激突する事もなく羽のように柔らかく降り立ちコクピットへと滑り込む。

 

「ドローンへ移乗したわ。操縦こちら(アイハブコントロール)

 

『確認。操縦そちら(ユーハブコントロール)

 

「タマちゃん、予定通りオオワタツミはピッチ戻して撤収。合流点で待機しといて」

 

『了解。艦体ピッチ戻し。移動速度と高度は事前設定に従い海上までは高度千メートル速度四十キロメートルを維持。海上到達後、速やかに合流点まで移動』

 

「音速超え出しちゃダメだよ?」

 

『了解。音速未満で速やかに移動』

 

 有人ドローンの上空でオオワタツミは高度千メートルの位置を回転中心にして、ゆっくりと水平状態へ姿勢を戻していく。

 

「さて。オートパイロット解除、と。フェティエを連れてさっさと逃げよう」

 

 王城が無人になっているのは確認出来ているが、念のために周囲を一周してから塔の近くに着陸した。

 

 サフィエはドローンから飛び降りると真っ直ぐに塔の入口へと向かった。警備の兵も逃げてしまったので邪魔する者は居ない。

 

「ねえ様! ねえさまぁ!」

 

 五階の窓からフェティエが身を乗り出して手を振り叫んでいる。

 

「フェティエ! もう大丈夫よ! 扉を開けるから下に降りて来て!」

 

「鍵が閉まってて出られないの!」

 

 早朝の襲撃だったため、フェティエの部屋の鍵は閉められたらままだった。塔の入口の扉も施錠されたままだ。

 

「おりゃあ!」

 

 勇ましい掛け声と共にサフィエは入口の分厚い扉を蹴り飛ばす。派手な音を発てて扉が塔の内側に吹き飛んでバラバラになる。

 サフィエは塔に入ると一気に五階まで階段を駆け上がりフェティエの居る部屋の扉の前へ。

 

「フェティエ! 聞こえる? 今から錠前を壊すわ。危ないから扉の前から出来るだけ離れて! 横に避けるか隠れるかして!」

 

「はい! ねえ様!」

 

 フェティエは扉の前から退避しベッドの陰に隠れた。

 

「いくわよ! っせい!」

 

 サフィエは腰溜めに構えて扉の錠前に正拳突きを叩き込み破壊した。因みに彼女の本気の打撃は音速を超えて衝撃波を発生させる。

 錠前が壊れ扉が開き、サフィエは部屋に飛び込んだ。

 

「フェティエ!」

 

「ねえ様!」

 

 ベッドの陰から飛び出しフェティエは彼女の姉に抱き付くと声を上げて泣き出した。

 

「うわあああん! ねえ様! ねえ様!」

 

「頑張ったわね、フェティエ。本当によく頑張って耐えたわね。もう大丈夫よ」

 

 泣きじゃくる妹をサフィエは優しく抱きしめ、落ち着くまで暫く背中を優しく叩いてあやしていた。

 

「落ち着いた? さあ、さっさと逃げるわよ!」

 

「はい! あの、お空を飛んで来た物で行くのですね? それとあの大きな柱は何ですの? ねえ様は今までどこに居たのですか? それと……」

 

「取り敢えず質問は後でね。彼奴等(あいつら)が戻ってくる前に王都を出ましょう」

 

 まだ少しフェティエは涙声だったが、サフィエは小柄な妹を横抱きにすると塔の階段を駆け下りる。

 

「ひゃあああああ!」

 

「叫ばない喋らない! 舌噛むわよ!」

 

 階段を飛び下りるように駆け下りると、そのままの勢いで有人ドローンまでサフィエは走り切る。

 そしてフェティエを持ち上げて有人ドローンの副操縦席に座らせると自分もひらりと乗り込んだ。

 

「シートベルトを締めないとね。付け方教えるから、よく見ていて」

 

 サフィエは手本を示した後、慣れない手つきの妹を手伝い、彼女にシートベルトを装着させた。

 

「ねえ様、少しきついです。これで良いのですか?」

 

「緩いと危ないから、それで大丈夫よ。苦しくなったら我慢しないでさっき引っ張った所を緩めてね」

 

「はい、ねえ様」

 

 サフィエはパネルを操作してチェックリストを画面上に表示させる。

 

「それじゃ行きましょう。ビフォア・リフトオフ・チェックリスト。キャノピー、クローズ。スタートアップ・パワーソース、オン。イン・ソリッド・ニュークリア・フュージョン・リアクター、プレッシャゼイション。メイン・リフトファン・ポジション、ニュートラル。……」

 

「ねえ様、なんのおまじないですか?」

 

「……リアクター・アウトプット、ノーマル。ん、確かにおまじないかもね。飛ぶ前に色々確認しないと安全に飛行出来ないから。っと続き続き」

 

 サフィエはディスプレイに表示されるチェックリストを淡々と確認していく。その間、フェティエはポカンと姉の作業を眺めていた。

 

「ビフォア・リフトオフ・チェックリスト、コンプリート、っと。それじゃ飛ぶわよ。リフトオフ・スラスト、セット。離昇(リフトオフ)

 

「わぁ! 浮いてます! ねえ様浮いてます!」

 

「そりゃあ空飛ぶ乗り物だもの。(Ten)三十(Thirty)七十(Seventy)。オートパイロット、セット」

 

 二人を乗せた有人ドローンは高度を上げて、混乱する王都を後目に一路オオワタツミとの合流点へと向かって飛行を開始した。

 

* * * * * *

 

 サフィエ達を乗せて有人ドローンは高度三千メートルをオオワタツミとの合流点に向けて順調に飛行している。

 

「わぁ! 高い、凄い!」

 

 フェティエにとっては生まれて初めての空の旅である。先程まで幽閉されていたのに眼下の景色に興奮してはしゃぎっぱなしだ。

 もちろん死んだと思っていた姉が生きていて、更にその姉が助けに来てくれたのだ。嬉しさにはしゃぐのも無理は無い。

 

―コパイ席のコントロールを切っといて良かった―

 

 はしゃぐフェティエが意識せずに操縦桿やスイッチ類に触るのを見て、事前に副操縦席側の機能を停止させていたサフィエは安堵した。

 オートパイロットに設定してあるが、不用意な操作で解除される可能性もあるからだ。

 

「ねえ様。こんなの凄い乗り物、どうやって手に入れたのですか? 空を飛んでるなんて夢みたいです」

 

「んー、色々と内緒が多いんだけど、まぁ、わたしを助けてくれた人達に作ってもらったのよ」

 

「どんな方達なんでしょう。お会い出来ますか? 是非お礼を言いたいのです」

 

「あー、うん。いつかそのうち会えるよ。きっと」

 

―無理無理無理! その前にフェティエの寿命が来ちゃうよ!―

 

 フェティエの救出を以て飼育員種族との接触も断たれた。その時が来るまで、この惑星の知的生命体とは接触しない。サフィエは例外中の例外であった。

 

「むぅ。ねえ様なにか隠してませんか?」

 

「ハハハ、ソンナコトナイヨー」

 

「大体、素手で扉を壊したり、わたくしを横抱きして階段を駆け降りたり! ねえ様は色々おかしく有りませんか?」

 

「キノセイ、キノセイ」

 

「後でじっくりお話してくださいね? ねえ様」

 

 じゃれ合う姉妹を乗せて有人ドローンはカァフシャアク王国の王都から南東海上への飛行を続ける。

 程なくして海上に黒くて細長い物が見えて来た。海上に着水したオオワタツミである。

 

『フォックス・ワン。こちらオオワタツミ管制。ドローン用飛行甲板展開済み』

 

「こちらフォックス・ワン。オオワタツミを視認(インサイト)。アプローチ・チェックリスト……コンプリート。タマちゃん、自動(オート)で降りるからよろしく。フライトモード、セットリモート。操縦そちら(ユーハブコントロール)

 

操縦こちら(アイハブコントロール)。お帰りなさい、艦長』

 

「え? 今の声はどこから? 誰なんですか、ねえ様」

 

「あー、トヨタマビメって言ってね、ほらあそこに見えてる(ふね)の人工知能……て言っても分からないかぁ。んー(ふね)に宿った精霊とでも今のところ思ってて良いよ。それと話したの」

 

「精霊! おとぎ話に出てくるみたいなのですか? どんな姿なのでしょう」

 

「姿ねぇ。王都の空に現れた柱みたいなのフェティエも見たでしょ?」

 

「はい、びっくりしました。怖かったです」

 

「それがオオワタツミよ。あそこに横になって海に浮かんでるのが見えるでしょ? あれが本来の姿勢なんだけど。まだ距離があるから分からないだろうけど、長さが二ビニュルメ(※架空単位:一ビニュルメは約千五百メートル)あるから」

 

「え?」

 

「それで、そのオオワタツミを動かしてるのがトヨタマビメ。精霊より魂って言うべきかしら……」

 

 それを聞いてたフェティエは絶句した。この空飛ぶ乗り物とか、空にも浮かぶ巨大な柱みたいな船(?)とか、極めつけは姉が身に付けた怪力とか。姉を助けた人達というのは、ひょっとしてチアノクの神々なのではないだろうかと思った。

 

「因みにオオワタツミの意味は『大いなる海神』、トヨタマビメはその娘で『豊かな真珠の女神』って意味らしいわよ?(前世知識だけどね)」

 

 それを聞いたフェティエ「やっぱり……」と呟きながら余りの精神的衝撃に気を失った。

 

* * * * * *

 

「いや~失敗失敗。敬虔なチアノクの民の信心、甘く見てたわ」

 

 無事に着艦し、収容された有人ドローンから気絶した妹を抱きかかえて下ろしながらサフィエは色々と察してぼやく。しかし彼女は妹に再開した時から気になっている事があった。

 

「タマちゃん、医療ポッドの準備。フェティエをこのまま医療区画まで運ぶわ。診断もだけど治療モードも使うと思う。この子から変な『匂い』がしてるのよ」

 

『了解。艦長の懸念は薬物と推測』

 

「洗脳するのに薬を盛られてたみたいだから。そうそう、液体呼吸中に目を覚ますとパニックになるから『魔酔』できるようにしといてね」

 

 治療ポッドを治療モードで使用する場合、治療用マイクロ・ナノマシンを投与する為と、患者への身体的負担を軽減する為にポッド内を呼吸可能な液体で満たす必要があった。(現代の地球で呼吸可能な液体としてフルオロカーボンやパーフルブロンが知られており呼吸器治療の臨床試験が行われている)

 そして『魔酔』は、サフィエの治療にも使用された異星人の技術であり『魔術』により情報量子次元を通して神経系に干渉し、薬物による麻酔と同じ効果を得る事ができる。

 

「気絶してまだ目が覚めないって、よっぽど気を張ってたのね」

 

 医療ポッドに入れる前、フェティエの服を脱がせ全身を確認するが、幸いにも虐待を受けた痕は無く、サフィエは安堵した。

 

 医療ポッドでの診断の結果、やはりフェティエの体内には植物由来の向精神作用のある物質が、常人なら廃人に成りかねない量が蓄積されており、神経系も侵されていた。同時にフェティエの持つ『恩寵』の効果も確認出来た。

 『恩寵』とは、飼育員種族が古代にこの惑星全ての知的生命体に組み込んだ遺伝情報と人工的な自己増殖型細胞小器官により実現されるシステム。マーカーとトレーサーの役目を持ち、ネットワークを構成して飼育員種族へ個々のデータを送りつつ、本人の持つ資質を少しだけ強化する。

 この資質を強化する機能は、使命とは言え異質なものを組み込んでしまった事に対する、原住知的生命体への飼育員種族からのお詫びらしい。

 故に、飼育員種族由来の技術の塊であるオオワタツミとトヨタマビメは『恩寵』を解析することが出来るのだ。

 

 フェティエの『恩寵』の四元徳。その中の忍耐/勇気の力により、文字通り『忍耐』つまり精神力だけでフェティエは薬物に対して耐えていたのだ。

 それを知らされたとき、サフィエは妹をすぐに救い出せなかった事を悔いた。

 現状でも妹の神経系は限界を迎えようとしていた。あのまま薬物を投与され続けられていたら、彼女の妹の命は近いうちに失われていただろう。

 

 医療ポッドでマイクロ・ナノマシンによる治療を受けながら眠る妹に、サフィエは声をかける。

 

「目を覚ましたら、うんと甘やかしてあげるからね。フェティエ」

 

 斯くして、お互いを思い遣りながらも引き離された姉妹は、再び相見える事ができた。

 サフィエは、先のことは分からないけど今はこの幸せを出来るだけ長く感じていたいと思う。

 

―愛しいあなた達に神々と聖霊と祖霊の加護があらんことを―

 

 サフィエの耳に、懐かしく優しい声が聞こえたような気がした。




 明日の投稿も午後6時になります。
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