TUONI ~闇を被った死神~   作:サークル『熊の巣穴』

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Epilogue 9 2/2

2021年7月16日15:54 小張県名気屋市上須

 

 駐車場に車を停めると、ふたりは素早くエレベーターに乗り込んだ。

 

「こちらです、福塚さん」

 

 ハルの息子夫婦はカゴを降りると、職員の案内に従って個室の扉を開いた。

 そこにいたのは、足を負傷して車椅子が必要になった母の姿だった。

 

「母さん。よかった、元気そうで」

「お久しぶりです、お義母(かあ)さま」

 

 夫は傍まで近寄り語り掛けた。

 妻は一礼し、相方の一歩後ろに立つ。

 

「そんな無理せんで来んでもええのに」

「そういうわけにもいかないよ。あんな……故郷がひどい有様だったのに」

 

 熊の被害に、大火災。

 生存者が一桁しかいないような大災害だ。

 これほどの理由ならば上司に対して言い訳がしやすかった。

 

「母さん。村と家を見て来たよ」

「どう、なっとった?」

「酷かった。家は焼けて、無事な家にも誰もいなかった」

 

 大虐殺の跡はある程度掃除されたが、面倒で不可逆的なものは焼却された。

 彼らが目にしたのは綺麗に出来た城下集落と路沿の焼け跡だけだ。

 

「よくご無事で……大変でしたね」

「本当に……本当に大変だったよ。テッくんとトモくんがおらんかったら……」

 

 ハルの目に涙が浮かんだ。

 かつて自分を慕っていた少年は、他人を救うために命を捧げた。

 もうひとりの知樹はその最期を報告した。

 

 出来るならば、その場へ赴いて掌を合わせたかった。

 

「あの化け物……! 村のみんなを操って、好き勝手に殺して……! 悔しいっ……!」

 

 夫婦は互いに顔を見合わせた。

 化け物は、まあわかる。しかし操るとは何ぞや。

 

「……母さん?」

「村のみんなを殺し合わせて、亡骸を晒し者にして、滅茶苦茶にして、そんで……」

「なあっ! 母さん!」

 

 いくらなんでも、それは彼らの知る事実(・・)とは違い過ぎた。

 前に会ったのは何年も前で、少々怪しい場面もあった。

 しかし、これは許容範囲を超えていた。

 

「人が死んでるんだぞ?! いい加減にしろよっ、何考えてんだよ! 陰謀論者みたいなこと抜かしやがって!」

 

 数年に一度、そんな程度にしか戻れない故郷。

 それでも、間違いなく自分の生まれた故郷。

 それを妄想で殺すだのなんだの。受け入れ切れなかった。

 

「ボケるならボケるで、限度があるぞ!」

「なっ、なに言うとるの……? 本当に……」

「もういいっ! もう聞きたくない! 黙れ!」

 

 ハルが改めて視線を上げた。

 そこにあったふたつの顔には、軽蔑が浮かんでいた。

 

 顔が消え、髪になる。

 ドタドタと足音を立て、扉へと向かっていく。

 

「なぁに、なんなの? どうしたの?」

 

 返事はなく、代わりに乱暴に扉を閉める音が部屋中に響いた。

 しんと世界が静まり返り、何も無くなってしまった。

 

 彼女の心に、とても重い苦痛がのしかかった。

 

 事実を伝えない。そうしない方がいい。

 あの事件の直後、警官だか何だかの言葉を今更思い出した。

 こうなるから、それっぽい事を言えばよかったのだ。

 

 思い出すにしても理解するにしても、遅すぎる。

 新たな涙が湧き上がり、頰を伝う。

 

 これは、重すぎる。辛すぎる。

 顔を覆い、嗚咽だけは堪える。

 

───情けない。悔しい。辛い。

 

 頭の中で自分を責める言葉ばかりが巡る。

 責め文句が一巡するたびに、重さは増していく。

 

 どうすれば、この苦痛から解放されるのか。

 時間すら曖昧になった脳内で、痛みが増すばかりの限りない問答が続く。

 

 やがて、心は耐え切れなくなった。

 無意識に、福塚ハルは持っていたものを手放した。




◆哀しきすれ違い───

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