後藤ひとりの作詞日記   作:ミドリ色

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 最後まで遅刻です。書き直してました。
 楽しんでくれたら嬉しいです。



「星座になれたら」④ 恥ずかしくたって歌うのだ

 

 黙ってエントリーシートを出したその日は、勝手なことをしてしまっただろうかという後悔があった。

 しかし翌日になって、やっぱりいいことをしたのではないか、と郁代はポジティブに捉え始めていた。

 

 そうよ! 後藤さんだって、本当は文化祭ライブに出たかったはず! きっと背中を押すことができたんだわ!

 郁代は誰に対しても、自分と同じように前向きな思考を当てはめるきらいがあった。

 

 日頃の細かい悩みはあっても、その目はすでに未来を向いている。

 彼女は今日も明るく、キターン! と輝くのである。

 

 

 だから、朝の学校でひとりを見かけた時、当然受け入れられるだろうという思いで、それを伝えた。

 

「あと、出しておいたからね」

「え?」

「文化祭の個人ステージ! 結束バンドで出場するのよね!」

 

「エ?」

 

 途端、ひとりの顔面が変形した。

 

 ここは美術館ではない、どこにでもある普通の高校だ。なのに、なんと素晴らしいことだろう。

 キュビズムである。

 かのパブロ・ピカソが編み出した技法、キュビズムが顕現した。

 

 名画になるほど嬉しいのかと、郁代は感動をおぼえ、さらにテンションが高くなる。

 

「文化祭ライブ! 一緒にがんばりましょうね!」

 

 ひとりの顔がさらに変形する。

 

 角ばっていた輪郭は、徐々に柔らかく流動的になる。

 カラフルだった肌も、暗い影が多く混じった絶望感のあふれる色彩に。

 目や口なんてどうだろう。空洞で何も見えない。彼女の負の側面が覗いてくるかのようだった。

 

「ご、後藤さん……?」

 

 雑巾を絞ったような、声にならない声が返ってくる。

 

 美術に詳しくない郁代でもさすがに知っていた。

 これは、ムンクの『叫び』である。授業で習った。

 

 作品のテーマはたしか、不安だとか絶望だとか。とにかく、喜びの表現では決してない。

 

 ひとりの目が真っ暗になり、倒れる。

 

「後藤さーーん!!」

 

 

   ☆

 

 

 ひとりが目を覚まし、人殺しにならずにすんだ郁代だったが、彼女らの前には中間テストという試練が待ちかまえていた。

 

 罪滅ぼしのためにも、郁代はひとりの勉強を見ることにした。

 

「わからないところがわからないなら、とりあえず基礎からやってみましょうか」

「はっはい、がんばります……!」

「じゃあまずはこれを解いてみて」 

 

 そうして始まったテスト勉強は難航を極めた。

 

「わ、わかりません……すみません……」

「大丈夫よ! 後藤さんなら、きっとできるようになるわ!」

 

「ぜ、ぜんぜん解けません……」

「きっと解けるようになるわ! 後藤さんはすごいんだもの!」

 

 こうしたやり取りがずっと繰り返されていた。

 

 郁代の過剰な期待に応えようと、ひとりは奮起し、さらに空回り、裏切るような結果しか出せず、沈んでいく。

 自己肯定感がみるみる低下し、体全体が溶けだし、ついには液状化する。

 

「生きててすみません……」

「後藤さーーん!!」

 

 

 郁代の成績を犠牲にして、ひとりはなんとか赤点を回避することに成功した。

 

 上機嫌な様子に、郁代は安心した。

 

 

   ☆

 

 

 SICK HACKのライブ中、郁代は何度か、ひとりの様子を覗き見た。

 彼女は、プロのパフォーマンスに魅了されているようだった。

 

 その後のきくりのアドバイスで、文化祭ライブに前向きになっているように見えて、もうひとつ、安心した。

 

 

   ☆

 

 

「二曲目にはぼっちのギターソロ入れる」

 

 ファミレスで文化祭ライブの打ち合わせをしていると、リョウが突然そう言った。

 

「郁代とぼっち、二人の文化祭でしょ?」

 

 嬉しくなって、郁代はひとりの方を見る。控えめだが、彼女も微笑んでいるようだった。

 安心した。よかった。

 

 最初はどうしようかと思ったけど、ひとりは大丈夫そうだ。

 

 不安が解消されると、楽しみが大きくなる。

 文化祭ライブが現実的な方向で進んでいて、郁代は自分の心が弾んでいくのを感じた。

 

 

「ギターソロ……」

 

 ふと、となりから呟きが漏れる。

 

 ひとりが複雑そうな顔でうつむいていた。

 結果オーライだなんて、そんな都合のいいことはなかった。

 

 一番輝いてほしい人が乗り気でなくて、自分ばっかりが楽しんでいる現状に、胸が痛む。

 

 

   ☆

 

 

 郁代とひとりは夜の下北沢を並んで歩く。

 会話はあまりない。

 

 

 用紙を提出した時、どうしてあんなに焦っていたのだろうか。

 

 特別なひとりは、特別なステージで輝いてほしい。そういう思いはあっただろう。

 それだけでなく、こっち側に来てほしいという、卑屈な願いもあったかもしれない。

 

 助けられるかもしれない、と思った。

 

 ひとりには足りないものが多い。その一つでも、郁代が担えると思いたかった。

 

 自分はひとりに並ぶ存在では決してないが、欠点を補って支えることならできるかもしれないと、早まった行動に出た結果が、彼女が今抱えているであろう、鉛のような不安と、勇気を強いられる重圧。

 

 郁代は足を止める。

 

 猫背で一回り小さく見える背中に、暗いものがのしかかって見える。

 

「え?」

「……後藤さん」

 

 突然立ち止まったことを不思議がるひとりに、郁代は頭を下げる。

 

「私、本当はわかってたの……!」

 

 告白する。

 申込用紙を捨てたと知っていたこと、それでも勝手に提出したことを、正直に打ち明けた。

 嘘をついたことへの罪悪感を吐き出した。

 

「本当にごめんなさい!」

 

 悲鳴のように高く、上擦った声が出る。

 

 顔を覆いたくなるほど恥ずかしかった。

 こんなことを言ったら、胸の底にしまっている悩みも、一方的に向けている感情も、みんなみんな、わかってしまうんじゃないかって、心配で心配で、ハラハラする。ドキドキする。

 顔が赤くなる。

 

 許してくれないんじゃないか、受け入れられないんじゃないかって、

 胸が苦しい。

 

 

「あ、ありがとうございます」

 

 返って来たのは、怒りや拒絶の言葉ではなかった。

 

 郁代は顔を上げる。

 

 ひとりは空色の瞳を伏せ、落ち着きなく体を揺らしていた。

 言葉を選びながら、たどたどしくも、感謝と、楽しみであることを、誠実に伝えてくれる。

 

 がんばりにはがんばりを、

 真剣には真剣を、

 そんな風に今日も、彼女は、一生懸命には一生懸命を、返してくれる。

 

 ひとりは最後にもう一度、伏せがちな目を逸らさず、郁代の方を真っ直ぐに見て、

 

「ありがとう」

 

 と、今度は砕けた口調で言った。

 

 

 引っ込み思案なひとりの方から、距離を詰めてくれたのだとわかって、心臓が焼ける。

 レモン色の瞳に、ときめきが灯る。

 

 ――郁代はひとりの力になれる。なる。

 

 衝動のままに、白い手を取った。

 

「後藤さん、私、もっともっと練習がんばるから! だから文化祭ライブ、絶対成功させましょうね!」

 

 心に輝きがあふれている。今日ほどがんばろうと思った日はない。

 

「ぁ……はぃ」

 

 ひとりは頬をほんのりと赤くして、たじろいでいた。

 

 

   ☆

 

 

 やる気になってみれば、郁代のこれまでは、全力ではなかったと気づく。

 だってまだ、使える時間も、できることも、山ほどあったのだから。

 

「リョウ先輩、バイトの後、私のギター練習見てもらえませんか?」

 

 郁代は頭を下げてお願いした。

 もっと上手くなりたい、変わりたいのだと、伝える。

 

 ちょうど同じタイミングで、リョウのLOINが鳴る。ひとりからだった。

 

『星座になれないの歌詞、やっぱり変えてもいいですか?』

『できたらみせて』

 

 返信を済ませると、リョウは郁代に向き合う。

 

「レッスン料、高いよ」

「はい!」

 

 とてもいい返事だ。

 リョウは決して表情に出すことなく、心の中で腕を組み、いくらせしめてやろうかと脳内でそろばんを弾かせる。

 

「よーし! そうと決まれば気合い入れて! め~~~いっぱい、やりましょうね!!」

「え?」

 

 嫌な予感がした。

 リョウが一生かかっても出すことのできないような、パワフルでエネルギッシュな声を、郁代から聞いた。

 おそるおそる、彼女の方を見る。

 

 キタキターーーーーーーーン!!

 

 すさまじい陽のオーラが放たれている。江ノ島で見せたリミッター解除か、それ以上の出力だ。

 この状態の彼女が言う、「めいっぱい」とは、いったいどれほどのものか。

 少なくとも、インドア派がついてけないレベルであることは、想像に難くない。

 

「嫌だ。めんどくさ――」

「リョウ先輩なら、付き合ってくれますよね!!!!」

 

 キタキタキタキターーーーーーーーーーーーーーーーン!!!!

 

 純度100%。

 断られる前に先回りするだとか、勢いで押し切るだとか、そうした思惑は郁代には微塵もない。

 

 自分が憧れているクールでそれでいて優しい先輩ならば、なんだかんだ言いつつ、最後には付き合ってくれるに違いない。

 彼女の中にあるのは、そうした憧れの感情だけだ。

 

 郁代の盲目さが、リョウに都合悪く働いた瞬間だった。

 どんなに嫌そうな顔をしても、郁代には見えていない。

 

「いいじゃーん、たまには付き合ってあげなよー」

 

 珍しく振り回されているリョウに、虹夏は茶々を入れる。

 

「伊地知先輩にもお願いします!!」

「いいよー、なんでも言って! ギターわかんないけど!」

 

 親指を立てる。

 

 

 虹夏は侮っていた。

 

「え!? まだ練習やるの!?」

「はい! まだまだまだ! がんばりましょう!!」

 

 数日後、

 そこには、へとへとになっている先輩二人と、すでに数時間ギターを弾き続けたにもかかわらず、まるで今から練習を始めるかのように新鮮な熱意を宿した郁代の姿があった。

 

 人が太陽に近づけないのと同じように、陽キャの輝きもまた、人々の体力を蒸発させていくのである。

 

 郁代は、土から栄養を吸収する植物のように、周囲の気力を自らの力に変えて、大輪の花を咲かせる。

 テンションが上がれば上がるほど、疲れるどころか、むしろ回復していくかのようにさらにアクティブになっていくのが、真なる強者、陽キャという生命体のパワーなのである。

 

 輝きは、スタジオの外にまで波及していく。

 

 その日STARRYを訪れた客は、こう証言を残している。

 

 照明がいつもより明るく感じた、

 気力を吸い取られているような気がした、

 なぜかコンプレックスが刺激されて辛かった、

 ウェーイ!

 

 

 間近で直撃を浴び続けた二人は、当然ただでは済まない。

 練習が終わる頃には、リョウは干からび、虹夏は朦朧としていた。

 

「喜多ちゃん……テンション高すぎ……」

 

 言い残し、とうとう虹夏まで真っ白に燃え尽きる。

 

「あれ? みなさん?」

 

 郁代はまだまだ、まだまだまだまだ、

 キターーーーーーーーン!

 としている。

 

 

   ☆

 

 

 ひとりは、歌詞ノートを開く。

 

 恥ずかしくっても、さらけ出さなきゃ、死んでるのと一緒。

 仲良くなりたいなら、なるんだ。

 

 心に嘘をついた、修正稿を読み直す。どうしようもなく本心の、原案を読み直す。

 

 もっといいものにする。

 もっと恥ずかしいものにする。

 

 誰にも聞かれたくなくて、小声でしか話せなかったり、隠してしまうくらいなら、

 もういっそのこと、絶叫してしまえ。

 

 わぁぁぁぁ――――――――――――――――――――――――っ!!!!

 

 怪獣が吼えた。

 

 

 星座を見る時、人はみんな指を差す。

 あの星とあの星が、繋がってるんだよ。暗い夜空に線を描いて、そのように言う。

 

 誰かが、誰かを、指でなぞれば、それは繋がりと言うのだ。

 

 ひとりたちを指差すのは、

 顔見知りのクラスメイトだろうか。

 それとも、ライブに来てくれた大勢のファンだろうか。

 

 誰もが、ひとりとみんなを指で結ぶ。

 そんな日がいつか、きっと来る。来てほしい。

 

 

 お願い、流れ星。

 文化祭ライブ、絶対成功しますように。

 

 悲しみとは違う、けれど涙が出るような、ささやかな願い。

 願いに、タイトルをつける。

 

『星座になれたら』。

 

 

   ☆☆☆☆

 

 

 十月一日。文化祭の一日目。

 

 結束バンドはスタジオで、最後の全体練習をしていた。

 

「す、すみません。直前で歌詞の変更なんて……」

 

 夏休みに間に合わないどころか、初お披露目のギリギリまでかかってしまった。

 迷惑をかけてばかりで、ひとりは申し訳なくなる。

 

「結果いいものになったんだから、それでよし」

 リョウがフォローする。

「そうよ! 私もこの歌詞、すっごく気に入ったもの!」

 郁代が続ける。

 

「そ、そうですか……うヘヘ……」

 ひとりは喜ぶ。

 

「それに変更って言ってもサビだけでしょう? アクセントもほとんど同じだし大丈夫よ! 私にまかせて!」

「甘いぞ郁代!」

「リョウ先輩!?」

 

 リョウが唐突に、クワッ!! と効果音が鳴りそうな顔つきで割り込んできた。

 

「歌詞がどれだけ音楽に影響を及ぼすことか……! 言葉一つが変わるだけで、声に乗る感情も、音の響きも、聞き手の意識も、全部変わってしまうんだぞ! わかっているのか!!」

「すみません! 考えが足りませんでした!」

「うむ」

「まあまあ、そのへんにしときなよ」

 

 虹夏がなだめて、三人を見回す。

 自然と、演奏前の張りつめた空気になった。

 

 バチが鳴らされる。

 音楽を奏でる。

 

 

「おっけーおっけー、いい感じー」

 

 一通り弾き終わり、流れた汗を拭う。

 

 ひとりはギターを弾きながら、ずっと郁代の歌声に耳を傾けていた。

 前の歌詞よりも、楽しそうに歌っていたように思う。

 

 やっぱり、変えてよかった。

 

「ぼっちちゃん大丈夫? 顔赤いよ?」

「えっ!? あ、ぁ……いえ……こ、この部屋、暑い……です……ね」

「それならいいんだけど。体調とか気をつけてね」

「あっはい」

 

 開き直ったって、恥ずかしいものは恥ずかしいのである。

 

 

   ☆☆☆☆

 

 

 十月二日。文化祭の二日目。

 

 本番当日だ。

 結束バンドは体育館のそでにいて、自分たちの出番を待っている。

 今壇上で演奏しているバンドが終われば、もうすぐだった。

 

 四人は左手を合わせ、円陣を組む。各々の手首には、黒い結束バンドが巻かれていた。

 

「がんばろう! 楽しもう! せーのっ、」

 

 おー!!

 

 

 階段を何歩か進めば、もうステージの上。

 薄暗さの中で落ち着けるのも、幕が下りているこの一瞬だけ。

 

 ひとりは深呼吸した。

 

 すぅ――――――――…………、はぁ――――――――…………、

 

 静寂で、心臓の音も、拍動も、よく聞こえる。

 

 大丈夫。絶対成功する。

 気持ち、一歩、前に出た。

 

 

『続いてのバンドは、結束バンドのみなさんです』

 

 文化祭実行委員のアナウンスとともに、幕が上がる。

 体育館の白い照明が、白い肌に降り注ぐ。

 

 

 光へ。

 

 

 

 

                                  To Be 君に朝が降る…




「星座になれたら」編4話をもって、本編も終了となります。
 公開されている歌詞の数だけ書ける物語ではありますが、ここで区切りとすることにしました。
 最後まで読んでくれた方は、どうもありがとうございました。

 あと1話だけ、番外編を上げる予定です。作曲者の話です。
 できれば3日後に投稿したいですが、どうなるかわかりません。なんにせよ急ぎます。お待ちいただけると幸いです。

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