TUONI ~闇を被った死神~   作:サークル『熊の巣穴』

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2021年7月23日16:37 小張県名気屋市LRセンタービル

 

 ハルとの面会が思ったよりも長引いてしまった。

 知樹は電車から降りると足早に改札を通り抜け、名気屋駅中央口広場に聳え立つ黄金時計を過ぎ去る。

 

 ホールでエレベーターを待つ最中、腕時計を一瞥。

 17時までのはずなら、まだ間に合うはず。

 カゴに乗り込み、15階を目指す。

 

 背後の窓では巻き糞と揶揄される駅前モニュメントが解体され、さらにその向こうでは新たな大名気屋ビルヂングが建設されている最中だった。

 1分ほどでカゴが目的の15階に到着した。

 

 そこは知樹が住む世界とは大きく異なる空間。

 澄んだ空気に名気屋市を一望出来る巨大な窓。

 さらに扉一枚挟んだ先には羅宮凪島最高級の宿泊施設であるマリオネットホテルがあり、これまた未知の世界である。

 

 今そこに用事はない。

 マリオネットホテルへ続く扉を横目に、塵ひとつ落ちていない通路を進む。

 オフィスフロアへ続くエレベーターホールを横切り、路地へ入る。

 

 そこに小張県旅券センターがあった。

 菅原のふたりとハンナと共に海外へ行くのだから、当然パスポートの申請は必須である。

 

 申請に必要な健康保険証と学園生証は持ち込んでいる。

 自動ドアをくぐると、窓口の受付に会釈した。

 

「どうも。旅券の再申請をお願いします」

「では、こちらの用紙に記入お願いします」

 

 過去使っていたパスポートは折悪く期限切れになっていた。

 手順については記憶に残っている。手早く記入事項を埋めていく。

 

 最後に写真を貼り付け、再び受付に戻ってきた。

 

「お願いします」

「少々お待ちください」

 

 あとは、少し時間を置かなくてはならない。

 待合のソファーに腰掛け、時間を待つ。

 

 すると、スマートフォンの通知に気付いた。

 慶太だ。彼は短く『パスポートはどう?』とだけ連絡してきた。

 

 今やってるとこ。そう打ち込むのは簡単だが、途中で手を止めた。

 それでは面白くない。ここは流行に則った文章を送ろうではないか。

 

 一度全削除し、知樹はこう返信した。

 

『見とけよ見とけよ〜(待たされてて)頭きますよ〜FOO↑〜』

 

 ハンナの布教により知樹は淫夢厨の初期形態、ホモガキになっていた。

 とりあえず日常の、とりわけ文章によるやり取りに露骨な語録を配置する症状である。

 これが日を置き、老獪になると一見まともな文章の内に語録やネタを仕込むようになるのだが、それはまた別の話である。

 

『そう……』

 

 これが慶太からの返信であった。

 少しだけ距離が縮まった気がした知樹だが、自身を呼びつけるアナウンスで思考は途切れた。

 

 もう少し掛かると思っていたが、存外早いではないか。

 意外に思いながらも、知樹は窓口へ向かった。

 

「大変申し訳ありませんが……旅券を発行出来ません」

「なにっ」

 

 それは、完全に想定外の事態だった。

 一体全体、なぜ発行出来ないのか。過去を振り返ってみよう。

 

 友人を助けるためとはいえ、謎の力を持つ姉弟とその配下と殺し合い。

 田舎の村に襲来した異世界の軍勢と血で血を洗う激闘。

 それ以前に、父親含めて公安にマークされる公共の敵予備軍。

 

 想像出来ない方がおかしな話である。

 

「なぜだ?」

「ええっと、その……」

 

 担当の中年男は酷く困ってしまった。

 照会をかけた途端に発行禁止との表示が出た。

 その理由はたった一言、機密としか書かれていない。

 

 こんな説明、いち派遣社員に過ぎない自分にどう説明しろというのか。

 改めて対峙すると物凄く体格がよく、目つきも鋭い。

 どう説明しても、ろくな事にならないのでは。

 

「ここからは僕が代わりましょう」

 

 聞き覚えのない助け舟。

 振り返ると、やはり見覚えのない男。

 眼鏡を掛けて、よれたスーツを纏っている。

 

「えっとどちら様で……?」

「幕内さん。別室へご案内しますので、しばし待合でお待ちください」

 

 竹馬仁だ。

 公安の人間が、なぜ旅券センターの窓口に?

 知樹と担当の疑問には一切答える事なく、彼は奥へと消えていった。

 

───なんだかわからないけど、どうにかなるならいっか。

 

 担当の男は知樹が離れていくと、深く考える事なく業務に戻った。




◆パスポートは発行されるのか?!
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