TUONI ~闇を被った死神~   作:サークル『熊の巣穴』

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2021年5月29日23:57 永葉県大桑村県道32号線

 

 落石によって退路を塞がれ、包囲される。

 十分予想出来た事態だった。

 

 なぜ知樹が申し出た対策を断ったのか。

 それは拡散の防止という大義名分に目がくらみ、目前に佇む出口に気が逸ったとしか言いようがない。

 

「アヒャヒャヒャっ! 開けろォッ!」

「開けたらすぐ死なせてやるよォッ!」

 

 鎌がボンネットを貫き、石つぶてがドアを叩く。

 ヘッドライトは真っ先に破壊され、光源は車内のライトと暴徒が持つ懐中電灯のみ。

 

「ひぃっ、やっぱりカッコつけるんじゃなかったぁっ!」

 

 獄介が頭を伏せながら無様に喚く。

 

「大丈夫、大丈夫だから。すぐ、助けが来るからね……」

 

 後部座席の弥生は震える春香を抱きしめながら、現実逃避した。

 さもなくば恐怖に負けて喚き散らし、ドアを開けてしまいそうだったから。

 車内の皆が目前に迫る死に抵抗していた。

 

 ドアや窓が打ち破られるまでの、なにも出来ない戦い。

 いや、戦いですらない。相手はその気になれば、すぐにでも窓を破る事ができる。

 これは絶望させるために、弄んでいるのだ。

 

「もう終わりだぁっ! 助けてくれぇっ!」

 

 恐慌に任せて獄介は絶叫した。

 

 どれほど絶望しても。

 どれほど恐怖しても。

 どれほど懇願しても。

 

 その叫びは、外に届くことはない。

 

 そのはずだった。

 頭上を過ぎる轟音に、思わず獄介は頭上を見上げた。

 暴徒達も同じく疑問に思ったのか、破壊する手を止めて過ぎ去った音源へ視線をやった。

 

「なっ、なんだぁっ」

「聞いてないぞっ」

 

 暴徒が口々に疑問を吐き出す。

 この異常な状況における、明確な異変。

 あれは───

 

「ヘリコプター……?」

 

 獄介が呟くと同時に、目前の暴徒の頭部が弾けた。

 続けて音も光もなく、かつての村人達があの世へ葬られていく。

 

「あ、へ、へっ……?」

 

 車の周囲に立つ者は消え去った。

 訳もわからず辺りを見回すと───

 

 闇のなかで、何かが動いた。

 徐々に輪郭を帯びるそれは、暴徒のひとりが持っていたライトによってその姿を現した。

 

「自衛隊の……迷彩服っ!」

 

 反戦集会の資料で目にした事のある存在。

 そう、あれは陸上自衛隊で採用されている迷彩パターン。

 日本の植生に合わせた緑・黒・茶色で構成されている装備。

 

「じっ、自衛隊なのか……っ?!」

 

 手にはやはり、自衛隊が採用している自動小銃がある。

 そしてその銃口は、車に向けられていた。

 

「うっ、撃たないで! 俺達は……正気だ!」

 

 咄嗟に窓を開き、自衛官にわかるよう両手を掲げる。

 距離が徐々に、確かに縮むと相手が複数であるとわかった。

 

 宣言した。害意のなさもアピールした。

 しかし、殺意の切先(銃口)は変わらない。

 

───まさかこいつら、俺達を消すつもりじゃ……!

 

 腹谷獄介は、反軍事力思想の持ち主だった。

 大学時代に学んだ思想(・・)では、自衛云々以前にそもそも武力など持つべきでない。

 対話と外交によって問題を解決するべき。それが文明社会人である前提と学んだ。

 

 武力には、強権や独裁と強いシナジー(相乗効果)が存在する。

 今の政権は戦後最長の内閣であり、お世話になっている先生達は日頃から警鐘を鳴らしていた。

 

『国会や国民を軽視している奴は必ず、この平和で美しい日本を戦争国家へと変える』

 

 国家の暴力装置たる軍や自衛隊は、必ずその権力の走狗となる。

 その証拠に、この帝国軍の残虐さを見よ。

 獄介の脳裏に、かつての日本が行った残虐行為の資料がよぎる。

 

 彼らは、それを行おうとしているのではないか。

 この外と隔絶されたこの村で。

 

 額を脂汗が滴る。

 自分達には、何かをする権利は存在しない。

 武力を持つ者(向こう)が生殺与奪権を握っているのだ。

 

「待った」

 

 この場にそぐわない女性の声が響いた。

 ハリのある声で、少女と聞き紛うほど若い。

 

「お名前は?」

「はっ、腹谷獄介。大桑研修センターで管理人をしています。後部座席には、永葉南のふたりが」

 

 タブレットの画面が光り、ようやく彼女の姿が現れた。

 ビジネススーツを完璧に───いや、靴がスニーカーだ。

 これでは完璧に着こなせているとは言えない。

 

 容姿は声と同じく、少女のように若く見える。

 しかし、違う。長年の対人(女性)経験から獄介は否定した。

 歳は同じか少し若いぐらい。見た目ほどずっと若くない。

 

「間違いない。この車の人達は大丈夫でしょう、保護を」

「了解。カギを」

 

 自衛官の誘導に従い、ロックを解除する。

 すると、彼らは驚くほど丁寧に車から出るように促した。

 

「皆さんは……自衛隊、なんですか?」

 

 意を決して、弥生は彼らのひとりに尋ねた。

 すると、その男は女性に視線をやった。

 彼女は頷いた。

 

「そうです」

「なら、聞いて欲しいことがあります」

 

 絶対に嘘だ。こんな様子で自衛隊のはずがない。

 しかし相手が誰だとしても、伝えなければならないことがあった。

 

「私の生徒……子供達が、まだ戦っています。あの城跡で!」

 

 それを聞くと、女の方が興味を持った。

 タブレットを睨んだまま、弥生に歩み寄る。

 

「幕内知樹。あの子もその場に?」

「えっ……? はい、そうですが……?」

「なるほど」

 

 思わぬ名前の登場に、弥生は困惑しながらも頷いた。

 そこで浮かび上がったのは、笑顔。

 この状況に最も似つかわしくない表情。

 

「了解しました。あとは我々にお任せください」

「お願いします、えーちゃんを……」

 

 春香も震えを堪えながら懇願した。

 彼女はまた別の笑みを浮かべて返答した。

 

「ご安心を、もう心配はありません。医療班が待機していますので、そちらへどうぞ」

 

 笑みは笑みでも、無関心な対象に向けるそれ。

 三人にとっても、彼女の存在は関心の対象ではなかった。

 

───どうか、無事で。

 

 自分達の代わりに、命を賭けることになったふたり。

 彼らの無事を強く祈った。




◆この女の正体は───?
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