果ての星から通信『モスリ支局の日々』   作:幻の犬@旧名は赤犬

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「俺は何かしくじりましたか」
「いや。君の惑星育成の手順や細かい設定に問題はなかった。嘘も大層うまかった」
「だったらどうして、」
「――シンプルなルールさ。“任期満了まで母星には帰れない”。試みてもここモスリに戻される。……他の星へは行けるのにね」




泥棒の胃袋

 

 モスリを騒がせたマルコの脱走未遂事件から数時間後。ウヌイはナナギとフィッツィーと共に、モスリの管制室でモニターを睨むようにして調べ物に没頭していた。

 いつもなら複数の局員が詰めているときは作業進捗の報告や雑談で賑やかな空間に、今日は作業音と機械の作動音だけが響いている。

 

(今日は本当になんて日なんだろう。“災難は群れを成す”とはいうけれどそれにしてもさ、僕たちもそうだけどマルコさんに至っては……)

 

 作業をする手は止めないまま、ウヌイは念のためにと医務室に運び込まれたマルコに降りかかった災難のことを考え、心の中で深いため息を漏らした。

 結論から言うとマルコは死んでいない。理由は簡単で局員に与えられる特典、その一部の影響だ。

 局員に選ばれた者は管理局に転送される時、体を分解され再構築されるのだが、その際に役割を最後まで全うできるよう体を作り変えられる(・・・・・・・)。局員の間で一般的に使われている“特典を付与される”なんて言い方は、これをオブラートに包んだ言い方に過ぎない。

 そして複数ある“特典”の最たるものがそれだろう。ウイルスや病原体にも負けず……それどころか"任期中は決して死なない"のだ。より厳密には、死んでもすぐに生き返る。

 今回もそれは例外ではなく、魚に齧られた挙げ句高所から落ちて為すすべもなく死んで、何事もなかったようにマルコは生き返るはずだった。

 ――そう、はずだった(・・・)のだ。生き返ったマルコの体には明確な異常が起きていた――心臓がなくなっていたのである。

 そんな状態でも死なずに済んでいるのも特権の賜物だろうが、特権があるのは局員の間だけ、もしもこのまま十年が経過すれば、マルコは局員の任務から開放されると同時に死ぬだろう。

 前代未聞のこの事態を引き起こしたのはマルコを襲った怪魚の仕業であるのは明白で、その正体について意見を述べたのは、もっとも局員暮らしの長い局長だった。

 

 "ヨルワンガ、ヨルワンガ。壁を抜ける幽鬼の鱗。星の間をさまよう魚。大事なものを盗っていく"

 

 彼が語った、ある星に伝わる詩の一節だ。そしてこれ以外にも、別の人間によって作られた、全く違う文明を持つ星たちの中に、同じような内容の言い伝えやマルコの身に起こったことと同様の話が散見されるのだという。

 

「……それにしても泥棒の胃袋(ヨルワンガ)、でしたっけ。聞けば聞くほどマルコさんを襲った魚と特徴が合いますね。こうして聞いた今でも実在する生物だとは信じがたいですけど」

「まあ、無理もないさ。局長もおかしな部品の消失事故や謎の巨大生物との衝突事故などが頻発していることと、ロノウトギの宇宙船で直接その異常さを目にしたから思いついた結論だ。繋がりも何もない複数の星に残る言い伝えの元が同一の生物、それも宇宙を生身で移動して物質透過能力をもつ魚なんて、正直この目で見てなきゃ『つまらん嘘をつくな』で片付けてた」

 

 マルコの脱走未遂の隠蔽工作をしながらナナギがぼやくのを聞く限り、ヨルワンガは開かれた星基準でも信じがたい、あり得ない生態の持ち主らしい。つくづく宇宙というのは底知れないものだ。どんなに優れた肉体を持つように進化しようが、あるいは高度な文明社会を築き上げようが、所詮人間なんてものは宇宙と比べれば極めてちっぽけな存在でしかないのだろう――だが。

 自動ドアが開き、事情説明を兼ねてマルコの様子を見に行っていた局長が入ってきた。局員たちが一斉にそちらに振り向く。

 

「局長」

「マルコは?」

「大丈夫……じゃないがしばらく一人にしてあげよう」

 

 問いかけられた言葉に局長が返した声は硬い。

 確かに、それはそうだろう。マルコのたてていた脱走計画はよく練られた周到なものだった。実際すべて彼の想定通りに進んでいた。にも関わらず、最後の土壇場で明らかになった『任期中、局員は母星に帰れない』というルールによって台無しにされたのだ。しかもそれだけではなく、怪魚に心臓を奪われ任期明けと同時に死んでしまう体になってしまっている。それを告げられたときの衝撃や絶望がどれほどのものか。他者には想像することしかできないだろう。

 だけど他にできることはある。

 心なしいつもより強い調子で局長が矢継ぎ早にウヌイたちに指示を飛ばし始める。本来、管理局には公的な役職や肩書はない。局長のそれも本名が他星系の人間には極めて発音しにくいものという理由で使われ始め定着したただのあだ名だ。だが、こうして局員の危機に際して積極的に陣頭に立って他の局員をまとめあげるその姿は、正しく人の上に立つ「局長」といえるのではないだろうか。

 

「フィッツィー」

「マルコくんの心臓は正常に鼓動しています」

 

 フィッツィーの前に展開されたモニターには、マルコの心臓の詳細なデータが映し出されている。万に一つの見落としもないようそれらに目を走らせながら彼女は言葉を続けた。

 

「このまま発信機代わりに魚を追えそう。姿形は魚でも消化器官は備わっていないようね」

 

 無言で一つうなずいて局長は次にナナギに声をかける。

 

「ナナギ?」

「マルコの作った件の惑星第一号は封鎖縮小してから回収する。中央へはダミーの座標を報告しておいた」

 

 問題の扉の星がじわじわと縮小していく様子を手のひらの上に映像として投影しながら、ナナギがざっと経緯とこれからの作業予定を説明する。作られた星に罪はないが、脱走のための移動手段として星を作ったなどということが中央にバレれば、マルコの立場が悪化しかねない。それを避けるためにも作られた星は何の変哲も問題もない星だという誤魔化しは欠かせなくて、それを受け持ったナナギの顔は真剣そのものだ。

 

「ウヌイ」

「ネット上に残っている魚の痕跡と思しき情報を集めてます。紛らわしい情報もたくさん引っかかってきてますが、組み上げた自動検索プログラムの自己修正が終わればもう少し効率よくできるようになるかと思います」

 

 せわしなく手を動かしながらウヌイは声を上げた。あの魚は宇宙空間を泳ぎ回るのみならず物質を透過するなんて能力を持つようなデタラメだが、それでもやはり生物なのだ。それなら特定の生態や行動パターンを持っていてもおかしくない。それが分かれば捕まえてマルコの心臓を奪い返すチャンスも増えるかもしれないのだ。同僚の危機を救うためウヌイが頑張らない理由はなかった。

 

「よし。三人とも協力してくれるかい」

 

 作業をする手を一時止め、ウヌイは局長の方に向き直った。他の二人も同じように真剣な顔つきで局長の言葉に耳を傾けている。

 ――果ての星管理局員は偶然選ばれ、10年の間は母星に帰れない。それは基本的には色々ゆるい管理局の数少ない絶対の規則で、一局員の身ではそれを打ち破るようなことはできない。

 

「これよりモスリ局員番号8747028マルコの心臓奪還を最優先任務とする。仲間を無事母星に帰れる体にしてあげよう」

 

 だけどできることがないわけではないのだ。

 

「――中央にはオフレコだ」

 

 まるでその証明のように、局長はまるで悪巧みを打ち明けるいたずらな子供のように口の前に指を立ててみせ、ウヌイたちは黙ってうなずいてみせたのだった。

 

 

 




――めそめそしてても何にもならねえ。
――ひとつふたつつまずいたからなんだ。忘れられるかもしれないからってなんだ。
――俺が諦めない限りは道がある。あるはずだ。
「あの人にもう一度会うまでは死ねねぇ……!地球人(おれ)の執念深さを甘く見るなよ」

 

マルコ・ロウノワヴィッチ・ウルサズカ

原作主人公。大学卒業を機に大好きな年上の恋人との世界一周婚前旅行に出発する……その前日に管理局局員として召喚され幸福の絶頂から不幸のどん底に転がり落ちた地球人青年。

連絡を取り合うどころか自分に何が起きたか伝える手段すらないまま10年間恋人と引き離されることが確定だわ、変な魚に襲われ放置しておくと任期明けと同時に死ぬ体にされるわと絶望してもおかしく無い状況に陥りながらも、あきらめずに立ち向かおうとする精神力の持ち主。

激情家の側面があり原作随一の顔芸枠。元々三白眼でやや悪人面なのに加え、状況的に仕方ないとはいえガチギレする場面がもっとも多く、特に自分に降りかかった災難の大本ともいえる管理局上層部に対しては殺意すら感じさせるような表情を浮かべることも。

複雑な家庭環境から皮肉気な物言いをすることもあるが素の性格は善良。またUMAの実在を願うようなロマンチストだったり、贈られたふわふわのぬいぐるみにときめいたりするなど可愛らしい部分もある。
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