サフィエがカァフシャアク王国の王都から妹を救出してから三年が過ぎた。
その三年の間に彼女の祖国がどうなったか。王が王都を逃げ出し国内が混乱した隙を西と東から攻め込まれ、あっと言う間に滅亡してしまった。今その土地は、海峡を挟んで東西別々の国が領有している。
サフィエの二歳下の妹フェティエは十七歳になり身長も伸びた。
サフィエの身長は百五十六センチメートル(本人は狐耳を含めた百七十センチメートルを主張)のままだが、フェティエの身長は百六十五センチメートル。
サフィエは妹を少し見上げるようになってしまった。
サフィエとフェティエは姉妹だけあって顔立ちは良く似ている。
ただ、サフィエは父に似てやや吊り目気味、フェティエは母に似てやや垂れ目気味。
最近は身長のせいかサフィエが妹に見られる事も多い。
今現在、サフィエとフェティエの姉妹はオオワタツミを離れ、港町ファーティからほど近い、東にある小さな宿場町スーコンサルで暫く前から宿屋暮らしをしている。
三年前、神経系を侵されていたフェティエだが、治療を短期で終える事が出来た。後遺症の心配も無い。
快復後、暫くは大人しくしていたのだが、トヨタマビメから色々と聞き出してしまい、結局は飼育員種族やサフィエが人をやめて不老不死になってしまった事がフェティエにバレてしまった。
人では無くなってしまった事を知られ、サフィエは妹に気味悪がられて嫌われる、と恐れた。しかし逆に「そんな大事な事を黙っていたなんて」とフェティエに怒られ泣かれてしまう。そして姉妹二人、抱き合いながらお互いに「ごめんね。ごめんね」と謝りながら泣き明かし、翌日には蟠りも無く元の仲の良い姉妹に戻っていた。
オオワタツミで暮らしているうちに、フェティエの才能が開花した。恩寵『四元徳』の知慮/思慮/知恵の覚醒である。
トヨタマビメとの会話や得られる未知の知識が引き金になったのか、フェティエの思考力、記憶力、学習能力等の知に関する能力が高まった。
元々聡明な姫ではあったが、それでも秀才の一歩手前。
しかし覚醒したフェティエは天才と呼ぶに相応しい能力を獲得した。特に数学、物理に関心が高く、瞬く間に高等数学の理解を深めて行った。
この三年間、姉妹は基本的にはオオワタツミで暮らしていた。
時々港町ファーティに出掛けて買い出しをしたり、更には木造帆船に擬装した高速船を使って世界中を旅をしたりと二人仲良く楽しく穏やかに過ごしていた。
旅の道すがら、サフィエは大陸の東や西大海洋の先にある人が住まない南北アメリカに相当する大陸で、前世でも馴染みのある発酵食品や作物、香辛料等を見付けては狂喜乱舞した。食べ物ではしゃぐ姉を、妹は呆れた目で見ていたが。
これらのサフィエが集めた作物達は洋上農業プラント『
ネノクニはオオワタツミの船渠内で製作可能なサイズの浮遊型海上プラットフォームを多数接続・強化して建造された。上部には密閉された広大な温室が作られている。
この洋上の農地とも言えるネノクニ、オオワタツミに曳航されて、中つ海の
そして何故かトヨタマビメが自ら進んで品種改良作業や栽培を行っているのだが、この超高性能人工知能、何かに目覚めたのかも知れない。
そんなこんなで結構のんびりと充実した日々を送っていたサフィエ達だが、サフィエ自身は当初の目的を忘れてはいなかった。
世界の停滞を打ち破り変革を齎し、この星の知的生命体がより成熟し進化し、平穏なる意思と精神で万象心へと到れるようにと願った事を。
そのためにサフィエは一歩踏み出す事にしたのだ。
「フェト(フェティエ)、オオワタツミに居ても良かったのよ? なにもこんな所まで付き合わなくて良かったのに」
「えー、サフ(サフィエ)
宿場町スーコンサルから内陸部へと入った山の中に姉妹の姿があった。王族ではなくなった二人は畏まった言葉使いを止めて久しい。
「うむ、愛い奴め。でも山の中で道の無いとこを歩くんだよ。大丈夫なの?」
「疲れたらサフ姉におんぶしてもらう」
「全く、十七にもなって甘えたなんだから……」
サフィエの山歩きには確とした目的がある。拠点作りだ。
自分の望みを叶えるには暴力は必要ないと彼女は考える。
理性と知性を育て、在るがままの自然を是とし、それを探求する事を学問とし、助け合い、尊重し合い、また争わず競い合うように徳の道を説き導き、思考の明確化を促す。
それを遍く世界に広げれば自ずと人々は一人で立ち、停滞を是とせず歩を進められるはずだと。
青臭い理想論だと彼女自身も分かっている。
それでも挑むのだ。
彼女にはほぼ無限の時間がある。時間をかけて人の社会に無理をさせないように、ゆっくり進めていく。ズルをして無理やり発展させても、必ずどこかで破綻するだろうから。
木漏れ日を受け、木々の間の道無き道を思索しながら歩いていると、フェティエが音を上げた。
「サフ姉、つーかーれーたー。おんぶ~」
「ほらあそこ、少し開てる所だからもう少し頑張って。着いたら少し休憩しよか」
サフィエの示す先は木々が開け、その向こうに岩肌が見える。どうやら今回の目的地、スコーンサルから見える崖に到着したようだ。
「はい、飲み物」
サフィエは背嚢から敷き布を出し岩肌の前に敷くと、妹に
「ありがと~。中身は?」
「真水」
「えーっ。甘いの無いの?」
不満を口にする妹にサフィエは「冗談よ。フェトの好きな
「ん~! 冷たくて美味しい」
そう、保温出来るマグボトル。オオワタツミ艦内工場謹製である。地球の十世紀前後の文明レベルのこの惑星ではオーパーツ扱いされる代物。更には宿に固体内核融合を動力にした(サフィエしか持ち運べない重さの)小型冷蔵庫まで持ち込んでいる始末。三年間のオオワタツミでの生活でフェティエもすっかり順応していた。
ちなみにこの
「フェトは休んでて。わたしはちょっと見てくるから」
「うん、待ってる。気を付けてね」
果実水を飲みながら手をひらひらさせるフェティエを後に、サフィエは軽い身のこなしで崖に取り付いて調べはじめた。
* * * * * *
崖を調べてから二日後、スーコンサルの周辺調査を終えて、姉妹は宿を引き払いオオワタツミに戻っていた。
「サフ姉、最初から欲張るのは無理じゃない? 目立つし」
「そうよねぇ。重機持ち込むとか、どう考えても無理筋よね」
スーコンサル近くの崖は確かに立地としては良かった。
海にも街道にもほど近く、買い出しにも不便は無いので、拠点を作るには申し分ない。
「そうだ! サフ姉がコツコツと手堀したら良くない?」
―いやいやいや。恩讐の彼方にの了海じゃないんだからさ―
内心で前世に読んだ文学作品に
サフィエは信じられない程の怪力の持ち主であり、文字通り不眠不休で活動出来る。適切な工具さえ用意できれば(外見的には)一人人間重機になれる。
「ん~? それ、有りと言えば有りかも」
斯くして異世界版『青の洞門』(主演、サフィエ)が計画されそうになった、がしかし。
「でも、わたしが作業に取り掛かるとオオワタツミに毎日は戻って来れないから、ご飯作りは無理。フェト、自分で作れるの?」
「ううっ、サフ姉がイジワル言う~」
この三年間でフェティエも姉の影響を受け、まあまあの食いしん坊になっていた。
この三年間で食材や香辛料、調味料等を得たり自作していたサフィエは料理が趣味になった。前世の朧気な知識と味覚を頼りにし、新たな食材を使ったサフィエの調理は地元料理の味も一段引き上げるのだ。
フェティエは胃袋を完全に掴まれていた。
「フェトが現場に住むにしても、テントだと不便だろうし。いっそ丸木小屋でも建てる? 食材とか諸々はタマちゃんにドローンで運んで貰えば良いし」
「お風呂! お風呂と清潔なトイレも所望します!」
「なんか無理に秘密基地っぽくしないで、普通に街中に大きな家建てて、そのまま拠点にしても良い気がしてきたわ」
『水上住宅を提案』
トヨタマビメが姉妹の会話に割り込んで来た。
「いやタマちゃん、それだと現状と大して変わらなくない? それに私達だけで住む事が目的じゃないし。オオワタツミは公開できないよ?」
この時、サフィエの頭の中に別な宇宙の地球と言う惑星に存在した、曳航中に沈没してしまった水上レストランのイメージが浮かんだ。沈んだのに浮かんでしまった。
「……一応、検討だけはしとく」
喧々囂々、お互いそれぞれが意見を出したり、肯定したり、否定したり、混ぜっかえしたりで夜は更けて、フェティエがダウンしたところでお開きとなった。
明日の投稿も午後6時になります。