君の代わりに呪いを受けたい:銀髪ハイライトオフ奴隷TS転生 作:愉悦・C・アグレッション
我が家にベッドはひとつしかない。
私にそのベッドを使わせているロック様は、リビングのソファで毛布を被ってお休みになられています。
「ロック様、朝ですよ」
「…………」
「もう。ねぼすけさんですね」
ロック様は朝に弱い。
ソファで寝ているせいもあるのでしょうが、肩を揺らして声をかけてあげないと全く起きてくれないのです。
私はしかめっ面で寝ている彼の寝顔を見るのが好きでした。
その顔に触れられるほどの勇気はないのですが……。
もっと仲良くなった暁には、彼の寝顔に触れてみたいと思っています。
……それにしても、本当に寝起きが悪いですね。
軽いイタズラを思いついた私は、彼を起こすためそれを実行に移した。
「ロック様。……
「……!?」
「おはようございます、やっと起きましたか。身支度をしてください、
「ああ、うん……おはようフォスター」
真顔のまま甘い声で「ロック君」と囁いてあげただけで、彼は初心な反応をしながら飛び起きてくれました。
面白い人ですね。
「さっき変なこと言わなかった?」
「何がですか?」
「あ〜……いや、俺の勘違いだ。何でもない」
「そうですか」
今日は初めてダンジョン探索を行う日。
低層の地下資源を探すだけの簡単な探索になる予定ですが、ロック様には短剣の振り方などを教わりました。
刃物にいい思い出はありませんが、自分を守るためには武器を持たねばなりません。今日は踏み出す勇気を振り絞るべき時なのです。
手甲や足甲、肩鎧や胸当て、その他諸々の軽装備を装着した後、私は銀髪を纏め上げて上からローブを着込んだ。
懐には短剣を忍ばせており、まるで暗殺者のよう。
最低限の防御性能を満たしつつ、身軽に動けるというコンセプトの一式装備です。
「……わ、私がロック様の背中をお守りいたします」
「……慣れるまでは無理しなくていいよ」
「すみません」
イルミナ様と合流した後、私は2人に連れられてダンジョンの入口に向かった。
次第に見えてくる、迷宮都市の中央に聳え立つ白亜の塔。この建造物は、大地を穿って現れたダンジョンの入口に栓をするために造られたそうです。
塔の中に足を踏み入れれば、そこはダンジョンの地上層及び低層。安全地帯は存在しなくなる。
「早朝だし、地下資源が復活してるかもね〜」
「そうだといいねぇ」
「まぁ、まずはフォスターをダンジョンって環境に慣れさせるのが先だよね。言っちゃえば散歩して終わりなだけでも大成功かしら」
白亜の塔の周りには、包帯や回復薬などの小道具を売る露店が数多く出店していた。
ロック様もイルミナ様も特に用はないらしく、きょろきょろと周囲を見渡す私を連れて塔の根元部分に向かっていく。
こうして私達はあっさりとダンジョンの入口に差し掛かった。
「じゃ、始まるからね。半日もあれば帰って来れる浅い層を回るだけだから、くれぐれもはぐれないように」
「ロックとあたしが居れば低層のモンスターは一掃できるから、フォスターちゃんは安心していいよ!」
「は、はい。よろしくお願いします」
地下のダンジョンへと続く階段。くたびれた紐に繋がれたランプが足元を照らしている。
私達はその階段を降りて、地上層から低層へと向かう。
空気が一気に冷え込んできて、私は思わずフードを深く被り直した。
ロック様やイルミナ様は特に気負った様子もなく、枝分かれした階段を降りて低層の探索を開始していた。
いつも『始まり』が可視化されているとは限らない。
大事なことに限って、心構えとか準備とか、そういうものを乗り越えてぬるりとやってくるものなのです。
私のダンジョン探索はいつの間にか始まっていた。
私は何か勘違いしていたのかもしれません。
ダンジョンは地続きの世界にあったのです。
『今から始まります』というゲームのような3カウントも無く、禍々しい大扉があるわけでもなく……。
……いけません。集中しないと。
いえ、集中はしているつもりなのですが、心が追いついていないのです。
「フォスター、高く売れる野草が生えてるよ」
「ラッキーだねぇフォスターちゃん。初日で成果アリはセンスあるかも」
「他の人が来る前に採取しちゃおっか」
「あ、はい。了解致しました」
私は脇から短剣を抜き放ち、岩盤から生えた野草を切除する。
そのまま腰のポーチにしまい込む。これで採取は完了です。
……いかにも順調。順調すぎて、これで良いのかとさえ思ってしまいます。
こんなにも不安が渦巻いているのは、これまでに成功体験がないからでしょうか?
……少し、違うような気がします。
この不安と恐怖は、もっと
【条件を確認。██の受け入れ準備が整いました】
突如、頭の中に無機質な声が響き渡った。
「……!?」
ぎょっとしながら周囲を見渡すが、ロック様やイルミナ様の他には誰もいない。
2人の声ではなかった。それに、彼らは慌てる私の様子を見て首を傾げている。
彼らのイタズラでないなら、いったい誰が……?
「フォスター?」
「フォスターちゃん、どうかしたの?」
「いえ、今……変な声が聞こえた気がして。条件を確認、って……聞こえましたか?」
「いや?」
「気のせいじゃない?」
「ダンジョン内は緊張するからね。そういう幻聴が聞こえる人は多いらしいよ」
「……そ、そうですか」
……2人が嘘をついているわけではないようです。
そもそも嘘をつく理由が分かりませんし、何よりロック様とイルミナ様を疑いたくありません。彼らは優しい人なのです。利益度外視で私を助けてくれた恩人で、超がつくお人好しで――
――じゃあ、
他の誰かから魔法の攻撃を受けている?
いずれにせよ、とてつもなく嫌な予感がした。
この声に従った瞬間、
そして、動揺している私に次なる声が降ってくる。
感情や抑揚のないシステムメッセージのように、その声は私の頭の中で囁いた。
【祈り子は██に備えてください】
……祈り子? 【██】に備える?
この声は何を言っているんだ?
意味がわからない。
自分の理解の及ばぬところで、何かしらの大きな計画に巻き込まれているような感覚がして、私は滝のような汗をかき始めた。
【██】に関わった瞬間――私の身体はおぞましい力によって滅びてしまう。どんな拷問の結末よりも恐ろしい死に様を迎えてしまう。その予感は揺らがない。
それどころか、その確信は無尽蔵に増大して私に動揺をもたらした。
「ろ、ロック様っ、本当に聞こえていないのですか……!?」
「え?」
「……っ、いえ。何でも……ありません」
2度目にも関わらず、2人の反応は乏しい。
私以外にあの声が聞こえないのは確定らしい。
洗脳の魔法か、人を惑わす呪いか。
第三者による攻撃が考えられる。それも、絶対的な実力者による攻撃。
誰かが私を殺そうとしている。私は殺されるんだ。
「ちょっとフォスターちゃん、大丈夫?」
「はぁ――っ、はぁ――っ……」
「フォスター、何があった?」
「……『
「は?」
「ふくいん?」
「……!?」
自分でも、何故『福音』という言葉が出てきたのかは分からなかった。
ただ、何となく。【██】とは違うけれど、大事な言葉である気がしたのだ。
「イルミナ。今日は一旦引き換えそう」
「分かった。ごめんねフォスターちゃん、あたし達知らず知らずのうちに無理させちゃってたね」
「――だっ、ダメです! 今引き返す方がもっと――ダンジョン探索を続けましょう!」
「え、えぇ? フォスター、錯乱してない?」
私はロック様とイルミナ様に訴えかけながら、自らの身体に起こる異常に恐怖した。
……ど、どうして……?
「ロック様、もう大丈夫です。ダンジョン探索を続けましょう」
ま、
私は引き返したいと思っているのに、『
こんなことをするのは誰だ。
ロック様ではない。イルミナ様でもない。
『福音』だ。
『福音』は、
何故? いや、今は思惑を推測している暇じゃない!
止めるんだ。
この不穏を伝えなければ。
……そ、そうです……口が勝手に反対の言葉を喋ってしまうのなら、あえて「ダンジョンの奥に行きたい」と言えば……!
「ロック様。ダンジョンの奥へ行きましょ――う――……」
――
『福音』はダンジョンの奥へ誘い続けてくる。
――ならば、私自身の身体で示すまで!
入口の方向に指をさして、そちら側に歩いてしまえば良いのです!
「
ち……違う……!
どうして……どうしてっ!?
【祈り子は██に備えてください】
『福音』の声がする。絶望の声だ。
その声に唆されて、私の口は
「私はもう大丈夫です。さぁ、ダンジョンの奥へ行きましょう」
――ダンジョンの呪い。
人智を超えた自然の脅威。神の呪い。
そう形容することでしか、この異常事態を説明できそうもなかった。
表情は『無』そのものでも、内心は絶望に満ち溢れている。
絶望のせいで涙が溢れてしまいそうだ。無論その激情は『福音』によって平坦に均されて、表面上は何事もないフォスターを演じている。
私の心は無力だった。
『福音』に抗おうとしても、強烈な意志の力によって捩じ伏せられてしまう。
ロック様やイルミナ様だけが頼りだ。
『福音』はダンジョンに足を踏み入れてから聞こえてきた。そして『福音』がダンジョンの奥へと向かおうとするなら、地上に出れば私はあの声から開放されるはず。
お2人が、どうにかして私を地上に連れ去ってくれれば……!
私は縋るようにロック様を見上げた。
彼の紅い瞳には、無表情かつ死んだ目のフォスターが映っていた。
「……フォスターがどうしてもダンジョン奥に行きたいって言うなら――」
……あ、ああぁ。
だめ。ダメです、ロック様。
ダメだダメだダメだ……!
このままじゃ、『福音』と【██】に呑み込まれてしまう……!
私の心が絶望に塗り潰されていく。
同時、『福音』がにちゃりと音を立てて嗤った――ような気がした。
しかし、ロック様はすんでのところで踏みとどまった。
「と思ったけど、さすがに今日のフォスターはちょっと変だよ。一旦地上に出て頭を冷やそう」
彼は私の膝下と背中に手を回すと、お姫様抱っこのようにして私を抱え上げる。
ロック様もイルミナ様も訝しげな表情をしていたが、あくまで子供の粗相を見るような穏やかな視線だった。
「奴隷の子はダンジョン内でパニックになりやすいって聞くけど、本当だったのね〜」
「嫌です。ダンジョンの奥へ行きましょう」
な、なるほど……私はその噂で助かったのか。
お2人が思慮深い方で良かった……。
「ほらフォスターちゃん、外行くよ〜」
「ダンジョンの奥へ行きましょう」
「壊れた人形みたいになってる……」
こうして私は『福音』の拘束から解放され、無事地上に帰還した。
――本日のダンジョンの成果、野草×3。
小銭は稼ぐことができました。