マリカの白き剣   作:サンサソー

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星砕きの大英雄

マリカの白き剣。

 

逸話こそ他の英雄と比べれば多いとは言えないものだが、その幾つかは神人にも勝るとも劣らない苛烈さを誇る。

 

 

曰く、それは黄金樹無き時代、永遠の女王の最初の王配である。

 

曰く、それは運命の死と影獣の戦において、唯一影獣が下すこと叶わなかった使徒である。

 

曰く、星の悪意の矛先を観測し、墜つる地を示す永遠の暗黒の目である。

 

曰く、与えられた名は、デミゴッドの生を意味する古き呪いである。

 

 

どれもが伝わるものとしては不確かであることが多く、知るものは神人らを除けばそうはいない。

 

しかし、知るものが多い……特にケイリッドの地にて広まる話が一つある。かの星砕きの赤獅子との戦火、その一部であった。

 

それは破砕戦争前にまで遡る。

 

 

 

 

 

 

 

ケイリッドの台地。未だ青々とし、澄んだ空気が流れていた時代。

 

その南東に位置する堅牢無比なる城こそ、将軍ラダーンの赤獅子城。後々の世まで難攻不落の砦となった在る伝説である。

 

台地と赤獅子城を繋ぐ大橋、そこに立つ物見櫓。勇猛で知られるラダーン兵らは鋭い眼光を届く限り伸ばし、外敵の襲来に備えていた。

 

平和なる黄金樹の時代において、それは過剰な防衛のようにも見える。これには理由もあるのだが、それ以前にかの将軍の兵たちが怠惰の文字を知らぬためという事もあった。

 

 

世にいう。赤獅子に惰弱なし

 

 

欠伸も思わず出そうな蒼天の日。ラダーン兵は一つの歪みを発見した。

 

物見櫓よりやや離れた地点。いつか見た重力の畝りとはまた違う、黒き空間の波紋。雑兵は敵襲のラッパを吹き鳴らし、物見櫓の兵は弩と大弓を、地に足を付ける兵は剣を抜き構えた。

 

少しずつ、亀には勝るが人には劣る速さで歪みは迫ってくる。その異様な光景に赤獅子騎士は困惑を、雑兵は少なからず恐怖を覚えた。

 

試しに弓でも射かけてみようかと、一人の赤獅子騎士が照準を定めたその時。歪みに黒炎が走り、白き紋章を伴ってそれは現れた。

 

滑らかな皮膚を縫い合わせた装束。美しい重刺剣は秘する色を湛え、ふくよかな体格に似合わぬ優美な歩法ともによく映える。

 

かつて運命の死たる宵眼の女王に使えし使徒。神肌の貴種であった。

 

無論、警戒の念は強まる。かつて神狩りとして名を馳せた使徒、その上位種ともなれば神人たるラダーンを討ち来たとしてもおかしくはない。

 

しかしその警戒は貴種が恭しい一礼をし、自身がローデイルからの使者であること、黄金樹の紋様が刻まれた書状を持ち、ラダーン将軍へと取り次ぐように宣ったことで和らいだ。

 

報せはすぐさまラダーンの元へと届き、橋傍の転送門が起動される。貴種はそれを用いて、赤獅子城へと赴くのであった。

 

 

 

 

 

 

 

「よう遥々来られたな、使者殿。して…何用で参ったのか」

 

巨漢、ラダーンの問いに沈黙を返す貴種。その反応がわかっていたのか問いただすでもなく、赤獅子は言葉を待った。

 

対し、貴種は少しばかり嘆息した後に言葉もなく書状を差し出す。その態度に赤獅子騎士の一人が咎めようとするも、ラダーンの手によってそれは遮られた。

 

「その紋様……なるほど、父上のものか」

 

またしても沈黙のまま。それを気にするでもなく、差し出されている書状を受け取ったラダーンは丁寧に紐を解き、内容を拝見する。

 

 

 

そこには、ラダーンへの罪咎が記されていた。

 

 

一、重力の技を修めた。しかしその師を隠した罪。

 

二、魔術街サリアの罪を報せず捨て置いた罪。

 

三、魔術街サリアに降る断罪がための星を砕いた罪。

 

 

かつて若き頃のラダーンはサリアにて重力の技を磨いた。その時、それを教えたのは石の肌を持った白王であったという。

 

石肌の白王は、かつて永遠の都を治め大いなる意志の怒りに触れた大罪人。重力を学ぶのは良い。しかしその師が問題であった。封牢に封じるべき悪鬼として封印、または即刻討ち取るべき存在にラダーンは教えを乞うたのである。

 

そして、ラダーンの学んだサリアと永遠の都の繋がり。永遠の都と縁深いノクスの民が隠れ住み着いていた。さらには都に連なる夜の魔術を探究し、刺客として多くの者を狩っていたのだ。しかしラダーンはこれを報せず、それ故に犠牲者は増す一方であった。

 

さらには、断罪がための降る星をラダーンは砕いた。内なる獣は討ち取られ、それは大いなる意志や黄金律…すなわち憧れの戦王と父たる英雄に弓引く大罪に他ならない。

 

 

これらに目を通し、今一度ラダーンは貴種へと目を向ける。ただ無感情なその様子、しかし返答を待っているその姿に、ラダーンは微笑みを返した。

 

なるほど、これに対し如何するのかと。そう問うているのだな、使者殿よ。

 

ラダーンの意が込められた視線を浴び、なお返事は無い。しかしその沈黙は肯定の意を示すものだということは発せられた威圧にて感じとれた。

 

一触即発かと誰もが身構えたその時、ふと貴種の口が動いた。

 

「……何故、星を砕いた」

 

「何故、父に逆らった。あの程度の魔術街など獣で足りる。しかしそれは他ならぬ息子の手によって防がれた」

 

少しばかりフードより覗いた目。その暗き暗黒に、ラダーンは無意識に得物へと手が伸びていた。その虚空の如き暗闇に、かつて砕いた星と同じ気配を感じたためである。

 

 

そうか。あの星を落としたのは、使者殿だったか。

 

 

理解したのだろう。色の変わった将軍の睨みに返されたのは深き沈黙。しかしラダーンには確信があった。若き頃、重力の技を極め挑んだ星。その内に潜む恐ろしき獣と同じものをこの貴種は持っている。

 

「抜刀!構え!!」

 

騎士らは剣を抜いた。もはや疑いの余地は無い。この貴種は、ラダーン将軍を害すために訪れたのだ。

 

その殺気を受け、貴種もまた刺剣を優雅に構えた。しかしそれを止めたのは、またもやラダーンである。

 

「……剣を収めよ。使者殿が放っているのは害意ではない」

 

「なっ、しかし!」

 

「良いのだ。元より我らを排すのであれば使徒の一人のみを送り付けようか」

 

どこまでも冷静な漢だと、貴種は心の内に思う。ラダーンは何やら合点がいった様子で、下へと続くリフトへの扉を開けさせた。

 

「どうやら、我らを本気で排すつもりは無いようだ。かの黒き剣ではなく、使者殿が送られた時点で察せるというもの。そこの扉を抜け、リフトを使うといい。その先に、砂丘へと繋がる転送門がある。先に行っているぞ」

 

元よりおかしな話であった。何故、神狩りの使徒が遣わされたのか。しかし話を進めるうちにラダーンは見破ったのだ。これは神肌の貴種ではない。女王マリカの有する二振りの剣、その一角である白き剣であると。

 

聞けば、白き剣は最初の使徒であるという。高貴な生まれである貴種、それがこれであるならば納得がいくというものだった。

 

 

 

 

 

 

後に慟哭砂丘と呼ばれる地。転送門を潜り、黒炎の移動術によって砂丘の中心に姿を現した神肌の貴種。

 

大地に重力の紋章が刻まれた双大剣を突き刺し、腕を組みながら将軍ラダーンは待っていた。

 

先にも言った通り、黒き剣はデミゴッドの死と言われる恐るべき獣。しかし罪を問い死の罰を下すならば、白き剣は不適であると言える。元来、その剣はデミゴッドを生かすもの。決して奪うために振るわれるものでは無いが故に。

 

だからこそ、白き剣の放つ剣気が向けられているのはある種の答えでもあった。星砕きの英雄を試そうと言うのだ。本題を託し後々までそれを守り続けられるかどうかを。

 

重力の力が僅かに畝り、双大剣を地面からラダーンの手へと吸着させる。貴種もまた神肌縫いを構え、神狩りの聖印に黒炎を滾らせた。

 

 

 

先手を打ったのは貴種であった。まずは様子見か、左手に白き紋章を表し黒炎の塊を投げつける。対し将軍は片方の大剣で打ち払い、もう片方の大剣を眼前に掲げることで迫っていた神肌縫いの突き刺しを受け止めた。

 

黒炎を目眩しに本命の鋭い攻撃を差し込む。神肌の貴種の典型的な戦法にして最も殺しに長けた一手。多くの者をわからぬままに果てさせた攻め手をラダーンは難なく防ぎ、さらには神肌縫いに力を掛け鍔迫り合いに持ち込むことで武器を封じることに成功する。

 

もう片方の大剣に重力の魔力を纏わせることでその重さを無くし、凄まじい速度となった剣撃を叩き込まんとする。貴種は黒炎を内に起こし腕を大剣との間に滑り込ませることで防ぐことに成功する。しかしその威力たるやガーディアンゴーレムのそれをも凌駕していた。跳ね飛ばされた貴種は手と足を全力で行使し止まるが、距離が開こうとそこは未だ将軍の間合いである。

 

ラダーンはその背に背負う大弓を取り出し、矢筒よりゴーレムの大矢を番えた。トロル並の巨体を誇るラダーンは、その扱う大弓も相応に巨大であった。それは矢も然り。工面されるのは重要拠点を守護するゴーレムが用いるものであった。

 

ラダーンはゴーレムの大矢に重力の魔力を乗せ、放つ。軌道はズレなく線を描き、貴種へと威力をそのままに猛進する。己を囲うように黒炎を展開した貴種は、真っ向からその重力矢を柄で叩き落とした。重い黒炎がその威力を減衰させたために為せた荒業である。

 

勿論、ラダーンもこの一矢で終わるとは毛ほどにも思っていない。貴種が視線を向けた時には次なる矢を番え、天へと撃ち放ったのが見えた。次の瞬間、重力の矢となったそれは幾つにもその身を分け貴種の頭上より降り注いだ。

 

ラダーンの驟雨

 

防ぐ術なし。矢雨は装束に穴を穿ち、削り、引き裂いていく。その場を離れんと貴種の独特な歩法でラダーンとの距離を詰めるも、まるで意志を持つかのように雨はその落下先を追随させ貴種を飲み込んだ。

 

驟雨と名のつく通りその技は長くせず終わった。矢の雨が明ければ、貴種はボロ雑巾の如き見るに堪えない姿となっている。しかし決してラダーンは油断しない。白き剣、デミゴッドを護らんがために存在するそれが、この程度で終わるはずもないのだ。

 

貴種は神肌縫いを大きく掲げ、地面へと振り下ろす。黒炎の爆発。その熱は離れたラダーンのところまでよく届き、その赤髪を少しばかり焦がす。

 

神肌の装束は黒炎に焼かれ、中に潜むそれを顕にさせる。白き鎧に身を包んだ赤髪の人。しかしその角、その翼、その尾は原初の坩堝を色濃く受け継いでいることを示している。

 

白き剣のマリルナ。黒き剣と対を成す、忠実なるマリカの懐刀。

 

それが今、真にラダーンの実力を認めその刃を顕にしたのだ。マリルナが地に片腕を突き入れれば、黒炎と共に一振りの大剣が引き抜かれる。かつて宵眼の女王が振るったとされる黒炎の源。神狩りの聖剣であった。

 

神をも殺す神狩りの大剣を前に、ラダーン臆せず。むしろさらなる闘志を滾らせ双大剣を抜き、大地へ叩き込んだ。引き抜けばその刀身は岩石で固められ、斬れ味の代わりに破壊力を底上げする。

 

その威圧、その剣気、どれにしても相手にとって不足なし。ラダーンの武人たる血は強大な敵との闘争によってより滾り、力を込めさせた。

 

「ゴオォォオオオオッッ!!!」

 

マリルナが咆哮する。さて再開だと、ラダーンは双大剣を振り上げ…赤い雷に撃たれた。

 

「っ!?」

 

それは古き龍が操ったと言われる原初の雷。王都にて目にした古龍ランサクスやフォルサクスらの得物であるはずのそれが、今ラダーンへと向けられていた。赤い雷が次々と落ち、動きを牽制していく。そして雷に気を取られたラダーンは、死角から迫っていた黒炎を吹き上げる大剣に気付けなかった。

 

剣に渦巻く炎を纏う薙ぎ払い、二連。燃ゆる神狩りの黒炎による斬り払いはラダーンの胸に交差する大傷を刻み付けた。手応え有り。大きくのけ反ったラダーンへ追撃せんと、黒炎を纏った大剣を振り上げるマリルナ。しかし既のところで猛る魔力に気付き、その場を離脱しようとする。

 

しかし、もう遅い。

 

 

「オオオォォォオオッッ!!」

 

 

重力の雷を纏った双大剣を打ち鳴らすラダーン。天へ雄叫ぶと同時に魔力を開放、発生した重力波がマリルナを眼前へと引き寄せた。しかしこれでは終わらない。星呼びの咆哮の後は、砕くための一撃が待っているのだ。

 

重力を纏った剣を大きく振り上げ、体勢を崩しているマリルナへと振り下ろす。重力は剣の重量を上げることで威力を上昇させ、直撃の際に重力魔力の爆発を引き起こした。

 

大地が揺れるほどの衝撃。その破壊力たるやデミゴッド一。故にこそ、その一撃をもって未だ立つ者がいるとすれば。

 

「むぅ……」

 

それは伝説とされる存在である。

 

「ゴオォォオオオオッッ!!!」

 

神狩りの大剣によって受け止められた双大剣。鍔迫り合いに近い密着状態で、マリルナは黒炎の気を孕む咆哮を上げた。死の咆哮とまではいかずとも、それは至近距離にいるラダーンを急速に蝕み焼いていく。

 

自分から密着状態を解き重力で飛び上がったラダーン。マリルナは大剣を高速回転させ、黒炎を巻き上げていく。その様は英雄のガーゴイルの如く、翼をはためかせてラダーンへと突進した。ラダーンもまた全身に強い重力を纏い、自身を高速回転させながら迫り来るマリルナへと突撃する。

 

黒炎と重力、聖剣と双大剣が激突した。しかし力と体格が勝る故か、黒炎に焼かれながらもラダーンは剣を弾き大地へとマリルナを叩き付けた。追撃をかけんとするラダーン、しかしそれは突如地面から生えた黒き炎柱によって中断された。

 

怯んだその巨体へマリルナは大剣を繊細に手繰り連撃を叩き込む。最後に口から黒炎の激流を吹き、後ろへ倒れたラダーンの元から離脱することに成功した。

 

しかしラダーンもやられるばかりではない。飛び退いたマリルナへ向けて、重力を纏った双大剣を地に走らせ重力の魔力波を飛ばした。さらには翼を羽ばたかせ空に逃れようとするマリルナへ、魔力を纏った双大剣を地に叩き付け幾つもの重力弾を放つ。重力弾はマリルナを地に縫い付け、魔力波へとマリルナを引き込んだ。

 

攻勢は終わらない。大地に剣を付け四つの巨大な岩石弾を浮かばせる。それらを飛ばし、マリルナへの追撃とした。マリルナは尾を肥大化させ岩石弾を薙ぎ払う。薙ぎ払った勢いのまま黒炎を手に握り投げつけようとするが、ふと気付く。

 

 

ラダーンはどこだ。

 

 

もはや遅い。なにやら轟音とともに周囲が赤く照らされる。振り向いたマリルナが目にしたのは、猛り狂う火炎を纏った一つの流星であった。

 

 

 

 

地に着いたラダーンは、己の一撃による火炎と黒き炎を剣の一薙ぎで払い消す。マリルナが立っていた場所には地に突き立てられた神狩りの大剣が一振り。マリルナの気配は既に無く、しかし大剣に掛けられた神肌の聖印は、マリルナがその命を散らしていないことを如実に語っていた。

 

 

黄金を裏切りし勇猛なる赤獅子よ。ならば我が主が聖剣を護り、その力を女王に役立てるがよい。

 

 

さもなくば、学院の地の底に潜む獣が成った悪意の落とし子が、かの地に現れてしまうやもしれぬぞ。

 

 

以来、神狩りの大剣は入口を潰された神授塔に秘されている。厳重な護りは並の戦士では決して突破されることは無いだろう。

 

ラダーンはそれほどまでに恐れたのだ。壊れようと母は大事。降る星に留まらず、星を降らせる暗黒を嗾けられるわけにはいかないために。

 

 

 

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