光の申し子   作:松雨

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震える皇国

「ハンス様。あの、大丈夫ですか?」

 

 第三文明圏唯一の列強国であるパーパルディア皇国、そこの自国と同じ列強国との外交を担当する第1外務局内の一室にて、ハンスと言う名前の男性が今にも死にそうな表情をしながら、自身の作成した決済書類を眺めていた。

 

 何故ならば、フェン王国で行われる日本との戦争において、観戦武官の派遣の有無を列強に調査した結果、ムーとミリシアルが揃って日本への派遣を決断した事が判明してしまったためだ。

 

 何かしらの戦争が起こった際、観戦武官を派遣した方の国が勝つとまで言われる程、ムーは情報収集能力が高い事で有名である。

 そして、ミリシアルに関しては今まで1度も観戦武官を派遣した事がないため、派遣するとなっただけでも大騒ぎになってしまう。

 

 にもかかわらず、今回の戦いではムーはおろかミリシアルまでもが皇国ではなく、日本に派遣してしまった。当然の如く、下の方では大騒ぎとなる訳だ。

 

「……これを見て大丈夫だと思うか!? 今からこれをエルト様の下へ持って行く儂の身にもなってみてくれ!」

「あぁ……申し訳ありません。無理ですね」

「だろう? ムーだけならギリギリ持ちこたえられたかも知れぬが、あのミリシアルまで日本に……一体、彼らは何を掴んだのだ!?」

 

 しかも、ハンスはこれから更に上の『エルト』と呼ばれる人物に、この事について報告しに行かなければならないため、部下の気遣いに対してすら、理不尽に怒鳴りたくなる程に精神的にやられていた。

 

 とは言え、いくら精神的にやられる事実であろうと何だろうと、報告せずに握り潰す選択肢はここにはない。仮にやったとするならば、非常に厳しい罰が下ってしまう。

 

「……怒鳴ってすまぬ。取り敢えず、報告に行ってくる」

「了解しました」

 

 本人もそれを十分に理解しているため、一旦深呼吸した後に怒鳴ってしまった部下へ謝罪、決済書類を持ってエルト(上司)の下へと向かっていった。

 

 だが、いつもならあっと言う間にたどり着けるはずの場所にも、過剰な精神的緊張によって1歩1歩が重たくなり、倍以上の時間がかかってしまう。

 

 さながら、体調が非常に悪い人みたいな感じになっているので、すれ違う職員などから心配そうに声をかけられる始末である。

 

「……どうしました?」

「なんだ、顔色が悪いぞ。ハンス」

 

 何とか執務室の前までたどり着き、ノックをして入室を促され入る事までは出来たハンスであったが、そこに予想外の人物……皇族の『レミール』と呼ばれる女性が居た事で、緊張感が更に膨れ上がってしまった。

 皇族故の威圧感に加え、その高慢かつ独善的な性格が悪い方に作用してしまっているからだ。

 

 内心、今すぐにでもこの場を立ち去り、体調不良と言う事にして自宅へ帰ってゆっくり心を休めるか、帰れずとも別の仕事があればそれに集中したいとすら、ハンスは思っている。

 

「エルト様、レミール様。今回のフェン王国での戦いへの観戦武官派遣の有無をその、列強に伺ったのですが……」

 

 だが、来たのに報告をしない事など不可能である上、それならばエルトやレミール2人に見られている地獄を早く乗り切るべきだとハンスは決意し、大きく息を吸って整えてから報告を始める。

 

「……? 想定外の事態でもありました?」

「ムー及び神聖ミリシアル帝国は、()()()観戦武官を派遣しないと回答して来ました……」

 

 が、心にのし掛かるあまりの負担に、肝心の後半部分についての言葉が出てこず、俯いて書類の方に視線が自然と行ってしまう。

 頭の中では早く言わなければと本人も分かってはいるものの、そうしようとすればする程物理的な力で押さえられているが如く、頭も上げられなくなってしまっている。

 

()()()? ハンス、何故そこを強調するのか説明しろ」

「……っ! えっと、その……2ヵ国が、日本国への観戦武官派遣を行うと判明したためです!!」

「「……はっ?」」

 

 しかし、そんなハンスの様子を訝しんだレミールが、威圧感を出しつつ説明を促してきた事により吹っ切れた様で、言えなかった部分の報告を済ませた瞬間、執務室内の雰囲気が絶対零度の如く凍りついてしまった。

 

 文明圏外であるはずの日本に、フェン王国での戦いで皇国は勝てずに敗北すると、列強1位と2位の国家に太鼓判を押されてしまった様なものであるため、致し方ないだろう。

 

「何だと!? くっ、どうなっているんだ!?」

「まさか、ムーのみならずあのミリシアルまで……理由は分かりますか?」

「申し訳ありません。その点につきましては不明でありまして……」

「そうですか。後は……」

 

 そして、時間を置いてからのレミールのヒステリックな声、エルトからの淡々の問いかけの圧力に耐えつつも、ハンスは的確にそれに対して答えていった。

 

 ただ、かれこれ長い時間、致し方ないとは言えど非常に強いストレスに晒され続けているせいか、答えている途中でふらついたり言葉に詰まる頻度が増えてしまったりと、体調にも本当に支障をきたし始めている。

 

 今はまだ何とか耐え凌いでいる感じではあるものの、このまま後10数分もやり取りが続いてしまうか、大きな威圧感が2人の内どちらかより与えられれば、その場で気絶しかねない領域に居る状態だった。

 

「分かりました……ハンス。明らかに体調が悪そうなので、下がっても良いですよ。何なら、今日はもう部下にでも引き継いで帰りなさい」

「……はい、ありがとうございます。では、失礼致します」

 

 そんな彼の様子を見て思うところがあったのか、いくつかの質問を終えたところで、エルトはハンスを執務室より下げさせた。

 レミールには彼にまだ色々と聞きたい事はあったものの、この場で倒れられても困ると考えた様で、下がっていくハンスに対して何も声をかけたりはしなかった。

 

「エルト、日本国について詳しく調べてくれ。私の方でも、色々と動く」

「了解致しました」

 

 ハンスが執務室から出ていった後、列強1位と2位の国が揃って日本に観戦武官の派遣を行う、想定外も良いところな事態に衝撃を受けたレミールとエルトは、日本国についてより詳しく調べ上げる事を決めた。

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