今日はいよいよ待ちに待った結束バンドのライブの日だ。
4人になって、ボーカルも増えた今回が実質の初ライブと言ってもいいかもしれない。山田達の演奏を聴けるこの日を俺はとても楽しみにしていた。
残念なことに、天気は最悪だったのだが。
「冗談のつもりだったが、まさか本当にライブの日に台風がくるとはな」
外の暴風と豪雨が物凄いことになっているが、俺に行かないという選択肢はない。
カッパに着替え、チケットを包装袋の中に入れて破れないようにする。
長靴を履いて外に飛び出す。目指せSTARRY!
しばらくして、俺はびしょ濡れになりながらもなんとかSTARRYに辿り着いていた。
山田から聞いた情報によれば、確か結束バンドは最初に演奏するはず。
しかしこの状況だと、客の入りは厳しいかもしれない。
入口から中に入って、階段を降りると結束バンドのメンバーが集まっていた。
「こんばんは」
「お客さんか、いらっしゃい」
「山田にお呼ばれしたので」
金髪の大人のお姉さんから声をかけられたのでチケットを手渡した。
雰囲気と容姿から判断すると、伊地知のお姉さんか従姉かな?
女の子達も俺に気付いて、ガヤガヤしながら集まってきた。まだ控え室には入っていなかったらしい。
「ざっそーさん、来てくれたんですねっ!」
「雨の中おつかれざっそー、郁代が心配してた」
「リョウ先輩、さらっと嘘つかないで下さい!」
「2人ともありがとうな。結構濡れたし」
山田と喜多とはだいぶ仲良くなれてきたとはいえ、心配してくれていたのは嬉しい。素直に感謝しておく。
「はじめまして!君がリョウがよく話をする草仲間のざっそーさんかー。気になってたんだよねー。よろしくね!」
「山田から俺のことをよく聞いてるのか、草仲間っていいなそれ……!」
「そこで喜ぶんだ!?誉め言葉になるのはリョウとざっそーぐらいだよ」
どことなく呆れた様子の伊地知。確かに草を食べるのは変わった趣味を持っているが、恥じるものとは思っていない。それよりも、先程から視界の端っこでピンクジャージの子が顔を真っ青にして痙攣しているのが気になる。近づいても大丈夫だろうか。
「すすすみません、東京湾だけは勘弁して下さい!」
「俺にとっての親の仇とか何かか……?」
まあ、俺の両親は生きているが。
伊地知は知っているが、この人は見た覚えがない。消去法で考えると完熟マンゴーのギターの人だろうか。そしてなぜ俺に謝ってるんだろう。
「あー、ぼっちちゃん……後藤さんのことなんだけど、については気にしないであげて……ざっそーのリョウとのお出かけを私達に教えたことがきっかけで私達がざっそーのことを知ったから、罪悪感覚えてるんだよ」
「あわわわわ……!」
白目をむいてピンクのスライムのような液体を放出し、物理的に小さくなっていく後藤。なるほど、そういうことだったのか。俺としては結束バンドの面子に周知してもらえるのはむしろ嬉しいというのに。ここは気にしなくていいと伝えよう。
「謝る必要はない、むしろ話のネタにしてくれてありがとうな後藤」
「うう……イケメンだああ!」
泣き出した後藤は放出したスライムを再吸収し、元の形に戻った。
イケメンだと生まれて初めて言われたのでちょっと嬉しい。少しにやけそうになってしまった。そんなほのぼのとしてる俺と、えへへと照れる後藤を見て伊地知が驚愕している。
「えっ、ぼっちちゃんに驚かないの!?」
「あまりにも現実味がないからな……深く突っ込むと儀式の生贄にされるかと思ったし」
「しないよっ!?」
「やっぱり、知らない方がいい世界ってあるよな」
「ざっそーはロックだね」
山田ってロックっていえば大抵の事が解決すると思ってる気がする。
それにしても改めて確認したのだが、結束バンドのメンバーはビジュアルのレベルが非常に高い。全員アイドルとして売れそうなレベルだ。
不埒な目で見るつもりはないが、推しであることの相乗効果もあってあまり皆と目を合わせることができない。ま、まぶしい……。
いや押されるな、初対面で挙動不審になってはいけない。
俺は頭を下げながら、4枚の色紙を震える手で差し出した。
「ファンです、皆さんのサイン下さい!」
「1枚1000円ね」
「はいそこ、お金をとらない。サインは大丈夫だよ!」
「……結局ライブ前にサインを書くことになっちゃったわね」
「ど、どうぞ……!」
「ありがとう、宝物にする」
うまい具合にメンバー全員からサインを受け取った俺は、ライブがうまく行くことを信じて控え室に入っていく4人を満面の笑みで見送った。
「すごい……!」
ライブを聴き終わった俺は、ドクドクと脈を打つ胸の高鳴りを抑えることができなかった。
「台風の中来たかいがあった……!」
1曲目は全員硬かったが、後藤さんのソロギターで全ての流れが変わった。
生で聞いたというのもあるのかもしれないが、結束バンドの演奏からは、何とも言えない熱を感じることができる。目に見えない、野心、野望。そのような音が猛獣となって襲い掛かってくる。その生きざまに、惚れる。カッコいいからだ。
常日頃からの俺の個人的な考えだが、『結果を出せる人間は過程も輝いて見える』と思っている。結束バンドがどこまで上り詰めていくのか、まだ想像できないけれど。
流れ出た熱は、俺の中で火となり、炎となる。
しかし体から生まれたのは2つの雫で、それは涙となり星にぶちまけられる。
「……もういちど、山菜採りの資格にチャレンジしてみよう」
世間からの需要も、凄さも、結束バンドには全然かなわないけれど。
できることを自分も頑張ってみようと、そう思えた。
「ハンカチ、いるか?」
店主のお姉さんが心配そうに声をかけてきたが、大丈夫です。とすすり泣きながら手で制止する。
「なんとなく、もう少し泣いていたい気分なので」
「そうか、ありがとね。泣いてくれるファンが居るのは虹夏たちも嬉しいだろうからな」
「つたないことしか言えませんが……音楽っていいですね」
「こんな時に高尚な言葉なんかいらないだろ。大丈夫、ちゃんと伝わってるさ」
人数が少ないこともあって、泣いていた俺はステージからも目立ったのだろう。
控え室から出てきた4人に再度囲まれて戸惑うまで、それほど時間はかからなかった。
俺は推し達と過ごすことができる至福のひと時を、心の底から漫喫するのであった。
なお、差し入れたヤマグワの実のジャムは全員から好評だったことを追記しておく。