TUONI ~闇を被った死神~   作:サークル『熊の巣穴』

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2021年5月29日23:10 永葉県大桑村路沿

 

 村に人の気配はなかった。

 まるで全ての命が絶えたかのような静寂に、車のエンジン音だけが響いていく。

 

「もう少しで県道だ」

 

 タイヤを転がす獄介が、自分へ言い聞かせるように呟いた。

 郵便局のある丁字路。すぐそばの橋を渡れば、そこが県道32号だ。

 

 しかし、終わりまで気を緩めてはいけない。

 研修センターへ続く道から、ヘッドライトの明かりが差し込んだ。

 別の車。この状況では、中立や味方はあり得ない。

 

「ひっ……」

 

 思わず獄介がブレーキを踏み込んでしまった。

 建物の陰から、軽トラックに箱乗りする暴徒の群れが現れたのだ。

 数は10人以上。進路は容易く塞がれ、退路は袋小路(Deadend)だ。

 

「どっ、どうしよう……」

「くっ……」

 

 このままでは襲われる。

 一同が戦慄する中、知樹は機転を効かせた。

 

「パッシングしてハイビームにしろっ」

「あっ、ああっ」

 

 パッシングとは、ヘッドライトをロービームとハイビームを交互に切り替え相手に意図を告げる動作だ。

 この意図は状況や地域によって異なる。

 

 しかし今の状況なら明白だ。

 先に行けという、譲り合いの精神である。

 

 ハイビームに切り替えれば、人間の目は幻惑を起こしやすくなる。

 視界が潰れて味方と誤認するように仕向けたのだ。

 

 知樹の目論見はうまくいった。

 軽トラは左折し、橋へと向かう。

 

「途中まで追い掛けろ。近づき過ぎるな」

「わかってるよっ」

 

 ハッキリと見られないように、距離を置きながら追従する。

 果たして、彼らの目的地はどこか。

 自分達と同じ方向か、あるいはどこか違う場所か。

 

 固唾を飲んで見守ると、外から声が響いた。

 

「村長様だぁっ」

 

 くぐもった声は、確かにそう叫んだ。

 すると荷台の暴徒達が万歳を始めた。

 

「村長様ばんざーい!」

「ばんざーい!」

 

 車を見て、前村長が乗っていると判断したのだろう。

 さらに言えば、運転席に座っているのは実の息子の獄介だ。

 運転手をやっていても不思議ではない。

 

 これは、前村長の夢だ。

 住民達に慕われる、自治体の長。

 化け物達に利用された、心の弱みの表象だ。

 

「くっ、くそっ……」

 

 父の()みをまじまじと見せつけられた獄介はうめいた。

 彼らはただプログラム(やれ)と言われたことをやっているに過ぎない。

 こんなものは敬意ではない。ただの反射だ。

 

 見せられる息子もそうだが、当の本人もまともならば辛かったに違いない。

 

「腹谷さん、気をしっかり」

「大丈夫です」

 

 弥生の言葉に獄介は深く頷いた。

 橋に差し掛かり、越える。

 

 すると軽トラは左折した。

 反対方向に見えたが、すぐに右折して城下へ続く坂を登って行った。

 

「儀式を守ろうとしてる……?」

「多分、研修所がもぬけの殻なのに気づいたんだろう」

「必要な絶望エネルギーが、もう集まってる」

 

 目標に価値がなくなれば、リソースは再分配される。

 今の最重要目標は儀式というわけである。

 

 これ以上の追従は危険だ。

 右折して県道を北上、脱出路へ向かう。

 

「なあ。検問所が作られてるかもしれない。やっぱり俺も……」

「いや、君は儀式の阻止を優先してくれ」

 

 知樹の言葉を、他ならぬ獄介が遮った。

 

「儀式ってのが成功したら、連中がもっと来るんだろう? そうなったら、この村だけじゃ済まない。これ以上、父さんのミスを広げられない……確かに、自分の半分も生きてない子供に託すのは情けないけど」

「本当に、教師失格だわ……」

 

 大人として、生徒を守るべき。

 しかしそれは叶わない。共に逃げ惑うことさえ。

 

 弥生の目から涙が溢れ出した。

 あまりにも無力で、情けない。

 

 春香はその背を優しく撫でた。

 

「ねぇ。幕内……さん?」

「知樹でいいよ。周りからはマック、て呼ばれてるけど」

「マックぅ?」

 

 言われてみれば理解出来るが、本人が発したとは思えない言葉に思わず吹き出した。

 気を取り直して、向き直る。

 

「マック。えーちゃんを、守ってあげて」

「俺は……」

 

 以前までの知樹ならば、自信満々に頷いたことだろう。

 任せとけよ、楽勝だ。などという言葉を添えて。

 しかし今は違った。

 

「他人守りながら戦えるほど器用じゃない」

「えー……そこは自信満々に頷くとこでしょ……」

 

 例えそれが、戦える人間(清水徹)であっても。

 喪失の苦しみが、知樹の心に居座っていた。

 

「大丈夫、足を引っ張るつもりはない」

「本当か?」

「相手が誰であっても……私は、やり抜く」

 

 瑩の瞳には、強い決意を感じた。

 

 車は自動車工場を越え、間もなく電信柱の倒されていた位置に差し掛かる頃だった。

 

「ここだ。そこの、土が踏み締められてる獣道の先にトンネルがある」

「目印はあるか?」

「赤い旗の目印を、戸のそばに立ててあるはず。元あった擬装(覆い)も外してある」

「確かか?」

「観光名所にしようとしてたんだ。俺が元担当。安全性の問題で没ったけど」

 

 数百年前に掘られたトンネルだ。

 現状は形を保ったとしても、何かしらの衝撃で崩落する恐れはある。

 予算が出なければ、観光地化は不可能だろう。

 

「それ、大丈夫なの? 崩れたりしない?」

「最低限の補強はしてあるんだ。学術目的で保護されてるから」

 

 春香が呈したもっともな疑問に、さらりと回答した。

 しかし、最後に不安な一言を付け足した。

 

「戦闘とかしなければ、大丈夫だと思う。多分」

「……気をつけていくとするか」

 

 後部ドアを開くと、知樹は外の世界へ足を踏み出した。

 その顔には、髑髏が浮かんでいた。




◆暗闇の刻が始まる───

ここから幕内知樹という陰謀論狂い親露親父信者のクソガキが徐々に変わっていきます
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