2021年6月20日19:27 小張県名気屋市久那区家鴨公園
彼女は未だ、自分がこの喧騒の只中にいるのが信じられなかった。
味方のいない、かつて人だった化け物が徘徊する村。
そこから無傷で、平穏な日常に戻れるとは。
「はいっ、えーちゃん!」
「ありがとう」
鬼武瑩は手渡されたたませんを受け取ると、一口
せんべいとソース、そして目玉焼きの味。
物憂げな表情のまま、
「もーっ! 今日はお祭りなんだから、浮かない顔禁止!」
「……そんな顔してた?」
「してた! ……忘れちゃった方がいいよ。あの日のことは」
あの事件の後、春香とは早々に会うことが出来た。
同じ病院に搬送され、教員の弥生と現地民の獄介共々検査入院していたのだ。
怪我はなく、未知の病原菌の類もなく。
例の事件を口外しないという条件で自由の身が許されたのだ。
もっとも、広めたところでまともな人間は信じないだろうが。
「そういうわけじゃない」
「じゃあ、
「……まあ」
幕内知樹。
瑩は自分が
同年代にしては驚異的な身体・戦闘能力。
警察───あるいは、それ以上の組織との面識と受ける警戒。
自身の担当だった白木に尋ねても、こう返ってくるだけだった。
『あなたが知る必要のない人間です』
それに、人ならざる身である父にも一目置かれている。
興味が湧いて当然というもの。
「あんな人、絶対ダメ! そりゃ、恩はあるけど……ヤバそうな雰囲気満載じゃん!」
春香はまたしても、もっともな指摘をした。
謎と同時に、彼からは危険な匂いが漂っていた。
近付くもの全てを火傷、いや焼き尽くす。
そんな危険さが。
「別に、ただお礼を言いたいだけ。そんな大した事じゃない」
「そーゆーのが、危険の第一歩なの!」
春香はふんすと鼻息を荒くした。かわいらしく。
その通りだ、君子危うきに近寄らずという。
しかし、だからこそ。
だからこそ惹かれるのではないか。
事件から少し経って、瑩はそう考えるようになっていた。
「例えばさぁ、瑩のお父さんと話してた人いるでしょ? 特殊部隊の隊長さん、あのポニーテールの……」
それは、魔の世界との境界まで来てくれた部隊のリーダーの事だろう。
事件後も人手が足りていないのか、自分達の様子を見に来たりもしていた。
あの男には、確かに女を惹きつける強い魅力があった。
しかし───
「……こう言っちゃアレだけど、あの人も大概じゃない?」
「もーっ! 確かに目付きは鋭いけど、絶っっ対優しい人だから! あたしにはわかる!」
ふんすふんすと鼻息を荒くする。
色々と口うるさい彼女だが、他ならぬ彼女自身に危ういところがあった。
「そういえばえーちゃんは見てなかったけど、入院してる時……」
ドン! 背後で花火が炸裂、周囲からどよめきが上がった。
気付けば、打ち上げの時間が来てしまっていたのだ。
「おっと。それよりも、今日は花火を楽しもう! そのために遠出したんだから!」
「そうね」
こういった特別な日ぐらい、何もかも忘れてもバチは当たらないだろう。
芝生に腰掛け、頭上を見上げる。
「……きれい」
思わず、心中の言葉が口から滑り落ちた。
◆帰還した日常───