【完結済み】Run from Mariage 〜逃亡中〜 作:とある物書きMr.R
本編には関係ないです。
――祭囃子が聞こえる。
僅かな月明かりだけを頼りに、男は走っていた。
男は中央のトレーナーである。最難関とも言われる試験に合格し、審査基準は一切明かされていないが不適合者は確実に弾かれる適性検査と面接を潜り抜け、晴れてトレーナーバッジを身に着ける事を許された選りすぐりのエリートである。
トレーナーと一言に言っても、ライセンスを持つ者全てが『トレーナー』と呼ばれるわけではない。
サブトレーナーとしてベテラントレーナーの元で数年トレーナーとしてのノウハウを吸収し、1学年だけで数千人にものぼる在校生の中からキラリと光る原石を見出し、そして担当ウマ娘と二人三脚でトゥインクルシリーズを駆け抜け、それでようやく一人前のトレーナーとして認められる。
デビュー戦で『勝てた』ウマ娘は1勝クラス、2勝クラス……とその勝ちの数でグレード分けされ、重賞と呼ばれるG3以上のレースに『出場できる』ウマ娘というだけで同世代ではかなりの上位だ。
対してデビュー戦で勝てなかったウマ娘は未勝利戦に臨む事になるが、複数回ある未勝利戦でも勝てないとなると、アスリートとしての未来は暗いものになるだろう。
トレーナーの仕事は究極的には担当ウマ娘を勝たせることである。『唯一抜きん出て並ぶものなし』、余りにも残酷なこの真理と向き合いながら。
そういった意味では男は新人トレーナー『だった』。
サブトレーナーから独り立ちし、初めてもった自分の担当。
勝たせたい。その思いでひたすらに駆け抜けてきた。
幸いにも男の眼は確かだったようで、担当ウマ娘は順調に勝ちを重ねた。
江戸っ子気質な彼女と付き合っていくうちにいつの間にか自分も江戸っ子っぽくなっていたのは予想外だったが、嬉しそうな彼女の様子を見ればこれで良かったと思えた。
――トレセン学園のトレーナーの離職率は意外にも高い。
担当ウマ娘を勝たせることができずに自信を喪失する者。
待遇はホワイトだが、業務量だけで見ればブラック企業も悲鳴を上げる激務に耐えきれなくなった者。
中でもトレセン学園上層部の頭痛の種になっていたのが、担当ウマ娘に(ある意味で)喰われ、そのまま寿退職する者がそれなりの数いる事である。
ある者は残業中のトレーナー室で――トレーナー室は作戦会議の盗み聞きを防ぐために防音な上、かのトレーナーは仮眠のためにソファを置いていたのが仇になった――喰われた。
またある者は合宿のために手配したキャンピングカーで喰われた。
ある者が最後に目撃された時は担当ウマ娘に担がれており、ある者が証言するには担当から出された紅茶を飲んだ途端気持ちが制御できなくなったそうだ。
想像してみてほしい。ただでさえ多感な年頃に、自分のために尽くしてくれる年上のハイスペックな人が傍にいたら? 恋心を暴走させうまぴょい(捕食)に至る経緯は大抵コレだ。
男がトレセン学園に就職してまず面食らったのが、就職直後のガイダンスで『担当との距離に気を付けろ』と資料にデカデカと書かれていた事だった。その後も事あるごとに先輩トレーナーたちから「担当が掛かったと思ったらすぐに逃げろ」「逃げながら祈れ」「場合によっては飛びつかれてケガしたりするから受け身の練習はしっかりやっておけ」と注意された。
男も最初は鼻で笑っていた。この人たちは何を言っているんだ。ここは天下のトレセン学園だぞ、生徒も職員も倫理観は当然のようにしっかりしているし、第一『走るために生まれてきた』とさえ言われるウマ娘の中でも中央に来る――つまりは世代の中でも頂点を目指す――ような子が、恋愛感情を暴走させる筈がないと、心の底から考えていた。
しかし男が就職する直前の3月に退職した――昨年度以前に担当に喰われ、担当の卒業と同時にゴールイン(人生の墓場)が主なパターンである――トレーナーの数を見て絶句し、ゴールデンウィーク中に先輩トレーナーが1人担当に監禁され『分からせ』られたと聞いて衝撃を受け、夏休みの合宿中にさらに2~3人が生脚魅惑のマーメイドにホットリミットされたと聞いては、嫌でも悟らざるを得なかったのだ。
トレセン学園は婚活会場であると。
??「トレセン学園は婚活会場とちゃうんやで!?」
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