2021年6月20日20:46 小張県名気屋市久那区家鴨公園
それは、本当に偶然だった。
彩の光が消えた空から視線を下ろし、川の方を見やる。
特別な所作ではない。
しかし本当に偶然、その方向に彼がいたのだ。
幕内知樹。自分たちの救世主が。
それも、言い逃れのしようがないほど互いに見つめ合ってしまった。
誰かが悪いわけではないが、とてもバツが悪い。
ただ、だからといって無視するわけにもいかない。
「あー、こんばんは……」
挨拶すると、春香も彼の存在に気付いた。
眉間を押さえながら呟く。
「あひゃー、最悪のタイミング」
それはその通りだろう。
何故なら、知樹の隣には女の子がいたのだから。
彼女だろうか、どう見ても日本人ではない───北欧系の白人だろうか。
女である瑩自身も息を呑んでしまうほどの美少女だった。
「まさかこんなところで会うなんてな。永葉じゃなかったか?」
「え、ええ。せっかくだから、ちょっと遠出したの」
瑩は平静を装って返答したが、率直に言って肝を冷やしていた。
───デート中に、普通他の子と話す?!
事実、隣の少女は明らかに動揺して口をパクパクさせていた。
見ていて気の毒になる程の動揺である。
「えーっと、マック。隣の人は?」
色々話したいことはあったが、瑩はまず件の彼女に話題を振った。
いくらなんでも、蚊帳の外は哀れだ。
「あーぅ、私はハンナ。マックの……えっと」
「ああ、友達だ」
彼女、ハンナが言い淀んだところで、知樹が補足した。
その時、彼女が浮かべた表情でふたりの関係は察せるものがあった。
───ああ、そういう……かわいそ。
片思いで、恋慕の相手は朴念仁。
思い返せば、知樹は驚くほど鈍感───いや、思慮が浅い面があった。
この様子では関係などカケラも進んでいないに違いない。
それと引き換え、こちらは互いに秘密を共有している。
瑩は密かに優越感を抱いた。
「わたしは鬼武瑩、永葉南学園の2年。この前、マックと色々あって」
「いろいろ?」
聞き捨てならない表現に、ハンナが怪訝な表情を浮かべた。
しっかりと挑発は伝わっている。瑩は笑みを深めた。
「よろしく」
「よろしく……」
微妙な表情を浮かべながら、互いに握手した。
この空気を察せられないほど春香は鈍感ではない。
「あっ、あたしは伊藤春香! えーちゃんの同級生、よろしくねハンナちゃん!」
「ええ、よろしく……ところで、ふたりは2年なら私達のひとつ年上なのね」
瑩と春香は2年。それは当然。
ハンナは1年なら、これも当然そうなる。
ふたりの疑問はそこではない。
「……達?」
まるで、年下がふたりいるかのような発言に、春香は首を傾げた。
「あー、わかる。マックって大人びてるから」
「マックって、年下なの……?!」
「はっ、えっ?! 大人びてるってレベルじゃない老けっぷりだよ?!」
「おい」
あまりにも衝撃的な事実に、瑩と春香は狼狽した。
今度はハンナが心中で笑みを浮かべる番だった。
「あっ、そう。えーさん、知らなかったんだ」
「話したことはなかったな。瑩の親父さんは知ってたみたいだが」
「確かひとつ違いとは言ってたけど……普通、上の意味だと思うじゃない」
マウントを取るつもりが、思わぬ形で取り返されてしまった。
なるほど、関係は進展していないが中々したたかな女である。
「で、マック。このふたりとは何があったの?」
「あー、そうだな」
あの事件を公表しない。
もし知樹も同じ条件で自由の身となっているのなら、話せることはない。
しかしふと、瑩は疑問に思った。
ダークステートだの、外宇宙人だの。
妙な事を口走っていた彼が、そんな条件を飲むのだろうか。
とはいえ、この場にいられるのだから、飲んだのだろう。
今までの経験から、彼は
だからまだ興味が維持出来ているのだ。
「俺が遭難した時、熊に襲われた時だ。その場に居合わせたんだ」
「返り討ちにした話? ……あれ、本当だったの?」
「当たり前だ。傷跡も見せたのに、冗談だと思ってたのか?」
困った事に、全くの嘘ではないのだ。
厳密にはトドメを刺したのは瑩だったが。
「その時に助けられた」
「ああ……そういう……」
本当はもっと色々あったのだが、表に出せるのはこれが精一杯である。
一方のハンナはバツの悪そうな表情を見せた。
相手が知樹の恩人とは知らず、マウントを取ろうとした姿勢を恥じたのだ。
「えっと、ごめんなさい」
「なんで謝るんだ?」
「───っ!」
この修羅場のど真ん中にいてなお、この男は燻る種火に気付いていなかった。
瑩も春香も、つい同情してしまった。
殺意や気配には敏感なのに、好意には驚くほど鈍感。
まるで、他人が抱く感情を解さないかのように。
「えっと。ハンナさん」
「……ハンナでいい」
「じゃあ、ハンナ。改めて、よろしく」
再び瑩は手を差し出した。
今度は混じりっ気なしの、純粋な交友関係を築くための。
◆このふたり、一体どうなる?!