テストも終わったのでちょっとずつ書いていきます。
――ちょっと遊ぼうよ。
全くもって意味が分からない。あなたは、些かの困惑と共に疑問を解消しようと思考を巡らせた。
何だコイツは、それがあなたの抱いた思いだった。目の前の彼女が何者かは知っている。散々ファンクラブの連中が騒いでいると、嫌でも耳に入ってくる。けれど、彼女は己の様な根暗な奴に惚れるような、そんな人間ではあるまい、とあなたは考える。
「ホント、何が何だか分かんないって顔してんね」
彼女は、くつくつと嗤いながら、あなたへ這いよる。それに合わせて、あなたは後ろへさがろうとして、腕をぐっとつかまれた。
「逃げんなよ」
耳元で、そんな言葉が聞こえる。それは勿論幻聴などではないし、当然彼女の真意を現していた。
「色々手ェ回したって言ったよな? 本当に手ェ回したんだぜ? シャディクにそれ相応のコストも支払って……」
彼女が、あなたの首に手を回す。あなたはそれを振り解こうとして、逆に腕を掴まれて、そのまま押し倒された。
「なぁ? 分かる? アタシさぁ、本当にアンタの事が好き。愛してる。だからここまでしてんだ」
知らない。知るものか、そんなもの。そう、答えてみれば、彼女は光を宿していた瞳をこちらへ向けた。
「へぇ………そんな事言うんだ」
あなたは彼女へ、更に追撃しようとして、突如、口に妙な温度のあるものが押し付けられるのを理解した。それは唇だった。勿論、眼前の少女─レネ・コスタのものである。
リップ音が辺りに響きながら、口の周りが唾液でべとべとになって、口内が蹂躙される。あなたは、この時ばかりは─無論彼女を振り解くために─身体を鍛えておくべきだったと、些かながら後悔をしながら、けれど、彼女の欲情的なキスに、頭がぼうっとしていく感覚を覚えた。
結局なすがままに好き放題されて、少しすると彼女は語り始めた。
曰く、一目惚れであったと。自分の性格やら、容姿とは正反対のあなたにギャップを感じたのだと。あなたはそれを聞いて、目の前の女の正気を疑った。こんな自分に何故、という自己肯定感の低さ故にそう考えたのではない。ただそれだけの理由でこうまで暴力的で、扇情的にただ一人の人間を追いかけるなど、正気の沙汰ではない。少なくとも、あなたはそう思った。
次に、あなたの頭の中をよぎったのは、逃走の二文字。どのみち宇宙の中をぽつんと浮かんでいる学園から出られぬ限り、この女は永遠に追いかけてくるのであろうが、ただ一時の平穏を取り戻し、考えを纏めねばならぬ。つまりは、それほど─目の前にいるだけで、思考が鈍るような魅力を彼女は持っているのだから、何はともあれこの場から離れねばならぬ。そうでなければ、あなたは、自分が次に何を言ってしまうのか、見当もつかなかった。
しかし、どう逃げたものか。あなたは押し倒されているのだ。這いずって逃げようにものろのろとやっていれば状況は変わらぬ。であれば、些か気は進まないが、あなたは少しばかり暴力に訴えかけることにした。
─ぼくは、君の事なんか知らないね!
そう叫び、彼女を前へ押し飛ばす。彼女はその目を見開くことで驚愕の表情を浮かべた。あなたは、その隙にだっと走り出した。大して運動もしない己なのだ、直ぐに追いつかれるかもしれないが、それでも逃げないわけにはいかないのだった。
あの場に、あのままずっと居座っていれば、最早あなたは彼女の誘惑から逃れられなかったろう。
あなたは走っている。ここが学園のどこなのか、もうそれすらも分からないが、あなたはそれでも走っている。後ろを見ず、ただ前へ、前へ。後ろを見てしまえば、きっとあの女がまた現れるに違いない。そうなれば、自分は今度こそ彼女に堕ちてしまう。それ以降の抵抗はきっと形骸化してしまうに違いない。
ふと、あなたは走ることをやめた。これ以上はもうどうにもならぬという諦めと、ただ純粋な疲労故だった。そして、一度走り逃げることをやめたならば、あなたは覚悟せねばならない。
あなたは、後ろを見ようとした。もう、向き合わなければならないのだろうから。けれど、あなたの心には恐怖があった。人から愛される恐怖。あなたは別段何か不幸な過去があるとか言う訳ではない。両親はあなたをきっちり愛して育てたし、あなたの心に何か深い傷をつけたわけでもない。だから、そう。あなたが恐れているのはその罪悪感なのだった。彼女を受け入れてしまえばもう後には戻れぬ。
「ねっ」
不意に、声がした。可愛らしい、悪魔の声。
「こっちを見てよ」
――怖い。
「だいじょうぶ。ゆっくり、息を吸って、吐いて」
彼女が、あなたの左手を後ろから握る。
「ゆっくり……こっちを見て?」
あなたは、その声に誘われるがまま、彼女の方を振り向いた。
彼女はそこにいた。恍惚とした表情を浮かべながら、舌なめずりをして、まるで獲物を前にした肉食獣のように、あなたを見ていた。
「それじゃあ、行こっか」
彼女は、そう言うとあなたの手を引いて歩き出した。
行き先は、彼女だけが知るだろう。
そして、あなたは、彼女の病的な愛に溺れるために、その手を取らせたのやもしれぬ。
けれど、彼女はこれでよいのだと言わんとばかりににっこりと笑っている。
真実、それこそが彼女の病的な愛なのだ。