君の代わりに呪いを受けたい:銀髪ハイライトオフ奴隷TS転生 作:愉悦・C・アグレッション
「フォスター、おはよう! 早起きだね!」
「…………」
太陽の光は、いつも私に絶望を運んできた。
無意味に過ぎていく時間、無限に続く地獄の象徴だったから。
……でも、今日はそうじゃありませんでした。
眩しい光は私の顔を叩くだけ。
私を起こす怒鳴り声もはもちろん、握り固められた拳も、何も飛んでこないのです。
むしろ誰かに殴られないことに違和感を抱いてしまうくらいです。
「……おはようございます、ロック様」
黒髪赤目の彼に、少し遅れて朝の挨拶をする。
実は「フォスター」と呼ばれて誰のことか分からなくて、反応が遅れてしまったのですけどね。
「傷は良くなった?」
「……お腹の傷以外はほとんど完治しているようです。どのような治療をなされたのですか」
「俺、癒しの魔法を使えるんだ。実は一晩中付きっきりで魔法かけてて……」
……なるほど、私が悪夢を見なかったのにはそういう理由がありそうですね。
腹部の傷は胴体を貫通するほどの重傷だったため、癒しの魔法でも身体の内側までは治しきれなかったそうです。
癒しの魔法をかけても失った血は戻らないため、しばらく安静にする必要があるんだとか。
ロック様は目の下に隈を作っていて、少し上半身がぐらついているように見えます。
寝ないで看病するなんて、余程お人好しなんですね。
「朝ごはん食べる?」
「……いただきます」
「用意してくるよ」
腕に巻かれているギプスはもう不要でしょう。
頭の包帯も要りませんね。
ロック様が部屋を退出した後、私は包帯やギプスをするすると取り払った。
ベッドの上で身体の向きを回転させ、ゆっくりと床に足をつける。
足枷の痕が青々と残った私の足は、問題なく私の体重を支えてくれた。
……凄い。本当に快復しています。
昨日の状態だったら、床を這いずるのが精一杯だったのに……。
「ご飯持ってきたよ〜」
「ありがとうございます」
「しおれたパンと肉だけだし、昨日のスープほど美味しくはないかもしれないけど……」
「……いただきます」
私にしてみれば、まともな食材というだけで満足です。
そんなことを思いながらパンを口に含むと、乾燥した硬い感触が口の中で暴れ回った。
……美味しい。
このお肉も、火が通っていてたまらなく美味しいです。
コップに入った水だって、冷たくて透き通っていて……涙が出そうになるくらい身体に染み渡る。
「ご馳走様でした」
「片付けるね」
「お手伝いします」
「いやいや、大怪我してたんだから休んでてよ」
「……はい」
「……わ、分かった分かった。家の外に出ないんだったら自由にしていいよ……」
「? ありがとうございます」
少し俯いただけなのに、ロック様は家の中を自由に歩く許可をしてくれました。
私がしょんぼりしたとでも思ったのでしょうか。
ロック様について行く形で寝室の扉を潜ると、廊下の向こう側にリビングが見えました。
キッチンなどもここにあるようで、有り体に言うとかなり散らかっています。
「……普段は冒険者で生計を立てているのですか?」
「そうそう、ダンジョンに潜ってるんだ。いつかは最奥に行ってみたいと思ってるんだけど……今のところは低層で小銭稼ぎしてる」
「なるほど」
このエルシア国の地下には、
ダンジョンは広大な自然形成の地形で、前例のない性質を持った鉱石や植物が毎日のように見つかるそうです。
しかし、ダンジョンは希少資源が眠っているだけではなく、モンスターと呼ばれる凶暴な生物の巣窟となっているのです。
地下資源の報告が相次ぐ中、死者の報告もまた絶えません。
そんな危険な場所なのに、何故人々はダンジョンに潜り続けるのか。
その答えはひとつ。
『ダンジョンの最奥には、どんな夢でも叶えてくれる財宝が眠っているから』です。
無論、誰かがダンジョンの最奥に辿り着いたわけではないため、ただの噂でしかありません。
それでもダンジョンは、その荒唐無稽な噂を信じさせるのに十分すぎる神秘性を持っているようです。
無鉄砲な冒険者たちは、最深部に夢を見続けています。
今日も競い合うようにダンジョンに潜っているのでしょう。
……まぁ、全て小耳に挟んだ話で、一般常識というやつです。
実際は見たことがありませんよ。
ずっと鎖に繋がれていたので。
「何か良い物は見つかりますか?」
「いや、浅い所じゃ全然見つからないね」
「そうですか……」
奴隷はダンジョンに潜る際の荷物運びとして雇われることもある。
いえ……最近の奴隷の用途は
性処理兼、家事担当兼、荷物運び。
しかも、死んだら使い捨て。最悪です。
私もいつか、ダンジョンに連れていかれるのでしょうか。
……奴隷にとっての墓場に。
「今日はダンジョンに行かれるのですか?」
「流石に徹夜明けでダンジョンに行くのは自殺行為でしょ。しばらく寝るよ」
……そういえば、この家にはベッドがひとつしか存在しませんね。
お人好しを地で行く彼のことだ、床で寝ると言い出すに違いありません。
「……ベッドでお休みになられますか?」
「いや、フォスターが使ってるだろ? 俺は床で寝るよ」
「…………」
……ほら、想像通り。
自分を犠牲にしてまで奴隷に尽くそうとする彼の気持ちは、やはり理解できませんね。
奇妙なものを見るような視線を向けると、彼はバツが悪そうに頬を掻いた。
「……オーケー椅子で寝るよ」
そういうことではないのですが……まぁ、放っておきましょう。
こういう人には何を言っても無駄なので、好きにさせるのが1番です。
「あ、そうだ。俺の仲間を呼んでおいたから、色々とお世話してもらいなよ」
「……お世話?」
「そう。お風呂で身体を綺麗にしてもらったり、服を着せてもらったりね。そいつは女の子だから、変なことはされないと思う」
「……申し訳ございません」
「俺に文句ありありな感じだけど、フォスターの卑下も大概だよ……?」
卑下でも何でもなく、私の身体は相当な悪臭を放っているに違いありません。
お風呂なんて何ヶ月……いえ、何年間入っていないのでしょう。
身体を拭いてもらうことすら稀で、肌は汚れっぱなし。髪の毛はギトギト。黒々とした耳垢も凝り固まっていて簡単には取れそうにない。
自覚したことはないですが、何らかの病気だと診断されても不思議ではありません。
……そういえば、事故に遭う前の私は謎の体調不良によって衰弱していた気がします。
もしかすると、癒しの魔法には感染症を治す又は予防する効果があるのでしょうか?
そうでなければ、病気と大量出血のダブルパンチから生還できるはずがない。
「……ロック様、癒しの魔法には感染症を治す効果もあるのですか?」
「え? いや、無いと思うけど……」
「……なるほど。私は随分と運が良かったようですね」
……私が生き残れたのは、悪運が強かったからですか。
困りものですね。
リビングでぼうっと突っ立っていると、玄関の扉がコンコンとノックされた。
ロック様のおっしゃっていた「仲間」の方が来たのでしょう。
予想は当たっていた。
ロック様が玄関を開けると、捻れ帽子を被った魔法使いらしき女の子が入ってくる。
「ようイルミナ、この子用の服は持ってきてくれたか?」
「ん、この袋に入ってるわよ」
「マジで助かるよ。俺じゃ上手くいかないことも多くてさ……」
イルミナと呼ばれた少女は、袋を手渡すと私の方に近づいてきた。
茶髪をたなびかせて、彼女は私の頭の高さまで腰を折る。
帽子を外して……挨拶のつもりでしょうか?
この方は奴隷に対しても礼儀正しいのですね。
「この子がフォスターちゃん?」
「……初めまして。フォスターです」
「あたしはイルミナ・ラウンドテーブル。そこのロックから話は聞いてるわ。色々と大変だったそうね」
「…………」
……ロック様もイルミナ様も、全て分かったような表情で哀れんでくるけれど――
正直、煩わしい。
内心「奴隷に生まれなくて良かった」と優越感に浸っているのではないか?
そんなどす黒い感情が湧き上がってきそうになるのです。
「んじゃ、イルミナはフォスターを風呂に入れてきて。その間俺は寝てるから」
「りょーかい。……ね、フォスターちゃん! あたしと一緒にお風呂入って綺麗になろっか!」
「……分かりました」
私はその場でオーバーサイズ気味の服を脱ぎ始めた。
ロック様が悲鳴を上げながら寝室の方に逃げていったかと思えば、イルミナ様が慌てて私を風呂場へと連れて行ってくれました。
「フォスターちゃんっ! ダメだよそういうことしちゃ!」
「……? すみません、何故ですか。よく分かりません」
「あのね〜……男の子の前で無闇に服を脱ぐもんじゃないよ! フォスターちゃんは女の子なんだから」
――ざくり。
イルミナ様のその発言が心に突き刺さった。
男性の前で一糸まとわぬ姿になる。
私にとっては普通のことで、もはや抵抗感すらなかった。
顎で指図されて男性の前で裸を晒すというのは、普通ではないのですか?
女として生まれたからこそ、服を脱ぐものではないのですか?
……2人の反応を見る限り、私の常識は一般的なそれとは違っているようです。
では……不特定多数の男性の前で裸体を晒していた私は、
――奴隷は人間じゃない。
人間として扱われていない。
かつての主様に散々「お前らは人間以下のゴミだ」「奴隷は動物同然の存在だ」と教え込まれてきた意味が分かりました。
しかし、私の感情が揺れ動くようなことはなかった。
あぁ、そうなのですね。他人事のようにそう思っただけだった。
服を脱いだ私は、一足先に風呂場に入った。
少し遅れて入ってくるイルミナ様。健康的でふっくらとした女性的な体つきは、死に際の老人の如く痩せ細った私と比べて対称的である。
「うわ! 凄いねフォスターちゃん、めっちゃ汚れ落ちるよ!」
温かい水で皮膚をふやけさせた後、イルミナ様は私の身体を布で擦り始めた。
すると、面白いように全身の汚れが落ちていった。
お湯が身体を浚う度に、黒々とした垢が排水口に向かって泳いでいく。
更に石鹸や薬品らしき物を使うことで、傷み切った髪の毛や肌が回復していくのが分かった。
「おおぉ……フォスターちゃん、肌しっろいねぇ」
「そうですか……」
「あたしもお肌のケア結構頑張ってるんだけど、フォスターちゃんの白さには敵わないなぁ」
イルミナ様は反応の悪い私に対しても、途切れずに会話をしてくれます。
気を遣ってくれているのでしょう。
しかし、いよいよ会話の種がなくなりました。
その中で、彼女は私の全身に刻まれた傷痕に目をつけてしまいました。
気になるのは当然でしょう。
手首足首に浮かんだ枷の青アザ、切り傷、打撲痕、鬱血の痕、火傷痕……裸になった時、服の下に隠されるようにつけられた傷は特に目立ちますからね。
「気になりますか」
「えっ!? あ、いや、えっと……はは……」
「構いません。慣れていますから」
「っ……」
たまに街に出た時などは、好奇の視線に曝された。
そういう意味では、彼女のような反応には慣れています。
「……ご、ごめんね」
「何故謝るのですか?」
「あたし達、その……フォスターちゃんみたいな子のこと、よく知らなくて」
「問題ありません」
冒険者なのに奴隷のことすら知らないとなると、御二方は駆け出しの冒険者なのでしょうか。
「…………」
「…………」
気まずい間。水が弾ける音だけが浴室に響き渡っている。
私はその沈黙を破る気がなかったため、結局口を開いたのはイルミナ様だった。
「……ロックはさ、奴隷制度のない世界を作るのが夢なんだ。だから、ダンジョンの最奥に行ったらそういうお願いをしたいんだって」
「…………」
……奴隷制度のない世界を?
あくまで他人のためにダンジョン最奥の奇跡を使うというのですか。
凄い人ですね。もちろんこの感想には皮肉も混じっています。
しかし、この世界から奴隷という概念が無くなるのは、言いようもなく素晴らしいことだと理解できる。
私のように心を殺して生きる必要がなくなる。それだけでロック様の願いを応援するのには十分すぎた。
「ま、まぁ今フォスターちゃんに言ってどうなるのって話だけど。ごめんね変なこと言って。あ〜あ、何言ってんだろあたし」
「……です」
「え?」
「たとえ嘘でも……嬉しいです」
「……嘘じゃないよ。あたしもロックも、奴隷制度大っ嫌いだし」
「そうですか……」
奴隷制度を嫌う冒険者がいる。
それがたとえイルミナ様の優しい嘘だったとしても、どこか救われた気がした。