後藤ひとりの作詞日記   作:ミドリ色

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案の定、作詞に苦しむぼっちちゃんは満身創痍。心も体もボロボロになってしまった!
そんな時、ヒーローを応援するのは、やっぱりファンの女の子。



「忘れてやらない」② ヒロインの女の子

 

 前回のあらすじ。

 後藤ひとり、死す。

 

 

 しかし、

 彼女は死の淵から這い上がる。

 そして一週間をかけて、とうとう歌詞ができあがった。

 

 結束バンドの三曲目、「学校」をテーマにしたものだ。

 黒歴史が呼び起され、もがき苦しみながらも、なんとか形になった。

 

 

 結束バンド「退学万歳」

 

 学校は寂しいよ。辛いよ。

 もうCryするしかないよ。(Cry)

 

 でもしょうがない。

 だって僕は幽霊で、人間じゃないんだもの。

 陽キャ以外に人権ないもの。

 学校はそういうところさ。(WowWow)

 

 もう学校なんて辞めたい。

 教室の笑い声は、全部僕の陰口さ。

 もう学校なんて辞めたい。

 ヤツは子どもを苦しめるモンスター。

 

 お願い学校辞めさせて。

 それか殺して。

 

 殺して。

 

 殺して。

 

 

「うわあああああああああああああああああああああ!!!!」

 

 発作的に、ひとりはペンを取り出し、今しがた書き上げたばかりの歌詞をぐしゃぐしゃと塗りつぶす。

 

「こんなのダメだああああああああああああああああ!!!!」

 

 徹夜の頭でも、これはダメだと理解できた。

 

 たしかに、リョウには「好きなように書いてみろ」とアドバイスをもらった。「個性のないバンドなんて死んだも同然」とも。

 ひとりの個性は陰キャであることだ。彼女の書く歌詞は、陰があってこそ輝く。

 

 だが、これはひどい。

 なぜなら陰しかない。なんなら闇しかない。

 

 いったいどうしてこんなことになってしまったというのか。

 

 あれからひとりは、「学校」というテーマにがむしゃらに向き合った。

 黒歴史の苦痛に心を握り潰されそうになりながらも、必死に考え続けた。

 

 苦しい方へ苦しい方へ進んでいく道中は地獄のようで、まるで拷問だ、と思った。

 拷問?

 学校の思い出は、辛いものばかりだ。

 ひょっとして学校とは、拷問部屋なのではないか? そうに違いない! これを暗喩として使おう!

 

 と、考え出したあたりからおかしくなったような気がする。

 深夜四時の最も眠い時間に思いついてしまったのがよくなかった。

 

 

 夏休み中に二つ。約四週間で二つ、書き上げなければならない。

 

 早くも一週間が経過したというのに、まだ一つも進んでいない。

 まずい。終わる未来が見えない。

 

 これまでも作詞には苦労してきたが、ずっと、選ぶべき言葉はぼんやりと見えていたのだ。あとはそれを探すだけだった。

 

 しかし、今回は何も見えない。

 それどころか、トラウマという最大の障害まで立ち塞がっている。

 

 これから、一週間ぶりにバイトがある。

 今日までには一つ目ができあがっている予定だった。完成まではいかずとも、進捗を報告できるくらいにはしていたかった。

 

 言えない。まったく進んでいないなんて、絶対に言えない。

 

 どどどどうしよう。

 このまま「STARRY」についたら、

 

「ぼっちちゃんおはよう! 今日も暑いねー。そういえば歌詞はもうできた?」

 という話になって、

「私も見たいです!」「ぼっち、早く見せて」

 という流れになって、

「あ? できてない? なら罰として火あぶりだ!」

 となぜか星歌が出てきて、ひとりは死んでしまう。

 

 会話をしたら歌詞の話になる。つまり、会話をしたら死ぬ。

 なんとか、なんとか結束バンドの面々と会話をしないで、今日のバイトを乗り切らなければ……!

 

 

   ▽▽▽

 

 

 きょろきょろと周囲をうかがいながら、ひとりは下北沢の街を忍び足で歩く。防犯カメラの万引きセンサーに引っかかりそうな挙動だ。

 

 ――私は「パーフェクト忍者」後藤ひとり……。大丈夫、陰キャは気配を消すのがうまい。息をしない。息をしない……。うっ、息が苦しい……!

 

 ピンクのジャージにギターを背負った忍者ほど、目立つものはない。

 

「あ、ぼっちちゃんおはよう!」

「ひぃっ!」

「ひぃ?」

 

 心臓が破裂するかと思った。おそるおそる振り返ると、虹夏が明るく笑っている。

 

「今日もバイトがんばろー!」

 

 いけない! 目を合わせたら会話になる!

 全力で、明後日の方へ振り向いた。

 

「あっはい」

「目逸らしすぎじゃない?」

 

 

   ▽▽▽

 

 

 バイトの時間になっても、ひとりは息を潜めていた。

 

 ゴミ箱の中に隠れ、あらゆる危険を察知しようと躍起になってる。目を見開きすぎて充血していた。

 

 

 郁代はドリンクの販売を行いながら、ひとりを呼んだ。

 

「後藤さん、あっちのお客さんにジュースを――」

「わかりました!」

 

 言い終える前に、彼女は動き出している。

 

 郁代の手から紙コップをひったくり、指定されたテーブルにドリンクを届ける。「頼んでないです」と言われた。席を間違えた。混乱しながらも隣のテーブルにたどり着き、「どどどどどうぞ!」とドリンクに置く。足をもつれさせながら全速力で戻って、ゴミ箱に帰る。

 

 すばやい。なんて機敏な動きだ。さすが忍者。

 

「後藤さんありがとう。――あれ?」

 

 お礼を言う頃には、もうその姿は消えている。

 LOINが鳴った。

 

『どういたしまして』

「なんでLOINなのかしら?」

 

 

 リョウに声をかけられた。

 休憩時間のことだった。油断していた。

 

「ぼっち」

 

 リョウが手に持っているものを見て、ひとりの危険センサーが敏感に反応し、警報を鳴らした。

 

 それは譜面。

 山田リョウはオリジナル曲の譜面を手にしながら、ひとりに何かを話そうとしている。

 

 絶対に音楽の話だ。

 音楽の話になれば、歌詞の進捗の話にも繋がってしまう。

 危機的状況だった。

 

 しかし、セキュリティシステム「後藤ひとり」は優秀だ。

 冷や汗なんて流れていない。

 動揺なんてちっともしていない。

 的確に、迅速に、違和感を与えずに、話を逸らす。

 

「お、おおおおお、お金ならないです!!」

 

 と言い残して逃げていく。

 

「いや、これ返すだけなんだけど」

 

 取り残されたリョウはつぶやく。

 ひとりが練習の日に忘れた譜面を渡そうとしただけだった。

 

 

 ひとりは暴走していた。

 

 ライブハウスの中は、あっちにもこっちにも人がいる。会話を避けるというのは難しい。話してはいけない、話してはいけない、と念仏のように唱えて自己暗示した。

 そうして、どんどん対応が雑になっていった。

 

 虹夏が指示を出す。

 

「ぼっちちゃん、それ終わったら――」

「わかりました掃除やっときます!」

「じゃなくて、このゴミ袋持ってってくれないかな」

「あっあっ、すみません!」

 

「ぼっちちゃん、この後――」

「受付ですよね! すぐ行きます!」

「それもちがーう!」

「え? え?」

 

 彼女はとうとう、何をすればいいかわからなくなってしまった。

 

 ライブハウスの真ん中を右往左往する。一人でぐるぐる回っている。

 頭上にもヒヨコがぴよぴよ回っている。混乱状態だ。

 

「ど、ど、どうすれば……」

「もー! 話聞け!」

 

 

   ▽▽▽

 

 

 

 バイトの終わり際、ひとり以外の三人は集まっていた。

 ひとりが逃げているせいである。

 

「ぼっちちゃん、やっぱ今日変だよね」

 

 虹夏は切り出す。

 全員気づいていたとは思うが、今日の彼女はいつにも増して様子がおかしかった。

 

「後藤さん、気合入ってましたね!」

「そういうことじゃないよ絶対。どうしたんだろう」

「片足引きずってましたし、心配ですね」

「あー、たしかに引きずってた」

 

 リョウが会話に加わり、説明する。

 

「なんか全身ぶつけたらしい」

「いったい何をすればそんなことに……」

 

 虹夏は疑問を抱く。

 押し入れの中でローリングすればそういうことになる。

 

「うーん、やっぱりいきなり歌詞二つは無茶だったかなぁ」

 

 虹夏が言っているのは、ひとりが抱える作詞の仕事のことだ。夏休みの前日、ハイになった彼女は自信満々に「二つ書き上げる!」と宣言していた。

 その話を聞いて、リョウは恐れおののく。

 

「そんなタスクを押しつけるなんて……! 虹夏、お前は鬼畜か……!」

「私がやらせたんじゃないよ!」

 

 リョウは芝居がかった口調で、震える演技をしている。

 

「お芝居もできるなんて……! 先輩ステキ!」

 

 郁代は相変わらず盲目である。

 

「あっ、ぼっちちゃんいた!」

 

 そんなことを話していると、後藤ひとりのそそくさとした後ろ姿が虹夏の目に留まった。バイトが始まる前の朝方以来、初めての観測かもしれない。

 いかにも抜き足差し足といった様子で、「みんなが話している間に帰ってしまおう」という魂胆がありありと見て取れる。

 

「私、ちょっと話してくるよ」

 

 虹夏は急いで部屋を出る。

 メンバーのオーバーワークを止めるのも、自分の役目だと思っていた。

 

 

   ▽▽▽

 

 

「ぼっちちゃん」

 

 後ろから声をかけると、ひとりは錆びついたロボットのような動きで後ろを振り返る。

 朝にも同じことがあったな、と虹夏は思った。

 

 ひとりは虹夏を見るなり、

 

「お、お、お、お疲れさまでしたっ!」

 

 急いで帰ろうとする。

 しかし、足がもつれてコケた。自転車置き場の自転車もついでにひっくり返って、大きな音が鳴った。

 

「あちゃー、ぼっちちゃん大丈夫?」

「あっはい……」

 

 虹夏はそばに駆け寄ってしゃがみ、様子を確かめる。

 

「ケガはないかな?」

「あっ大丈夫です……」

 

 ひとりの返事は、心なしか暗い。

 やはり、目を合わせようともしてくれない。何かを気にしているようだった。

 

「あ、あの、すみませんでした。今日は、迷惑かけて……」

「あー、大丈夫大丈夫。気にしなくていいって」

「あっ、えっと……はい……」

 

 ひとりは何かを言おうとして、声がしぼむ。思いつめた様子のままだ。

 

「ねぇ、ぼっちちゃん。あんまり無理しなくていいよ」

 

 虹夏は改めて、優しく声をかけた。

 温かい金色の髪をゆらして、ほんのりと笑う。

 

「うまくいかなくても、みんな責めたりしないからさ」

 

 大丈夫大丈夫、ともう一度繰り返す。

 

 ひとりは、ゆっくりと顔を上げる。わずかにほっとした表情になっていた。

 あまり寝ていないようだし、少し休んでくれたらいい、と虹夏は考えていた。

 しかし、

 

「いえ、やります……」

 

 虹夏は、ほんのちょっと驚いた。

 

 夏休み前の、勢いに任せた発言じゃない。

 かわいらしい眉が鋭くなって、目には、静かな闘志が宿っている。

 

 虹夏はその顔をしばらく見つめると、

 いたずらっぽく笑う。

 

「えー、本当にできるー? 大変だよー?」

 

 軽い口調で、からかうように言った。

 痛いところを突かれたひとりは、「うぐっ」と苦鳴を漏らす。

 

「で、できるかわからないけど……でも、やってみたいんです!」

 

 声は弱々しく、言葉にも自信がない。

 それでも、ロウソクのように控えめな闘志だけは、ハッキリと灯っている。

 

 あまりプレッシャーをかけてはいけないとわかっている。

 けれどそんな顔をされると、やっぱり期待してしまうから、

 

「そっか、じゃあがんばってもらおっかな。期待、してるよ!」

「は、はは、はい! せ、誠心誠意、がんばります……」

 

「期待」を強調し、もう一度からかってみた。

 あんまり慌てるものだから、思わず笑ってしまう。

 

「大丈夫、ぼっちちゃんならできるよ」

「あっ、はい!」

 

 差し出された手をつかんで、ひとりは立ち上がる。

 彼女もようやく、ほんの少しだけ笑った。

 

 

 オレンジの夕焼けに、ピンクのジャージが溶けていく。

 虹夏は、その背中を見送った。

 

 がんばれ、ギターヒーロー。

 心の中で、エールを送る。

 

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