【完結済み】Run from Mariage 〜逃亡中〜 作:とある物書きMr.R
(あと1分……! これは、勝ったかな?)
ハンターの後方数十メートルの地点で様子を伺う南条。
(あと1分……! お願い、このまま!)
本校舎内で息を潜めハンターをやりすごす宮本。
それぞれの1分間が……経過した。
瞬間、校内放送に使われるスピーカーと、各員が持っている携帯端末が一斉にその時を告げる。
『ゲーム終了! エリア内にいる方は、全員校門前まで集合してください。
繰り返します――』
ウマ娘とヒト、120分にも及ぶデッドヒートが、遂に決着した瞬間だった。
※※※※※
「見事ッ! ウマ娘が相手にも関わらず勝ちを諦めないその姿勢、緊張状態でも策を練り続ける頭脳。流石はこの中央でトレーナーバッジを付ける事を許された者たちだ!」
トレセン学園正門。仮設された壇上には、秋山理事長の姿があった。
「今回の結果はトレーナー3名の逃亡成功。正直に言ってしまうと私はトレーナー諸君は1時間と持たないかもしれないとすら考えていた」
理事長の言葉はトレーナー達にとっても同じだった。
いくら隠れられる場所に事欠かないとはいえトレセン学園の敷地は広大だ。ウマ娘が走り出してからトップスピードに達し、減速して止まるまでの距離を優に稼げてしまう。
「しかし諸君らは見事に立ち回って見せた。一部の者はタダでは転ばないとばかりの根性も見せてくれた!」
長身の男が照れ臭そうにしている。彼の両隣は担当ウマ娘がしっかりとホールドしていた。
「ある者は数十メートルとはいえG1ウマ娘から逃げ切って見せた!」
凱旋門賞ウマ娘との死闘を制した日本総大将も、想い人の前では一人の乙女のようだ。
「諸君らはそれぞれの最高の輝きを今日この場で発揮したのだ。
無粋は承知しているが敢えて言わせてもらいたい。
――おめでとう」
歓声は上がらない。それでも、静かな歓喜がその場にいた者たちの間を通り抜けていった。
「そしてもう一つ!」
「??」
だからこそ、既に覚悟を決めていた一部のトレーナー以外に、その言葉は完璧な奇襲となったのである。
「今回のゲームの様子は各寮でもモニタリングしている。トレーナー諸君、
――気をつけて帰宅するようにな?」
「「「!?」」」
静かな歓喜は声なき悲鳴に代わった。
※※※※※
「クソッ、なんかおかしいと思ってたんだ! やっぱり理事長達もグルなんじゃないか! 何がトレーナーの離職だ!」
焦燥に駆られつつも周囲の警戒を行うとあるトレーナー。理事長の話の途中
でその場を逃げ出した男はトレセン学園の職員駐車場までたどり着くと自身の車に文字通り飛び乗った。
エンジンを掛ける前に携帯を取り出した男は携帯を取り出すと、震える手でとある番号を叩いた。
『はい、こちら○○保険会社。担当の――』
「会員番号165798の沼中だ、第3条5項の件で至急担当者を頼む!」
『少々お待ちください』
保留中に流れるクラシック音楽。うろ覚えの知識が保留音にクラシック音楽が多いのは著作権的な問題だとか気が立っている相手を落ち着かせるためだとかとりとめのない思考を投げかけてくる。
『お待たせしました沼中様。第3条5項となると担当ウマ娘とのトラブルですね。今はどのような状況でしょうか』
「学園にハメられたんだ! アイツのことだ、今ごろどうなっているか考えるのも怖い。
今は車にいる。家は張られているかもしれないから帰れない!」
『そうでしたか、少々お待ちください――おや?』
「なんだ?」
『沼中様、申し上げにくいのですが、沼中様は既に当保険を解約されていますね』
「――は?」
想定外。いくらなんでも考えていなかった事態に沼中の頭は真っ白になる。
『えぇ、沼中様より解約の書類が3日前に届いていますね。実印での押印もあり印鑑証明も添付されておりましたのでこちらでは解約処理済みですね、はい』
「んなバ鹿な!? 俺たちトレーナーはこの保険を解約な、んて……」
途中で言葉が途切れたのは最悪の結論に至ったからだ。
中央地方問わず、トレーナー試験に合格しトレーナーになった者がまず初めにすることは、某保険会社の目玉商品であるとある特殊な保険に加入することである。
中央は言うに及ばず、地方シリーズのトレーナーであっても担当ウマ娘を掛からせて特別退職するケースが珍しくない中、当該保険では潜伏コースや国外逃亡コース、さらには偽装死亡コースなど、あらゆる手段でウマ娘から逃亡させてくれるのだ。
正直に言ってしまうと保険料は高い。高給取りの中央のトレーナーですら最上位の保険はある程度実績を積まないと入れないほどである。
オープン戦で数度2~3着を取らせた程度の沼中の実績では、安い部類の『国内潜伏コース』に加入するのが精一杯であった。
その保険を解約する? まずありえない。
しかし、本来はアウトな行為だが、『トレーナーの代わりに誰かが解約の手続きをしていた』場合はどうなるだろうか。手続きに使った書類は実印だ。書類の届いた保険会社としても沼中の実印が押され印鑑証明まで添付されていては処理しない方がおかしくなってしまう。
では、誰が手続きをしたのか?
『トレーナーさんの家ってこんなに資料あるんですね!
寮で読んでも良いですか?』
『おういいぞ、あ、俺がいない時もあるしスペアの鍵渡しとくよ』
『……ッ! ありがとうございます、大切にしますね?』
(まさか、あれからか!?)
沼中はクソボケであった。そして、死神は身構えていない者にその鎌を振り下ろす。
「だーれだ?」
「ヒッ……!?」
突然視界が暗くなる。誰かの手で覆われたようだ。
沼中の背筋が一気に冷たくなる。後ろから聞こえてきた声にも、施錠したはずの車に何故か乗りこんでいる人物の正体にも、思い当たる節しかなかったからだ。
『沼中様?』
「こ……」
『こ?』
「この状態から入れる保険ってありますかね……?」
『ありません』
「そんな、何か一つくらい……」
『ありませんっ!!』
無情にも、電話は切れた。
「トレーナーさん、お話は済みましたか?」
「ま、待て。待ってくれ」
「ダメです、もう待てません」
「クソッ……なんで!?」
車を乗り捨て逃げようとする沼中、しかしいくらドアノブを動かしても、ドアはびくともしない。
この期に及んで沼中は自分が飢えた肉食獣のいる檻に飛び込んだことを悟った。
「トレーナーさん、安心してくださいね、大人しくしていればすぐに終わりますから……」
「この状況で何をどうしたら安心できるんですかねぇ!?」
「抵抗はオススメしませんよ? ヒトがウマ娘に勝てる訳ないじゃないですか。それに……
私は今、冷静さを欠こうとしています」
その日の沼中トレーナーの最大の失敗は、自身の車を職員駐車場の奥の方に停めた事だろう。もっとも、彼が『元』トレーナーと呼ばれる日は近いかもしれないが……
※※※※※
「うぅ……流石に疲れた……」
所変わって宮本、彼女も他のトレーナーと同じように家路を歩いていた。
しかし疲れからか、黒鹿毛のウマ娘にぶつかってしまう。
「あっごめんなさい! ……ってラヴちゃん?」
「トレーナーさん、疲れてる?」
「うーん、ちょっと疲れちゃったかも」
「そっか。なら」
「え?」
思わず立ち止まる宮本。彼女の目の前で、担当ウマ娘のクレイジーインラヴがしゃがみこんでいた。
「トレーナーさんの家の近くまで送っていくよ」
「え、い、いや、いいって! 重いかもだし、いっぱい走り回って汗とか気になるし……」
「私ウマ娘。トレーナーさんくらいの重さなんて重い内にも入らないよ。それに」
「ひょわっ!?」
突然顔を近づけてきたクレイジーインラヴは、宮本の耳元でささやく。
「レースとか、トレーニングの後の私たちの方が汗いっぱいかいてるから大丈夫だよ」
その言葉に宮本は素直に甘えることにした。
「……ねぇ、本当に大丈夫?」
「ん。へーきへーき
……トレーナーさん。私、普段からいっぱいトレーナーさんに支えてもらってる。だから、トレーナーさんが疲れてる時は、私がトレーナーさんを支えたいの」
「……そっか」
「うん」
2人分の1つの影が、永く永く伸びている。
※※※※※
「傾聴! トレーナー諸君に集まってもらったのは理由がある。
単刀直入に言おう。これから諸君らはとあるウマ娘たちと鬼ごっこをしてもらう!」
月日は流れても、トレーナーとウマ娘の関係に大きな変化はない。
トレーナーはウマ娘を勝利へ、夢へと導く。
ウマ娘はトレーナーと共に夢を乗せて走り続ける。
その関係が続く限り、距離感を誤ったトレーナーがこのゲームに参加させられることは無くならない。
そのゲームの名前は――
『Run from Mariage 〜逃亡中〜』
fin
こんにちは、あるいはこんばんは読者の皆さま。
まずはこの思い付きでぶん投げた物語に最後までお付き合いいただいたことに感謝を。本当にありがとうございました。
この話を書こうって思ったのには特に意味は無くて、本当に思い付きだったんです。作中にも出しましたが、『ハンターの恰好をしたウマ娘がドライアイスの煙と一緒に発走したら面白いだろうなぁ』って、そんな事を考えていたら重馬場とか掛かりとかに発想が飛び、気が付けば短いながらも物語になっていました。
次については正直未定です。この3月で異動になるので考え付いてもしばらく文章に起こせないかもしれません。ただ、キーワードを上げるとしたら、「エースコンバット」、そして「売られたオレオォ!」でしょうかね。あ、ウマ娘ではです。もしかしたらその前にインフィニット・ストラトスで上げるかもしれません。
それでは、完結時点で評価していただいた√チョモランマ様、蔵土縁娑夢様、夕凪修矢様、誤字報告、感想、お気に入り登録していただいた皆さま、最後に改めて、この物語を読んでくれた全ての皆さまに感謝を。
またどこかでお会いできれば幸いです。