TUONI ~闇を被った死神~   作:サークル『熊の巣穴』

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2021年5月29日23:29 永葉県大桑山城跡隠し道

 

 緑色のぼうっとした光が、坑道を照らした。

 

「電気のライトは使わないの?」

「こういう時は化学灯の方が使い勝手がいい」

 

 その使い勝手の良さとは。

 言われても、瑩にはピンとこなかった。

 

 山城跡へ続くトンネルには、風に乗ってくる異臭が充満していた。

 いや、これを異臭と呼ぶのは不適切かもしれない。

 どちらかといえば、嗅いだことのない分類不能の匂いだろうか。

 

 まさしく、これが敵の持つ異界の匂いであった。

 

 隠し道には分岐路の類はなく、緩やかに歪みながら真っ直ぐ続いていた。

 進路を一瞥するとベルトにケムライトを戻し、散弾銃を握り直す。

 

「これを被った方がいい。撃つ事になったら、耳が酷い事になる」

 

 知樹が手渡したのは、自分が付けていた防音ヘッドセットだ。

 銃声は想像の何十倍も大きな音で、音の反響する閉所では脳を揺する。

 

 瑩は既に間近で銃声の破壊力を耳にしていた。

 拒む理由はない。

 

「ありがとう。だけど、そっちはいいの?」

「心配ない。銃にも慣れてる」

 

 先ほども聞いた文句だ。

 思わず彼女は笑みを浮かべてしまった。

 

「なんか、何にでも慣れてそう」

「かもな」

 

 骸骨のペイントを施した顔も、僅かに微笑んだ。

 

 大雨の際に排水するためか、隠し道は僅かに傾斜が掛かっていた。

 天井は元来から支えている木製の柱や梁に加えて、真新しい金属のものもあった。

 道幅は人ひとりが通れる程度はあったが、補強の資材によって知樹のように大柄な男がギリギリ通れる幅となっている。

 

 ここで敵と出会ったら、避けて通るのは無理だ。

 では戦うとなると、かなりの制限が課せられる。

 

 武器は振り回せず、動きも進退だけ。

 即ち、あらゆる点を貫く知樹の銃。

 瑩ならば、刀の刺突が重要となってくるわけだ。

 

 僅かな光源を頼りに、狭く暗い道を進む。

 瑩は耳と魔の気配を頼りに、先手を打たれないように集中した。

 すると、目前の床から込み上げる何かを感じた。

 

「待って」

「どうした?」

 

 焔を纏わせた切先で、坑道の床を撫でる。

 そこで紋様が浮かび上がらなければ、知樹も異変に気づけなかっただろう。

 浮かび上がったのも一瞬だけ。その後はまるで油に火が着いたかのように消失した。

 

「あれは?」

「一種の……魔法ってやつかな。父さんが見せてくれたことがある」

「触れたらどうなる?」

「モノによりけり。流石に種類まではわからない」

 

 不可視の罠。

 ここに来てとんでもないものが出てきたものである。

 

「そういうのは頼んだ。敵の気配は任せてくれ」

「OK」

 

 言われてみれば、最初の罠を越えた辺りから道に踏まれた痕跡があった。

 人のものではないという前提がなければ、見過ごしていたかもしれない。

 

「誰かがこの辺りを通ったようだ」

「じゃあ、この先には罠が?」

「恐らくな」

 

 山道には戦力を配備して守りを固める。

 一方で狭く大規模な部隊を通せない隠し道には罠を設置する。

 

 侵略者達の工夫を感じられる布陣だ。

 彼らはあくまで威力偵察兼先鋒部隊であり、本隊ではない。

 そういうことなのだろう。

 

 何度か瑩の手によって不可視の罠を解除し、残る行程も僅かだろうか。

 そんな時不意に、知樹が気配に気付いた。

 

「誰か!」

 

 ベルトから化学灯を外すと、気配に向けて投げつけた。

 弱い緑色の光源が、こつりとぶつかる。

 

 うつ伏せに倒れたそれには、右腕がなかった。

 背中には大きな爪痕があり、上を向いた右頬からはほとんどの肉が削がれていた。

 頸部()には深々と穿たれた穴───いや、咬傷(こうしょう)

 

 肝心なのはそれが、明らかに人に見えないという点だ。

 知樹が城下から脱出した時に見た、ゴブリンのような化け物だ。

 

「あ、げ……」

 

 青い舌が震え、声にもならない音を漏らした。

 人間はもちろん、化け物でも致命傷の数々。

 息をしているだけ、彼らはやはり頑丈だ。

 

「こいつはもう、何も出来ないと思う」

「問題はこいつじゃない」

 

 肝心なのは、これをやったのが何者かという点だ。

 仲間割れにしては様子がおかしい。

 

 知樹は足を止めて、死にかけのゴブリンにとどめを刺した。

 そのうえで死体を睨む。

 

 首の噛み傷は深い。

 触れてみると骨は砕かれ、深さは8センチほどあった。

 さらに血液に混じって茶色い毛が貼り付いている。

 

 視線を巡らせると、少し先では糞が複数転がっていた。

 消化物は一目で草とわかる程度に原型を留めている。

 便臭はない。代わりに異臭の中に獣臭を感じた。

 嫌な予感がさらに高まっていく。

 

「急いでここを出よう」

「どうしたの?」

「ここは、化け物よりヤバい奴のねぐらかもしれない」

 

 化学灯を拾い上げると、足早にトンネルを進む。

 そこから先は過去に作り直されたのか、幅が広くなっていた。

 

 ここの主人と鉢合わせる前に、出口へ。

 吹き込む風に含まれる異臭は強くなり、外気の生温かさを感じた。

 

 そして、闇の中に僅かな光を感じた。

 外だ。幸いにも、誰とも遭遇することなく通り抜けたわけだ。

 

 外に出てすぐ、左手側には舗装された道が伸びていた。

 

「ふぅ、なんとかなったか」

「あそこ、何がいたの?」

「知らない方がいいだろうな」

 

 瑩はイヤーマフを知樹に返却し、進路の方向を睨んだ。

 視線の先には開かれたゲートがあり、表に立ち入り禁止の文字がうかがえた。

 あそこで山道と合流するのだろう。

 

「鬼武。こっちをゆっくり振り返れ」

「え?」

「何を見ても、絶対に叫んだり急に動くな」

 

 極めて強い緊張を孕んだ知樹の声。

 この状況下でも、ここまで彼が強張った声を発したのは初めてだった。

 

───一体、なんなの?

 

 言われた通り、ゆっくりと。

 瑩は出口の右側を振り返った。




◆背後に潜むものは一体───?
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