果ての星から通信『モスリ支局の日々』 作:幻の犬@旧名は赤犬
照明の下広がるのは一面の雪景色。防寒服の上からでも感じる身を切るような寒さをこらえながら、雪をすくっては台車に乗せて
最近モスリ支局は、備品棚がまとめて倒れたり、スプリンクラーが誤作動したりと、頻発する小さなトラブルに悩まされていた。今日も誰かが地上への扉を開けっ放しにしていたせいで、地下一階が雪に埋もれるという自体が発生。こうして局員全員でもっての雪かき作業をする羽目になったのである。
「最近ちょっとおかしなこと多いよね。私達しかいないはずなのに……イタズラみたいなトラブルが続いてさ……」
「そうですねー……」
詰め込まれた疑問符が透けて見えるようなフィッツィーのボヤキに、作業をする手を休めないままウヌイは言葉を返した。とはいえその動きは明らかに普段より鈍く顔にははっきりと疲労の色も浮かんでいて、雪を満載した台車を押していたナナギは呆れた様子だ。
「相変わらず体力ないな、お前。もう少しだから気張れよ」
「はい……」
そんなやり取りをして程なく。すっかり雪が片付いた廊下でウヌイはほっと息を吐いた。局長たちも胸をなでおろしたり体を伸ばしたりして、どこかまったりした空気が当たりに漂う。
「終わっ……たぁ……!」
「みんな、お疲れさま。さ、冷えただろうし中に入って温かい飲み物でも飲もう」
「ぼく、ココアがいいな。さとうがたくさん入った甘いの」
「ロロミナがいたら人手が一つ増えてて少しは楽だっただろうにな。買い出しに出てる途中にこんなトラブルが起きるなんてついてない」
「トラブルといえばまた宇宙船の事故があったんだよね?事故現場を調べてみたら重要な部品だけがなくなってたっていうやつ。ロロミナは大丈夫かな」
思い思いにわいわいと話しながら先を行く局長たちに続こうとしてふと振り向くと、スコップに持たれるようにして佇むマルコが目に入った。
「やっと終わりましたね。お疲れさまです、マルコさん」
「ああ、ウヌイもお疲れ」
ニコリと笑ってついでに手を振ってみると、ひらひらと手を振り返された。まだ表情には硬さが残っているが、それでも気軽に挨拶を返してくれる程度にはここに慣れてきたらしいことに自然とウヌイの頬も緩む。
ちなみに彼がほかの局員に対しては敬語なのにウヌイにだけぶっきらぼうな物言いなのはウヌイ自身がそれを望んだからだ。年齢的にはマルコのほうが歳上だと聞き、それなら砕けた話し方でいいと伝えたのである。
そのままなんとなくマルコと連れ立つようにして廊下を歩きながら、ウヌイはふとマルコのことで気になっていたことがあるのを思い出した。最近のアクシデントの多さもあり落ち着いて顔を合わせる機会もなかなかなかったのでいい機会だと、聞いてみることにする。
「初めての星づくりの調子はどんな感じですか?上手く行ってます?」
「――ああ。問題なく育ってるよ」
先のホルシェ8見学で星の卵を見たのがいい刺激になったのか、マルコがきちんと星を作りたいと言い出したのはもう半月ほど前のことだ。もう少し他の局員の星づくりを見て学んでからでもいいのではないかとウヌイは思ったのだが、局長やナナギの助けを借りながらではあるが、初めてとは思えないほど順調に作業は進んでいるらしい。
「局長から聞いたけど惑星なんですよね。どんな星にするつもりなんですか?」
惑星作りこそ、この仕事の醍醐味であり一番の楽しみだとウヌイは思っている。
どんな星が作りたいかイメージを固め、そんな星を作るにはどんな要素をどれだけ星に注入し、どんなふうに調整を加えるか。全ては局員が思い通りに決められる。
例えば地形はどうなのか。水はあるのか。生物はいるのか、いるとしたらそれはどんなものなのか。そんなあれこれを細かく決めていく。
でも百パーセント理想通りに作業を済ませたとしてもなかなか星は思い通りには育ってくれない。予想外の要素が入り込んだりしてどこかに歪みができたりして、思い通りの星にするのは一苦労だ。でもだからこそいいのだとウヌイは思う。
(とても歯がゆくて焦れったくて、だから楽しいんですよね)
そうして丹精込めて作った星が
「ははは。それは秘密だ。もしうまく行かなかったらみっともないしな」
「そうですか。でも完成したら見せてくれるんですよね?」
「ああ。その日は局にいる全員を呼んで見てもらうつもりだからさ、楽しみにしててくれ」
「それはもちろん、楽しみにしていますよ」
何せ先に記した通り、星づくりは極めて自由度が高く職員の好みやこだわりを大いに反映できるものだ。なので生まれる星たちの様相は職員によって様々、千差万別といっていい。
地球という未知の星生まれのマルコが、果たしてどんな星を作るつもりなのか。ウヌイは楽しみで仕方なかった。
(原因不明のトラブルも最近は起きていないし、このままマルコさんがこの仕事に慣れてくれたらいいんだけど)
後になって振り返ってみれば、なんとも自分はのんきな考え方をしていたなと苦笑する他ない。機嫌よくおしゃべりをするマルコが実は、影であんな計画を立てていたなんて想像すらしていなかったのだから。
とはいえそれはモスリ支局全体に言えることでもある。端的に言うなれば、彼らは揃ってものの見事にマルコに出し抜かれたのだ。
◇
「きゃあ」
「なんだ!?まぶしい……っ!」
「目が、目がー!?」
それは突然のことだった。マルコが作った星こと惑星第1号が座標に到着したということで、未だ戻ってきていないロロミナを除く全局員が第3作業室に集まってマルコにお祝いを言っていたときのことだ。
立体映像として浮かび上がる小さいながらも立派な星の姿に拍手を送り、夕方頃に皆で見学に行こうと話し合っていたとき、なんの前触れもなく突然、何本もの懐中電灯にまとめてスイッチを入れたような強烈な光が部屋全体を埋め尽くしたのだ。
わけも分からず顔を抑えながらも、なんとか情報を得ようと耳を済ませると、誰かの足音が部屋の外に出ていき、続いてナナギの「鏡だ!あちこちに貼られてる!」という声が聞こえてきた。どうやらさっきの強烈な光は、フロア中の光を鏡を使って作業室に集中させたせいで起きたことらしい。ナナギが鏡を外しだしたのだろう、みるみるうちに作業室中を暴力的な強さで蹂躙していた光は弱まっていく。
ウヌイが涙の滲んだ目をこすっているのに気づいたのだろう、局長が心配そうに声をかけてきた。きぐるみのため分かりづらいが、どうやら彼も大丈夫なようだ。向こうの方では不安そうなマウーにフィッツィーが声をかけている。
「ウヌイ、大丈夫かい?」
「まだちょっとチカチカしますけど、このくらいなら平気です」
「そうか、じゃあ悪いけど一緒に来てくれ。僕たちもナナギを手伝おう。フィッツィーはマウーを頼んだよ」
「了解です」
「うん、わかった」
『これ』も例のイタズラの犯人の仕業なのだろうが、今回はいつも以上に本格的というか洒落になっていない感じがする。一刻も早く事態を解決して事の真相を突き止めるべきだろう。
そんなことを考えつつ局長に続いて部屋を飛び出すと、白い煙が廊下に充満していた。「かじ!」と震え上がったマウーを「ただの発煙筒」だとフィッツィーが落ち着かせる。確かに言われてみれば、何かが焼けるような臭いはまるでしない。フィッツィーと二人で検討をつけて探してみると、すぐに廊下に転がる発煙筒を見つけることができた。
拾い上げたはっきりをフィッツィーが処分するのを横目で確認しながら局長の姿を探すと、ナナギを手伝ってあちこちに貼られた鏡を剥がして回るべく、廊下をせわしなく走り回っているのが見えた。
(あれ?)
ふと小さな違和感がウヌイの頭をよぎる。それが一体何なのか、ウヌイが考えようとしたその時だ。
「誰だ、この子!?どこから入った!?」
煙がまだ色濃く残る廊下にナナギのすっとんきょうな声が響きわたった。
たまたま近くにいたフィッツィーと顔を見合わせて足元に煙が残ったままの廊下を声のした方に向けて走りだす。すぐに廊下の奥まったところに並んで立つ局長とナナギの後ろ姿が見えてきた。足元にはマウーの姿もある。
3人とも怪我などはなさそうでそれは良かったのだが、安心するにはまだ早かった。なぜならそこには敵意と警戒心を全開に、歯をむき出すようにして局員たちを睨みつけてくる見覚えのない女の子がいたのだから。
よく磨かれた輝石のようなパッチリとした目が印象的な少女だ。ゆるくウェーブのかかった紫水晶色のボブヘアーの頭頂部からは用途は不明だがガの触覚のような器官が生えている。衣服はワンピースドレスのような服で胸元には飾り石の装飾がいくつも縫い付けられていた。
よく見ると左手に管理局特製の通信機を付けているが、少なくともこのモスリ支局の人間でないのは明らかで、一体どこの星の人間でどうやってここに来たのだろうかとウヌイは眉をひそめた。
「ちっ、ちかづかないでよー!あなたたちはわるいひとだってマルコお兄ちゃんから聞いたんだからね!!」
「マルコ……?」
この騒ぎは君がやったのかという局長の問いかけに対して、噛みつくように放たれたその言葉をナナギが聞きとがめるが、それを問いただすことはできなかった。突然、興奮で赤くなっていた少女の顔から血の気が引くと激しく咳き込み始めたのだ。
フィッツィーが素早く女の子に駆け寄り、慣れた様子で手際よく体の調子を確認していく。それを心配そうにマウーが見つめている。
「……どうやらフィッツィーさんに任せておけば大丈夫そうですね」
「そうだね、彼女がいてくれて本当に良かった。僕たちだけならともかく今はマウーもいるし、心強いよ」
ウヌイたちがそんなことを話していると何処かに行っていたナナギがすごい勢いで戻ってきた。その表情は硬く、ひと目でわかるくらいの緊迫感が全身から漏れ出している。
「局長……。マルコの奴、どこ行った?」
「あれ?そういえば……ウヌイは知ってるかい?」
「あー、さっきの違和感はそれか。僕も見てないです」
「……じゃあ、あいつがどんな星をこさえたかは知ってるか?」
「?知らないです」
「僕も知らないな。チェックしようとするといつもトラブルが起きて――あ」
「……ああっ!?」
まず局長がナナギの言わんとしていることを悟って声を漏らし、次いでウヌイが叫び声をあげる。そして
「くそっ。探すぞ!!あいつ、逃げる気だ!!」
つまりはそういうことだった。マルコは諦めたりしていなかった。諦めたふりをして脱走の機会を伺い、陰で周到に計画を練っていたのだ。
事態を理解したウヌイたちは女の子をフィッツィーとマウーに任せて管制室に駆け戻った。局内の監視カメラを総動員してマルコの居場所を掴むためだ。
「しかし考えたものだね。母星に繋がる門を持つ星を作って逃げ出そうなんて」
忙しなくカメラの画像を切り替えながら、局長が独り言のように呟く。その声は普段より少し落ち込んでいるようで、彼がこの展開に少なからずショックを受けていることが伺えた。
「局内で起きてたイタズラ騒ぎもマルコだろうな。たぶん自分は誘拐されてきた、とか言ってあの女の子に手伝わせたんだろう」
「誘拐云々は間違いではないからね……。日常の続きをひどく恋しがっていたみたいだから気にはしてたつもりだったんだけど。最近は星作りに積極的で、ここの暮らしに馴染もうと考えるようになってくれたのかなと思ってたんだけど、僕の思い違い……いや、そう思いたかっただけというのもあったのかな」
「局長……」
「局長」だの「所長」だの呼ばれているが、実のところ彼のそれは肩書ではなくただのあだ名である。『母星の時間』で10年間の勤務を強制される管理局において、宇宙全体で見ても長め、他のモスリ局員の20分の1の時間間隔を持つアクズ星人である彼の在籍は極めて長く、自然とまとめ役の立場に収まったに過ぎない。時間間隔の違いか常に落ち着いて見えるだけで、彼自身もどこにでもいる22歳の青年なのである。今までの日常から突然切り離されて思い悩む局員たちを何人も側で見てきて堪えないわけがないのだ。
しかしそんな局員たちの懊悩など知らないと言わんばかりに、事態は進んでいく。モスリの探査システムが警戒音を吐き出してナニかの接近を伝え始めたのだ。
「なんだろう、これ……生身の生命体?すごい速さでこちらに近づいていて……あ。マルコさんを見つけました!生命体の進行方向、枝の上です!」
「生命体?」
「はい。あ、今映像を拡大して映し出しますね!」
ウヌイが操作パネルに指を走らせる。独特な起動音を立てながら立体モニターが宙に映し出したそれを見て、ナナギが「うわ、なんだこれ」と呆けたような声を上げた。
「魚、ですよね……?」
初めて見たそれを一言で言い表せと言われれば、確かに魚と答えるしかないだろう。ただ一般的な魚に比べると全体的に胴体が長い。力強く体を揺らめかせて泳ぐ姿はむしろ蛇のようだが、太い胴体とたなびく背びれ、そして4対8枚の胸ビレのおかげで遠目に見ればトカゲのようにも見える。頭部は人の頭より大きく、薄っすらと開かれた口元には、いかにも生物の肉を噛みちぎるのに適していそうなノコギリのような歯がずらりと並んで見えた。
そして何より、生気が感じられないぎょろりとした目に一枚ごとに形や大きさが違う鱗など、その造形はどことなく歪で、なんともいえない不気味さを見るものに与えてくる。
ゆらゆらと泳ぐそれが、明確に樹木上の殻の上にいるマルコを目指して泳いでいることに気づいたナナギが警告を飛ばそうと通信機を操作して……すぐに「くそっ」と吐き捨てた。
「あいつ通信機を切ってやがる!」
ブツブツとつぶやく声に気づいてウヌイが振り向くと、局長がなにか思いついたのか、異形の魚をじっと見つめていた。無意識のうちに考えが漏れ出しているのだろう、その口からはとりとめもない言葉がこぼれてきている。
「嫌な予感がするよ……。ロノウトギの宇宙船……。頻発する事故……それに消失するネジ。もしかして……」
ウヌイもじっと宙に投影された映像を見つめた。それしか出来ることがなかったからだ。固唾をのむ彼らの目の前で、正体不明の魚が心なしかその速度を増した。その先には事態を把握しきれていないのかあっけにとられた様子で魚を見つめるマルコの姿。そして、
「あっ」
誰かが息を呑み、別の誰かがこぼした間の抜けた声がやけに響いて聞こえた。がばりと大口を開けた異形の魚はマルコの左胸に吸い寄せられるようにぶち当たり、そしてそのまま突き抜ける。
そのまま何事もなかったように泳ぎ去っていく魚の後ろで、残されたマルコの体がぐらりと揺れ、なにもない宙空に向けて倒れ込んでいく。そのままピクリとも動かなくなった彼の体が落ちて地表に激突するのを、管制室にいる者たちは黙って見ているしかなかった。
スピーカー越しでも生々しいぐしゃりという音が静まり返った管制室に響き、ウヌイは深々とため息をついた。「……あーあ」とわざとらしく軽く装った声を上げながら、ナナギが慰めるように、うつむく局長の肩に手を置いた。
「回収行ってくる」
「……うん」
「あんたのせいじゃないよ、局長」
その言葉を局長は肯定も否定もしなかった。顔をうつむかせたまま、押し出されるように出てきた声には後悔の色が色濃く滲んでいる。
「……僕も行くよ、ナナギ。もし君の言うとおりだとしても、それでも彼がここにいることは少なくとも僕のせいなんだから」
そうして連れ立って管制室を出ていく二人の背中を見送って、ウヌイは「はあ」と息を吐いた。ふとモニターに目をやると、血溜まりの中で体を起こすマルコが映し出されていた。怪魚に喰い付かれ、高所から真っ逆さまに堕ちたというのに、その体には傷一つない。
傷ついていなかったわけではない、修復されたのだ。
「分かっているつもりでも、実際見るとやっぱりなんだか嫌な気持ちになりますね……」
自分の身に何が起きたのか分からず、マルコは混乱しているようだが仕方ないだろう。本当に文字通りの意味で、『例え死んでも10年の間は管理局から逃げることはできない』なんてこと、想像しろという方が無理がある。
(結局これだけの大騒ぎになっても、上の人の思惑を外れることはできないんだなぁ)
ここでの暮らしは楽しいが、こういう時は上の人の理不尽さや管理局の歪さを感じて気分が滅入って、ウヌイはもう一度深くため息をつく。
その頭上では、つけっぱなしの立体映像が、駆けつけた局長たちに付き添われて医務室に向かうマルコの姿を映し出していた――。