2021年6月3日08:24 小張県名気屋市大正区 名北学園
「あっ、マック!」
同級生、
検査入院のため、平日になっても休みが続いていたのだ。
本来ならもっと期間を置く必要があったが、本人の強い要望と治癒力の高さから退院が許されたのだ。
「よう」
「大丈夫だった? 遭難して、熊に襲われたって……」
入院の理由は登山中の遭難と熊の襲撃としていた。
遭難は事実であり、主な怪我も熊の攻撃によるものなので嘘ではない。
知樹は完全に塞がった腕の傷を掲げて答えた。
「ああ、返り討ちにしてやった」
「どこまで人間辞めてるのさ、君は」
「運が良かっただけだ。瞬きひとつ間違えるだけで死んでいた」
詳細を話すことはできない。
ただ手短に、敵と対峙した感想を口にする。
しかし、慶太はどこか彼の返答に違和感を覚えた。
普段ならば、ここで自分の実力を誇るところだ。
「なんかマック、雰囲気変わった?」
「……そうかもな」
知樹は椅子に腰掛けると、ノートを開いた。
数日分の授業の遅れだ。本来なら慶太辺りに撮影したノートを写させてもらうところだ。
しかし知樹のスマホは押収されたまま。
故に、タイミングは今しかなかった。
「ケー、頼む。ノート写させてくれっ」
「ああ、うん。もちろんだよ」
開始5分前の予鈴がなり、担任の気配が近付いてくる。
それでもなお、手を止めることはない。
ホームルームが終わり、授業が始まる。
それは手を止める理由にはならない。
授業と並行しながら、過去のノートも転写する。
こうして、幕内知樹の日常は再開された。
◆ ◆ ◆
3限目の現代文が終了する。
チャイムが鳴った瞬間、現文教諭がそそくさと後片付けを始めた。
「んじゃ、これで終わりね。あと幕内、お前病み上がりなんだから無理すんなよ」
「どうも」
教諭へ視線すらやらず、ひたすらノートで鉛筆を走らせ続ける。
知っていたが、これは言っても聞かないな。
教諭も諦め半分に退室していった。
「ねえ、マック。いま姉さんから連絡があったんだけど……」
「聞いてるぞ」
すぐ背後の慶太から報告を受けつつ、やはり視線は前に。手は止まらない。
「20日に
「今知った」
「ハンナさんが一緒にどうかって」
ハンナ、ハンナマリ・ヒルヴィサロ。
フィンランドからの留学生で、ひと月ほど前と数週間前に知樹が救った少女だ。
あれ以来、彼女は事あるごとに知樹に声を掛けていた。
記憶を巡らせる。その頃は特に予定はなかったはずだ。
「けど、いいのか? 弦楽部の演奏会近いんだろ?」
「いいじゃない、1日くらい」
「1日か……」
あまりいい傾向ではない。
直前だからこそ、油断してはならない。
と、以前の知樹は考えただろう。
しかし、適度な休息がなければ肝心な時に動けなくなる。
彼は身をもって体験していた。
一般人である彼女達には特に必要だろう。
「そうだな、行くよ」
「おっけ、伝えとくよ」
知樹は視線を上げると、軽く伸びをした。
◆久々にまともなイベントの気配───