TUONI ~闇を被った死神~   作:サークル『熊の巣穴』

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2021年5月29日22:00 永葉県大桑村腹谷家

 

 倉庫の扉が開かれた。

 これでひとつ勝ちだ。

 出来ればもうひとつ、勝ちを重ねたい。

 

「逃げるかっ」

 

 前村長は器用に天井を移動すると、知樹の消えた裏口に向かっていった。

 それをさせるわけにはいかない。

 小銃で狙いを定め、農具の積まれた棚の足を撃ち抜く。

 

 長年の直立に劣化していた足がひとつ失われると、連鎖的に姿勢を崩す。

 崩壊した棚と農具によって、唯一の出入り口は封じられた。

 

「どこ行くんだよ、じいさん」

「清水のガキ……お前なら、わかるだろう? 都市の左翼どもが日本を支配しようとしている」

「いいや、さっぱりだ」

 

 彼がなんであれ、錯乱している。

 それが一体、現状となんの関係があると言うのか。

 この世のものでない化け物が村を闊歩し、住民を洗脳している。

 

「あの方々が、奴らに対抗する力を下さったッ……!」

「偉そうにっ。悪魔に魂を売っただけだろうが!」

 

 カサンディと戦った知樹の言葉を思い出す。

 血を分けたという言葉と、心臓を貫かれても襲い掛かった男。

 

 前村長は、あの化け物から血を貰っているのだ。恐らく、かなりの量を。

 でなければ真っ二つになってもなお、暴れ回るという芸当は不可能だ。

 

「理解出来んのか……? お前(自衛官)だって、あの連中に散々煮湯を飲まされてきただろう……?」

「だとしても、化け物よりはマシだ。選挙で負け続きだからって、妄想で八つ当たりは良くないぞ」

 

 暗がりでもわかるほどに前村長の顔が真っ赤になり、断面から滴る血が増えた。

 この件はまさに彼にとっての逆鱗だった。

 

 引退に際して村に残っていた三男を後継者とし、次期村長として立候補させた。

 ここまでは当然の流れ。しかし、ここで対立候補が現れた。

 名気屋出身の若手(40代)実業家。僅差での勝ちを譲って以来、体制は揺らいでいない。

 選挙において後継者の敗北は、自身の敗北とほぼ同義である。

 

 敗北の原因は対立候補ではなく彼らにあった。

 三男は村役場に勤める役人であり、コネで雇われた手のつけられない役立たずと評判がよろしくない。

 さらに四男の獄介は仲間内で怪しげな栽培をしている始末。

 醜態は村中に広がり、選挙運動もノウハウなき殿様商売ならぬ殿様選挙。

 

 住民達はろくでもない顔馴染みより、胡散臭い新顔を選んだ。

 

 そもそも現村長は政権与党から推薦を受けていた。

 三男になって推薦をやめたのは、元村長らの醜態で見限ったに過ぎないのだ。

 

「お前ェッ! 散々世話してやった恩人に、なんという口ぶりだ! 許さんッ、許されんぞぉッ!」

「こっちの台詞だ、裏切り者め」

 

 徹に自衛官という職を紹介したのは彼だった。

 恩義はある。感謝もしてる。投票もした。

 しかしそれはもう、今となっては過去の話だった。

 

 言葉で注意を引いている間に、作戦は決まっていた。

 天井に手で貼り付いているなら、引きずり落とせばいい。

 暗がりの中から前村長のシルエットを探り出す。

 右手に腸鞭、左手に天井。この左手に照準器の十字を上めに合わせ、引き金を引く。

 

 ほんの僅かの差で村長が動き出し、銃弾は天井に穴を穿った。

 さすがに引き伸ばしが露骨すぎたのだろう。

 屈みながらセンタメから離れる。すると鞭がルーフに鋭い傷跡をつけた。

 

 縄状の鞭はその構造から、先端は音速を超える速度で叩きつけられる。

 その威力は人体の皮膚を裂き、薄い鉄板をも切り裂く。

 鞭とは叩くためのものにあらず。切るものでもあるのだ。

 

───的が小さい癖に、力も強い。あの化け物2匹よりまずいぞ。

 

 清水徹は、覚悟を決めた。




◆前村長に哀しき過去───
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