後藤ひとりの作詞日記   作:ミドリ色

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 再開します。
 11時に更新する予定です。
 ここからノンストップでいきます。

 多分ね!



「星座になれたら」① せみのきもち

 

 虹夏ちゃんは、

 優しい。かわいい。明るい。

 

 だから、明るい歌詞を書いてみたいと思った。

 

 

 初ライブの夜。虹夏はひとりに、自分の本当の夢を聞かせてくれた。

 それ以来、ずっと考えていることがある。

 

 STARRYを訪れるお客さんは、結束バンドを目当てに来てくれるお客さんは、どんな言葉に、心を動かされるのだろう。

 虹夏の夢を支えられるのは、どんな言葉だろう。

 

 リョウのアドバイスを思い出す。

 ひとりの個性を殺してはいけない。

 

 自分の魂に問いかける。その個性の源には、何があるか。

 承認欲求、劣等感、不安感、臆病さ、自信のなさ、惨めさ、悔しさ、悲しさ、俗物さ、傲慢さ、野心。

 

 並べてみると、酷いものばかりだ。でもそれでいい。

 ひとりは、悲しい歌で、人の心を救いたいのだから。

 その軸は、絶対にブレない。

 

 だから明るい歌詞といっても、太陽みたいにまぶしく輝いている必要はなくて。

 家の明かりみたいに、優しく、淡く、そっと寄り添ってくれるような温かみがあれば、十分。

 

 

 ひとりは、ゆっくりと目を閉じた。

 大丈夫。ぼんやりとだけど、イメージはある。

 

 歌詞ノートを開く。ペンを取る。

 虹夏の特徴を書き出してみる。

 

 ・Dr

 ・元気

 ・褒め上手

 ・立派な夢がある

 ・いつもみんなのことを気にしてくれてる

 ・がんばってる

 ・お姉ちゃんがいる

 

 お姉ちゃん、もとい、STARRYの店長の名前は、伊地知星歌という。

 星歌。星。

 

 星。

 

 いいかもしれない。

 明るさもある。暗さもある。色々な意味が込められている。ひとりが今書きたいものに、最もマッチしているように思えた。

 

 これなら書けるかもしれない。

 前三曲の経験から得た、確信のような感覚だ。たしかに掴んだ。

 

 

 テーマは「星」に決定する。

 

 多分今、調子がいい。冴えた頭に、閃きが次々に浮かんできそうな予感がある。

 深呼吸して、思考の海へ。

 

 いざ――、

 

 

   ▽▽▽

 

 

 一週間後。進捗。

 歌詞ノートにはこう書かれていた。

 

 結束バンド新曲 星がテーマ

 

 以上。

 

 

 

 ……あれぇ?

 

 まったく、さっぱり、これっぽっちも、進展がなかった。

 どうして?

 

 いける! という漠然とした感覚だけはある。

 しかし、具体的な言葉を想像しようとすると、なぜかうまく定まらず、もやもやとした思考のまま止まった。

 そんな状態がずっと続いている。

 

 テーマを間違えただろうか、それとも、掴んだと思った直感こそが間違いか。

 布団の上で横になったまま、ひとりはコロコロと転がる。

 

 そんな時、LOINの通知が鳴った。虹夏からだった。

『ぼっちちゃんおつかれ!

 新曲の調子どう? いいの書けてるかな?』

 

 ひとりはなんと返信するべきか考える。

 

 難航してます。と正直に伝えるべきか。

 いやしかし、すでに全体像は見えているのだ。これはもう、半分はできてると言っても差し支えないのではないか? なんなら、全部できてると言っても過言ではないかもしれない!

 一文字も進んでないけど。

 

 後藤ひとりは作詞大臣。

 その冠を授かったからには、期待を裏切るわけにはいかない! いかないのである!

 

『大丈夫です!! いけます!!』

 と返信した。

『余裕です!!!』

 とつけ加えておいた。

 かわいいうさぎのスタンプが返ってきた。

 

 

 送ってしまったメッセージを見返して、冷や汗が一筋。

 

 だ、大丈夫だよね?

 だってまだ、三週間もあるし……。『忘れてやらない』だって、書けたんだし……!

 

 歌詞を提出した時の、褒められた記憶を思い出した。

 ひとりはよだれを垂らし、うへへ、と笑う。

 

 

   ▽▽▽

 

 

 さらに一週間後。

 

 まったく進まないまま、八月も中盤に差しかかっていた。

 

 結束バンドのみんなは夏休みどうしてるのだろう。現実逃避のために、別のことを考えてみる。

 あ、誰とも遊んでないからわかんないや。違う現実が襲いかかってくるだけだった。

 

 嫌な予感がした。

 

 もしも、もしももしも、夏休み中に完成しなかったら、ひとりはどうなってしまうのだろう。

 

「締め切りも守れない人はクビだよ!」

 虹夏の声が脳内で再生されて、いやいやいやと、ひとりは首を振る。

 彼女はそんな酷いことを言わない。他のメンバーも賛成しないはずだ。

 

 そうだよね……?

 大丈夫だよね……?

 ……。

 

 はっ! もしかして、この夏休み中遊びに誘ってくれないのって、歌詞ができてないせい!?

 

 ひとりは悪い妄想をする。

 本当はひとりに黙って、遊びに行きまくってる三人。

 ひとりがバイトをあがると、いつもより楽しそうに話す三人。

「後藤使えねー」と、陰口を言い合う三人。

 

 いやいやいや、ともう一度首を振った。

 

 一度も遊べていないのは、自分から動かないせいだ。人のせいにしてはいけない。

 ひとりはLOINを開き、虹夏のアカウントを表示する。

 

 やっぱり、思い切って誘ってみよう。

 カタカタと震える指先を、通話ボタンに近づける。

 そして、やっぱりやめる。

 

 歌詞も書けていないのに、いったいどの面を下げて、遊びにうつつを抜かせるというのか。

 そうだ。遊びは歌詞を書いてからにしよう。まずはそれからだ。

 決して逃げたわけではないのだ。

 

 スマホを置く。歌詞書かなきゃ……。

 ノートに向かい、背中を丸める。

 

 

   ▽▽▽

 

 

 さらにさらに一週間後。

 

 

 結束バンド新曲 星がテーマ

 

 書けなかったらクビ書けなかったらクビ書けなかったらクビ書けなかったらクビ書けなかったらクビ書けなかったらクビ書けなかったらクビ書けなかったらクビ書けなかったらクビ書けなかったらクビ書けなかったらクビ書けなかったらクビ書けなかったらクビ書けなかったらクビ書けなかったらクビ書けなかったらクビ書けなかったらクビ書けなかったらクビ書けなかったらクビ書けなかったらクビ書けかったらクビ書けなかったらクビ書けなかったらクビ書けなかったらクビ

 

 

「書けなかったらクビ……書けなかったらクビ……」

 

 ひとりは念仏のように延々と唱えながら、同じことをノートにも書き続けていた。

『書けなかったらクビ』という文言だけで、すでに五ページが埋まっている。

 

 無理もない。なにせあと一週間しかないのだ。

 焦りと恐怖と考えすぎで、おかしくなってしまっていた。

 

 寝不足以外の理由でできた濃いクマ。バキバキに見開かれた目。

 必死に考える。

 

 そもそも

 星というテーマがよくなかったのだろうか――

 しかし明るくて暗いものという発想は合っていそうで――

 じゃあいったいどうすればいいというのか――

 

 明るい、暗い、ロック、

 明るい、暗い、ロック、

 

「はっっ!」

 

 稲妻が走ったかのように、妙案が閃く。

 

「違法薬物!!!!!」

 

 ひとりは絶叫した。

 その声は住宅街に轟き、物騒な響きに、近隣住民は肩を跳ねさせた。

 

「ダメに決まってるぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!!!」

 

 すぐに思い直し、再び絶叫した。

 

「ひとりちゃん、ご近所に迷惑でしょー」

 一階の母に注意される。

 

 

 疲弊したひとりはよろめき、布団に倒れ込む。

 そのままぼーっとする。

 

 窓の外の電柱、横向きの視界に、一匹の蝉が映り込んだ。

 

 あの蝉の命は、長くても一週間。

 夏休みが終わるまでも、あと一週間。つまり、ひとりの命もまた、あと一週間。

 儚いありさまに親近感を抱き、ひとりは再びつぶやく。

 

 書けなかったらクビ……書けなかったらクビ……。

 

 

「クビにしないでください!!」

「いきなりどうした!?」

 

 血走った目で突然そう言われ、星歌は戸惑う。

 バイト中のことだった。

 

「す、すすすみません! 忘れてください~~」

 

 正気に戻ったひとりは、すみやかに逃げていく。

 

 

「私、ぼっちちゃんに嫌われてんのかな……」

 その後星歌は、PAに愚痴をこぼす。

 

 

   ▽▽▽

 

 

 四日後。つまり夏休みが終わるまで、あと三日。

 

 ひとりはとうとう壊れかけていた。

 

 そもそも、「明るい」ってなんだ。なにをすれば「明るい」のだろうか。見方を変えれば、後藤ひとりも「明るい」のではないか?

 

 辞書をひき、「明るい」の意味を調べる。

 後藤ひとりとは真逆のことが書かれてあった。後藤ひとりは倒れた。

 

 

 こうなったらもうなんでもいい!

 ひとりは、錯乱した様子で思い立つ。

 とにかく明るいことだ。明るいことをしまくればいいんだ!

 

 じゃあまずは、外で思いっきり遊んでみちゃおっかな!

 

 ジャージ姿のまま、外界へ飛び出す。

 太陽が眩しい! 目が焼かれる!

 

「ああっ……!!」

 

 ひとりは蒸発した。

 

 

 もう、最後の手段しかない。

 

 明るいと言えば陽キャ! 陽キャと言えばイソスタ!

 ついに後藤ひとりも、イソスタに手を出す時が来たのだ!

 

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 画面には、カワイイ女子! イケてる男子! もれなく学校!

 

「あ゛っっ!!!!」

 

 ひとりは消滅した。

 

 

 もうできることが思いつかない。

 いったいどうすればいいんだ。

 

 バイト中耐え切れず、しくしくと泣き出してしまった。

 

「後藤さん、泣いてるの?」

「喜多さん……」

 

 郁代が心配そうな顔で、声をかけてきた。

 優しさに心打たれると同時に、恐怖が到来する。

 

 喜多さんは陽キャ。

 あ、明るいこと! 明るいことをしなければ! さもなくば、追放される……!

 

 ひとりはバッグから持参したマラカスを両手に持ち、大きな羽のついた名前のわからない被り物を装備し、構える。

 シャカシャカとでたらめにマラカスを振り、サンバを踊る。

 

「タノシイヤー!」

「どうしちゃったの後藤さん!?」

 

 

   ▽▽▽

 

 

 八月三十日。夏休み最後の日。

 

 ひとりはSTARRYの前でしゃがみ込む。負のオーラを放ち、通りかかる人々の注目を集めていた。

 

 歌詞は、とうとう完成しなかった。

 私は可燃ごみ……。

 

 私がもっと綺麗で、かわいらしかったら、陽キャらしい明るさを手に入れられるのではないか。

 それとも、もっと賢くて、知識が豊富だったら、スラスラと歌詞が思い浮かぶのではないか。

 

 そんな思いから、ここ数日間、とにかく魚をむさぼり食らった。

 

「アスタキサンチン……カンタキサンチン……」

 

 母にお願いして、魚料理をたくさん作ってもらったのだ。当然ふたりは嫌がったが、ひとりのただならぬ形相を前に危機感をおぼえ、諦めたようだった。

 

 口の中が魚の匂いでいっぱいになっている。

 

「ドコサヘキサエン酸……エイコタペンタエン酸……」

 

 それでも歌詞は浮かんでくれなかった。

 もうおしまいだ。

 

 

 道ばたに落ちていた、蝉の死体を拾い集める。

 花壇に小さな穴を死体の数だけ掘り、丁寧に土をかけて、埋めた。

 

 なんと短い生涯だろうか。

 ひとりは、死にゆく蝉をまるで自分のことのように重ね合わせて、供養する。

 

「さようなら」「さようなら」「さようなら」

 

 結束バンドのみんな、さようなら。

 

「限界すぎる……!!」

 

 虹夏は叫んだ。




 そろそろ喜多ちゃんの出番です。

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