後藤ひとりの作詞日記   作:ミドリ色

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 最終話です。



番外編 元気の足跡

 

「ほらー起きてー、学校行くよー」

 

 と、虹夏が呆れた声で言う。

 反対に、リョウはやる気のない様子であくびをしていた。

 

「昼まで寝る予定だったのに」

「言うと思った! だから迎えに来たんだよ。ただでさえ成績やばいんだから、新学期初日くらいちゃんと登校しなきゃね」

「……やっぱめんどくさい」

「もー、そんなこと言ってないで早く行くよ」

 

 いつまでもぐずっているリョウの手を引いて、虹夏は歩き出した。

 

「新学期もがんばろー!」

 

 彼女は明るい声を上げる。

 なんでもない通学路を、未来への一歩を踏み出すみたいな足取りで、進んでいく。

 

 

 おそらくというか、間違いなく気のせいなのだが、

 

 虹夏が歩いた道は、普通の道よりも明るくて、愉快で、華やいでいるように見える。

 虹夏がいる場所は、普通の場所よりも、幸せなことが起きそうな予感がする。

 

 リョウは、学校をめんどくさいと思っているし、ずっと夏休みがよかったと思っているが、虹夏が歩いたその道の隣を歩くのは、嫌いではない。

 

 

   ▽▽▽

 

 

『し、ししし、し……しもしも~……?』

「ぼっち、それだいぶ古い」

『あっはい……』

 

 ひとりに電話をかけると、第一声から意味不明だった。

 

 やはり、彼女は今まで出会ってきた人間の中でも圧倒的に面白い。廣井きくりと並んでツートップだ。きくりは尊敬が勝つのでひとりがナンバーワンだ。

 お前はそのままでいてくれ、と思いながら本題に入る。

 

「ぼっちはこの歌詞でいいの?」

『それは……』

 

 深夜、ひとりからLOINが来て、新曲の歌詞が送られてきた。

『星座になれない』と、ファイルにはタイトルがある。

 

「ぼっちの歌詞は暗いけど、結論はいつもスカッとしてる。それがぼっちの作風だと思ってたんだけど、今回のは全部暗いから意外だった」

『うっ……』

 

 …………。

 呻き声を上げたきり、ひとりは一言も話さない。息づかいも聞こえない。

 まさか死んだか!? 冗談。

 

「納得いかないなら直してもいいよ。期限は別に気にしなくていいから」

『……りょ、リョウ先輩は、その歌詞ダメだと思いますか?』

「ううん、これはこれでいいと思う。インスピレーション湧く。違和感あったから聞いてみただけ」

 

 すると電話越しに、ひとりがニタリと笑った。

 すごい笑い声だった。フヒヒ、ではない。デュフヘヘヘ、である。

 

『だ、大丈夫です……! それでいきます!』

 

 わかりやすく調子に乗った声だった。

 

『く、クオリティには自信あるっていうか……妥協してるわけじゃないんです。ただ、最初に書きたいって思ってたものは、色々うまくいかなくて……それでちょっと、悔しかっただけです……』

 

 しかし、すぐに声は勢いをなくし、尻すぼみになる。

 悲観、卑屈、挫折。それらが混ざった複雑な思いを感じ取り、リョウの心がかすかに高鳴る。

 

 弱気になったひとり様子が『星座になれない』の歌詞と重なり、その感情に音楽性を見出す。

 

「おっけー。じゃあこれで決定で」

『あっはい』

「いつもみたいに、どんなイメージで書いたのか教えて」

『あっはい』

 

 それから二人で一時間ほど話し合った。

 通話時間最長記録を大幅に更新したひとりは、通話記録を眺めてニヤニヤしながら眠った。

 

 

   ▽▽▽

 

 

 深夜四時を回り、眠気が顔を出す。

 しかし、リョウは眠らなかった。パソコンの前で、ひとりが言ったある一言の意味を考えている。

 

 最初は虹夏ちゃんみたいな曲を作りたかったんです。

 結束バンドは、虹夏ちゃんのバンドだから。

 

 

 あまり考えたことはなかったが、ひとりの言葉はすとんと腑に落ちた。

 

 虹夏がいない結束バンドを想像してみる。

 

 華は郁代が担ってくれる。音楽性は自分が担える。ぼっちは面白い。

 悪くないと思う。しかし、ごっそりと何かが欠ける。人の体から心臓だけを抜き取ったみたいに、決定的なものが足りなくなる。

 

 多分、虹夏がいなくなっただけで色んなところに支障が出て、バンドは崩壊する。一度崩壊を経験しているリョウにはわかる。逆に、他の誰がいなくなったとしても、虹夏さえいればバンドは存続するだろう。

 

 リーダーは虹夏であり、彼女の存在が結束バンドのコンセプトなのだ。今、理解した。

 

 

 目の前のパソコンに表示されているのは、『忘れてやらない』の作曲画面だ。もうほとんど完成している。

 しかし、リョウは曲の出来に納得していなかった。

 

 前二曲と雰囲気が似ているのだ。

 もちろんメロディの形は全然違うし、異なるオリジナリティを目指して作っていたつもりだったが、いつの間にか似たものになってしまっていた。

 

 気づいてしまうと、途端に萎える。

 今まで良いと思って作っていたものが、ハリボテの駄作のように聴こえてくる。

 何より、リョウ自身のプライドが許さなかった。

 

 じゃあどうやって修正しようか。

 そう考えたところで手が止まり、先に進まなくなった。まさにその時に、ひとりからLOINが来たのだ。

 

 

 意識を切り替えてみる。

 

 コンセプトの中心に虹夏がいることを念頭に置きながら、曲を作るのだ。そうすれば自然と、違う味わいのものになるだろう。

 問題は、自分の音楽性を崩さぬまま形にできるかどうかだ。

 

 ……とにかくやってみる。

 不安はあった。けど、面白そうだとも思ったのだ。

 

 

 午前七時すぎ。

 パソコンには、完成した『忘れてやらない』があった。

 

「おお……!」

 

 私は天才なのではないか? 本気でそう思った。

 何もかもイメージ通りのものができた。そんな事そうそうあるものではない。

 

 再生すると、流れるのは爽やかな曲調。それでいて、自分の持ち味を殺さず完成度が高い。何より、自分の中にこういう引き出しがあったことに驚いた。

 いつの間にかインプットを済ませていたらしい。さすがは世界のYAMADA。

 

 彼女の自己肯定感は、恐ろしく高まっていた。

 

『忘れてやらない』を完成させたリョウは、しかし止まらない。

 勢いに乗って、『星座になれない』も作り始める。

 

 いいアイデアを思いついたのだ。

 

 先ほどひとりが見せた鬱屈や卑屈。あれらを、あえて美しいメロディで表現するのは皮肉が効いてていいのではないか?

 リョウはニヤリとする。

 

 さっそくにパソコンに向かい合い、思いついた音を片っ端からぶち込んでいった。

 

 なお、その後歌詞が変わって、結果的に星空のようなメロディは変更後の歌詞と綺麗に噛み合ったものの、『星座になれたら』からは、曲と歌詞とのコントラストは失われてしまった。

 だが未来のリョウは、それはそれでいいと許可した。曲は一人で作るものではないのだから、そういう変化も醍醐味である。

 

 

 世界のYAMADAは、同じ轍を踏まない。

『忘れてやらない』の成功体験に引きずられて同じように作ってしまえば、今度は『忘れてやらない』に似た曲ができるだけだ。

 

 さらに別のオリジナリティを追求するために、また別の試みをする必要があった。

 ならばいっそ、自分が担当するベースを思いっ切り前に出してみてはどうだろう。

 

 やったことがないし、かなり難易度は高いだろうが、問題ない! できる!

 なぜなら、私は天才なのだから!

 

 過剰になった自信がリョウを突き動かす。

 すさまじい熱量で曲を作るその姿は、さながらジャンプマンガで覚醒する主人公のようであった。きららマンガなのに。

 

 寝不足の目がギラギラと燃えている。

 学校なんて行っている場合ではない。

 

 

   ▽▽▽

 

 

 次の練習日。

 リョウはさっそく、完成した二曲をバンド内で共有した。

 

『忘れてやらない』は高く評価され、みんな喜んでいた。

 しかし『星座になれない』は、

 

「ごめん! こっちはリテイクで!」

 

 虹夏は申し訳なさそうに、作り直せと言ってきた。

 ガーン! と、リョウはショックを受ける。自信があっただけに、なおさら心にキた。

 

「え? この曲ダメなんですか?」

 

 異議を唱えたのは郁代だ。

 

「喜多ちゃんは好きだった?」

「だってリョウ先輩が作った曲なんですよ? 絶対いい曲に決まってます!」

「本当に曲聴いてた?」

 

 虹夏にジト目を向けられる郁代は、釈然としない様子で首を傾げる。

 

「でも、本当に何がダメなのかわからなくて。後藤さんはわかる?」

「な、なんていうか、バランスが悪いです……。ベースに偏ってる……」

 

 全員の意見を聞いた上で、リョウは『星座になれない』を聴き返してみる。

 

 すると、本当にバランスが悪かった。ギターやドラムの主張が弱すぎて、物足りなく感じる。

 何度も聴き返したはずなのに、まったく気がつかなかったことに戦慄する。

 

 自分の世界に入り込みすぎていた。ノリノリの状態で作ったものだから、頭までノリノリになっていたらしい。「これはいいものに違いない」と、先入観と全能感が全開の状態で聴いていたせいで、本当にいいものだと錯覚してしまったのだ。

 

 とてもガッカリして、落ち込んで、リョウは机に顔を突っ伏す。

 

「でも、『忘れてやらない』はすっごくよかったよ! 疾走感あってパワフルで、めっちゃカッコいいよ!」

「……」

 

 虹夏は励ましてくれるが、答える気力がない。

 

「『星座になれない』もリョウならいい曲にできるよ! 応援してる! がんばれー!」

「……慰めなんていらない」

「あ、拗ねた」

 

 後輩二人がおろおろしているのを感じつつも、ショックで起き上がることができなかった。

 

「まあいっか。今日も練習がんばろー!」

「いいんですか!?」

 

 郁代は驚いて声を上げる。

 

 その日はいつも通りに練習をして、なんだかんだいつも通りに終わった。

 

 

   ▽▽▽

 

 

 おいしいものを食べて、好きな音楽を聴いたリョウは、あっという間に傷心から立ち直る。

 三日後には、普段通りに生活していた。

 

「ぼっち、ギターのメロディが思いつかない。なんか思いついて」

「い、い、いきなりですか?」

 

 普段より横柄になっていた。

 

「あっワウペダルとか使えば、星空っぽい音になるんじゃないですか?」

 

 二人はスタジオで、ギターパートについてあれこれ試行錯誤する。

 

「いいねそれ。ヒントにする」

「あっはい」

 

 

 バイト中、郁代が通りかかったので声をかける。

 

「郁代、ちょっと目輝かせてみて。星みたいに」

「えっと、こうですか?」

 

 郁代は特に慌てることなく、ポーズを取ってスマイルを決める。キターンとなる。

 

「ちょっと違う」

「じゃあ、こんな感じですか?」

 

 今度はウィンクして、顔の横にピースを添えた。キターン。

 

「いいね。次のポーズ行こう」

 

 二人はカメラマンとモデルのようになる。

 そうしていると、虹夏から不満の声が上がった。

 

「ちょっとー、私には聞かないのかよー」

「虹夏はいい」

「なんでだよ!」

「なんか違う」

「ちぇー」

 

 彼女はそれ以上追求せず、バイトに戻っていった。

 

 虹夏にアドバイスは求めない。

 虹夏には、新鮮な気持ちで曲を聴いてほしい。

 

 

   ▽▽▽

 

 

 珍しく早い時間にスタジオに行くと、ドラムの音が聞こえた。

 防音なので、正確には音ではない。ドア越しの振動でわかった。虹夏が先に来ている。

 

 中に入る。ドラムとシンバルの音が耳に響く。

 

 STARRYは虹夏の家でもあるわけだから、当たり前と言えば当たり前なのだが、彼女はいつも最初にスタジオにいて、一番に練習している。

 

 一段落したところで彼女は練習を止め、タオルで汗を拭く。

 

「お疲れ」

「お疲れ! リョウは今日早いじゃん!」

「まあね」

 

 虹夏が結束バンドに特別な想いをかけていることは、なんとなく気づいていた。

 春頃に掲げていた秋にミニアルバムを出すという目標も、スケジュール的に無茶だったし、さすがにもう間に合わないが、彼女は本気だったと思う。

 

「虹夏、うまくなった?」

「え、ほんと!? いやーがんばった甲斐があったなぁ」

 

 虹夏はしみじみと、自分の努力を称賛する。

 

「まあちょっとだけど」

「なんだとー」

 

 虹夏は噛みついて、今度は優しい目つきになる。

 

「最近、みんな頑張ってくれてるからさ。私もがんばらなきゃーって思って」

 

 虹夏はいつもがんばっている。誰もがんばっていなくても。

 ひとりと郁代もがんばっている。見てればわかる。

 では、リョウはどうだろう。

 

「そういえば新曲どう? 進んでる?」

「ぼちぼち」

「そっか、リョウもがんばってるね」

 

 本当は全然進んでいなかった。

 

 リョウは、やれる時に一気にやらないとダメなタイプだ。

 そのやれる時がいつ来るのか、リョウ自身にもわかっていない。 

 

 何の前触れもなく、突然ゾーンに入ったみたいになる瞬間があって、短期的に集中力と感性が鋭くなる。そういう時は、モチベーションも閃きも絶好調で、どれだけ作っても飽きない、疲れない。

 

 しかし、ひとたび収まってしまうと完全に気力が抜け落ちてしまい、次にインスピレーションが湧くのを待つしかなくなる。

 

 その瞬間が欲しくて、考えてみたり、音楽を聴いてみたり、楽器を弾いてみたりするのだが、望んで訪れるものではない。きまぐれにしか来てくれない。

 

 焦る。

 焦ると、不安になる。

 不安になると、萎える。

 

 やる気がない時にアイデアを絞りだそうとするのは、苦しい。頭が痛くなる。

 好きなことであっても、めんどくさい。やりたくない。

 

 前のバンドでも、こんなにハイペースでは作ってなかった。

 作詞担当ががんばりすぎるせいでもあるのだが、今までにない仕事量で、かなり疲れる。

 

 サボっていいんじゃないかとも、時々思う。

 

 それでも、逃げ出さずに曲を作ろうとするのは――

 

 

「次もカッコいい曲頼むよ! 楽しみにしてるね!」

 

 明るい笑顔にあてられて、リョウは少しだけ、元気になる。

 

 

   ▽▽▽

 

 

「リテイク終わったよ」

「ほんと!? 聴きたい聴きたい!」

 

 スマホで音源を流す。

 音に乗っていたり、真剣に聴きこんでいたり、目を輝かせていたり、反応は三者三様だった。

 リョウは、虹夏の反応を特に気にしている。

 

 曲が終わると、その顔はパッと笑顔の花になった。

 

「めっちゃいい! 最高! 今までで一番好きかも!」

 

 虹夏は飛び上がりそうなくらい喜んでいる。

 まずホッとした。次に、嬉しくなった。

 

「私も好きです。カッコいいし、面白いです」

 ひとりも続けて評価した。

「先輩、カッコいいです!」

 郁代は曲よりも先輩がカッコいいようだった。

 

「でもドラムむずそうだなー、がんばらなきゃ!」

「今からでも変えるけど」

「いいのいいの! 最高の曲作ってくれたんだから、私が応えないと! ね?」

 

 虹夏はそう言って、はしゃぐように笑った。

 

 彼女の元気は広がっていく。

 彼女が楽しそうに笑うと、周りの笑顔が増える。

 

 みんなの心に、温かな元気がやって来る。リョウの心には、特にたくさん。

 

「よし、じゃあいい曲もできたことだし、今日も練習がんばろー!」

 

 虹夏の元気に釣られるようにして、全員が、がんばろう、という気持ちになる。

 結束バンドは、虹夏の足跡を追って、歩いていく。

 

 微笑んだ。

 次の曲もリョウは、きっと、がんばる。

 

 

 

「あ、その前に中間テストがあった! そっちもがんばろー!」

 

 その一言でリョウは、ピシッと音を立てて固まる。

 途端に色んなことがめんどくさくなって、いつものリョウに戻った。




 以上で、後藤ひとりの作詞日記を終わります。
 最後まで読んでくれた方はありがとうございました。

 初めての二次創作でしたが、たくさん評価いただけて嬉しかったです。重ねてありがとうございました。

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