君の代わりに呪いを受けたい:銀髪ハイライトオフ奴隷TS転生 作:愉悦・C・アグレッション
――後日。
脇腹の傷が完全回復したことを確かめた私は、ロック様と一緒に街に出ることになった。
家の外に出たことがなかったため、街の案内兼ダンジョン探索のための装備探しが主な目的である。
ただし、私のかつての主――奴隷商人と出会わない可能性がゼロではないため、フードを深く被って髪を縛りつけての外出になる。
「ロック様、おかしなところはありませんか」
「うん、大丈夫。似合ってるよ」
「……そ、そうですか。何よりです」
イルミナ様に頂いた衣服は、既にひとりで着用できるようになっていた。
それに加えて、イルミナ様には下着をお譲り頂いた。
……胸のサイズが絶妙に大きかったですが、まぁ何とかギリギリフィットしていると言えるでしょう。
締め付けられて窮屈な場面もありますが、場合によっては楽になれる場面もあるので、イルミナ様には感謝しています。
私は鏡の前に立つ。
手首までを覆い隠す黒の手袋、黒のストッキング、黒のブラウス、ミニスカート。そしてある意味全てを台無しにする大きなローブ。
服は全て適当に選んだ組み合わせなのですが、ローブで全てが隠れてしまうのはちょっと勿体ない気がしますね。何故かは分かりませんが……。
「しっかりフードで顔を隠さないとね」
「はい。心得ています」
私は長い銀髪をポニーテールにして、ローブに付属しているフードに収まるようにしています。
私自身は気にしていなかったのですが、どうやら銀髪の女性というのは思っている以上に目立ってしまうそうで……。
「できました」
「うん、完璧だね」
「はい。完璧です」
フード部分の前側を紐で結って、顔のほとんどに影が差すようにして身支度は完了。これで私の顔や銀髪は見えないはずです。
視界は狭まりますが、ロック様のエスコートがあるので大丈夫でしょう。
ロック様のパーティメンバーであるイルミナ様は不在もといオフです。
ダンジョンに潜ることを仕事にしている冒険者と言えども、生死を賭けた肉体労働の仕事であるため、オフの日が多めに取られているのです。
言ってしまえば、街の案内程度の用事ならロック様ひとりでもこなせるでしょうからね。
私ひとりのために、わざわざイルミナ様の手を煩わせるわけにはいきません。
「行こっか」
「あ……はい」
ロック様に手を引かれて、少したじろぎながらも外の世界に踏み出す。
事故に遭って以来、実に1週間ぶりの外の空気――
「…………」
「大丈夫?」
「えぇ。問題ありません。行きましょう」
「うん」
――外に出た瞬間、何かが起こるものだと思っていましたが。
特に衝撃的なことが起こるわけでもなく、何も変わらない世界がそこにありました。
考えてみれば当然です。
ロック様の家に閉じこもっていた1週間の間に、奴隷からロック様の仲間になるという大きな変化があったのは私だけ。
世界は普通に回り続けていたのです。
無論、落ち着ける家と違って、外の空気は大勢の人々の気配を孕んでいます。
……おかげで色々と嫌な記憶が思い出されて眉を顰めてしまいますが、ロック様やイルミナ様が居てくれるなら大丈夫。
そう思うことで、私は迷わず歩みを進めることができました。
私達が始めに向かったのは、閑散とした街の外れ。
あの日の事故現場もとい、私が倒れていた場所です。
「あそこら辺だったかな」
ロック様が指差す先には、異様に狭く切り立った道が通っていた。
小規模な崖の上の道。右には壁、左には崖といった感じ。真下には川が流れており、川の流れそのものや雨風によって狭く侵食されてしまった道のようです。
ロック様曰く、あの日の現場には破壊された馬車の荷台の一部と血塗れの私が土手に転がっていたらしいのです。
今はもうありませんが、崖を滑り落ちたような車輪の跡が残っていたとか。
何故ロック様が事故に気付けたかを質問すると、荷台の壊れた馬車が付近を走っていたのを不審に思い、もしかするとこの道で事故が起きたのではないかと思って現場に来たから気づけたらしいです。驚きの勘ですね。
「……ロック様の思いつきが無ければ、私は今頃……」
「まあまあ、その辺で」
「本当に感謝しています」
「ははっ、俺もフォスターが家に来て楽しいし。お互いウィンウィンって感じじゃない?」
「……ええ、そうですね」
結局、事故現場は見るだけでした。当たり前ですね。
何かが起きる方が怖いというものです。
その後、私達は装備屋に向かうために進路を変更した。
私達はエルシア国が誇る迷宮都市の中心に向かって歩き出す。
次第に人通りが多くなってきて、すれ違う人々と肩をぶつける回数が増えてきた。
「っ……」
接触がある度、掠れた声が漏れそうになる。
もしかして、通行人に睨まれている? 今、ぶつかった人から舌打ちされた? そんな強迫観念じみた思い込みで、次第に視界が狭まり追い込まれていく。
ロック様の手を強く握り、身体を寄せる。
私を心配するような言葉を言っているのだろうが、耳鳴りのせいで聞こえてこない。
フードを深く被り直し、唇を舐める回数が増えてしまう。
ロック様の願いである『奴隷のない世界を作る』ことを後押しするためには、当然外の世界に出て多少は他人との関わりを持っていかなければならない。
ダンジョンに潜る際などは、モンスターに対して暴力を振るわねば生き残れないのです。
人の波に軽く当てられただけで苦痛を感じてしまう私が、このままの状態でどうしてダンジョンを生き残れるというのでしょう。
怯えてばかりでは、ロック様の仲間として失格だ。
今の体たらくじゃ、ロック様の夢をお手伝いすることはおろか、モンスターを『殺す』ことだって出来やしない……!
「無理しないでいいよ?」
「……いえ。怖いからこそ逃げちゃダメなんです……!」
「……強いね、フォスターは」
ロック様は褒めてくれたけれど、今の私は渾身の力で彼の腕に縋りついている。
がちがちと音を立てそうな歯を食い縛って、吐き気を堪えながら懸命にフードを被っているだけ。
全然強くなんかありません。アナタに寄りかかって、精一杯強がっているだけです。
震える私を見かねたのか、ロック様は私の頭をぽんぽんと撫でてくれた。
すると、みるみるうちに恐怖の感情が消えていく。震えは止まり、吐き気も無くなった。
それどころか、あっという間に人混みの恐怖を克服できそうになる始末。
「……!?」
……もしかして私、結構ちょろいのでしょうか。
もちろんロック様やイルミナ様が近くにいる時限定だと思いますが……毒を飲み下すような覚悟で挑んでいただけに、かなり複雑な心境です。
「収まった?」
「……は、はい。ロック様が撫でてくださったおかげかと……」
「はは、何それ。嬉しいこと言ってくれるね」
けらけらと笑うロック様。からかうように私の頭のてっぺんをくすぐった後、彼は再び私の手を取って歩き出した。
大通りから数本外れた道に出ると、一気に人気が無くなっていた。
やっと落ち着けますね。軽く深呼吸して息を整えていると、ロック様は目の前にあった煉瓦造りの小屋に入ろうとしていた。
「ここが装備屋さん。これから君に合った装備を探すんだよ」
「あ……私、お金が……」
「はは、分かってるって」
「……申し訳ございません」
装備屋の中に入ると、革製の服や金属製の甲冑、獣の革のローブや兜などが売られており、思わずロック様の後ろに隠れてしまった。
その他にも、ロングソードや棍棒、斧や槍――まさしく『暴力』の塊のような装備品が所狭しと並べられていて。
かつて自分が繋がれていた足枷や檻の冷たさを思い出して、私は少しだけ身震いした。
……金属光沢のある装備を纏うのは、もしかすると精神的抵抗があって無理かもしれませんね。
「……らっしゃい」
「ひっ」
「あはは、店長さん無愛想なだけで優しい人だから大丈夫だよ。よく割引してくれるから貧乏なんだ」
「おいテメェ、聞こえてるぞ」
髭を蓄えた店長の視線から逃れつつ、私は首を振って装備を見て回る。
「店長さん、この子に合いそうな装備はありますかね?」
「……非力そうなガキだな。魔法をバリバリ使えるんなら、そこら辺の隠密性能の高いローブを買っとけ。そうじゃないなら、ボウガンなり弓矢なり使ってロックをサポートしてやれ。テメェのちいせぇ身体を一番活かしたいってんなら、ここら辺の軽装備がオススメになるが?」
店長は、そう言って私の前に3通りの装備セットを並べてくれる。
ひとつ目は、隠密性能の高いらしい暗めの色のローブと杖。
ふたつ目は、胸当てと最低限の装甲のみが付属した弓兵の装備。
みっつ目は、弓兵以上の軽装備と鋭い短剣のみが与えられた装備セット。
「あっえっ……その、私は……」
どれを手に取っていいのか、何よりお金のない私に決定権があるのか分からなくて、私はロック様に縋るような目を向けた。
彼は頬を掻いて苦笑いすると、店長に「彼女、魔法は使えないんですよ」と言ってローブと杖を返却した。
私には魔法の才能がない。
奴隷でも魔法の才能に目覚めることはあるらしいですが、そういった例は極々稀なのです。
私には剣の才能もありません。弓の才能だってきっとない。
……どうすればいい?
ロック様に聞けば、きっと適当なものを薦めてくれるだろう。
けれど――何となく。弓矢やボウガンを扱ってしまうと、ロック様やイルミナ様の背中を誤射してしまうのではないか――という最悪の事故が脳裏を過ぎって、私は結局軽装備と短剣を指さした。
「ほぉ……ネェちゃん、ビクビクしてると思ったが中々キモが据わってるな。普通
「いっ、いえっ、私は、えっと……誤射が怖くて……」
「……ハハハッ! 何だオメェ! 判断基準が他人依存なのか! おもしれー女だな!」
「ちょ、店長さん! 怖がってるんで大声出すのやめてもらっていいですか!」
店長は顔をくしゃくしゃにしながら、腹を抱えて笑っていた。
大声に驚いてしゃがみこんで、思わず頭を防御してしまう。
……まずいです。
私、この方は苦手かも……!
私の内心を察したのか、ロック様は慌てて会計を済ませると、私の手を引いて店の外に脱出した。
「ご、ごめんね。悪い人じゃないんだけど、店長はああいうところがあってさ……」
「……い、いえ。私が悪いですから……」
波乱はあったものの、こうして私達は家路についた。
夕焼けの眩しい大通りに出ると先程までは無かった人の壁が出来ていて、その横を通った私達は目を引かれてしまう。
「……あの方々は、いったい……」
「あれは教会の人達を見るための行列だね。そろそろ日食が来るらしいから、聖人教会の人達がお祭りの準備のために迷宮都市に来てるみたい」
「……なるほど」
私は身長が小さくて良く見えませんでしたが、人垣の向こうには司祭様と呼ばれる偉い方がいるようです。
その方はさぞ有名なのでしょう。世間知らずな私には分かりませんが……。
日食の日に行われる聖人教会の祭りは、日食の前後3日間を通して行われる大規模な祭りだったと記憶しています。
噂や他人の口からしか聞いたことはありませんし、祭りの経験など無いので分からないのですが……聖人教会の『復活祭』は、迷宮都市はおろかエルシア国全体を巻き込んだ大規模な行事だと聞いています。
……私も、行ってみたい。お祭りに。
ロック様やイルミナ様と、楽しんでみたい……。
そう思ってしまうのは、私だけなのでしょうか。
「そっか……あのお祭りは半年に1回だから、もうそんな季節になったのか。季節の流れは早いなぁ」
「……ふふ。老人のようなことを言いますね」
「あ、フォスター今笑った?」
「っ……い、いえ。笑ってなどいません……」
「え〜嘘だ! もっかい笑ってよ!」
「お断りします……」
「ケチだなぁ」
「ケチではありませんっ」
ロック様と手を取り合って、家へと続く道を歩く。
人の流れに攫われないように固く手を繋いだ私とロック様は、街の鈍い灯の中で、ぼんやりと浮き足立っているように思えた。
――いよいよダンジョン攻略の時が来る。