2021年7月29日ICT17:09 ベトナム社会主義共和国ホーチミン市
ひんやりとした感触と熱が、それぞれの手の内で主張していた。
片手を挙げた慶太を見つけると、ふたりはその席へ向かう。
彼が確保したのは窓際にある、サイゴン川がよく見えるいい席だった。
そこそこの盛況具合だというのに、うまく拾ったものである。
「おまた〜☆ はい、練乳入り」
「ありがとう」
ハンナは文華のコーヒーを手渡し、手前の席に。
知樹も同じように慶太のエッグ・コーヒーを置いた。
「ありが……んっ?」
「どうした」
その時、彼は目にしてしまったのだ。知樹の手の中で立ち上る湯気を。
なんとこの男、外がこのクソ蒸し暑い中でホットティーを頼んでいたのだ。
「あっ、暑くないの……?」
「ああ。暑いな」
「この人、言っても全然聞かなかったのよ」
と、ハンナはしれっと正妻ヅラをした。
知樹は呆れる一同をよそに、ふーふーと冷ましながら緑茶を一口含んだ。
「それも、お父さんから教わったの?」
「ああ。急に冷えたものを体に入れると、胃腸に良くないだろう」
「それはわかるけどさ……」
それにしても、限度というものがある。確かに古い時代、日本人は暑い夏でも熱い茶を飲んだというが───
慶太が困惑している中、ハンナが踏み込んだ。
「ねぇ、マック。それって、おいしい?」
「そうだな……日本茶と違って、砂糖が入ってて甘い。だが同時に苦味と渋みも濃いな」
「お茶にお砂糖を入れない日本って、意外と珍しいのよ。知ってた?」
「当たり前だ。ロシアで初めて緑茶を飲んだ時、吹き出しそうになったぞ」
緑茶の味に馴染みのない欧米はもちろん、ここベトナムやタイでも砂糖を入れる習慣がある。
この習慣にはまろやかにしようという発想以外にも、カロリーを追加してエネルギーを補給する目的もある。
もっとも、アジア圏の場合旧宗主国の影響も少なくないかもしれないが。
「へぇ。ロシアでも売ってるんだ」
「俺が飲んだのは、缶入りだったな。砂糖抜きもあるにはあるが、珍しいな」
もう一度、茶を口に含む。
───やっぱり、砂糖抜きを頼めばよかったな。
などと考えていると、向かいのハンナが身を寄せた。
「ねぇ。それちょっと頂戴?」
「ほら」
その意味を全く考えず、知樹はボトルを差し出した。
ふーふーと息を吹きかけ、一口含む。
「
フィンランド語がわからなくても、状況だけでなんとなくわかる言葉だった。
どうも彼女の口にも合わなかったらしい。
「ありがと。こっちのも、飲む?」
漫画知識渾身の一撃、飲ませ合いっこである。
互いの味を知り合うことで距離を縮め、間接キスでさらに意識させる。
着実な進歩に、ハンナは卑しい笑みを浮かべた。
「いやいい。コーヒーは……ダメなんだ」
「えっ」
散々コーヒーの話をしておいて、ひとりだけ茶を飲む。
そもそも以前喫茶店へ行った時も彼は紅茶を飲んでいた。
ヒントは至る場所に転がっていた。故に、事前に想定しておくべき事態であった。
「コーヒーを飲めない……人類が?」
小娘は想定外の事態に狼狽した。まさか、コーヒーが飲めない人間が実在するとは思ってもみなかったのだ。
「あなたが緑茶ダメなのと一緒だからね」
「えーん、そんなこと言わないでフミフミ〜」
何をやってるんだ、こいつは。
そう言わんばかりに知樹はジト目でハンナと文華のやり取りを眺めつつ、茶を飲んだ。
慶太はこのしれっと行われていた間接キスに気付いたふたり目の人間だった。
◆うわ~幕内君エロなんだ~(小並感)