果ての星から通信『モスリ支局の日々』   作:幻の犬@旧名は赤犬

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原作の布教も兼ねて。


惑星モスリ

 僕の故郷には『運も不運も雨漏りの如し』ということわざがある。いいことも悪いことも、人生の一大事はたとえ家に閉じこもっていても降りかかってくるということだ。

 今になって振り返ってみれば、僕の身に起きたことなんてまさにその通りの事だった。そして今しがた彼の身に降り掛かっていることも。

 同じような閉じた星から同じように連れてこられた、自分と異なる境遇の新入りを見ながら、アルマート星人ドグイ・ウヌイ・パナーピは我が身の幸運と彼の不運を比べずにはいられなかった。

 

 

 同じような日が繰り返される管理局の暮らし。だがその日は少しいつもと違う日だった。

 

「おっはよー。ウヌイ」

「ん。おはようございます、ロロミナ」

 

 ベッドから起き出し、寝ている間にぶれて万華鏡のようになっていた瞳の機能を戻しながら身支度を整える。最後に局員に支給される腕時計型の通信機をはめて部屋を出ると、ちょうど隣の客室から出てきたロロミナと出くわした。三つ編みにした髪は今日は薄紅色に染められて、トルアーマ星人の特徴である角は初めて見る紺碧色の帽子で隠されている。

 

「それ、見たことない帽子ですが前から持ってたんですか?」

「いえ、この間の旅の戦利品。ママルって星の伝統工芸品だそうよ」

「ああ、お土産に干物をもらったときの。あれは美味しかったです」

「でしょ?」

 

 そんな他愛無いおしゃべりをかわしながら食堂に向かう。

 モスリの管理局では食事の時間は特に決まってはいないが、現在のモスリ支局員たちの中には大きく異なる生活サイクルの持ち主はいないため、結果的に食事の時間は重なりやすく、全員が食堂に集まることも珍しくない。生まれ育った星はバラバラだがそこは長年同じ職場で働いて気心の知れた者どうし、食堂の雰囲気は心地良いものだった。

 

「そういえば今日じゃなかったか?新人が来るの」

「そうだよ、バローラの後任。どんな人が来るんだろ」

「分からないけど楽しみだわ。色々と面白い話を聞けたらいいんだけど」

「ロロミナらしいね」

 

 じょりじゃりと皿いっぱいの塩漬け肉を塩ごとすくって食べながら独り言のように呟いたのはダ・ココバ星人のナナギ。目を隠すように無造作に伸ばした赤い前髪とずらりと並んだ種族的特徴の尖った歯は、一見すると恐ろしく見えるし物言いもぶっきらぼうだが、実のところは子供好きで面倒見がいい男だ。

 虫の幼虫を連想させる白くぶよぶよした触腕で、スプーンを口に運びつつロロミナと談笑しているソルフェ星人のフィッツィーはのんびり屋の女性で、故郷の星では医師だったからか結構な世話焼き気質の持ち主でもある。

 

「新人の出迎えは僕がやっておくから、皆はいつもどおり業務に集中してくれて構わないよ。顔合わせは昼食時か、さもなければ夜にしよう」

 

 そう言って話を締めたのは第4アクズ星人の通称『局長』だった。局長とはいってもそれはただのあだ名なのだが、第4アクズ星人の名前は、きちんと発音するには舌が2枚必要ということで、ウヌイたち他の局員からの呼び名は一貫して局長である。

 とぼけた顔の着ぐるみを着込んだ姿に最初は驚きもしたが、ここの最古参として個性豊かな局員たちをまとめる頼りになる人だ。

 突然放り込まれたここでの暮らしの先達が彼らだったことは、異星との付き合いのない閉じた星生まれのウヌイにとっては大きな幸運の一つだっただろう。

 

(そういえば、僕にとって新入りは初めての後輩ということになるのか)

 

 もう半年前になるが、このモスリ支局に最も最近入局したのはウヌイだ。

 その環境が嫌な訳では無いが、年齢や人生経験でも自分より上の者ばかりの状況に変化が起きるかもしれないということは、不思議とウヌイの心を沸き立たせてくる。

 まだ見ぬ新人がどんな相手か想像を巡らせながら、ウヌイは樹液を練り込んだパンの最後の一欠片を口に放り込んだ。

 

 

 惑星モスリは夜と冬の星だ。太陽がないため、枯れ果てた樹木のような殻に覆われた地表は常に氷点下。防寒着を着込んでいても冷気を完全に遮断することはできない。

 地面は万年雪で覆われ、池や湖はすべて凍りついている。凍りついた水面を覗き込んで見ると、森の梢のように縦横に張り巡らされた殻が閉じ込められている様子が見えるだろう。

 そんな凍った池の一つのほとりに、星の子どもたちを放流するためウヌイたちは立っていた。

 箱に詰めて持ってきた色とりどりの星たちを一つ一つ手のひらに乗せ、そっと空に向けて押し出すと、ぼんやりと頼りない光をたたえた星の子どもたちは、降り続く雪の間を縫うようにして二つの月が浮かぶソラへと飛んでいく。

 それを見送りながらウヌイは「はあ」と白く烟った息を吐き出した。

 

「もう数え切れないくらい見たけれどやっぱり不思議な光景ですね」

「開いた星生まれにとっても知識として知っていても実際間近で見ることなんて普通はないからな、気持ちはわかる。それに子供の旅立ちと考えりゃ特別な気持ちにもなるさ」

「どんな旅をしてどんなところにたどり着くのかしら」

 

 そんなことを話しながら旅立つ星たちを見ていたときのことだ。

 

「おぉーい!――おぉーい!」

 

 聞き覚えのない声にウヌイたちが振り向くと、見たことのない男がこちらに向かって手を振りながら凍った池の上を走ってくるのが見えた。

 

「なんだぁ?誰かいるぞ」

「あ!あれじゃない?新人が来るって」

「名前思い出したわ。確か、テキュー人のマルコ、だったはずよ」

「や、テキューじゃなくて地球だったはずです。本人の名前はそのとおりですが」

 

 もう局長の出迎えは済んだのだろうか。

 それにしても、テキューにしろ地球にしろウヌイには聞き覚えのない名前だった。閉じた星生まれだからかとも思ったが、どうやらそうでもないようで、ナナギもフィッツィーもロロミナも聞いたことがないという。

 どこか辺鄙な星の生まれなのだろうか。あるいは?

 ウヌイが考えを巡らせている間にマルコなる男は近くまでやってきた。

 外見は概ねアルマート星人と似ている。目の位置も口の形も手足の数もウヌイと変わらない。皮膚は毛で覆われていたり甲殻質というわけではないが、寒さに強いのか防寒着を着ていない。個人としては短く切りそろえた黒髪に、灰色がかった青い目が特徴だろうか。

 だがそれより気になったのは彼の表情だ。息を切らせて切羽詰まってみえるのに、こちらを見る目には安堵の色が滲んで見える。まるで怪物に追われて命からがら家の中に駆け込んだこの間の映画の主人公のようだ。

 

「こんにちは。着任早々見学に来たの?」

 

 それに気づいているのかいないのか。ゆったりした調子でフィッツィーが尋ねると、マルコは戸惑った様子を見せた。

 

「は?あの、あなた方も連れ去られてここへ……?」

「まあ、そうですね」

 

 厳密にはロロミナはそうではないのだが、とりあえずウヌイはうなずいてみせる。マルコが更になにか尋ねようとしたところで、意図せずフィッツィーがそれを遮った。

 

「とりあえずこっちに上がりなよ。手につかまって」

 

 そう言いながら差し出された手をマルコは反射的にとろうとして視線をやって、

 

「ぎゃあぁぁあ!?」

「お?」

 

 虫の幼虫を連想させる形の彼女の腕を目にした途端、布を引き裂くような叫び声をあげながら大きく後ずさった。大声に驚いたのか、フィッツィーが目を丸くする。ついでに防寒のため薄緑色の髪の中に押し込んでいたビロード状の耳がぴょこんと飛び出た。

 

「なんだ、お前ウヌイと同じ閉じた星生まれか。異星人を見るのは初めてか」

「ウヌイもフィッツィーを見たときはこんなふうに驚いたの?」

「ええ、まあ」

 

 あのときの狼狽っぷりを思い出すと今でも少し恥ずかしい。とはいえだ、なにせウヌイの星は異星人はおろか体の作りが大きく異なる異種族すらいない星だったのだ。それを考えると仕方なかっただろうと思うし、そうと理解してくれていたからか特に咎められることはなかった……フィッツィーがそういうことをあまり気にしない性格だというのもあったのだろうが。

 

「あんたらも宇宙人なのか!?それに閉じた星ってなんだよ……!?」

「名前のとおりよ。宇宙に対して閉じた星」

「つまり宇宙に進出してない星のことさ。一生を同胞達と星の底で暮らす……」

 

 それが悪いというわけじゃないですよとナナギの言葉に付け加えながらマルコをそっと観察してみる。どうもまだなにか聞きたいが適切な問いが浮かばないのか。だが眼の前の状況を頑なに信じようとしないのではなく、顔を青ざめさせながらもなんとか状況を理解しようとしている辺り、頭は割りと柔軟なようだ。

 

「いやぁ、追いついた」

「ひょわ」

 

 割り込んできた局長ののんきな声に、マルコが尻尾を踏まれた猫のように飛び上がった。怯える新人を慌てた様子で局長が宥めにかかるのを見ていると、ロロミナが小声で話しかけてきた。

 

「うーん?局長から何も聞かされてないのかなと思ったら、そもそも何も聞かずに逃げてきたっぽいわね」

「見る限り局長さんの姿はマルコ(かれ)とはまるで違いますからね。閉じた星生まれにとってはフィッツィーさん以上に衝撃的だったかもしれません」

 

 時折動く極端に小さな黒目は焦点があっておらず、パーツを貼り付けただけの口は斜めに傾いている。縞々のアームカバーに覆われた腕に至っては身長の2倍近くあり、肘は地面スレスレ。着ぐるみを着ていることを差し引いても、一部を除いては地球人に似ている他の局員たちと違い、局長だけは地球人とは『違う』ことがひと目で見て取れる姿をしているのだ。

 自分は先にフィッツィー等から話を聞いたあとに顔を合わせたので驚きは少なかったが、最初に会った局員が彼ならマルコのように驚いたかもしれない。

 自分が半年でここに慣れたように、彼も早く慣れればいいのだが。

 

「局員番号8747028。地球人、22歳。マルコ・ロウノワヴィッチ・ウルサスガ。僕らは君を待っていた。共によりよい宇宙を作ろう」

 

 自分のときにも聞かされた、局長の歓迎の言葉を今度は迎える側で聞きながら、ウヌイはそんなことを思った。

 ここは惑星モスリ。全宇宙に無数に散らばる果ての管理者の支部局、その一つだ。




アルマート星人について
 外見は概ね地球人と同じ。ただ一つ、目の黒目部分がよく見ると複眼状になっていて、意識することで目の機能を切り替えることができる。これは狩猟生活をしていた太古の名残で、狩猟に頼らなくても良くなった現代では手術により複眼機能そのものを取り除いてしまう者も増えている。
 彼らの名前は本人の名前と両親の名前を繋げて血縁を表すという地球でも見かける法則に基づいているが、並び順が△△(父)・○○(本人)・□□(母)と少し変わっている。

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