2021年6月20日19:35 小張県名気屋市久那区家鴨公園
神宮への参拝を終え、一行は花火見物にふさわしいとされる
既に日は水平線の向こうへ消え、十三夜の月光と街灯が世界を照らしている。
知樹と慶太は川の手すりぎわに集まった。
「いい感じのところが取れたね」
「ああ。先客が顔見知りで助かった」
先にこの周囲を外観の暴力性と威圧によって陣取っていた集団がいた。
その連中は前の学園で知樹と
結果、知樹が顔を見せただけで彼らは快く場所を開放し、退去したわけである。
閑話休題。
間もなく花火開始か、といった頃にハンナと文華が買い出しから戻ってきた。
「ごめん、思ったより人が多くって」
「危なかったな。もう少しで開始だ」
知樹の腕時計は39分30秒を指していた。
予定に遅延がなければ、1分以内に花火が始まる。
ハンナからたませんを受け取ると、花火が打ち上がる川の対岸へ視線をやる。
打ち上げ準備のスタッフが慌てている様子はない。
発射機に何かが投入された。
「時間だ」
1射目が始まった。
ひゅー。少し前に聞いた、砲弾の飛翔音を想起させる。
違いは、この火薬の塊が殺傷を目的としたものではないという点。
ドン! 頭上で色彩豊かな光が四散した。
慣れない衝撃と爆音に、周囲の人々が忙しなくスマホのカメラを向ける。
知樹は空で繰り広げられる彩りに、ただ視線をやっていた。
「きれい……」
頭上から降り注ぐ炸裂と周囲の喧騒に交じって、ハンナの呟きが耳に届いた。
そう、この火薬を用いた破裂はきれいなのだ。
「ああ。火薬の正しい使い方だ」
先の兄妹の事件に続き、異世界の化け物騒動。
心に溜まった疲れが衝撃と共に押し出されていくようだった。
たませんを一口かじる。
薄いせんべい二枚でサンドした目玉焼き。
味付けはソースとマヨネーズ、お好み焼きに近い。
口の端にソースがべったりと広がり、包み紙に質量と生暖かい感触を覚えた。
たません恒例のおもらしである。
「あっ、ソース顔についてる」
「きれいに食べられるのか、これは」
「たません初めて?」
「ああ」
ハンナが手を伸ばし、知樹の頬をハンカチで拭う。
まるで彼女は玄人のような態度だが、日本に来てまだ一年未満である。
「むふふ、見てて」
まだ日本の四季すら目の当たりにしていない彼女は、たませんを堂々と口に運んだ。
そして、かじりついた。
ドボッ! ごろごろっ───
肝心要の目玉焼きが支えを失い、包み紙の中を転がった。
「ンンッー?!」
彼女は今、レンタルの浴衣を身に着けていた。
落ちようとしている目玉焼きは、ソースとマヨネーズで味付けしたものだ。
それが浴衣に落下しようものなら、汚損のクリーニング料を取られてしまう。
「っと……」
包み紙から零れ落ちた目玉焼き。
胸元に落ちる寸前、知樹がそれを手で受け止めた。
「言葉ほど、口は大きくなかったみたいだな」
「はりはほっ」
「それで、こいつはどうすればいい?」
手の内にすっぽりと収まった目玉焼き。
地面に落ちたものを食べるよりはマシだが、一般的に諦めるしかない。
しかし、ハンナは少々。いや、だいぶ変わりものだった。
「はむっ」
「あっ!」
彼女は迷いなく、知樹の手に顔を突っ込んだ。
そして、ぺろり。目玉焼きを一口で収めた。
「汚いぞ!」
「……大丈夫よ、このくらい」
ぺろりと自身の口についたソースを舐めとる。
そのしぐさに、知樹はどきりとした。
女どころか性すら知らぬ少年には刺激が強すぎるのだ。
「ほい、ハンカチ」
「ああ……」
互いの表情が花火の光で様々な色を見せる。
それぞれの瞳に映った顔は赤みを帯びていた。
◆ ◆ ◆
光の乱れ撃ち。
地上から吹き上がる無数の光線が夜空を彩り、消えていった。
これが、最後の打ち上げだった。
「あっという間の1時間だったわ」
「確か、フィンランドでは大晦日に花火を打ち上げるんだったな」
「あんな曇り空のと比べたら、職人さん達に失礼よ!」
と、ハンナは嬉しそうに喜んでみせた。
それは間違いなく、日本の花火職人達に向けた称賛なのだろう。
しかしどこか、知樹は引っかかるものを覚えた。
───誉めてるはずだが、何かが違う。
彼女の言葉からは優越感が
自分は相手よりも上の側にいる。そんな歪んだ優越だ。
「なあ、ハンナ……」
多分、それは間違っている。
咎めようと口を開くも、適切な言葉が浮かばない。
「どうしたの、マック?」
「いや。ただ、だな……」
言葉を考えるために、視界が何気なく前方を向いた。
すると、不意に視線が交差した。
あの時とは全く違う衣装、浴衣だ。
しかしわずか3日前の出来事なのだから、ふたりの顔を忘れるはずがない。
「あー……こんばんは」
「あひゃー、最悪のタイミング」
鬼武瑩と、伊藤春香。
あの事件で共に戦い、逃がした少女達も祭りを満喫している最中だったのだ。
◆これは……修羅場───?!