2021年5月30日04:50 永葉県大桑山城跡本丸跡地
絶望の終わり。
門の崩壊はその象徴だった。
「終わっ……たの?」
「ああ。よく頑張ったな、瑩」
自分の父からそう告げられると、稜線から出てきた朝日を背景に腰が抜けた。
異界から守るひとりの戦士から、単なる少女へと戻った瞬間であった。
「父さんっ、わたし……わたしっ……!」
「ああ。話したい事があったら、落ち着いてゆっくり話すといい」
親子は優しく抱き合い、父が子の功績を讃え、心労をねぎらう。
遠巻きにそれを見ていた少年の心中に、言葉にならない感情が湧いた。
───羨ましい。
父から受ける評価と称賛。
知樹が持て余している行動力の根源。
そして、最も求めているもの。
心の中で荒れ狂う嵐に気付いたのか。
瑩の父親が知樹へと視線を向け、歩み寄った。
「やあ、娘が世話になったな。私は鬼武
赤い髪を持つ美青年が恭しく一礼した。
その顔は驚くほど若々しく、とても年頃の娘を持つ父親とは思えなかった。
「……幕内知樹。こちらこそ、瑩さんの世話になりました」
「聞くところによれば、娘とひとつ違いだとか。とても、そうは思えないな」
「誉め言葉として受け取っておきます」
「いいや、これは誉め言葉ではない」
柔和な笑みが一変、真剣な眼差しが知樹を見た。
「お察しの通り。私は魔の世界の出身で、仮にも軍の指揮を任されていた。だからわかる」
「父さん……?」
困惑する娘をよそに、修史は知樹の肩へ手をやった。
「君の眼は、戦士の眼だ。少なくともこの国の、その年頃の少年にあってはいけない眼だ」
「だとしよう。それが何か?」
「いったい何が、君をそうさせる?」
至極単純な問いであった。
一体なぜ、そこまで性急に、かつ強く戦えるようになる必要がある?
それは大人になって、自分を理解できるようになってからでも遅くないはず。
彼はそう問うていたのだ。
「あなたには関係ない話だ」
「かもしれないな。だが、私の戦士の勘は違うと言っている。君は強い、強くなれる逸材だ。しかし、理由がない」
「理由、か」
「私にはその理由なき強さが、巡り巡って多くを巻き込む。そう思えてならない」
本来この言葉は、知樹にとってクリティカルなものだった。
彼にとって戦い、極める理由は父の役に立つ。それだけだ。
これは一見答えに見えるが、そうではない。
知樹はその父が持つ、目指している目的すら知らないのだから。
だからこそ、彼は当てずっぽうな返答をした。
「ダーク・ステート。あなたならご存じのはずだ」
「……そうだな、知ってはいる。ただ、ご希望には添えないだろうな」
修史はこの世界で生活するうえで、魔の世界が他の手段を用いて干渉していないか調査したことがある。
そのうえで真っ先に引っかかったのが、このダークステートと言っても過言ではない。
多くの国々を裏で支配する、外宇宙の侵略者に隷属する権力者。
搦め手を得意とする魔族がやりそうな手段であった。
しかし少し調べて、その存在を叫ぶ人間と対話して確信した。
それは実体のない存在であると。
強いて言うなら、人の弱った心が生んだ
「奴らと戦い、善き人々を守るため。あなたの
「ちょっ、ちょっとマック……? さっきからなに言ってるの……?」
瑩からすれば、話の流れが理解不能だった。
父はいつものように、超人的な洞察力で相手の裏を読む。
あまり長引かせるのは、娘の心労によくないだろう。
そう判断した修史は手短に結論を出した。
「まず言わせてもらうと、だ。ダークステートと魔の世界は一切関係がない。重ねると、DSとやらはそもそも存在しない」
「出まかせをッ! あんな真似ができるのが、DSと背後にいる外宇宙人をおいて他にいるものか!」
「なあ。君はどれほど、その組織について知ってるんだ?」
「……話せば長くなる。ただ、世界を支配しようとする侵略者。それで十分だ」
大言壮語を吐いておいて、知樹は少したじろいだ。
その妄想は内に秘めるばかりで、あまり他人に話したことがないのだろう。
徐々に読めてきた。
幕内知樹という少年は、DSという組織について詳しくない。
全く知らない、あるいは他人の受け売りだ。
恐らく赤の他人ならば、干渉しようと考えなかっただろう。
しかしこの少年は娘の恩人。性根は歪みこそすれど善人だ。
さらに、強い迷いと出口を求める心を感じられた。
正義と恩、そして現実との葛藤。
それが過去の自分と重なった。
故に修史は見捨てられなかった。
「……私の言葉が信じられないか?」
「たとえ違ったとしよう。だが、別口の可能性もある……!」
知樹の中で数列が生じた。
常に都合のいい言葉を生み出し、精神の平衡をもたらす存在。
だというのに今回、その数列が形を持たなかった。
出てきている感覚はある。
しかしそれが、答えを出してくれないのだ。
───いや、自分で考えないと……行動しないと……!
思考を巡らせるも、今までのように答えが出せない。
「たとえば……」
突如として、知樹に羞恥心が芽生えた。
その論の証拠はなく、根拠もない。
「……」
今までならば躊躇いもなく言えただろう。
親父がそう言っていた、と。
それが急に権威主義的で、みっともない捨て台詞に思えてきたのだ。
彼が普段“ムシ”と軽蔑する存在と同じような、醜怪で情けないものに。
「……わからない」
「そうだな。“わからない”。君の言う可能性も、完全に否定はできない。私は人ではないし、人であっても他人の事などわからないだろう」
対立する相手から向けられた、わかりやすい助け舟。
少し前の知樹はこれを、相手の弱さと見てしまっただろう。
そこでまた、知樹は羞恥で壊れそうになった。
相手の心遣いを弱さと捉えてしまうとは。
「少し安心したよ。わからないと認められるなら、まだ君の心は壊れていない」
一言二言で精神を落ち着かせられるなどと、修史も図に乗ってはいない。
恩人が狂人の道をひた走るほど壊れていない。
それが分かっただけでも、この会話には価値があった。
「また会おう。今度はもう少し落ち着いた場所でね」
修史が告げるのとほぼ同時に、ヘリが上空で着陸の準備を始めた。
知樹と瑩を収容し、病院まで搬送するためだ。
一度に何人もヘリで送られては、さすがに目立ちすぎる。
そういうわけで、ふたりは別々の病院に搬送されることになっていた。
「鬼武さん、ヘリへどうぞ!」
「さ、行こうか」
瑩は父親の言葉にうなずくも、少し躊躇った様子で知樹に振り返った。
「ねぇ、マック。その、また会えるかな?」
共に肩を並べ、人知れず世界を救った相方。
父親との問答でわからないところが増えたが。
それでも、これでお別れなのはもったいないと感じていた。
知樹は伏せた顔を瑩に向けた。
「いいや」
それきり、再びうつ向いてしまった。
否定しようと彼女は口を開いたが、言葉が出なかった。
物影の暗闇で頭を抱えるその姿。
そこに強い苦痛と葛藤を感じた。
───なんだかよくわからないけど、まだ戦ってるんだ。あの人は。
それは、他人の介在してはならない戦場。
独力でゴールまでたどり着かなければならない迷路。
少年の心を信じ、瑩はヘリに乗り込んだ。
山の稜線へと消えていく姿へ視線もやらず、知樹はまとまらない思考で答えを探していた。
信頼できる
心の中で答えは出ているはずなのに、それを認めたくなかった。
『自分の父は陰謀論に傾倒した狂人』
敬愛する父とそれを信奉してきた
「そちらのヘリも間もなく到着しますよ」
傍らにいた仁が報告した。
そういえば、こいついたな。
知樹は素で存在を忘れていた。
「まだいたのか」
「ええ、どこにでもいますよ」
眼鏡のパッとしない男は、いつもと変わらない笑みをたたえていた。
~第二章『At DOOM's GATE』了~
◆もうちょっとだけ続くんじゃよ───