TUONI ~闇を被った死神~   作:サークル『熊の巣穴』

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Epilogue 7

2021年5月30日05:12 羅宮凪県羅宮凪市上空

 

 ヘリのエンジンが発する爆音。

 イヤーマフ越しにも、耳にその衝撃は伝わってきた。

 

「幕内さん。ひとつ、守って頂きたいことが」

 

 不意に仁が口を開いた。

 知樹は返答の代わりに視線をやった。

 

「この事件について、一切口外しない事を約束して頂きたいのです」

「……まさか、葬るつもりか? この事件をっ、犠牲者達を!」

 

 思わぬ発言に、知樹は声を荒げた。

 少々飛躍した発想に聞こえるが、現実にはその通りだった。

 

 大桑村で起きた事件は隠蔽される。

 亡くなった人々は嘘の理由で世を去ったことにされ、遺された人々はその真実を知ることはない。

 人並み以上の正義感を持つ知樹に、許容出来るはずがなかった。

 

「なぜだ!」

「想像してみて下さい。彼ら(異世界)の存在を知った人々を」

 

 異なる世界に住む、野蛮な連中。

 それが突如として現れ、こちらに侵攻する事がある。

 

 実在すると宣言すれば、正気を疑われる事だろう。

 実在を証明出来れば、眠れぬ日々を過ごす人間が増えることだろう。

 

「では、少しだけ要素を足してみましょう。彼らを、呼べる(・・・)としたら?」

「……可能なのか、そんな事が?」

 

 仁は答えなかった。

 答えたくない、そんな風にも感じられた。

 

 可能だとしよう。

 

 あの野蛮な勢力は形だけでも対話出来る。

 成立するか、その後がどうなるかは別として。

 

 そう例えば、ラーイーのような狡猾なタイプが取引を持ち掛けたら?

 “門”の技術だけでも垂涎ものだ。無から侵入路を生み出せるのだ。

 

 さらに、人を洗脳する技術を持った化け物連中。

 都市部に突如として出現し、暴れ回り、生き残りを操る。

 

 究極のテロ要員だ。

 こちら側についてのアドバイザーがいれば、今回の件は手のつけようがなかったかもしれない。

 

「そうだな。アメリカ人が知ったら欲しがるだろうな」

「国は関係ありません。あらゆる政治的過激派が喜んで呼び出すでしょう。対象地域に疑心暗鬼の混乱を起こすだけでなく、人的資源を大きく削げる」

 

 たとえ洗脳源の化け物を殺しても、洗脳された人々は戻れない。

 そのうえ、化け物の肉体は殺してもいずれ復活する。

 洗脳された人々は殺されたようなものである。

 

「なるほど。隠したくなる気持ちもわかる。だが、奴らは勝てない敵じゃないはずだ」

「大切な人を連中の捨て駒にされてそう言えるのなら、大したものです」

 

 そう言われて、知樹の脳裏に友人達の顔がよぎった。

 これは、勝ち負けの問題ではない。

 言うなれば、絡まれた時点で損失が確定するのだ。

 

「だが、隠す理由にはならない……」

「彼らがエネルギーとする絶望。それを搾取する機関(・・)も生み出されるでしょう。呼べると知られた時点で、世界中で今以上の人道危機が訪れます」

 

 薄らと感じていた予感が強まった。

 人々の絶望をエネルギーとするなら、絶望が連中を呼ぶキーになるのではないか?

 もし到来を求めるならば、牧場(・・)が絶望を生産するようになるだろう。

 

 信じられなければ、社会的地位の喪失。

 信じられれば、世界の混乱。

 

「だが、そのための犠牲になれと? 真実を隠せと?」

「誰かが自分の命を狙っている。そう知って心中穏やかでいられる人間は、そういないんですよ。ご存知ない?」

 

 相変わらず慇懃無礼な男。

 しかし、否定は出来ない。

 

 研修センターに閉じ込められていた瑩をはじめとする人々。

 彼らの精神はかなり追い詰められていた。

 それこそ獄介に至っては、何をしでかすかわからない危うさがあった。

 

「気安く世界を滅茶苦茶にしようとする輩が、世の中には少なからずいるんですよ」

「知らない方が幸せだと?」

「互いのために」

 

 自分が今まで軽蔑してきた相手を回想する。

 浅慮(せんりょ)に力を振るい、(やす)い手段で横着し、無責任な力を求める。

 そんな連中が、そんな棍棒の存在を知ったら? 手にしたら?

 

「……くそっ」

「ご理解頂けましたか?」

 

 どちらにせよ、広めたところで誰も信じない。

 知樹は自分に言い聞かせた。

 

「ああ。わかった」

「協力に感謝します」

 

 仁は少しだけ爽やかな笑みを浮かべた。

 

「ただ……隠し切れるのか? このスパイ天国の日本で」

「痛いところを突いてくれますね」

 

 日本という国では古来から防諜、スパイを妨害する概念を嫌う勢力がいた。

 そのためか、未だに関連する法は存在しない。

 たとえ知樹が口を閉ざしたとしても、暴くスパイがいるのではないか。

 

「ま、最近は色々頑張ってるんですよ。少なくとも、世界の混乱を喜ぶ連中に漏れない程度には」

「……だといいな」

 

 どうか、自分の閉した口が無駄にならないように。

 この件で知樹が出来るのは、そのぐらいなものだった。




◆隠される真実───
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