2021年5月29日22:08 永葉県大桑村腹谷家
後方で響いた破壊音には気付いていた。
だからこそ、この男から情報を得る必要があった。
「裏口以外に、倉庫へ入る方法は」
「表から入れないなら……」
獄介は少し考える素振りを見せると、頭上を見上げた。
倉庫の中でも低くなっている一角。
よく見ると、内部の振動で壁の一部が揺れていた。
「前から壊れかけてたんだ。まだ直してなかったんだな」
「鬼武さん、俺が最初に飛び込む。合図したら入って、仕留めてくれ。相手は動く上半身だ」
「わかった」
疑問は多かったが、瑩は頷くしかなかった。
知樹が軽々と屋根に登り、瑩を引っ張り上げた。
そして、剥がれかけた壁を引き剥がす。
内部では倒れた棚の可燃物から火が燃え広がっていた。
間もなく、壁にも燃え移り始める。そろそろ消火器程度では対処出来なくなる勢いだ。
徹は車を盾にしながらなんとか戦っていた。
しかし状況はよくない。左肩に大きな裂傷を負い、火炎瓶を吹き飛ばされて中身の燃料を被っていた。
敵は。前村長は。
半分爆ぜた頭部が再生している最中。
再生能力は健在だが、地面に落とされていた。
彼の左手だ。そこに大きな風穴が開いている。徹が撃ち抜いたのだ。
「鬼武!」
天井に貼り付いていないのなら、彼女がやれる。
知樹は瑩の名を呼び掛けた。間もなくして彼女も入り込んだ。
「本当に上半身……?!」
やると決めた知樹は早い。
畳み掛けるために3発の散弾を浴びせかけ、なおかつ接近する。
瑩が一撃を入れるには、刃が届くまで隣接する必要がある。
ボロボロにして拘束すれば、確実に決められる。
散弾銃を撃ち尽くすと、リボルバーに持ち替える。
「油断するな!」
徹の一喝。素早く動く気配に気付いたのはほぼ同時だった。
咄嗟に飛び退き、飛んで来た何かをかわす。
目にした瞬間、それが何か判断するのに窮した。
足、厳密には下半身だ。
下半身だけが独立して動き出し、蹴りをかましてきたのだ。
「マジかよっ」
奇襲に失敗した前村長の下半身は素早く床を這い回り、棚の隙間に消えた。
思えば、崩れ落ちた後はどこにも見当たらなかった。
やりたい放題なのにも、程がある。
「これが血の力……ラーイー様の下さった、選ばれし者への恩恵……!」
瑩は驚愕した。
父からは魔の者が人に力を分け与えるのは可能と聞いた。
しかし、これほどまでとは。死体同然でも、上下分たれても動けるとは。
ナタの刀身に力を纏わせ、知樹の隣に立つ。
その焔を見て、前村長は目を覆った。
「なっ、なんだその火はっ……眩しいっ、熱いいっ!」
「試してみろよ。きっと気にいる」
一歩踏み出すと、前村長は燃え盛る炎に目もくれず後ずさった。
この焔に燃やされるのが危険だと、知らずとも本能的に察知しているのだ。
そして知樹は気付いていた。相手が繰り出す次の一手に。
気配に対して、瑩の間に割り込む。
攻撃にはタイミングというものがあり、乱されればその効果は薄くなる。
故に、下半身の蹴りは知樹の肘に受け止められた。
「素人め」
鎧通の一閃。
人外じみた耐久を持つとはいえ、元は劣化した老人の足。
分厚く鋭い刃は、劣化した薄い皮と脆く細い骨を寸断した。
黒ずんだ血飛沫が舞う。
カサンディともデミノとも、そして人とも違う色の血。
既にこの世の生き物ではない肉片が床を転がると、追撃を受けまいと逃げ去った。
───すごい、見えなかった……!
知樹の並外れた身体能力は瑩も知っていた。崖の降り方を見れば一目瞭然だ。
しかしこれは、あまりにも尋常でなかった。
人外相手の奇襲にも対応出来る柔軟な思考、突飛な思考を実現させる身体能力。
なにより、戦いを全く恐れていない。
───なんなの、この人……?
背中を任せられる相方。
母が話してくれた経験が、彼女の脳裏をよぎった。
◆鍛錬を極めた人間VS人を辞めた人外───