後藤ひとりの作詞日記   作:ミドリ色

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 2日目から大遅刻です! よろしくお願いします!
 明日は11時に間に合わせます! 多分!



「星座になれたら」② 天の川

 

 気づいたら江ノ島にいた。

 

 眼前には、雄大な海の青が広がっている。

 磯の香りと、潮風が心地いい。

 

 海ってやっぱり綺麗でいいな、と思った。

 

 

「ねェ、お姉ちゃんたちィ?」

 

 本物のリアルパリピが現れ、ひとりは爆発四散する。

 

 なんとかその場を離れ、肉体が体積を取り戻すと、そもそも気を失っていた原因を思い出す。

 歌詞が完成しなかった。締め切りを守ることができなかった。

 

 罪悪感が重くのしかかってきて、足を止める。

 

 江ノ島には、夏休みの思い出作りに来たはずだ。おぼろげだが、そういうことを話していた気がする。本当だろうか。

 実は、送別会だったりしないだろうか。

 

 

「後藤さーん!」

 

 先を歩いていた郁代が、後ろを振り返って呼びかけてきた。

 

 いつもより笑顔が弾けている。楽しみっていう感情が、全身から伝わってくるようだった。

 虹夏もリョウも、ひとりを待っている。

 

 歌詞を書けない後藤ひとりは、結束バンドをクビになってしまうか。

 

 今度は断言できる。

 そんなことはない。

 

 

 

 ……けれど、

 

「早く行きましょう!」

「あっ……はい」

 

 郁代のレモン色の瞳が、期待満天にきらめいている。全開になった陽のオーラにあてられる。

 ほんの少しだけ、足が竦みそうになる。

 

 

   ☆

 

 

 名物のたこせんべんいを食べる。

 長い階段とエスカーを乗り継いで、展望台に上る。

 

 疲れる。だけど、楽しい。

 

 

 例えば、ちょっとジュースを買いに行ったり、トイレに行ったりして、少しの間三人から離れる瞬間がある。江ノ島は混んでいるから、ちょっと離れただけでもすぐに見失ってしまう。

 

 待ってくれている三人を探すために、きょろきょろと首を振る。

 するといつも、喜多郁代という少女が、真っ先に見つかる。

 必ず、一番最初に見つかる。

 

 存在感が大きい。

 

 一瞬、たじろぐ。

 私なんかが、友達としてあの輪の中に入ってもいいのだろうか。

 

 

「後藤さーん!」

 

 そうやってしばらく立ち止まっていると、郁代の方がひとりに気づいて、毎回、キターンと輝く笑顔で手を振ってくれる。ひとりは安堵して、ようやく表情の緊張がほぐれる。

 

 駆け足で合流した。

 

 

 ラムネのアイスを食べた。これも名物。

 芸能・音楽の神として有名な、江島神社でお参りをした。

 

 夏休み中の灰色の記憶が満たされるくらい、楽しかった。

 トンビに襲われたのだけ、怖かった。

 

 

   ☆

 

 

 帰りの電車内は、夕焼けのオレンジに染まっている。

 

 虹夏とリョウは、肩を合わせて眠っている。

 

「後藤さんも眠かったら起こすけど」

「あ、いや、行きの電車でずっと意識なかったので、わりと目は冴えてて」

「そう?」

 

 郁代はひとりの顔を覗き込むようにして、にっこり微笑む。

 

「じゃあ、藤沢までまだまだ楽しいが続くのね」

 

 嘘のない純粋なその言葉が特別に嬉しくて、ひとりははにかんだ。

 憧れている人に認められると、胸が温かくなる。

 

「あ、あの……喜多さん」

 

 ひとりは、みんなと遊べて楽しかったことと、新学期からもがんばれそうなことを伝える。

 ほんと? よかったぁ! 郁代はやっぱり、喜んでくれる。

 

「よーし!」

 

 郁代は両方の拳を握って、意気込む。

 

「冬休みは全部、結束バンドのみんなだけで遊びましょう!」

「え?」

「後藤さん、どこ行きたい? 毎日思い出作りましょうね!」

 

 そ、そんな毎日は外出したくない……!

 

 ひとりは郁代の明るさに気圧されるのと同時に、ちょっとした衝撃を受けた。

 そうか、アクティブな人はこういう風に考えるのか、と。 

 

 

 歌詞について考え続けていたこの一ヵ月あまり、ずっと何かが足りないような気がしていた。

 明るさを具体的な言葉にしようとしても、欠けているものがあるように感じて、しっくりこない。

 

 ようやくわかった。

 

 明るさを、自分の中から探そうとしていたのが間違いだったのだ。なぜならひとりは、明るい人とは違う人生を歩んでいて、根本的に違う考え方をしているから。

 

 明るさへの、憧れ。

 ひとりに書けるのはこっちだった。

 

 

 赤い髪を見る。レモン色の瞳を見る。健康的な白い肌を見る。

 憧れを見る。

 

 

   ☆

 

 

 家に帰ると、ひとりは結束バンドのグループにLOINを送った。

 

 歌詞が完成しなかったことの謝罪、正直な進捗、今日の江ノ島で大きなヒントを得たこと、最後に、あと一週間くださいと律儀にお願いした。

 スタンプが三つ返ってくる。

 

 

   ☆

 

 

 意識してみると、喜多郁代の特別性はあらゆる場面で散見された。

 

 強い存在感は、学校でも同様だった。

 

 新学期初日。

 通学路には、同じ制服を着た、たくさんの背中の群れ。

 

 ここでも、一番最初に目につく。

 校則を破ったド派手な髪型をしていたり、声がすごく大きかったり、ひとりと同じように制服以外の格好をしている生徒もぽつぽつといる中、視線が最初に捉えたのは、彼女の姿だった。

 二人の友達と一緒にいて、楽しそうに喋っている。

 

 声はかけない。遠くから眺めるだけ。

 眺めているのも失礼な気がして、そっと目をそらすだけ。

 

 

 授業中もそう。

 ふと窓の外から校庭を見下ろすと、二クラス合同の体育の授業がやっていた。

 わざわざ探すまでもなく、郁代の姿が目に入る。

 

 移動教室で、人が入り乱れる廊下でもそう。

 

 学校に限らず、下北沢でもそうだった。

 

 

 どこにいても、郁代は目立つ。

 多分、彼女のいるところだけ、色が鮮やかで、濃い。それか、キラキラと光っている。

 

 

 ひとりが郁代に気づいている時、郁代がひとりに気づくことは、ほとんどない。

 

 

   ☆

 

 

 放課後になると、二人はギターの練習を始める。

 

 結束バンドの練習日やバイトの日、予定のある日以外は、必ず空き教室に集まるのだ。夏休みを挟んでも、この習慣は途切れなかった。

 

「後藤さん、今日もよろしくね!」

「あっはい」

 

 

 郁代のクラスメイトと比べても、ひとりが郁代と接している時間は、それなりに長いと思う。

 なら二人は友達か、と言われると、自信がなかった。

 

 この練習時間中の会話は多くない。

 郁代が何か話を振るか。ギターについて尋ねるか、だ。

 

 前者については、ひとりにうまい返しができないので話が膨らまず、あまり長く続かない。後者についても、それなりにいいアドバイスができているような気はするが、郁代が器用で理解も早いのですぐに解決してしまい、やっぱり長く続かない。

 

 それ以外は、二人で黙々とギターを弾くだけ。

 

 人通りが少なく静かで、日当たりの悪い空き教室。ひとりが練習場所として選んだ。

 その空気感も相まって、これでいいのだろうかと、所在ない気持ちになってしまう。

 

 

 下校時刻のチャイムが鳴った。

 

「え、もう下校時刻なの?」

「あっほんとうですね」

 

 いつもこうだった。

 没頭している間にいつの間にか時間が過ぎていて、話すタイミングを失う。

 

「あーん、もっと練習したかったのにー!」

 

 郁代は悔しがっている。

 ひとりもそうだ。本当はもっと――、

 

「帰りましょうか」

「あっはい」

 

 

   ☆

 

 

 午後六時。

 

 途中まで帰り道が一緒なので、並んで帰る。

 

 二人で歩いていると、いつもよりこちらを見る視線が増えていることに気づいた。ひとりではなく、郁代を見る視線だ。

 

 すれ違う人の目が、チラッと、こっちを向く。

 隣にはひとりもいるのに、まるで気づいていないみたいに、郁代の方にばかり目が集まっている。

 

 ひとりだけではない。他の人にとっても、郁代は惹きつけられる存在なのだ。

 

 江ノ島でもそうだったかもしれない。

 あの時は四人いて、それぞれに注目を集めていたが、一番目立っていたのは郁代だった。

 

 ひとりも見られていたような気がしたが、あれはどうしてだろう。

 真夏にピンクジャージだったからだ。

 

 

 いつか結束バンドが人気になって、バンドを支えるギターの二人として紹介された時のことを想像する。

 

 片や、輝きと熱を集めるボーカルで、フロントマン。

 果たして、ひとりに隣が務まるのだろうか。

 

 

 駅に着いた。ここからは別々だ。

 

「後藤さん、明日もがんばりましょうね!」

「あっはい」

 

 

   ☆

 

 

 深夜。

 ノートには、完成した新曲の歌詞がある。

 

 驚くほどあっさりと、書けた。

 一週間もかからなかった。

 

 テーマは、星から転じて星座とした。

 憧れの一番星と、繋がりたい、仲良くなりたい。そういう思いが綴られた詩になった。

 

「おお……!」

 

 いいと思う。

『忘れてやらない』と遜色ないか、それ以上だ。

 

 念のため読み返してみる。

 やっぱりいい。すごくいいものができた。

 

「やったぁ……」

 

 小さく呟く。

 一ヵ月以上の苦労がようやく結実した。その万感の思いが、一息に込められている。

 

 次の練習日、ようやくみんなに見せられる。

 そう考えると、心は弾んだ。

 

 

 と、その時、

 

 ひとりの中の理性が、唐突に「待った」をかけた。

 

 この歌詞を、郁代に見せなければならない。

 そこに気づくと、途端に恥ずかしさが込み上げてきた。

 

 ひとりは、かつてない俊敏さでノートを見返し、そして、血の気が引く。

 その、自分の願望を押しつけるかのような内容を見て、色々な感情が炸裂し、暴れ回りたくなる。実際に暴れ回った。

 ジタバタジタバタ。

 

 ま、まずい! これは本当にまずいのではないか……?

 

 リョウは「ぼっちの作った歌詞をリア充っ子に歌わせたら面白そうじゃん」と言っていたが、違う。

 そういうこととは何か決定的に、全然違う!

 

 ついさっきまで、なんの恥ずかしげもなく、コレを郁代に歌わせようとしていた自分自身に、苦しくなる。

 苦しいぃぃ……、

 

 

 どうしよう……どうしよう……。

 

 危険意識から、ひとりの脳内をすさまじい勢いで妄想が駆け巡る。

 

 結束バンドとしてデビューすれば、CDを売ることになる。

 すると当然、「作詞:後藤ひとり」と名前が載ることになる。

 

 ライブに来てくれたファンは、実物の後藤ひとりと喜多郁代を見るだろう。

 そうなってしまえば、バレてしまう! 陰キャが陽キャに願望を歌わせている図がバレてしまう。バレてしまう!

 

 そそそ、そんなの耐えられない。

 胃酸が込み上げて、のどの奥に酸っぱさが広がった。

 

 

 きっと、ライブ中も同じことが起こるだろう。

 この曲を弾いている時、ファンのみんなは何を思いながら聞いているのだろうかとそんなことばかりが気になって、ネガティブな想像ばかりが浮かんでしまって、吐いてしまう。

 絶対に演奏どころじゃなくなる。

 

 いやそれどころか、郁代の熱狂的なファンに刺されてしまうかもしれない。

 

 ライブ終わり、ステージの裏から一人で出てくるひとり。

 そこには、包丁を持ったヤバめの女の人が待ちかまえている。

 

「アタシの郁代に何すんのよこのネクラ女!」

「ギャー!」

 

 死。

 

 

 ひとりの頭の中には様々な死の危険が取り揃えられているが、そのショーケースに今日、「嫉妬」が追加された。

 いや、「嫉妬」ではない。「ファンの正当な主張」だ。

 正当か? 正当ってなんだ?

 

 

 三十分ほど経って、ようやく落ち着いてきたひとりは、それに、と思う。

 

 それに、恥ずかしさとか、死の危険を差し置いても、この歌詞を新曲とすることに前向きになれなかった。

 一方通行な気持ちを拗らせているようで、なんだか虚しさをおぼえるのだ。

 

 

 考えた。真剣に。

 エゴ、クオリティ、責任。様々な思いがぶつかって葛藤する。

 

 考えて考えて、一時間ほどして、ようやく決める。

 

 

 やっぱりダメだ。結論を下す。

 

 このままでは出せない。

 それほど、遠い。

 

 

 しばらく時間をかけて、歌詞の一部を修正し、詩の意味を大幅に変更した。

 

 本当は修正なんてしたくない。でも、資格がないから。

 ひとりは胸を押さえ、必死に意思を殺し、心に天の川をかける。

 

 タイトルをつけた。

 

『星座になれない』。

 

 

   ☆

 

 

 完成と思える物ができたら、まずリョウに送って意見をもらうようにしている。

 今回もそのようにした。

 

 

『新曲やっとできました!』

『ファイルを送信しました』

 

 すぐに既読がつく。

 もうかなり深い時間だが、やっぱり起きていた。

 

 少し時間が空く。

 

『これでいいの?』

『なんかいつもと違う感じするけど』

 

 うっ、と呻きそうになる。

 

 少し考えて、エゴが顔を出しそうになって、ダメだダメだと、首を振る。

 

『大丈夫です!』

 

 また時間が空いた。

 さっきよりも長い。

 

 

 着信がかかってきた。

 

 

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