果ての星から通信『モスリ支局の日々』 作:幻の犬@旧名は赤犬
マルコが来た次の日の朝のこと。朝食を済ませたウヌイは作業室で星作りの準備をしながら、自分が局員になったときに聞かされたこの管理局の成り立ちのことを思い出していた。
といっても設立に至るややこしい経緯なんてものはない。宇宙を運営する上位存在【彼の方】が自分の仕事に飽きたから。言ってしまえばそれだけで、彼が自分の仕事を
そしてその局員はあらゆる星の若者たちの中から無作為に選ばれ、それぞれの星の時間で10年の間、宇宙を作る仕事に携わり続けることになる。なお拒否権はなし。
【彼の方】にも言い分はあるのかもしれないし、役割を完全放棄しなかっただけマシなのかもしれないが、巻き込まれた者たちにしてみればたまったものではないだろうなぁ、と他人事のように呆れたことを覚えている。
(特に閉じた星生まれの人にしてみれば災難だよね……)
この話を聞かされたマルコは呆然としていたが無理もないだろう。今は食事も取らず、ありもしない帰り道を探して局内を走り回っているらしく、朝食の後に局長から世話役を頼まれたナナギが探しに出ている。
ウヌイ自身は訳あって元いた星から完全に切り離されてもどうということはなかったが、そんなケースのほうが希少なのだということに思いを巡らせていると、作業室の扉が開き、マルコを連れたナナギが入ってきた。
「ナナギさん、マルコさんを捕まえられたんですね。仕事について説明するんですか?」
「おお、局内を案内しながら通信機のこととか言語に関する局員特典、あとは俺らの簡単な説明はざっと済ませたからな。いよいよ本命についての解説ってわけさ」
「ああ。確かに特典のことは話しておかないとですね。通信機と違って説明されないと分からないですし」
円滑に仕事をさせるための上の人の気遣いとでも言うのだろうか、局員に選ばれた者にはいくつかの特典が送られる。その中の一つが、どこの星のどんな言語であっても自分の母星の言葉に自動で変換されて聞こえるという言語の自動翻訳だ。文字には適応されないためそちらはきちんと学ぶ必要があるが、それを抜きにしてもコミニュケーションについての不安が一切ないというのは心強い。
「説明を受けても未だに納得できてないけどな。そんな魔法みたいなこと、急に信じられねぇよ」
「まあ、便利なのは確かなんだし理屈はあまり気にしなくてもいいと思いますよ。僕もそうでしたが暮らしているうちに慣れるでしょうし」
ナナギの作業を横目にまだ夢だと言われたほうが信じられるとぼやくマルコに相槌を返しながら、準備を済ませたウヌイはいよいよ星作りを始めることにした。
とはいえ、やることの壮大さとは裏腹に実際の手順自体は極めてささやかなものだ。
まずは宇宙花火という、星の卵を包んでこより状にした特別な花火に着火、中の星が落ちてくるのを待つ。この時長い間火で熱するほど星の芯が大きく育つため花火を揺らさないように気をつけなければならない。
落ちた星はフラスコに入れて一日に2度エサを与え、ある程度の大きさまで育てたところでサイズを計測。管理局の一角には流星群プールと呼ばれる小分けされたスペース一つ一つがそれぞれの銀河に繋がる不可思議なプールがあり、一定以下の大きさの星は流星群用のくず星としていずこかのプールにまとめて撒かれる。
一方である程度の大きさに育っていた星は水槽に移されて育てられたあと、恒星の子供と惑星の子供に別けられる。そして恒星はひたすら研磨して凹凸のないまんまるの形に磨き上げ、惑星は様々な要素を注入して個性を出させれば星作りは完了だ。あとは昨日ウヌイたちがやっていたように空の見える場所で放流すれば、星たちは勝手に育ちながら宇宙の中のあるべき場所へとたどり着く。
「なんだそれ。なんだよそれ……。俺の知ってる宇宙はどこに行っちまったんだ」
話を聞いたマルコは完全にパニックになってしまったようで頭を抱えていたが、実際そうなのだから仕方ない。ちなみにナナギ曰く「開いた星では常識」なんだとか。
「それにしても、そんなに混乱するということは地球では別の考え方が一般的なわけですか?」
「ああ。もっと科学的というか常識的というか……ともかくそういう奴がな。そういうそっちはどうなんだ?あんたのところも地球と同じ、閉じた星ってやつだったんだろう?」
「僕の星では星がどのように生まれるかということ自体特に気にされていなかったっぽいですから。自分の中の常識とのすり合わせが必要になったりはしませんでしたね」
むしろ世界の真理を一つ知れたようで嬉しかったと答えると、マルコはどこか憮然とした顔で、疲れたようになるほどとだけ呟いたのだった。
◇
管理局には巨大な食堂はあるが調理スタッフは一人もいない。料理はすべて巨大な配膳マシンから提供される。通信機をマシンにかざして局員の個人データを読み取らせれば、局員それぞれの母星の料理がランダムで出てくる仕組みとなっている。自炊や外食という手段もあるが、ウヌイをはじめ局員たちが調理マシンをよく使うのは、手軽ということもあるがやはり慣れた故郷の味が一番だということかもしれない。
ぼんやりとそんなことを考えながら花の蜜をかけた甘辛い肉団子を食べていたウヌイは、同僚たちが何を食べているのか横目で観察してみることにした。
(ナナギさんは塩と米の混ぜご飯ならぬ混ぜ塩でフィッツィーさんは今日はゼリー飲料。ロロミナさんはカヌト豚の葉っぱ包み焼きかな?後は……)
視線をさらに動かしてマルコの食事に目を向けてみる。
材料は不明だが焼いたパンに、具だくさんの赤いスープ。皿の上に乗っているのは寸詰まりの円柱状に成形された魚肉入りサラダだろうか。後はコップにお茶が一杯。どれもウヌイの星では見覚えのないものばかりだ。よほど空腹だったのかすごい勢いで食事を口に運ぶマルコを見ながら、ウヌイは不謹慎だと思いながらも好奇心が昂ぶってくるのを感じずにはいられなかった。
(聞いたこともない閉じた星、地球……。どんな星なんだろう?気になるなぁ。いつか話を聞きたいなぁ)
それこそできれば今すぐにでもあれこれ聞いてみたいが、流石にそれは無理やり連れてこられたばかりの相手にすることではない。無神経すぎる。そう自分に言い聞かせ、ウヌイはマルコから視線を外して食事に集中する事にする。
そうしてあらかた食事を終え、果実茶をちびちび飲んでいると、恐る恐るといった感じでマルコが口を開いた。気づけばだいぶ前から食事をする手は止まっているらしく、テーブルの上の食べ物はまだだいぶ残っている。
「あの……。
「うん、本当だよ」
「俺たちもある日突然選ばれたんだ」
「一応お給料は出ますよ。なんの慰めにもならないかもしれませんが」
実際、お金なんてものはマルコには問題ではないのだろう。10年間ここで暮らさざるをえないと改めて告げられた瞬間、その顔から血の気が引き、次いで興奮のために赤くなる。
「そんな!こんな理不尽納得できるか!なにかの間違いだ、帰らないと……!」
「ばっか、おめえ。人生納得ずくで進むもんかよ。地球人たぁ不測の事態にゃ駄々こねんのか。運命だと受け入れるこった」
言い募る言葉にこゆるぎもせず、はっきり突き放すようなナナギの言葉にマルコはなおも何か言おうとして口ごもった。そうして気まずい張り詰めた空気が流れかけたところで、甲高いアラート音が食堂に鳴り響く。ウヌイも何度が聞いた覚えがある非常事態を告げるベルだ。
「あらら。何事かしら?」
「管制室に行けばわかるさ。おら、新人。きちんとついてこいよ」
慌ててトレーを所定の位置に戻して走り出しながら、マルコのことが気になったウヌイはそっと視線を後ろに送ってみた。
(付いてきてはいるけど……とても納得した顔には見えないな)
気にはなるが今は非常ベルのほうが先だ。先を走っていたナナギたちに続いて管制室に駆け込むと、計器の前に陣取る局長の姿が見えた。
「やあ、みんな。お客さんだよ」
外の様子を移したカメラの映像に目をやると、そこにはモスリに近づいてくる巨大な宇宙船が映し出されていた。船の名前はロノウトギ星の民間宇宙船アルカランカ号。事故で計器の一部が故障し航海の継続が不可能になったため、近くにあったモスリに助けを求めてきたようだと局長が事情を説明してくれる。
果ての管理者支局の存在こそ公にしていないが、惑星モスリ自体は隠蔽されることはなくモスリ支局も表向きには地質研究所として登録されているため、こういう事態は頻繁でこそないが珍しいほどでもない。なので局員たちは慣れた様子でそれぞれの役割に移った。
「ロノウトギ……随分遠方からだ。他支局の管轄でデータがないなぁ」
「各種資材の備蓄は十分です。故障箇所の状態が不明な現状だと明言はできませんが、大体の事態には対応できるかと思います」
招かれざる客の詳細な情報を求めてデータベースを調べていたナナギが頭を掻く後ろで、資材リストに素早く目を走らせたウヌイはリストを表示させたままのタブレットを大きく振ってみせた。医者でもあるフィッツィーは宇宙船に通信を開いて着陸許可を出すとともに怪我人の有無を尋ねる。
そうして宇宙船との短いやり取りが終わったのを見計らって、局長が立ち上がった。そうして、付いてきたはいいものの、呆然と入り口に立ち尽くしていたマルコの方にくるりと顔を向ける。
「マルコ。一緒に修理に行こう」
「え」
「なに。見てるだけで構わないよ」
実際、ここに来たばかりのマルコが宇宙船の修理に役立つことはないだろう。閉じた星生まれなら尚更だ。明確に言葉にしてはいないが、彼を早く今の環境に慣れさせようとする局長なりの気配りなのだろう。
そんな感じで突然の提案に混乱するマルコを連れて局長が宇宙船に向かうのを見送ったあと、ウヌイたちは交代で管制室に残り事態の推移を観察することにした。追加でなにかトラブルが起きるかもしれないし、もしそんなことが起きた場合を考えると、誰かしら管制室にいた方が対応しやすいからだ。
「それにしてもマルコくん大丈夫かしら?昨日の今日でいきなり異星人の宇宙船訪問なんてキツくないかしら」
「んー……まぁ、局長も付いてるし大丈夫だと思うよー。この生活に早く慣れてもらうために連れて行ったんだろうし」
「まぁ、早く慣れてもらわんとな。そのほうがあいつのためでもある」
「そういえばナナギさん。朝ごはんの時のあれはもう少し何とかならなかったんですか?言いたいことはわかるんですけど……」
それにしてもいきなり予想すらしていなかっただろう理不尽な目に遭っている相手に対して、あんな言い方はないのではないだろうか。しかし少し非難の色を帯びたウヌイの言葉に対し、ナナギは聞き分けのない子供を前にしたように肩をすくめる。
「言い方を変えても事実が変わるわけじゃないだろ?」
「それはそうですが……」
それは全くその通りなのだが、それでも何か納得できなくてウヌイは黙り込む。そんな彼を見てナナギは小さく苦笑して「それより」と話題を切り替えた。
「あの新人が脱走しないかという方が俺は気になるな」
「え!?」
「前にもあったんだよ。なんとか母星に帰ろうと宇宙船に乗り込んでここを逃げ出そうとしたやつがな」
具体的にはお前の前任だが、と付け加えて、ナナギは「はあ」と億劫そうにため息をついた。
「まあ、うまく行かなくて結局諦めたんだけどな」
「……でしょうね」
局員に選ばれた者は10年の任期を勤め上げなければならない。これは管理局における絶対の規則だ。例外はない。認められない。だからこそ新入り局員のマルコに対して、局長は早く環境に慣れられるよう世話を焼き、ナナギは早くこの運命を受け入れろと言い放ったのだろう。
結局自分がどれだけ気にかけようとも、母星に帰れないというマルコの悩みが本当に解決するには10年の時間経過を待つしかないのだ。考えていて気分が落ち込んできたウヌイは思考を打ち切り、気晴らしに画面に映る宇宙船を観察することにするのだった。