TUONI ~闇を被った死神~   作:サークル『熊の巣穴』

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2021年7月30日ICT11:57 ベトナム社会主義国ホーチミン市クチ県 クチトンネル

 

 トンネルの狭苦しい空間から出ると、爆音が轟いた。

 知樹は反射的に意識を警戒に向けるが、出所はハッキリしていた。

 

『皆様、思い出に射撃は如何ですか? 解放戦線の戦士の銃や、米帝の武器まで揃ってますよ!』

 

 クチトンネル名物の射撃場である。

 銃身を固定された銃を発砲するだけの、やたらめったら撃つのが好きなアメリカの銃狂いどもには物足りない余興かもしれない。

 しかし、骨董品とはいえ東西の軍用銃を撃てる貴重な場である。

 

「やってく?」

「もちのロン! そのために来たんだから」

「私は、いいよ」

 

 財布を探るハンナとは対照的に、文華は強張った表情で断った。

 彼女に具体的な政治思想はないが、気後れしたのだ。

 多くの国で殺人に使われる、指先ひとつで殺せる道具に。

 

「フミフミもやればいいのに」

「マックはどうするの?」

「そうだな。お前らの後にするよ」

 

 慶太はともかく、ハンナが危うい。何をしでかすかわからないところがあるためだ。

 銃は指先ひとつで人が死ぬ。だからこそ、ベトナム語がわからない人間を好きにさせたくなかった。

 

おたくらは(You)日本人か(japanese)?』

ああ(Yes)

 

 こういった場で銃を振り回したがる日本人の評判はよろしくないのだろう。

 明らかにレンジ(射場の)マスター(責任者)が渋顔を浮かべた。

 

英語は(Can you)出来るか(speak english)?』

俺以外は(No one)微妙だな(else can)通訳しよう(Speak to me)

 

 射撃場ではレンジ・マスターが絶対の存在である。

 固定されているとはいえ、銃は銃。粗雑な扱いは甚大な被害を生むためである。

 レンジ・マスターが慶太の背後に立ち、知樹がハンナの背後に立った。

 

 彼女が選んだのはAK47、ロシア製の自動小銃である。

 ほぼ代理戦争の様相を呈していたベトナム戦争では、ロシアが積極的に介入してこのような兵器を送り込んでいたのだ。

 

 安価な兵器と揶揄されがちなAKだが、純正の品は現代でも一丁30万円を超える高級品である。

 それを実物製造機械問わず、協力的な諸国へと送り込んでいた。

 そう考えると、どれほど冷戦が金の掛かる戦なのか伺えるだろう。

 

 この小銃はベトナムの祖国防衛の象徴なのだ。

 

「使い方は?」

「見た事くらいは……」

 

 フィンランドは徴兵制度のある国家だが、女性は対象外である。

 もちろん日本以上に銃が近しい国ではある。

 

「マガジンを入れたら、レバーを引く……」

「AKは安全装置を掛けていると引けない。責任者の動きを待て」

待った(Stop)!』

 

 ちょうどその時、レンジ・マスターの声が響いた。

 視線をやると、慶太がM16の弾倉を入れていた。

 どうやらレンジ・マスターが余所を見ているタイミングで許可なしに装填したらしい。

 

「待てっ、許可なく銃を動かすな!」

「えっ、でもまだ撃てるようには……」

「指示があるまで動かすんじゃない。銃に不具合があれば、引き金に触らずとも弾が飛び出る事もあるんだ」

「わっ、わかった」

 

 銃の不具合は外観を見ただけではわからないこともある。

 もし機関部の奥深くでトラブルが起きてたら? 装弾した瞬間、射線上に誰かがいれば?

 レンジ・マスターは責任を問われるだろうが、主たる責任はその時、銃を持っていた者にある。

 

 銃器とは人が行使する殺意を徹底的に簡略化したものだが、所詮は機械である。

 壊れた機械の動作は時に、使用者の意思を無視することがある。簡略化されているなら尚更だ。

 

 それにしても慶太が不用意な真似をするのは想定外だった。

 意外な一面を見た気分である。

 

『悪かった、続けてくれ』

『気をつけろよ、まったく』

 

 気を取り直してレンジ・マスターが合図を出した。

 弾倉を装填し、レバーを引いて薬室に弾丸を送り込む。

 知樹はハンナの右肩に手を置いた。

 

「よし、まず一発だ。肩の力を抜いて、しっかり握れ」

「一発ね……」

 

 思ったより引き金が重かったのだろう。

 少しだけ間をおいて発砲した。突き飛ばされたようにハンナの肩が後退した。

 後ろから支えていなければ転んでいたかもしれない。

 

「ワオッ……凄い衝撃……」

「大丈夫か?」

「大丈夫。あと9発ね……」

 

 ドンッドンッと弾を吐き出し、その衝撃を受ける。

 薬莢が空を舞い、床を転がる。

 

「これでラストね」

 

 最後の一発が撃発された。その時、偶然がいたずらをした。

 飛び出した薬莢は柱に跳ね返され、ハンナの胸元に入り込んだのだ。

 

「熱っつ?!」

 

 時々あることだ。排莢はある程度制御されているが、思わぬ場所へ落ちることがある。

 火傷になる前に知樹はさっと熱された真鍮を取り除いた。

 

「あっ、ありがと……」

「ツイてないな。服に入り込むなんて」

「ホント……あっ、そうだ。セルフィーしなきゃ」

 

 そう言うと、彼女はスマホを取り出してカメラを自身に向けた。

 

「マックも入って」

「……」

「ほらっ、もうちょっと寄って」

 

 知樹は視線を逸らした。魂を吸われると思うほど浮世離れしていないが、どうもこの文化が好きになれなかった。

 不満はあれど、フレームに入るだけマシか。ハンナはシャッターを切った。

 

『終わったなら、早く行った行った』

「なんて?」

「終わったらどいてくれと……ケーはどうした?」

 

 隣のM16にいた慶太の姿がない。

 周りに視線を巡らせると───いた。射撃場の外で壁に寄りかかり、文華に背中をさすられている。

 

 銃器から放出される発射ガスの衝撃は、人によっては気分が悪くなる。

 M16でなる人間はそう多くないが、慶太はどうもその一部だったらしい。

 

「じゃ、次はマックね。どの銃にするの?」

「そうだな……」

 

 射撃場にはM60やBARのような機関銃もあったが、弾代が高い。

 AKは───口では言えないが、扱ったばかりだ。

 いつもと同じでは面白くない。知樹は少しだけ気まぐれを起こした。

 

「M16」

『はいよ』

 

 ドンを支払い、装填済みのM16用スチール弾倉を受け取る。

 正確にはM16A1自動小銃、別名ブラック・ライフル。

 ベトナム戦争後期に米国が導入した、ユジーン・ストーナーの最高傑作である。

 

 戦争当時は運用側の怠慢と誤解で不当な評価を受けたが、現代では西側や東側に留まらず、テロリストすら運用する究極の自動小銃である。

 その評価は限界右翼親露イカれ陰謀論者である知樹も認めていた。

 

「マックってさ、銃を扱った事あるの?」

「ああ。ここにあるのだったら、M16とAK、分解と整備まで出来る」

 

 チョイスが絶妙に事実っぽく、彼の事だから実際出来るのだろう。

 今更ながら、ハンナはちょっと引いた。

 

「それ、お父さんから教わったの?」

「ああ。どちらもどこにでもある小銃だ。扱いを覚えておいて損はない」

 

 どんな損だというのか。

 突っ込みを入れようとしたタイミングでレンジ・マスターの声が響いた。

 

『はい、装填してー。引き金には触れないでー』

 

 弾倉を装填し、持ち手も兼ねるリア・サイト後部のチャージングレバーを引き、薬室へ装填。

 このM16はフォワード・アシストのあるタイプだ。

 右側面、後方に向けて突き出るボタンを軽く押し、ボルトを完全閉鎖する。

 

 銃に関しては日本人と同レベルなハンナでも、手慣れた動作に感じられた。

 

「……あなたって、変な見栄を張るタイプじゃないものね」

「? なんの話だ?」

「別に。ただ、正直者よねって確認したの」

 

 右人差し指を引き金の後方に噛ませ(・・・)、レンジ・マスターの合図を待つ。

 彼が他の参加者の合図と射場の安全を確認すると、宣言した。

 

『撃ってよし』

 

 親指で安全装置を操作し、セミ・オートに。

 ドンっ。AKよりも素直で洗練された衝撃。

 設計された時期もあるが、さすが特殊部隊すら認める性能だ。

 

 照準すら出来ない的当て未満のお遊びでも、実銃の感覚を味わうのは久しぶりの感覚だった。

 僅か10発、あっという間の時間だ。

 弾倉を取り出すと、空撃ちして撃鉄を下ろした。

 

「こんなもんか」

「どう? 久しぶりの射撃は?」

「まあまあだな」

 

 空の弾倉を返却し、射撃場の階段を下る。

 少し離れたベンチで慶太と文華が待っているのが見えた。

 

「よかった。楽しんでくれたみたいで」

「楽しい……?」

 

 ハンナにはこれといって深い意図がある発言ではなかった。

 しかし、彼はまるでこの世の終わりを理解したかのように凍りついた。

 

「どうかしたの?」

「いや……そんな事はない。別に、こんな事を楽しんでるわけじゃない」

「でも、すごく満足そうな顔してるし」

 

 思わず自分の顔に触れてしまうほどの動揺だった。

 笑顔を浮かべている。直に触れて初めてその事実に気づいた。

 以前(第一章)、戦いの後に「楽しかった」と宣っていたのは無意識下での発言だったのだ。

 

「そんな、あり得ない。だって、色々銘打ってはいるが、結局は殺し合いじゃないか」

「それはそうだろうけど……」

 

 違う、絶対に違う。しかし、言われてみればこの胸の奥にある血が沸き立つ感覚。

 これをなんと表現するべきか。楽しさ、少なくとも知樹にはそうとしか言いようがなかった。

 

 人を殺めた事のない一般人なら、何を神経質なと考える者が多いだろう。

 幕内知樹はその一般人ではない。精神を乗っ取られていたとはいえ、殺めた経験がある。

 その才能と技術で、殺しを楽しんでいるのだろう? そう言われたような気分になって、洒落になっていないのだ。

 

 彼にはその自覚がなかった。

 どういうわけか、その事実に目を向けた事がなかったのだ。

 

「ねぇ、大丈夫? 気分でも悪いの?」

「いや……そうかもしれない。久々の衝撃で、気分が良くないんだ」

 

 それはハンナではなく、自分に向けた言い訳だった。




◆現実に存在するクチトンネル射撃場とは色々と変えてます。
Q.なぜですか?
A.こういう話にしたかったからです。
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