光の申し子   作:松雨

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ルーンポリス平和条約

 グラ・バルカス帝国外交団とミリシアル側の、条約締結に向けた話し合いが行われた日から5日後の午前11時、首都のルーンポリスは物々しい警備が敷かれながらも、普段より行き交う人々が多く、活気に満ち溢れていた。

 

 理由としては2つあり、1つは皇帝陛下が国営放送を通し、戦争を終結させるための調印式を『ルーンポリスドーム』で執り行うと、発表したからだ。メテオスさん曰く、話し合いが終わってからすぐにそう命令が下ったとの事。

 

 もう1つは、複数の厳しい条件が課されるものの、民間人でも希望すれば早い者勝ちで会場に入り、調印式を観客席(現地)で見届ける事が可能となっているためである。

 

 ルーンポリスドームは、人気のスポーツや魔導師の魔法披露大会、皇帝生誕祭などの一大イベントを行う会場として使用される事を想定していて、5万人もの人々を収容可能な民間管理の施設。

 

 そのため、本来であれば政治的な式を執り行う事は不可能ではないものの、あまり向かない。戦争が関わっているのであれば尚更だろう。

 

 ただまあ、これは皇帝陛下が強い意思を以て決めた事。外務省を含めた政府上層部の職員さんたちも、軍関係者の人たちも反対していなかったのなら、私から言う事は何もない。

 

「この調印式が終われば、正式に戦争が終わる……嬉しい事です、本当に」

「同じくだよ。皇帝陛下、オロール君やアルネウス君、私やワールマン君はもとより、政府の職員や軍人にとって実に大変な期間だったからねぇ」

「ええ。ただ単に忙しいだけなら良かったですけど、戦争で忙しいのはもうこりごりです」

「全くだ。此度の戦争は、色々な意味で心労が祟ったからな」

 

 ちなみに今日、私自身は皇帝陛下からの招待を受け、アルネウスさんやメテオスさん、ワールマンさんと共に会場を訪れ、用意された特別席に座って会話を交わしながら、魔導拡声器越しで聞こえてくる演説に耳を傾けていた。

 

 内容は、ドーム中央に用意された壇上に立っている皇帝陛下が、この戦争が終わった事への喜びや犠牲者への追悼の言葉を述べたり、今後のグラ・バルカス帝国との関係について言及している。

 

「すぐに彼らと上手く付き合うのは、やはり難しいですよね。オロール様」

「ええ。確実に今後、困り事が多数発生しますよ。私はひとまず忙しさは落ち着くかもですけど、アルネウスさんはどうでしょうね」

「ははっ。元々忙しいのには慣れてますけど、落ち着いてくれると良いですね」

 

 確かに、彼らのやった事は到底許される事ではない。だから、ミリシアルの人々に強い恨み辛みを抱かれたとしても、それは自業自得でしかないだろう。

 

 しかし、心の中では絶対に許せなかったとしても、常日頃から表立って対立して戦う訳にもいかない。ミリシアルに暮らす人々のためにも、いつかは必ず折り合いをつけなければならない時がやって来る。

 

 もし、折り合いをつけずに戦い続ければ、最終的に待っているのはお互いが非常に不幸になる未来だっただろうから。

 

「あっ……」

「おいおい、大丈夫なのか? あの外交官」

「心労でしょうか」

「だろうねぇ」

 

 で、皇帝陛下の15分間の演説が終わった後すぐ、何かを言うためかグラ・バルカス外交団側の1人、眼鏡をかけた若い女性が促されて壇上に上がって喋り始めたのだけど、どうも調子がかなり悪そうだ。

 

 私自身、過去のトラウマを未だに抱えているから分かるけど、あれは精神的に相当弱り、身体にも不調が現れるようになってしまった人が見せる姿そのもの。

 

 きっと、あの女性外交官は感覚的にまとも寄りなのだろう。喋る前に彼女が行った、ミリシアル式の最上位謝罪の礼と1分間の黙祷から、申し訳ないと心から思っていると伝わった事が、それをはっきりと表している。

 

(……戦争には、反対の立場を取ってたのかな?)

 

 なお、小型魔導拡声器(魔導マイク)を使って彼女が発した、ミリシアルの人々全員に向けた謝罪や決意の言葉は、調印式を見に来た聴衆にもしっかりと響いたらしく、ヤジや物が飛んだりする事はほぼなかった。

 

 皇帝陛下が居るのも相まって警備がかなり厳重で、何かやらかした時のペナルティが重くなると言われた点を加味しても、これは凄いと言えるのではなかろうか。

 

『それでは、外交官の皆様。ルーンポリス平和条約文書に、サインの方をよろしくお願い致します』

「おっ、始まったぞ」

「みたいですね。私自身が書く訳ではないのに、何故だか緊張してきました」

「分かります。皇帝陛下や外交団の女性の演説も当然必要でしたけど、何と言ってもここが1番重要な部分だからでしょう」

 

 調子が悪そうにする中、皇帝陛下の演説よりも5分長い女性外交官による20分程の話が終わると、遂に机上に用意された条約の全文が書かれた紙へ、条約に有効性を付与するためのサイン記述が始まった。

 

 調印式のメインと言うだけあって、会場を支配していた空気が一変し、より一層厳かなものとなる。

 

 勿論それは、特別席で見守る私たちが1番はっきりと体感していて、例えるなら厳かなアルビオン城の玉座の間にて、皇帝陛下に謁見した時のような感じだ。

 

 やってる事は、単に間違えないように自分自身の名前を丁寧に書くだけ。普段であれば何ら難しい事ではないこの行為が、この場では緊張感からか難易度が結構上昇しているけど、まあ無理もない。

 

 あそこに居るのが私だったら、緊張のあまり手が震えていたに違いない。下手したら、記述ミスをしていた可能性すらありそうだ。

 

『ありがとうございました。この瞬間、グラ・バルカスとミリシアル間で結ばれたルーンポリス平和条約が、有効となります。証人は、この場に居る私を含む5万人もの人々です』

 

 用意された書類への記述が終わり、司会役の人が最後に淡々とコメントを残した瞬間、この場を支配していた厳かな雰囲気が一気に霧散していくのを感じた。

 

 本土には、カルトアルパス魔導学院の件以外目立った被害がなかったけれど、皆が心のどこかで戦争中であると常に思っていた故に、ようやく肩の荷が下りたのだろう。

 

 まあ、いくらパル・キマイラ3隻を含む古代発掘兵器、日本や魔帝を参考にした最新鋭兵器で守られてはいても、普通なら物量が圧倒的な上に技術的に近かった相手との戦争は、普通であればやりたくない。無論、そうでなくとも戦争自体が忌むべき行為なのだけど。

 

(……終わりましたよ、リリアさん。天国から、見ていますか?)

 

 皇帝陛下による閉会の言葉の後、グラ・バルカス帝国外交団が退場していく際、あの女性外交官が深々と頭を下げる光景を見ながら、私はそんな事を考えていた。

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