4444年44月44日44:43 魔之世界生誕之間
黒曜石の壁にへばりついた、大きな肉腫。
人がそれを例えるなら、そう呼ぶことになるだろう。
しかしこの世界の住民にとってそれは、最も高貴な生殖器である。
さらに加えるならば、今この瞬間では希望の種でもあった。
肉腫が脈動し、痙攣を始める。
震えが最高潮に達すると、ずるずると肉膜が開かれる。
やがて、ぼとん。
小さな球が排出され、床を転がった。
周囲でどよめきが上がる。
「ラーイー様のお帰りだぁっ!」
魔族達は英雄の帰還を祝し、互いに抱きあった。
縋ることの出来る存在への歓迎。その中にある極めて強い不安。
彼はその感情を感じ取りつつも、交信を始めた。
「私はどれほど眠っていた?」
「はいっ、ラーイー様。前のお休みから3ヶ月ほどお眠りでした」
「3ヶ月かぁ……っ」
それは、彼の想像を軽く上回る早さだった。
10年か20年か、少なくともそのぐらいは覚悟していた。
嬉しい誤算だ。3ヶ月程度ならば、仕事のへまを取り戻せるというもの。
「よかろう。侵攻の状況は?」
「それどころではありませんっ、ラーイー様ぁっ」
「なにぃ?」
派閥紛争は根本的に解決され、内部の憂いは既にないはず。
ともすれば、一体何の問題があるというのか。
優秀な思考と自負するラーイーの脳でも、答えを導き出すことは出来なかった。
「我々は、侵攻を受けています! 魔王城周辺から、続々と異界の怪物が出現っ。攻撃を受け、魔王様は崩御されましたっ!」
「なっ、なんだとぉっ?!」
それは、ラーイーの死から数日と経たないうちの出来事だった。
魔都近郊に“門”と類似する転移技術を用いた軍勢が出現した。
突然の奇襲と信じられないほどの技術格差により、城と街は瞬く間に陥落。
軍勢には2種類いた。
ひとつはラーイーが戦った人間───に近い、何か。
数少ない戦果からその人間が全員同じ顔、同じ体格をしていることがわかっている。
もうひとつは、機械。
鋼鉄の身体を持つ人形は人間に付き従い、遠間からズタズタにする武器と巨人の体当たりにビクともしない耐久力を持っていた。
そんな軍勢が一日おきに万単位で到来しているのだ。
すでに主要拠点は陥落し、残存している他の拠点との連絡は絶たれていた。
下手をすれば、この生誕の間が残された最後の拠点なのかもしれない。
───まさか、
ラーイーは話を聞いてそう錯覚したが、すぐに考えを改めた。
侵攻した村は郊外の田舎だったが、魔の世界に侵攻した相手はもっと技術が進んでいる。
別件だ。
数えきれないほどある世界の中で、自分達が見つかったのだ。
天文学的な極めて低い確率で。
「あなたほど高貴な魔族がいれば、きっと巻き返せます!」
「うむ、もちろんだ……」
実際に戦わずして勝てるはずがないと決めつけるのは早計だ。
伝聞しか敵の情報はないが、きっと何か手があるはずだ。
しかし───
───そんな相手と、どう戦えばいい?
未知の絶対的な存在に対する恐怖。
それを笑い飛ばせるほど愚かであれば、いっその事楽だったに違いない。
ラーイーの胸中には、もはや相手に対する恐れしかなかった。
◆ ◆ ◆
1週間後。
魔の世界からあらゆる生命が失われた。
山は均され、海は枯れ、大地には深く広いクレーターが穿たれた。
かつての生物達は成分ごとに分別され、100㎏ごとにパッケージングされた。
肉体を失い、転生する場すら失った魔族の魂は霊となりしばし浮世を漂っていた。
しかしやがて、彼らも気づいた。
もう、機会はないのだと。
ひとつ、またひとつ。
行き場を失った霊は消えた。
最後まで機会をうかがい続けた霊もいた。
しかし、
最後の霊魂も消えていった。
◆力を振るうものは、より強い力に葬られる───
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