君の代わりに呪いを受けたい:銀髪ハイライトオフ奴隷TS転生 作:愉悦・C・アグレッション
風呂から上がると、イルミナ様が身体についた水滴を拭ってくれた。
上等なタオルが肌を撫でる。
「髪の毛乾かしちゃうわね〜」
何をすれば良いか分からなかったが、イルミナ様が何かをしている間はじっとすることにした。
しばらくすると――彼女のお古の服なのでしょう――イルミナ様は私の身体に服を宛てがい始めた。
「う〜ん、フォスターちゃんは甘い系の服が似合うわね〜」
「甘い……? 服にも味があるのですか?」
「ふふっ、違う違う。可愛い系ってこと!」
「……よく分かりません。服なんて、見た目ではなく性能で選べば良いではありませんか」
「ちっちっち。ダンジョン内ではそうかもしれないけど、私服は見た目が大事なのよ。いつかフォスターちゃんにも分かる時が来るわ!」
「……そうですか」
結局、私が着せられたのは首元にリボンのついたフリルが多めの服だった。
動きにくいし、着脱が大変だし……
鏡の前の椅子に座らされた私は、イルミナ様の気が済むまでおめかしさせられることになりました。
服を着た後、肌に何かの薬品を塗られたり、謎の道具で頬を撫でられて――
イルミナ様の「終わったよ!」という声が聞こえると同時に、私は意識を取り戻した。
どうやら椅子の上で寝てしまっていたようです。
お風呂上がりの空気が気持ちよすぎて、知らず知らずのうちに微睡んでいたのでしょう。
「フォスターちゃん! ほら、鏡見てみて!」
「……!? こ、これは……」
イルミナ様の声に反応して顔を上げると、鏡の中に美少女が座っていた。
両肩にイルミナ様の手が乗せられて……まさか、これが私……?
腰にまで届きそうな銀の髪。濁り切って光を反射しない紫の瞳。皮下の毛細血管が見えてしまいそうなほど透き通った白い肌。襟付きのゴシックな服を着せられた小さな身体。長袖でも僅かに隠し切れない悍ましい傷痕の数々――
ぎょっとして身体が硬直する。それと同時に鏡の中の少女が動いたため、私は鏡の中の彼女が自分自身なのだと確信することができた。
「うんうん、お化粧したら傷痕は消せるわね」
「……これは何の真似ですか?」
「え? おめかししただけよ?」
「…………」
何故私がこのような格好を……。
やはり動きづらいです。
確かに見た目で言えば「普通」の少女然としていますが、どこか納得できない複雑怪奇な心境があります。
「やっぱり素材が良いわねフォスターちゃん。めちゃくちゃ美人さんじゃない!」
「っ……もう、脱いでもよろしいですか?」
「ダメダメ! というか他に着る服がないでしょ?」
「しかし……」
「や〜ん、可愛い! 可愛すぎて妹にしたいくらいだわ!」
「…………」
好き勝手にされる中でようやく分かってくる。
私は恥ずかしがっているのです。
「美人さん」や「可愛い」なんて初めて言われるから、どのように受け取って良いのか分からないのでしょう。
その不可思議なくすぐったさが、拒絶の言葉として表層に出てきてしまっているだけで……。
本心はそこまで悪く受け取っていない、のかもしれません。
「ねぇ笑ってみてよ!」
「……笑う?」
「うん!」
「……申し訳ございません。私、笑い方が分からないのです」
「ええっ! 勿体ないわよ!」
イルミナ様は眉毛を「ハ」の字にしながら、私の頬をむにむにと弄り回す。
そのまま鏡の中のフォスターに見せつけるように、私の唇を弓なりに曲げて見せた。
「きゃー!」
「…………」
本当に笑い方が分からなくて、笑えと言われても困るだけなのですが……。
まぁ、彼女が満足してくれたのなら何も言うことはありません。
「ねぇ、ロックに見せに行きましょうよ!」
「ロック様はお休みになられると……」
「もう3時間はお風呂に入ってたんだし、さすがに起きてるでしょ!」
イルミナ様に引っ張られて、私は居間へと早歩きで向かう。
素肌の傷を隠すために黒のニーハイソックスや手袋を着用させられているため、まるで外出前かのような出で立ちですね。
居間に連れられていくと、寝癖のついたロック様が大あくびしていた。
丁度目が合ったかと思うと、彼は目を見開いて近づいてくる。
「ねぇねぇホントに可愛くない!? フォスターちゃん、お人形さんみたいなんだよ!」
「おぉ……フォスター、その格好凄く似合ってるぞ」
「……あ、ありがとうございます」
ぶるり。
ロック様に言葉をかけられて、少しだけ身体が震えた。
……でも、似合っているから何なのですか?
可愛さや美しさを取り繕って、何になるというのでしょう。
見た目を整えることで良い待遇を得られることもありますから、それだけでも十分な理由にはなりますが……運の占める部分が多すぎますね。
ふと、私自身の「ぶるり」という反応が気になった。
……私の身体が震えたのは、褒められて嬉しかったから?
一瞬心地良い感覚はあった。世界中の人間は、その感覚を得るために着飾るのでしょうか。
最も納得できる答えではありますが……対価に見合っていないような気がします。
震えるような感覚があったのは一瞬だけ。
たかがそれだけの感情です。
その一瞬のために金と時間を費やすのは、些かナンセンスなのではないでしょうか。
「うん、これなら傷痕も目立たないし……どこからどう見ても普通の女の子だな」
「お化粧である程度は誤魔化せるけどさ〜、完全に傷痕を消せないの? 上手く言えないけど、何か可哀想じゃん」
……あぁ、なるほど。
見た目を整えるのは、人間に社会性が備わっているからですか。
周囲の評価に依存しがちな集団社会だからこそ、ということですね。納得です。
「知り合いの魔法使いに聞いてみるよ。上級の癒しの魔法なら、傷痕も治せるかもしれないしね」
「あたし交友関係広いし、早速ギルドに行って聞いてくる! そんじゃまた後で!」
会話の中で、イルミナ様は自分の荷物をかっさらって玄関に向かっていく。
止める間もなく、彼女はロック様の家から出ていってしまうのでした。
「あっおい! ……行っちゃったよ。相変わらず行動が早いんだから」
「…………」
……何と言うか、ロック様に保護されてから、私は施されてばかりです。
でも、私には魔法や剣術の才能がありません。
料理はもちろん全くできないし、人脈も皆無。
それこそ、身体で払うという手段しか持ち合わせていない。
教育を受けられない奴隷であることの弊害ですね。
「……私、迷惑をかけてばかりです」
「急にどうしたの? どんどん迷惑かけちゃってよ」
「……ロック様」
「ん?」
「私の怪我が治り切った時、やはり私はダンジョンに連れて行かれるのでしょうか」
「え、急にどうしたの? そういう予定は全然ないけど」
いくら無関心無表情を装った私のような奴隷でも、ここまで良くされると恩返しをしたいと思ってしまうものです。
ロック様やイルミナ様のことはまだ全然知らないですが、私を地獄から救い出してくれたお2人に誠心誠意を以て報いたいという気持ちが大きくなっているのが分かります。
「で……でしたら――わっ私をダンジョンに連れて行ってくださいっ」
私は意を決して、初めて目を合わせてロック様に発言した。
燃えるような紅蓮の瞳がこちらを見ている。
――誰かと目を合わせるのが、怖かった。
ガンを飛ばしている。主様に対して文句がある。そう受け取られて、酷い目に合わされるのが嫌だったから。
でも、ロック様なら。
彼ならきっと、私を殴り飛ばしたりはしないはず――
しばらく視線を通わせて意志を伝えると、ロック様はゆっくりと頷いた。
「分かった」
「……良いのですか」
「他でもない君のことだ。よく考えた上での発言なんでしょ?」
「……はい」
「なら止めないよ」
奴隷である私自身が「ダンジョンに連れて行ってほしい」と言ったのです。
ロック様はその意味と覚悟の程を理解してくださったはず。
何故私が突然ダンジョンに行きたいと言い出したのか、その理由はいくつかあります。
まず、ロック様が私を(少なくとも)性奴隷としては見ていないことがひとつ。
命を救われた対価として私の身体を求めるのであれば、彼の要求を呑む覚悟ではありました。
しかし、彼はどうやら
それどころか先日、私に対して「生きているだけで良い」とまで言い切ってくれた。
他の方法で恩に報いる必要があると私は考えました。
もうひとつの理由としては、個人的にダンジョンの実態が気になるからです。
奴隷の墓場と呼ばれるその空間には何が待っているのか。
冒険者と奴隷は実際どのような関係にあるのか。
最奥の奇跡は本当に存在するのか。
などなど、調べたいことは沢山ありますからね。
それに加えて、ロック様の願いである『奴隷のない世界を作る』ことを後押ししたい。
これが最も大きな理由でした。
「イルミナ様から聞きました。ロック様は『奴隷のない世界を作る』ことが目標だと」
「……そうだけど、なんか恥ずかしいな。イルミナのやつ、お喋りなんだから……」
「私には夢や目標がありません。でも、誰かの夢をお手伝いすることはできるはずです! どうか、奴隷の私にも、ロック様の夢をお手伝いさせてください……!」
生まれて初めて、悲鳴以外のために声を張り上げる。
己の意志を伝えるために声を上げるのは、こんなにも勇気が必要なのか。
無造作に、頭を下げる。
ロック様は私の肩に手を置いて、優しく告げた。
「……ありがとうフォスター。でも、君はもう奴隷じゃない」
「え……」
「俺達の仲間だよ」
その言葉と共に、ぽん、と頭に手が置かれる。
一瞬、嫌な記憶が過ぎって背筋が凍った。
頭を叩かれ、髪の毛を引っ張られる痛みが幻肢痛のように襲いかかる。
……でも。
過去の記憶の痛み以上に、彼の手は優しく大きかった。
はっとしながら頭を上げると、彼はにこやかに微笑んでいた。
他人の手が頭の上を往復しているだけなのに、心臓が跳ね回っている。
……あれ、何か――
熱いものが、こみ上げて……。
おかしい……おかしいです。
私、ここに来てから泣いてばかりで……。
おかしくなっちゃったのかな……。
「っひ、っく……ううっ……」
「大丈夫。もう君に乱暴する人はいないんだよ」
「う、うぅ――うわあああぁぁぁぁんっ!」
頭を撫でられて、優しく抱き締められて。
その上、不安を拭う優しい言葉まで囁いてくれて――
私の心を覆っていた氷が、少しずつ溶けていく。
涙となって流れていく。
嗚咽となって消えていく。
完全に溶け切ったわけではない。
未だに刻まれた傷は疼いている。
それでも、少しだけ変わることができた。
涙も泣き声も、全て彼が受け止めてくれた。
それで十分、救われた。
しばらく彼の胸板で泣いて、泣き止んだ後。
慌てて彼の抱擁から逃れ、私は手遅れにも関わらず咳払いをした。
耳が熱い。感情を剥き出しにしているところを見られてしまった。恥ずかしい。
けれど、ふわふわと浮いていた私達の関係が前に進んだ気がする。
私が手首で涙を拭うと、ロック様は改めて宣言する。
「一緒に作っていこう。『奴隷のない世界』を!」
「はい――はいっ! 絶対にっ!」
私は飛び跳ねながら同調した。
いつもより自分の声が大きく聞こえる上、頬が持ち上がっている不思議な感覚がある。
気にせず喜びを顕にしていると、ロック様がこんなことを言った。
「フォスター。君、笑うともっと素敵だね」
「――っ」
その発言を聞いてしまった瞬間、私は反射的に顔を隠した。
彼はそれを見て笑う。
ロック様は笑い続けているのに、私は笑顔を隠してしまった。
どうして隠さなければならなかったのか。隠したいと思ってしまったのか。
その感情に気付くのは、もう少し後の話。