果ての星から通信『モスリ支局の日々』 作:幻の犬@旧名は赤犬
「うーん、と……。確かこの辺に書いてあったと思うのだけど」
「ロロミナさん?何を見てるんですか?」
仕事の合間、ふと喉の乾きを覚えて顔を出した食堂。誰もいないと思っていた室内にぶつぶつとつぶやく人影を認めて、ウヌイはそちらに歩み寄った。湯気の立つコップをちびちび飲みながら何やら分厚いノートを調べていたロロミナが顔を上げる。
「ロノウトギ星人のことなんだけどね、彼らについて昔どこかで興味深い話を聞いた気がしたのを思い出したのよ。それでその頃の日記を調べてみたらなにかわかるかもって」
「へえ」
カメラの映像越しにロノウトギ星人の姿は見た。全体としては以前見たことのあるタコという生物を短足にして直立させ、顔のパーツを正面に集めたような感じと言えばいいだろうか。触腕状の手や複数ある短い足には指の代わりに吸盤が並び、顔には白目部分がない青い瞳が、二対四つ台形状に並んでいてその下にちょこんと口がある。落ち着いた色合いをした柔かそうな毛で全身を覆った姿はなんだかぬいぐるみかマスコット人形のような印象を受けた。
でもそれはあくまで姿がわかっただけで、彼らがどんな歴史や文化、考えをしているのかは分からない。局長たちが帰ってきたら話を聞こうと思っていたウヌイにとって、ロロミナの話は興味を引くには十分なものだった。
「あ、あったわ」
ちょうど求めていたページを見つけたらしいロロミナの歓声に、どれどれとウヌイは身を乗り出した。それに気を良くしたのか、彼女はおほん、ともったいぶった咳を一つしてから日記の文章を読み上げ始める。
「旅先で話した行商人にロノウトギ星人という人たちの話を聞いた。彼らは――」
彼らは元をたどればたった一組の男女のみの種族だったらしい。彼らの寿命は半永久と言ってもいいくらい長いもので、低木と苔しかないロノウトギ星は彼ら二人だけの楽園だった。
「でもある日その
それは命に関わる程のもので、結局そのロノウトギ星人は死んでしまう。だが、自分が死んで恋人が独りで取り残されることを良しとしなかった彼は死ぬ前に自分のクローンを作ったのだという。そうして生まれたクローンはオリジナルの記憶も受け継いだ、完璧な彼の代役となるはずだった。
「ただそれはうまくは行かなかったらしいわ。記憶の継承こそうまく行ったけど、生まれたクローンの寿命はよくて100年くらいだったんですって」
「それは……短い、ですね」
なにせ連れ合いは事故に巻き込まれたりしない限りは半永久的に生きられるのだ。それを考えれば、100年が300年であっても、長いとはとても言えないだろう。
だから
でもそれだけでは足りないと思ったのか、それとも大量に作ったクローン全員が恋人に尽くせる方法を模索した結果なのか。彼らはある選択をしたのだという。
「彼らはね。番と彼女に寄り添う一人だけを星に置いて、残りの全員で宇宙に出たの。目的は様々な星の愛の詩や愛の物語を集めるため。宇宙中の愛の言葉を、彼の、あるいは彼らの最愛の人に届けるために」
「………………」
自分が聞いた話が事実なら、
(なんて言えばいいんだろう。月並みな言葉だけどすごいとしか言えないや)
いくら記憶を完全継承しているとはいえ、クローンとオリジナルは同じモノなのかとか、生まれてから死ぬまで最愛の人に声をかけられるどころか顔を見ることもできないまま、宇宙を旅するクローン達は辛さを感じることはないのかとか、思うことはいくつもある。でもそれ以上にウヌイの心を占めたのは、恋人に対する彼らの愛の深さとそれを貫き通す一途さなへの驚きと感嘆の気持ちだった。
(僕はまだ愛とかはわからないけど、でも。彼らは、そんなに夢中になれるなにかを持ち合わせて生まれてくるんだと考えると、少し羨ましいかもしれないな)
ウヌイにはそんなに夢中になれるものはない。そもそもほんの一年前まで閉じきった環境にいた彼は、そんなものを探すどころか、そんなものが存在するということすら知らなかったのだ。
ふとロノウトギ星に残っているという彼らの恋人のことを考える。恋人が遺した大量のクローンたちに慕われ、思われ、宇宙中から集めた愛を捧げられるロノウトギの女王さま。彼女はクローンたちのことをどう思っているのだろう。彼らに傅かれる現状をどう思っているのだろう。
どんなに考えても、自分には答えは分からないが、
(彼女も幸せだと思っていればいいな)
だってそれならロノウトギ星人たちも幸せだろうから。こんなにすごい彼らの思いがただの空回りだったら、そんなのは寂しすぎるから。
そんなことを考えながらもの思いにふけっていたウヌイを、無機質な通信機の着信音が現実に引き戻した。
『ウヌイ、ちょっといいか』
「ナナギさん?どうかしたんですか?」
『船の方でちょっとトラブルがあってな。とりあえず地上の、いつも星を放す辺りまで来てくれ』
「?了解しました」
一体何が起きたというのか。よくわからないまま、ウヌイはうなずいた。
◇
時計を確認してみるとロノウトギ星人がモスリに着いてから既に2時間が経過していた。
太陽がないモスリに昼が訪れることはない。空はいつも闇に閉ざされ、無数の星とふたつの月が冴え冴えとした光を地上に落としている。そのふたつの月の間をすり抜けるようにして、アルカランカ号が放つ光は瞬く間に小さくなっていった。
「もう見えなくなった」
それを見送っていたフィッツィーが誰にとも無くつぶやくのを聞きながら、ウヌイはスコップを武器に凍った地面と格闘していた。幸いモスリのスコップは軽くて硬いとても使いやすいものだったが、それでも局員になるまでほとんど体を動かしたことのないウヌイにとっては結構な重労働だ。まだ作業は途中なのにもう呼吸は荒く、額には薄っすらと汗が滲んできているが、口を引き結んで手を動かし続ける。
一方、防寒具を着込んだ上半身に不自然な膨らみを作ったマルコも同じ場所をせっせと掘っているが、こちらはウヌイとは対象的に力仕事に慣れているのか前段階の雪をかき分けるところから手際が良い。作業を見守っていた局長が大したもんだと感心したほどだ。しかし褒められたマルコは喜ぶこともなく仏頂面のまま、ただやりきれない想いを発散させるように雪を蹴散らし凍土にスコップを突き立てていく。
やがて小さな子供が入れるくらいの穴ができたところで、局長が静かに前に出る。その長い腕の中には、毛布にくるまって眠っているように見えるロノウトギ星人の子供の遺体が抱き抱えられていた。
(まさかトラブルの内容が、船内事故で死人がでた、だったなんて)
その時近くにいたマルコによると崩れてきた積荷の下敷になってしまったらしい。そして死んだ彼がモスリの庭に埋葬されることになったのもマルコがきっかけだ。
先に記した通り、ロノウトギ星人は本星にいる女性個体以外はすべてクローンでいくらでも替えが効くものだ。だから彼らにとっては治療や埋葬といったものは縁遠い。重傷を負ったり死んだ個体はさっさと処分してその分新しいクローンを作れば事足りるからだ。この子供も本来はそうして処分されるはずだったが、船で顔見知りになっていたマルコがそんなのは認められないと主張し、それを局長が承諾したらしい。ロノウトギ星人にしてみれば、死んだ個体の処分先が船内の廃棄施設からよその星の土の中に変わろうがどうでもいいわけで、こちらの提案はあっさり受け入れられたそうだ。
局長が毛布に包んだままの小さな体を掘られたばかりの穴の底にそっと横たえる。そこにウヌイとマルコが土を被せて、そしてちょうど穴が埋まったタイミングで、人の頭ほどのツララを抱えたナナギとロロミナが戻ってきた。
「待たせちゃったかしら?ごめんなさいね」
「墓標になりそうなものがなくてよ。解けねぇしツララでいいか?」
「いいと思うよ。そこに立てて」
ちょいちょいとフィッツィーが指し示した場所にナナギがツララを突き立てて、ロノウトギ星人の墓は完成した。極めて質素だが心がこもった立派な墓だ。
「よし。もう出てきていいぞ、マウー」
たまたま目があったウヌイがうなずいてみると、マルコも一つうなずいて、それから防寒着の前を外すと、そこにはふさふさとした緑の毛の塊。匿うようにマルコが懐に入れていたロノウトギ星人の幼体・マウーは、地面に降ろされるとツララに歩み寄った。
「ヌゥ、ばんそこだよ。トンデケー。イタイノトンデケー」
埋められた子供の名前を呼びながら、マルコにおしえてもらったというカタコトのおまじないを口にしながら、マウーは手に持った絆創膏をツララに貼ろうとするが、貼ったはしから絆創膏ははがれてしまう。それでもなんとか絆創膏を貼ろうと頑張るマウーに、フィッツィーがそっと声をかけた。
「マウー。ヌゥはね、もうどこも痛くないの」
それで何かを察したのだろう。しばらくフィッツィーの顔を見つめたあと、何も話さないツララに視線を戻したマウーは、悲しいくらいに感情の色が見えない声でぽつりと呟いた。
「………………そっかぁ。きみはぼくのとくべつだったのに」
そうしてぽつぽつと、まるで宝物を取り出すような調子でマウーは話し出した。
本来一つの容器に一人しか生まれないはずのロノウトギ星人たち。それがなにかのバグで一つの容器に二人で生まれたクローンがいた。それがマウーとヌゥだったということ。
バグのせいか初代の記憶もなく、それがバレると処分されるから誰にも話さずに二人だけの秘密にしたこと。
だからマウーとヌゥという名前も自分たち二人で考えたこと。
そして知らない女の子のためじゃなく、いつか自分たちだけの船を手に入れて二人で冒険をしようと夢を語り合ったこと。
……でも、宇宙船の中で積み荷が崩れる事故が起きた時、ヌゥが逃げ遅れてしまったこと。
「ヌゥ。ヌゥ。おなじきみはもう生まれないのに、ぼくひとりなんてこまるよ」
物言わぬツララに手を添えてその下に眠る片割れに呼びかけるマウーに、ウヌイは何を言えばいいか分からなかった。何かを伝えなければならないとは思う。だが何を言えばいいというのか。
バレれば身の破滅となる秘密を抱え、気持ちは決して通じ合えないとわかり切っている、姿だけは同じな集団の中で息を潜めて生きる苦労も、その苦労も秘密もそして夢も、全てを共有してきたたった一人の存在が急にいなくなってしまった衝撃も、想像することしかできない自分に何か言えるのだろうか。
ウヌイにはわからない。だからただ立ち尽くすしかなかった。
◇
マウーを一旦フィッツィーとロロミナに任せて、ウヌイを含む他の局員は少し離れたところに移動した。この後マウーをどうするか相談するためだったが、特に時間を書けることもなく結論はすんなり出る。ただ一人だけの家族とも呼べる相手と死に別れてしまった頼る先のない子供を見捨てるなんて、ウヌイには思いもよらなかったし他のみんなも同様だったようだ。
「あの子はしばらくモスリで面倒をみよう」
みんなの気持ちを代表するような局長の言葉に反対の声を上げる者はいなかった。ほっとけなくてと申し訳無さそうに謝るマルコを局長が慰めて、黙っていればバレないと気楽な調子でナナギが請け負う。
「そうなんです?」
「ああ、管轄外の星のことだからな。しかも向こうの管轄は
それはむしろ問題があるのでは?とウヌイは思ったが、口に出すことはなかった。彼も別にマウーを引き渡したいわけではないからだ。
ナナギもあっさり話を切り上げ「それよりも」とマルコに意地の悪そうな笑みを向けた。
「俺はあの船で新人が逃げちまうのかと思ったよ。気が変わって何よりだ」
「な……なんのことやら」
どうやらナナギの懸念は当たっていたようだ。そっぽを向いてぴーぴーと口笛を吹くマルコの態度は、なんというかなんとも分かりやすい。
「彼らのことは忘れなさい。君の常識が当てはまる星ばかりじゃない。僕達は異星の文化を否定しても干渉しすぎてもいけない。見守るのが仕事だ」
言い聞かせるような局長の言葉は、管理局員の在り方であり、そして局員にとっての心構えのようなものとして、ウヌイも何度も聞かされたものだ。局長だけじゃなく、他の局員たちにも似たようなことを言っていて、そういうものかとウヌイはそれを呑み込んだ。
でもそれは、故郷に心残りのない身の上のウヌイだからこそ出来たことなのだと、この時のウヌイは分かったつもりでいて、まだ理解しきれていなくって、だから割り切れない想いを抱えたマルコがそっと拳を握りしめたことも気づかなかった。
「とりあえず冷えるし中に入ろうぜー」
「みんなであたたかいものでも飲もう」
「あ。だったらこの間買ってきた新しいお茶を試してみない?」
そしてそれは、わいわいと騒ぎながら局内に戻っていくみんなも同じ。マウーを抱きかかえて離れて後をついてくるマルコの諦めの悪さに誰も気づいてはいなかったのだ。
局員について
ドグイ・ウヌイ・パナーピ 男性 年齢:18歳
アルマート星人。線の細い青年だが打たれ強く好奇心旺盛。
星では珍しい琥珀色の瞳を持つ。
マルコと同じく宇宙進出を果たしていない閉じた星の生まれだが、特殊な環境で育ったため故郷に対する執着はあまりない。